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標的11 修行のはじまり





「あのー、梅さーん……。」

「なんだい?」

「一体どこへ……?」

『花鳥風月』を持ち、道着に着替えて階下に降りれば、祖母は「着いてきな」とだけ告げ、店を出て歩き出した。父さん上に居たけど店番大丈夫かな。
そして、二、三十分ほど歩いただろうか、住宅街から離れ、並盛の北山の中を未だ振り返らず進む梅。もちろん、ここまで特に説明の一つもない。

「……ま、ここらでいいか。」

私からの問いかけに、少し思案する様子を見せた後、祖母は森の鬱蒼とした木々が茂る中で、唯一木が生えず、広場のようになっている所でその足を止めた。後ろを着いていた私も、それに習い足を止める。

「さて、『花鳥風月』をだしな。」

祖母は、旅荷の中でただ一つ私に預けず、店に来てからここまでずっと手放さなかった薙刀袋を肩から下ろす。私も、指示通りに『花鳥風月』を包む黒い薙刀袋を剥ぎ取る。
その二振りは、ひと目でわかるほどに違いを持つ。私の『花鳥風月』は大体一メートル六十センチほどなのに対して、祖母のそれは私どころか、梅本人の身長すら優に超えており、二メートルほどあるんじゃなかろうか。

「んじゃ、取り敢えずやろうか。」

そう気楽に言って、肩慣らしのように薙刀を軽く振ると、スッと腰を落とす祖母。言葉こそは気楽そうなものの、まとう空気やプレッシャーは、実戦のそれだ。ビリビリと肌に感じる殺気。
先程までずっと仏頂面だった梅の顔には、笑みが浮かんでいる。その笑みは何よりも、戦場で感じられる快感を生きがいにしている証。

「……ほんとに、軍人あがりだなぁ…。」

戦いという存在に対して、純粋に生きる糧を見出している祖母に、愚痴をこぼす。

「何か言ったかい?」

「いや、何も。」

人生の大先生を前にして、未だスイッチの入っていない私を叱責するように、圧を込めて放たれる言葉。さて、それじゃあそろそろ、集中するとしよう。
目を閉じ、深く一度息を吸う。土と草いきれの匂い。再び瞼を上げれば、落ちていく木の葉すら先程までとは違って見える。

「貫薙流、花の技肆の型、 濡水仙 ヌレスイセン 。」

弾かれたように走り出しながら、クンッ、と姿勢を低く構える。そのまま悠々とこちらを見ている祖母へ距離を詰め、腰だめに構えていた『花鳥風月』を横薙ぎに振るう。瞬間、木刀は鋼の刃のついた薙刀へ変わる。
『濡水仙』は姿勢を地面に付くくらい低く低く構え、そこから上に向けての薙ぎ払いを行う技。型に嵌らないそのトリッキーな形は、普通の剣士には受けづらい。しかし、さすがに祖母は貫薙流を知り尽くしている。
いとも簡単にその攻撃を受け止め、弾く。しかしカウンターに移ってこない。あくまでも今回は私の技を受けるだけの気のようだ。ならば、受けきれなくなるまで攻めるのみ。
上に弾かれた流れのまま、薙刀を大上段に構える。

「貫薙流、花の技漆の型、 宿根霞草 シュッコンカスミソウ !」

薙刀をそのまま垂直に振り下ろす。受け止められるが、一度その刀を離し、突き溜めに構える。
宿根霞草は、大上段からの振り下ろし攻撃のあと、三点の突き攻撃によって構成された演舞のような技だ。突きの位置は対人間に対してなら、頭、心臓、腹。
祖母だからといって、勿論、躊躇などしない。むしろ躊躇えば、私が命を落としかねない。何度、この人の修行中に死にかけたことか。

「ふむ、悪くは無いね。」

そう余裕そうに笑いながら、急所三点への突きを軽く弾かれる。何つー馬鹿力だ。こっちはかなり渾身の力を込めて突きを繰り出していると言うのに。一度距離を取ろうと、体重を後ろに移動させた瞬間、先程からずっと受け身だった祖母が、攻めに構え直した。

「だがね、あんたのは型にはまりすぎだ。」

薙刀を大きく頭の上に振りかぶるその初動作は、宿根霞草。それを見て、後退するために乱した体勢を、立て直す。
尋常じゃないスピードで振りかぶられたその薙刀を、何とか受け止める。しまった、体格的にも勝る梅さんの攻撃を受け止めるんじゃなかった。流してしまえばよかった。ビリビリと、攻撃を受け止めた両手に流れる衝撃に、そう思ったが、時すでに遅しだ。あとから続けざまに来る三点突きを流す体勢に構える。が、繰り出されたのは突きでは無かった。
流しきれず、微かに道着の裾をかすめていくのは、突きと言うよりは薙ぎ払いに近いほどに力強く振られた攻撃。まるで空気を裂くように、えげつなく回転を加えられている。
これは、梅さんの体格があってこそ出来る薙ぎ払いだ。私には多分筋力が足りない。
残る二撃もなんとか流し、今度こそ、後方へ退避する。

「今、のは……。」

「宿根霞草さ。突きはほとんど薙ぎ払いみたいになってるけどね。」

大薙刀を担ぎ直し、にやりと不敵な笑みを浮かべる梅さん。本当にこの人は、修行の時はよく笑うんだから。

「貫薙流は、実戦流派だ。代によって型のそれが様変わりするなんてことも、よくある事さね。」

そうか、梅さんは歴代の中でも一際体格に恵まれた当主だ。だからこそ、あんな力強い戦い方が出来るのか。

「この修行で、あんたは自分のスタイルを見つけな。それに……」

目を細め、私の手の中の『花鳥風月』を見つめる祖母。

「私には小さくて合わなかったが、『花鳥風月』は、あんたが思ってる以上に、面白い武器だよ。」

まだ健存していた母から、最後に預けられた変形薙刀、『花鳥風月』。代々伝わる由緒ある物だとは聞かされているが、面白い武器?
梅さんの言っている意図がわからず、首を傾げ、手元の木刀をまじまじと改めて見つめ直す。特に、何かあるようには思えないが。もう何年と連れ添い、振るってきたが、ただの変形薙刀のように見える。

「ま、この二つを頭に入れた上で、あんたには、取り敢えずやらなくちゃならない事がある。」

そう言って薙刀を下ろし、戦闘態勢を解く祖母。その姿に安心し、私も身体の強張りを解いた、その瞬間。まるでその時を狙っていたかのように、実際狙っていたのだろうが、梅が豪速球の突進をかましてきた。

「なっ……!!」

「濡水仙。」

下段から放たれる薙ぎ払い攻撃は、薙ぎ払いなんて生易しいもんじゃない。我を忘れて突っ込んでくる猪のようだ。
なんとか『花鳥風月』を構え直し、受け止める。受けきることは出来たが、勢いを殺せず、後ろに吹っ飛ぶ。
空中で受身をとって、地面に足が付くだろうと思った瞬間、私の身体は、思っていたよりもはるか下の地面めがけて自由落下を始めた。

「……っ?!!」

重力に従って、落下していく身体。そして落ちる瞬間の、祖母のやけに楽しそうな笑顔を見て、嵌められたことを悟る。

「やっべぇ……!!」

足元を見れば、地面は遥か遠く。数十メートルあるだろうか。怪我するなんてもんじゃない。人生とおさらば確定だ。

「まったくもって、スパルタすぎるだろ……。」

本日何度目かの祖母への愚痴を零す。
空中で踏ん張りが効かない中、『花鳥風月』を目の前の岩肌へ突き立てる。刺さるとまではいかないが、ガリガリガリと表面を削りながら、徐々に落下のスピードが落ちてゆく。

「ふぅ……。」

数秒の後に、なんとか落下が止まった時は、安堵の息を漏らさずには居られなかった。
地面とハイタッチまであと五メートルとでも言ったところで、本気ですこし震えた。岩肌に捕まって、薙刀を引き抜く。なんとまぁ考え無しな使い方をしたものだ。軽く降って、刃の表面に付着していた岩粒を落とす。
すると、足元から予想していなかった人物の声がかかった。

「貫薙さん?!」

「え?」

聞き覚えのあるその声に、下を見れば、我がボス、ツナ君が何故だか毛布にくるまって震えていた。

「ボス?どうしてここに……」

そう訪ねながら岩肌から手を離し、ツナ君の元へ落下する。この程度なら、問題ないだろう、足場もしっかりしていそうだし。
案の定、硬い砂利の地面へ両の足をつけた時、安心感のあるその大地に、ほっと、無意識に息を漏らす。

「俺は……リボーンの修行で……、貫薙さんこそどうして上から?」

確かに、かなり独創的な登場だったと自分でも思う。苦笑いを浮かべながらその疑問に答える。

「いやー、私も修行中でな。吹っ飛ばされた。」

「が、崖から吹っ飛ばされるの……?」

驚愕に少し怯えながら、ツナ君が震えて青い顔をさらに青くする。まぁ、確かに常識的ではないか。

「修行中ってことは、アイツが来たのか。」

私の登場に特に驚きもせず、落ち着いて焚き火に当たっているリボーンさん。

「はい、今上に……」

「おや、リボーン。久しいね。」

その存在を告げようとしたところで、彼女は既に降りてきていたようだ。ゆらりと私の上に落ちた影に、着地場所を開ける。
いつの間に用意していたのか、崖の上から垂らされた縄を使い、降りてくる祖母。そんなものがあるのなら、わざわざ私を突き落とさなくても良かったんじゃないだろうか。

「また梅のスパルタ修行か。」

リボーンさんだって、梅さんの事言えないと思うんだけど、そんなことは口が裂けても言えないので、潔く噤んでおく。

「これごときでスパルタだなんて、やめておくれよ。感覚が生ぬるくなっちまうだろう。」

豪快に笑う祖母。ツナ君がその姿を見て、目を丸くしている。状況判断が追いつかない、と言ったところか。まぁそりゃあ、見た目外人の初老の女性が、突然崖から降ってきたら、誰だって驚くだろうなぁ。

「あぁ、ボスは初めてだったか。私の祖母の貫薙梅だ。」

紹介すれば、本人の梅は頭を下げるどころか、ジロジロとツナ君をつま先から頭のてっぺんまで舐めるように観察する。

「おい、梅さん。流石にボスに失礼……」

「ほう、このもやし小僧が、沢田綱吉かい。」

まさかのもやし呼ばわりとは、全く。この人は私の言葉を聞いてすらいないようで、獄寺がいたらガン付けでは済まされない所だ。

「もやし……」

「き、気にするなボス。梅さんの口が悪いのはもう仕方ないことなんだ。」

なんとかフォローしたいが、確かにツナ君はもやしだなと、心の中で納得している自分もいる。

「てか、てめーら一体何のようだ?」

リボーンさんが焚き火から離れ、梅さんの肩に乗りながら尋ねてくる。

「そうだった梅さん、何なんだよさっき言ってた、やらなくちゃならない事って。」

崖から突き落とされる直前の梅の言葉を思い出す。確かに祖母はさきほど、私にやらなくちゃならないことがあると言った。新しい梅さんのスパルタ修行だろうか。今度は宇宙にでも飛ばされるかな。

「あぁ、そうだったそうだった。リボーン、こいつを見てやっておくれよ。」

スラリと長いが、ゴツゴツと節ばった人差し指で、私を指し示す。その肩に乗っているリボーンさんは、表情一つ変えないが、迷惑がっているのがなんとなく伝わる。

「俺が家庭教師したら、お前を呼んだ意味が無くなるだろ。」

「そう言わずに、やってくれるよねぇリボーン。」

今日一番の圧、というか殺意を込めて放たれた言葉に、リボーンさんは呆れというか諦めというか、そのような感情を映した顔でため息をついた。こういう時のリボーンさんのため息は了承の証だ。

「よし、んじゃあそういう訳だ。モヤシ小僧の身体があったまり次第、この崖を登って来な。」

私らは上で待ってるから。そう言うと、梅さんはリボーンさんを肩上に乗せたまま、ロープをグイグイと引っ張る。すると、何かに巻き取られているようにゆっくりとロープが上昇を始めた。リールかなにかでも付いているようだ。
なんてハイテクな。ボンゴレの開発部のやつだろうか。てか、そんなのあるならほんとに私を突き落とさなくても良かったんじゃないか。

「……了解でーす……。」

腹に一物持ちながらも、鬼教官の司令には従わなくてはならない。上司への反逆はそのまま死への超特急だ。
過去の凄惨なペナルティの数々を思い出して、震えた私の背後で、虚しくもツナ君の気の抜けるようなクシャミが響いた。





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