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まず、鋏で自分のワイシャツの袖を切ってしまった。
血まみれになって黒くなったこれはもう使えないだろう。そもそもワイシャツなんぞこの時代にはないはず。焼却できるならばしたほうがいいのかもしれない。
手に馴染んだ切れ味のいい鋏だが、もしかしたらコレも武器になるかな…と思うけど、重宝しているから出来ればそんな目的で使いたくない。
水で手についた自分の血をしっかり洗い流して、怪我人の下まで向かう。止血すら終わっていない人がいるからその人優先で、
こちらに戻ってきてくれた徳川家康の話によればやはり、一薬草はなかったみたい。品切れ的なあれ。遠いが採取に行くことは可能だそうだ。
なら私ができるのは止血して、血を拭って、怪我をしている彼らに声をかけることぐらい。
今はそれの繰り返し。
「手際いいな。」
そう考えていたら、片手に桶を持った徳川家康が私の元へともどってきてきてその言葉。頼んだのは私だが、まさか彼が持ってきてくれるとは思わなかった。石田三成は戦線へ戻ったようだし。
笑って『慣れてますから。』と言葉を返して、桶を受け取る。
お湯は血を固めてしまうけれど、この時代の水が殺菌できてるか?と聞かれればどうなのか。せめて熱殺菌とおもって湯にしてもらった。
一人一人回るのは大変だから、こういうときRPGみたいに魔法が使えたらって思ってしまう。そこまで厨2病っていうわけじゃないから口には出さないが。
鞄からタオルを出して、浸し、絞る。
傷口の周りを綺麗にして、再び止血、そして、布を当てて包帯を巻く。徳川家康は暇なのか、戦線に戻らないだけか、お湯が濁れば、また綺麗なお湯を持ってきてくれたり、新しい布を持ってきてくれたりと、走り回っている。
まさか手伝ってくれるとは思わなかったのだが、豊臣時代の徳川家康は一将のはずでこんなところにいる人間か、なんて考える。手は止めないが。
「キミは、見ない顔だね。」
ふわりと目の前に白がかすめた。
ぎょっとして、顔を向ければにこりっとわらっている白い人がいた。白い人といっていいのか。ウェーブのかかった白い髪に長いまつげ、中性的な顔立ち、紫色の仮面をつけているが、確かに男だとわかる。
・・・この人、誰・・・と固まってしまった。こういうときに何故徳川家康がいてくれないのかな・・・
「竹中殿!?」
だが、噂をすれば徳川家康の声がきこえた。竹中・・・?ときょとんっとして私の隣にいるままの彼へと視線を向けていればにこっと笑ったままの彼は私に手を差し出した。
のだが、あいにく私の手は血まみれで今は止血をしている途中だ。
『申し訳ありませんが、少々お時間をください。』
そう一言言って、治療を再開するために視線を彼からはずせば横から気配が消えた。
現在治療している人を見れば先ほどまでとなりにいた男を見ていたんだろう、視線をさ迷わせて「俺よりも、竹中様を・・」なんて言って来る。もちろん無視。
ぎゅっと傷口をきつくしばれば、「ひぃ!」っと痛みに悲鳴を上げたが「あ、ごめんなさい、力んじゃって」と笑顔で言ってあみせた。
結局ながら、集中すればすぐに終わるもの。
さっさと治療し、湯で手を洗う。
まさか、さっきの人は女に手を出すようなことはしないよねと今更ながらに考える。
ほぼ血塗れとなってしまったタオルを手に、立ち上がり振り返ればそこには徳川家康とさっきの人がいた。
私的には徳川家康や石田三成よりもこの人の格好の方が、親近感がわく。だって、学ランぽい格好だし、ウチの学校の男子制服は学ランだった。仮面のことはつっこまないが
「竹中殿、彼女は田沼弥月。蘭学の心得があるようで…三成が…」
なんて、考えていたら私の前に徳川家康が立つ。庇うように、私を背に回して。その彼の様子にクスクスと竹中殿と呼ばれる男が笑う。
「大丈夫だよ、そんなに慌てなくても殺しはしない。こんなに丁寧にやる子が間者なわけないし…第一に三成君が連れて来たんだ。」
言葉の節々に刺がある。そう思ったのがきっと私だけじゃない。「君の事、秀吉に報告するのに少しまだ不安だけれど、豊臣軍に弱い人間は必要ないからね」と、彼は笑って続けるのだが正直殺されるくらいなら逃げてしまおうというのが私の本音。
だが、秀吉は「鳴かぬなら、殺してしまえ」の織田信長と違って「鳴かぬなら、鳴かせて見せよう」だったし・・・
『そしたら、ここを出ますよ。元々、ここの軍の者ではありませんから…』
とりあえず、私にも選択肢があることは間違いない。にこっと笑ってそういえば、目の前に居る徳川家康が「弥月?!」と驚きの声を上げたけれど、視線だけで止めて、再び前を見る。
『でも、私は弱く役立たずのものに成り下がる気はありません。』
確実に言い切りたかった。
私は、きっと理由があってここにいる
「ふ、あはははははっ」
突如響いたのは場に似合わない楽しそうな笑い声。私も徳川家康も、いきなり笑いはじめたその人を凝視してかたまる。
しまいには咳き込んでしまったから驚いた。のだが、落ち着けば玩具を与えられた子供の様に目を輝かせ私をみる。
っていうか、さっき石田様は様という敬称で呼んだが徳川家康のように殿とかで呼んだ方が良いのだろうか…
「うん、そこまで言うとは思わなかったよ。もし、逃げる気でいたんならここで斬っていたか、監禁してここに残ってもらう気だったしね。この時代、蘭学に詳しいものが多いほうがいい。」
やばい、実は地雷を踏んでた。ちょっと前の自分、よく言い切った。何てほっとしたが、逆に徳川家康が、「では!」と、私以上に喜んでいる気がするのは気のせいだろうか…
「まあ、僕が決定できることじゃないけどね。改めて、豊臣軍軍師竹中半兵衞だ。」
『…田沼弥月。蘭学を多少心得ており、医師を目指しています。』
差し出されたその手を、今度はしっかりと握り返した。これからの戦いに、私は足を踏み入れてしまったと…
もう戻れないと…心のなかで、思ってしまった。
‡運否天賦‡
《細いのに…すごいしっかりしてる…》
(この子の手…ただの医者の手じゃない…)
(運を天に任せること、運が良いか否かは天が定めるものであると言うこと)
執筆日 20130114
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