「久しいな、由利よ」
突然、伊三が俺のもとに来て「武田の主」が呼んでいるといい俺のことを横抱きにして空を駆けた。
格好は、幸様のものだからか…
ストンっとおろされた屋敷と、そして目の前の武田の主。
幸様の主であった…お館様。
そして、俺を見てそういった。
その眼に映る俺は、幸様で…
あぁせめて着替えたかったと…
「その姿、現身のようじゃな。」
「お褒め頂光栄にございまする。」
「…幸は」
「申し訳ありません。」
そう思いながらも、座り、そして下を向き、言葉を紡いだ。
ただ、お館様の言葉は淡々としている。
恐ろしいほどに…
「そうか…」
静かな空間に、落ちるような声。
すべてを察しているかのごとく。
「のぅ、由利。
お主は幸に何を見た。」
「…幸様に…ですか?」
けれど、言われた言葉にゆるりと顔を上げた。
目の前にいるお館様は…まるで孫の話を聞く前の祖父のような…
あぁ、けれど…
いって、いいのだろうか…
あんなにもさみしげで、あんなにも悲しげで、あんなにも苦しげで、
消えてしまいそうなほど、はかない…あの人の最期を…
執筆日 20140206