02/
(3/45)
上から見られるのは、少なくとも苦手だ。見下されている気がするから。目の前の彼を睨んでしまうのは、私がこの現状についていけないから。早く、消えてほしい。どこかへ行ってほしい。
いや、確かに、私は何も分からないけれど、けれど、こんな姿を誰かに見られていることがひどく我慢ならない。
「三成、その子…って、怪我してのか!?」
頭の中で拒否していたのに、また増えた。
見れば、黄色いパーカーのような服を着たその人。
腹筋が凄い割れてる…と、斜め上のことを思ってしまったのは、聞こえてきた名前に違和感を持ったからだ。
顔を覗き込むのは勘弁していただけないだろうか…そう思って視線を横にやる。
「三成!!」
「私じゃない、」
そして、声を上げたが彼のせいじゃない。
それに第一に私がここにいること自体がおかしいのだ。
『違います』
思ったよりも凛とした、自分でも驚くぐらい、しゃんとした声がでた。
痛みからか、目の前が霞んでいるけれど、うん、大丈夫。
『元々、怪我をしていて、それを知らずに、彼につかまれただけですから。』
うん、自分にしては落ち着いている。
コレなら、大丈夫そうだ。
「本当に大丈夫か? 怖い思いをしたのだろう?」
『え、あ、いえ…』
「無理をすることは無い。儂の名は徳川家康。豊臣軍に仕えている。」
思っていたのに、目の前の彼は一体、私をどうしたいのだろうか、顔を上げて固まった。彼の満面の笑みだけがある。口だけが音をたてず「家康」と動かしてしまったのは反射に近いかもしれない。
徳川家康。
かの、関ヶ原の戦いで東軍の大将を勤め、西軍を下し、後に織田信長、豊臣秀吉と続き、天下人になり徳川幕府を開いた人物だ。
のち260年は彼の名が日本へと広がる。
なぜ、彼が目の前にいるのだ。それに、私の時代の史実に出ていたそれと、全く衣も違う。いやむしろ近代に近いんじゃないだろうか。パーカーとか…
っていうか、この時代に髪をそめる技術は無いだろうに、さっき私を見ていた人は完璧な銀色の髪だった。
視線を向けていたのが気になったのか、「あぁ、あいつは石田三成。三成も豊臣に仕えている。」と、言った。
石田三成・・・。
否定したかった「三成」という名前はやはり聞き間違いじゃなかったらしい。彼も戦国の有名な武将の1人だ。
この二人は関ヶ原の戦いで敵対しているはずなのに・・・
この世界はどうなっているのだろうか・・それに、豊臣に、といったが、豊臣も滅んでいるはずだ。むしろ、この目の前にいる徳川家康が大坂夏の陣で滅ぼしているはず。
「で、お前の名はなんというのだ?」
いい笑顔で言う徳川家康。将来の将軍のはずだけどさ…突然名前と聞かれて、固まってしまうのは仕方がないだろう。まだ状況が掴めていないのに話が進むのが早すぎるのだ
『田沼…弥月…』
名乗るのにこんなに緊張するのははじめてだと思った。
私の言葉を復唱してそれから、いい名前だな、と私の頭を撫でる彼の手は大きくて、けれどその手には身を守るための防具が付いている。名前を誉められていやな気はしないけれど…でも、複雑…
「お前は、どこの出身だ?」
けれど、お節介だとおもう。
出身、そんなこと言われたら固まってしまう…。
どう考えても、私の生きていた世界とは確実に違う…だったらこの世界に私の居場所はないんだろう。
答えることができずにうつむいたら、「お前はここが戦場だと言うことも忘れたか」という、幾分低い声が徳川家康にかけられた。
瞬間その言葉の意味を理解したのかはっとしたように彼は息を飲んだ。
「帰る場所を失ったのか…?」
そして驚きと、悲しみと、その他もろもろの感情のこもったその声。けれど改めて言われると泣きたくなる…
それは仕方のないことだろう。
どんなに苦しい生活だったとしても、暖かかった私の世界である家族はここにはいない…
何も知らないのだ。私は…この世界のことを…
生きる術など私は持っていない…ならばどうすればいいのだろうか…
そんな時だ。
俯いた私の前にかざされた、細長く…そして見慣れているその濃い紫色のケースにはっとする。
見間違える筈はない。
「貴様はこれを使えるのだろう」
石田三成の言葉に顔を上げて、固まる。
頷かなければ…追い出されるだろうか…?この時代、使えぬものは要らない…
そのケースを受け取って、存在を確認するように抱き締める。この世界で唯一私の世界のものだと直感的に感じた。
小さく頷いて顔を、あげた
執筆日 20130111
戻//進
表