×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
標的12 決意の理由






「そう明らかに嫌な顔してんじゃないよ。私だって、あの子にやらせておきたいことは他に山ほどあるんだ。」

崖上から下に居る二人を慈しむように眺めながら、梅はリボーンに一目もくれずに答える。

「だが、今のあの子らに……いや、あの子に一番必要なのは、体力でも戦闘技術でも精神力でもない。」

ピョンと梅の肩から飛び降りたリボーンが見たのは、教官時の笑みを浮かべながらも、孫の成長を心の底から楽しんでいる祖母としての顔であった。

「何者にも変え難い、信頼関係さ。モヤシ小僧にはボスとしての自覚が。桜には、何に変えても……自身の命に変えても、ボスを守ると言う実感がね。」

「……なるほどな。だがツナは、それを望まねーぞ。」

帽子をかぶり直しながら告げられたリボーンのその言葉に、梅は少し驚いたように振り返る。思案するように眉を寄せたあと、微かに目を細めて微笑み、また崖下へ目線を移した。

「そりゃあ中々良い素質じゃないか。」




「「はっくしょんっ!!」」

どうしたんだろう突然。と言うか、ツナ君と全くもってシンクロしてしまった。視線を向ければ、ツナ君も同じことを考えていたらしく、目が合い、少し気恥しそうにはにかむ。

「貫薙さん、大丈夫?」

「ボスの方こそ。」

髪から滴る雫を見るに、傍に流れる川にでも落ちたのか。先程から少し震えているツナ君はもしかしたら風邪引きかもしれない。
近くに落ちていた枯れ枝を焚き火の中に加え、火を大きくする。

「誰か噂でもしてるのかもな。」

そう言って笑ったのだが、彼の表情は明るくない。体調でも悪いのかと、少し冷や汗が背中を伝った時、彼は苦しげに引き結んでいた口を開いた。

「あの、さ。」

言葉を探すように、少しずつ放たれる言葉。

「そのボスって、やめて欲しいんだ。」

先程まで、弱々しく覇気のなかった声色とは打って変わって、はっきりとした意思が、彼の中に見える。

「どうしてだ?ボスがボスなのに変わりはないんだし。」

誰がなんと言おうと、私の中のボンゴレボスは、九代目でもXANXUSでもない。誰あろう、今目の前にいる沢田綱吉だ。

「俺はッ……」

私の言葉に少し怒るように声を荒らげるツナ君。だが、その先を紡ごうとしたところで、なにかに気づいたように言葉を飲み込んだ。一瞬の静寂の中で、パチパチと枯れ木が弾ける音が聞こえる。ツナ君は、表情を辛く歪め、申し訳なさそうに視線を外し、小さく口を開く。

「……貫薙さんには、悪いけど……マフィアのボスになんてなる気、無いし…。」

その話は、以前から何度か言っていたな。まぁ、確かにツナ君に仕える私としては、職業的に困る問題だが。しかし、仕える身であるからこそ、ツナ君の意思を私が歪めるわけにはいかない。
私はあくまでも、大空に寄り添う星なのだから。星が光るために存在する大空など無い。大空があるから、星は輝く。

「それに、俺なんかのために、……あんな風に身体を張る事を、生まれた時から決められてたなんて……、そんなのおかしいよ……。」

あぁ、まただ。この人は。また自分が傷ついた理由でもないのに、そんなふうに痛そうな顔をする。悲しそうな顔をする。その出会った時から変わらない、『らしい』優しさに、笑みをこぼす。私のその様子を見て、ツナ君が怪訝そうな顔をする。

「いや、悪い悪い。ついな。」

再び枯れ木を焚き火に加えながら、笑みを引っ込める。

「なぁ、ツナ君。」

この人は、もっと自分の非凡さを知った方がいいと思うんだがな。そこに気づかないところがまた『らしい』というかなんと言うか。

「たしか三歳くらいの時だったかな。初めてツナ君の存在を聞かされたんだ。」

記憶の片隅から、懐かしい話を掘り起こしてくる。そろそろ星の守護者としての教育が本格的に始まろうとしていた頃だったか。父から写真を手渡され、お互いがある程度の年齢になるまで、親密な接触は禁止された。恐らく、その時点ではまだツナ君のボスとしての才もなにも、分かっていなかったからだと思う。家光さんも未だツナ君に、ボンゴレの説明をしていなかったようだし。

「でも、同じ町に住んでるからな。何度かツナ君を遠目から見たことはあったんだ。」

小学校中学校は一緒だったし、世の中というものは狭いものだ。商店街や公園、町中でツナ君を見かけることもしばしばあった。
まぁそりゃ、見かけた時は大抵何かしらやらかしていたツナ君だったがな。転んでるところなんて何回も見たし、犬に追っかけられているところを見たのも、両の手の指では足りないほどだ。

「まぁ、貧乏くじ引かされたなーって、思ったさ最初はな。」

そう笑いながら告げれば、ツナ君も困ったように微笑んでいる。

「だ、だよね……。……なら……」

どうして。そう言って首を傾げるツナ君。私の意識が明確に変わった時、あれは今でも鮮明に覚えてるな、一年ほど前の話か。

「秋頃に、武が屋上から飛び降りようとしたことがあっただろ?」

あの日私は、公式戦の遠征で学校に居なかった。もし居れば、拳骨一発で連れ戻したんだが、しかし、それでは武の悩みの解決にはならなかった気がする。

「あん時に、身体はって武を助けてくれたんだってな。」

公式戦から帰ってくれば、武は随分スッキリした顔をして、いつもの野球バカに戻っていた。そして、嬉しそうにツナ君の話をするもんだから。

「他にも、接触は禁止されてたが、ツナ君のことはよく見てたぞ。」

獄寺やハルの命を救ったりだとか、フゥ太君のために命をはったりだとかな。
最近だと、黒曜ランドでファミリーを助けるためにハイパー化したんだったか。

「そ、それはっ全部死ぬ気弾のお陰っていうか…。」

「でも、死ぬ気弾を打たれても、何も思っていないやつは、そのまま死ぬぞ。ツナ君は心の底から、誰かを助けたいって、そう思ったから死ぬ気になれたんじゃないのか?」

「……っ」

私のその言葉に、なにか気づいたように口を閉じ、微かに目を見開くツナ君。
世辞なんかでもなんでもない、これは事実だ。打たれた瞬間に、ツナ君自身が、しておけば良かったと、後悔、つまり心の底で本当に渇望していたからこそ、死ぬ気弾はそれに応えたに過ぎない。

「そんな風に、心の底から自分以外の誰かを助けたいって、そう思えるツナ君だから、私はこの命をツナ君のために捧げてもいいって、そう思ったんだ。」

最初はそりゃ、好印象という訳ではなかったが、何度も何度も、ツナ君がファミリー……いや、友達を助けるために死ぬ気になるところを見て、徐々に私のツナ君へのイメージは、変化していた。
仲間を何よりも大切にすることは、ある意味才能だ。生まれた時から他人を切り捨てることに慣れたやつは、いつまで経ってもそれは抜けないもんだ。

「だから……。」

私は焚き火から目を離して、戸惑うように逡巡しているツナ君の瞳を真っ向から見る。

「ツナ君なら、ボスなら、大切にしてくれると思ったんだ。私が、守るべき仲間達を。」

そう告げれば、揺れていた瞳が強い光を持ってこちらへ返された。

「どうして、どうして貫薙さんは…………。
俺は、仲間に傷ついて欲しくない。だから、戦ってた。……どうして貫薙さんは、その中に自分を入れないの?」

ツナ君のその言葉に、目から鱗が落ちるように、はっと、気付かされる。
そう言えば、私はずっと『私が』守ると、そう言ってきた。私が身体を命をはって、ボスとファミリーを守ると。

「じゃあ、貫薙さんが傷付くのを、誰が止めるの?誰が守るんだよ?」

再び、ツナ君が険しい顔をする。反対に私は、バットで殴られたかのような衝撃が走っていた。誰かに守られる、そんなこと、考えたこともなかった。
パチンッ、と一際大きく枯れ木がはぜた。

「……ツナ君が、私を守ってくれるか?」

長い長い沈黙の後、相当な覚悟を持って放った私の言葉に、ツナ君は曇らせた表情を少しの驚きと決意の浮かんだ顔に塗り替えた。

「私がツナ君と、ファミリーを守る。だから、ツナ君は私を守ってくれるか?」

「俺だけじゃないよ。」

応えるツナ君の声は、最初の弱々しい、もやしと評されても反論もできない程の軟弱さとは打って変わって、堅強な強さと不変の優しさを孕んでいた。

「山本も獄寺くんも、笹川先輩も。雲雀さん、はどうか分かんないけど……、リボーンだって、貫薙さんを守るよ。だから……」

あぁ、やっぱりこの人のために、忠信を誓って正解だった。この人になら、この人のファミリーになら、私は命を預けられる。

「だからもう、貫薙さん一人で傷つかないで欲しい。」

まるで大空。本能的にそう思った。
どこまでも広がり、どこまでも包み込む。広大な優しさ。そして、それに見合った、決意。
私はその時初めて、今まで持っていた盲目的な、ボスを守るという使命を、全く違う意味合いから捉えることが出来たのだった。




「よっと……。」

左腕で岩肌に捕まりながら、右肩にかけていた薙刀袋を背負い直す。こういう時は少し邪魔だ。

「大丈夫かー?ツナくーん。」

「うおぉぉぉぉぉ!!死ぬ気で崖を登るー!!!」

私の少し上を登っているツナ君。
先程、崖の上から死ぬ気弾が飛んできた時は、まさかとは思ったが、本当に命中させるのだから、あの家庭教師はほんとに凄い人だと思う。

「そんなに飛ばすと登りきれないぞー。」

私は着実に足場を見極めながらも、ハイペースで登り続けるツナ君に警告しておく。先程からがむしゃらというか、ゴリ押しで一心に登るツナ君。
あのままだと、多分…… 。

「うおぉぉぉ…………、え、あれ?」

上から素っ頓狂な声が聞こえる。やっぱり、途中で死ぬ気モードが解けてしまったか。死ぬ気モードは本人のエネルギーや体力、精神力に影響される。もともと普段から別段体力作りなどしていないであろうツナ君だ。タガが外れた勢いのまま、あれだけハイペースで登れば、途中で切れるのは予想通りと言ったところか。

「ツナ君、あともうちょいだ。頑張れ。」

突然のことに驚いているツナ君の横を通り抜けながら、激励をしておく。

「え?貫薙さん?」

掴まっていることすらもう限界なようで、プルプルと小鹿のように震えている。

「仕方ないな。」

あまりの不憫さに、手を差し伸べようとするが、上からリボーンさんの声が降ってくる。

「桜、手は貸さなくていいぞ。」

「リボーンさんがそう言われるなら……。」

差し出しかけた手を引っ込める。すると、その手を取りかけていたツナ君は、バランスを崩し、真っ逆さまに下へ。

「そ、そんなぁぁぁぁ!!」

「あ、……ごめんなーツナくーん!」

絶望的な表情で川へ叩き付けられるツナ君を尻目に、崖上に足をかける。ツナ君、あと体一つ二つ分くらいだったのに、惜しかったな。

「よっこらせっと。」

「流石に桜は基礎体力が付いてるな。」

特に息もきらせずに上がってきた私に、リボーンさんが感心したように声をかけてくる。

「当たり前だろう。誰が育てたと思ってんだい。」

なぜだか梅さんが誇らしげに胸をそらす。まぁ、そりゃ梅さんのスパルタ修行のおかげでもあるのだけれど。

「じゃあ、桜は第二段階だな。」

「え?ツナ君は……」

てっきり、梅さんのことだから、ツナ君との交流を深めるためにリボーンさんのこの修行をやっているんだと思っていたのに、ツナ君をほっといてもいいのか?

「あれはこの崖を登ってくるまでほっとけ。っと、俺はツナに死ぬ気弾のお代わりに行かなくちゃな。梅、あとは任したぞ。」

リボルバーをセットし、ロープを伝って降りていくリボーンさん。お代わり……しんどそうだなぁ。頑張れツナ君。

「さて、んじゃ二段階に行こうか。」

梅さんに、なにか小さな白いものをピッと放り投げられる。何とかキャッチしてよくよく見てみると、死ぬ気丸た。バジルが使用してるものに似ている。というか、同じものか?

「死ぬ気丸?」

「あぁ。まずは死ぬ気に慣れる所から始めな。」

そのために、と私の背後を指さす。振り返ると、そこにはこの死ぬ気丸の元々の持ち主であろうバジルが立っていた。

「バジル!怪我はもういいのか?」

昨日まで、私よりもぼろぼろだったのに。まだ頬や腕には、手当のあとが窺える。

「はい。ロマーリオさんや親方さまの薬草でかなり良くなりました。」

確かに声色は結構元気そうで、足取りもしっかりしている。流石と言ったところか。

「梅殿からお聞きしました。桜殿も死ぬ気の特訓をしているとか。」

言いながら、バジルも死ぬ気丸を取り出し嚥下する。瞬間、バジルの額に青い炎がともり、徐々に大きくなっていく。

「拙者で良ければ、お手伝いいたします。」

メタルエッジを構え、楽しそうに微笑む。梅さんの方を窺えば、無言でニヤリと笑っている。つまりそういう事だ。
私もその視線だけで無言のまま理解し、手元の死ぬ気丸を飲み込む。

「……っ」

家光さんの調整した死ぬ気丸は、リボーンさんの使用している死ぬ気弾と違い、フルの死ぬ気にはならない。
ゾワリと、経験したことのない悪寒が背筋を走る。この感覚をあえて形容するなら、死にかける直前の震えによく似ている。
だが、身体が軽くなる。五感すべてもさっきまでとは違い、刻々と鮮明になる。

「やろうか。バジル。」

そう言って微笑を浮かべて見せれば、バジルは少し目を見開き、更に心底楽しそうな笑顔を浮かべた。



「白い炎か。……血は争えないね。」

梅のその小さな呟きは、誰に聞こえることもなく、空中で霧散した。







←prev next→

←index


←main
←Top