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標的9 届けられたモノ






私が再び意識を取り戻した時、目の前に広がっていたのは、見慣れない灰色に曇った天井だった。

「……ここ、は……?」

つい最近整えられたばかりだろう、清潔感のあるシーツに寝かされている。そこから視線だけを巡らせれば、病室らしい白い壁、今が日中だと分かる眩しい光、隣に同じように寝かせられているバジル。病院らしい消毒液の匂いがする。

「お、起きたか。」

意識を戻した私を見て、ディーノさんが振り返る。病室の隅で部下と何か話していたようだが。
ゆっくりとディーノさんの手を借りながら起き上がれば、ピリッと引き攣るような微かな痛みが走る。その痛みに思わず顔を顰めれば、ディーノさんが眉尻を下げて微笑む。

「まだ痛むか?」

「…………少し。」

この兄弟子には何を隠しても無駄な気がするので、一応正直に告げておく。

「一応血は止まってる。しばらくすれば傷も塞がるさ。」

クシャりと頭を撫でられる。全くもってこの人は、いつまでたっても兄気分なのだから。まぁ、別に構いはしないが。

「多分、問題ない、と思います。」

塞がりかけた傷口が引き攣れて痛みが走るのだろう。しばらくすれば肌に馴染んで痛みも感じなくなる。
淡いブルーの病院服の上から、傷口を抑えたところで、何か、服の中に違和感のある物体が触れた。金属質な、冷たく硬い感触。手繰り寄せ、引っ張り出したのは、銀のチェーンで首から下げられた、リング。あしらわれた貝のマークは、これがボンゴレリングである証。星が欠けた盤は朝日を反射して白く輝く。

「これは……!奪われたはずでは……」

そこまで言葉を紡いだ所で、ふと気付き、言葉を止める。そうか、ディーノさんがここに来たのはこのため、つまりバジルは……。

「気付いたみたいだな。」

「奪われたのはまさか……」

「…囮、って事だな。」

バジルにすら知らされて無かっただろうがな。そう言ってディーノさんは眉根を寄せる。確かに、あまりいい気分にはならないだろう。

「しかたねー、とは言わないが…。家光さんにとっても、相当覚悟した決断だと思うぜ。」

わかっている。そんな事はわかってはいるんだ。だけどどうしても、やるせない。私達は囮のためにここまで命を張ったのだから。しかし、バジルが居なければ、本物のリングは今ここに届いていなかったかもしれない。
そういう意味でも、尊いリングを見詰めていると、ディーノさんがふと、視線をあげた。

「お、来たみたいだな。」

「え?」

ディーノさんの視線の先を追いかければ、窓の外に制服姿の幼馴染が。
ん?制服……?あれ、もしかして今日は。

「……ディーノさん、私、気失ってからどれ位経ちました?」

「えーと、昨日の昼前からだから、大体一日ってとこか。」

目の前にかけられた時計を見やれば、時刻は七時三十分。昨日の日曜日から丸一日ということは、本日は月曜日、平日である。つまり、学生の自分は平常通りの授業があるという事。

「なんてこったよ……。」

あまりの絶望感に、再び意識を飛ばしかける。今日は休むしかあるまい。

「まぁまぁ、ちょっとくらい、いいじゃねーの。てか、アイツんとこ、行かなくていーのか?わざわざ朝っぱらから来てくれてんだろ?」

そうだった、あの寝坊常習犯の武が何故だか起きてここに来ているのだ。明日は雨、いや槍でも降るんじゃないだろうか。
足元に用意されていたスリッパをつっ掛け、ベッドから立ち上がる。病室を出る直前、背後から「青春だねぇ。」とか何とかディーノさんの部下の方が宣っていたが、聞こえなかったことにしておく。
青春、それこそ私には一番似合わない言葉だと言っても過言ではない。と、少し考えながら廊下の角を曲がれば、丁度武は入口の扉をくぐった所だった。

「桜!!」

私の姿を認めた途端、まるで犬のように駆け寄ってくる武。

「……怪我、いいのか?」

そう言って私をのぞき込みながら、奴にしてはらしくない、心配と後悔に歪んだ顔をするもんだから。
ついつい私は、そんな奴の頬を掴み、グ二グ二とその少し弾力のある頬を手で弄んでやる。そうすれば、武は寄せた眉を伸ばし、私の手を掴む。

「いてーっ!いてーって桜!!」

「全然大丈夫だっつーの。らしくねー顔してんなよ。」

顔の筋肉つるぞ、そう言って笑ってやれば、武は少し目を見開いた後、ふにゃりとまたいつも通りの笑顔を浮かべた。
あぁ、やはりこいつには笑顔が似合う。

「良かった。」

「心配すんな、部活してたらこんくらいの怪我よくあるだろ。」

そんなに頻繁にあるわけでは無いが、そういう事にしておく。別に私の怪我に武が深刻な顔をする必要は無いんだから。

すると入口から、ワイワイと騒がしい声がする。武の頬から手を離し振り向けば、ツナ君と獄寺が連れ添って扉を開くところだった。

「あっ、貫薙さん!もう起きて大丈夫なの?!」

「あぁ、大丈夫だ。」

頷いて見せれば、ツナ君は安心したようにホッと息を吐いた。かなり、気に病ませてしまっていたのか。申し訳ないな。

「山本も、昨日はゴメン!助けてもらったのに……あんな……。」

ツナ君はさらに肩を落とし、頭を下げる。しかし、武は気まずそうに生返事を返す。後ろに従う獄寺も、立つ瀬が無いように目線を逸らしている。
まぁ、リボーンさんにあんな言い方されれば、そうなるだろうな。リボーンさんは的を射たことを言う分、それは時としてとても突き刺さる。

「そんなことよりも、三人はどうしてここに?」

この重苦しい空気を変えるため、話題をふってやる。まぁ、空気を変えるためとはいえ、実際これは気になることだ。こんな朝という忙しい時に、わざわざここまで来た皆の理由を聞きたい。

「そう、妙なことがあったんだよ。」

仏の助け舟とも言わんばかりに、武がその話題に食いつく。

「俺もッスよ!」

獄寺も珍しく武に同意し、二人共何かを取り出した。

「ポストにこんなもんが入っててさ。」

「もしかして昨日のヤツ絡みかと思いまして。」

二人が取り出したのは、半分に欠けたリング。私の首にかかっていたものとほぼ同じデザインだ。二人に配られたのか。まぁ、妥当と言えば妥当なのか?とうとう幼馴染が私と同じ道に足を踏み入れたことに少々の心配を感じる。
ツナ君は二人が取り出したそのリングを見て、顔を真っ青にして驚愕の声を病院内に響かせる。

「ツナ知ってたのかーこれ。」

ツナ君の焦り様にはまるで似つかない、のほほんとした声が隣から聞こえる。

「やばいって、それ……つーかなんで!?なんで獄寺君と山本にも……?!」

「選ばれたからだぞ。」

鶴の一声。まさにその表現が正しい。先程までわたわたと焦っていたツナ君は、その声を聞いた途端、スッと呼吸を落ち着かせる。
四人纏めて振り返れば、待合室の受付に腰掛けるリボーンさんと、その隣に立つディーノさんの姿が。
二人共いつの間に後ろに立っていたのだろう。気付かなかった。
二人の気配の消し方に感嘆していると、リボーンさんが説明のため更に口を開いた。

「ボンゴレリングは全部で八つあるんだ。そして八人のファミリーが持って初めて意味を持つんだからな。」

ツナ君がその言葉に、疑念と驚愕が混じった表情を見せる。

「お前以外の七つのリングは、次期ボンゴレボス沢田綱吉を、守護するにふさわしい七名に届けられたぞ。」

「なぁ?!」

静観な病院内に、ツナ君の驚きの声が響き渡る。

「俺以外にも指輪配られたの!??」

「当たり前だ。ボンゴレの伝統だからな。」

ボンゴレリングは、初代から連綿と受け継がれるファミリーの証、だが、半分だけを手渡されるなんて、今までの歴史の中で一度だって……。
怪訝に思い、思案していた私の思考は獄寺の姦しい声に掻き消された。

「十代目!ありがたき幸せっス!!身の引き締まる思いっス!」

涙を流しながら、感激に打ち震えている獄寺。かなり嬉しいみたいだな。まぁ、ボンゴレ所属の現役マフィア君からしてみれば、当然か。

「獄寺のは『嵐のリング』、山本のは『雨のリング』だな。」

リボーンさんが彼等の手にあるリングそれぞれを見る。私のリングはまぁ、わざわざ見なくても、な。

「そーいや、違うな。」

「ん?そーなのか?」

興味深そうにリングを比べる獄寺と、やはり気の抜けた武。こいつにはもう少し緊迫感というか緊張感みたいなものは身につかないのか。
そういえばと、以前野球の大会前でも気楽に笑っていた奴を見たのを思い出した。……これは一生無理だな。
これからの幼馴染に、気苦労が絶えない絵が予想でき、今からため息をつく。

「なんだ?雨とか、嵐とか……。天気予報……?」

「初代ボンゴレメンバーは個性豊かでな。その特徴がリングにも刻まれてんだ。」

初代ボスはすべてに染まりつつすべてを飲み込み包容する、大空のようであったと言われている。
故にリングは『大空のリング』。
私の脳裏にちらりと薄く、先日の夢の男性が浮かぶ。

「そして守護者となる部下達は、大空を染め上げる天候になぞられたんだ。」

リボーンさんが説明のため、再び口を開く。私も、何度か父や祖母の梅から聞かされたことがある。
大空を守護する、七人の守護者の役割と使命について。

全てを洗い流す恵みの村雨『雨のリング』
荒々しく吹き荒れる疾風『嵐のリング』
何者にもとらわれず我が道をゆく浮き雲『雲のリング』
明るく大空を照らす日輪『晴のリング』
実態の掴めぬ幻影『霧のリング』
激しい一撃を秘めた雷電『雷のリング』

「そして、いついかなる時も大空に寄り添う煌めき『星のリング』。」

私の首にかかっているリングのことだな。まぁ私は選ばれたというよりは、決まっていた、という方が正しいのだが。

「つっても、お前らの持ってるリングだけじゃまだ……」

「ちょっ!ストーップ!!」

リボーンさんがまだ説明を続けようとしたところで、割って入るツナ君。

「とにかく俺は要らないから!」

そう言って必死に、首から下がるリングを外す。要らないのか、それは困ったな。ツナ君にボンゴレ十代目を降りられてしまっては、私は御飯の食いっぱぐれだ。
でもまぁ、断るなんて、確かにツナ君らしいと言えばらしい。誰よりも平穏と日常を望んでいる。
すると、隣の幼馴染も困ったように眉尻を下げながらリングを差し出す。

「わりーんだけどさ……、俺も野球やるから指輪はつけねーなー。」

こいつはなんて不名誉な。獄寺も思いっきり顔を歪め、武の方を睨んでいる。
でも、心の片隅で、少し安心している自分も居た。こいつの甘さは、マフィアには向かないと思う。かと言って、こいつが甘さを捨てられるようなやつには思えないし、……捨てた武なんて、見たくない。
味方ができたとばかりに、わかりやすく表情が明るくなるツナ君が、饒舌に喋り出す。

「それに、そんなの持ってたら大変なんだって!!昨日のロン毛がまた狙ってくるんだよ!!」

おっと、それは無駄な情報だったんじゃないか、ツナ君。負けず嫌いのこの能天気バカに、そんな情報を教えてしまっては。スッと二人の纏う空気感が変わる。

「……アイツ、来んのか……。」

しみじみと、遠くを見つめながら眉を寄せる武。あーあ、スイッチ入ったなこれ。もう止まんねーぞこいつは。

「あ、あれ?どうしたの?二人共……。」

明らかに空気が変わった二人に、おずおずと声をかける。ツナ君、諦めるんだ。腹くくれ。

「これ、オレんだよな。やっぱ貰ってくわ。」

「え?!」

突然の転換に、ツナ君はまだ思考が追いついていないようだ。武はにっと笑ったかと思えば、もう駆け出しかけている。

「負けたまんまじゃ、いられねー質みてーだな。オレ。」

「俺も、十日でこのリングに恥じないように生まれ変わって来ますんで!!」

「ちょっ!獄寺君まで……!!」

「あ、そうだ。桜、ちゃんと養生しとけよー。」

出ていきかけたところで、扉から顔だけ覗かせて来る幼馴染に、適当に手を振り返す。そして、今度こそ、扉が閉まり病院内は一瞬シンと静まり返る。
武のことだし、やっぱこうなると思ったんだよなぁ。ツナ君の悲痛な訴えは、二人には届かなかったようで。
むしろ焚き付けてしまったか?無意識的に彼らをやる気にさせたツナ君を見て、少し笑いを零す。天性的というかなんと言うか。流石ツナだなー、と背後でカラカラと笑う兄弟子も、随分楽しそうだ。

「この十日間で残りの五人の守護者も鍛えねーとな。」

リボーンさんが、受付カウンターから飛び降りながら帽子を脱ぐ。

「そんな……、てか、あと五人って…誰なんだよ。」

「その内の一人は、絶賛今お前の目の前にいるぞ。」

はい、居ます。さっきからずっと。
あれもしかして……。

「えっ!てことはやっぱりディーノさん!?」

がっくし、気付いていなかったのか。
結構鈍いなツナ君も。昨日の一件で結構バレたと思ったんだが……。

「ちげぇよ。俺はキャバッローネのボスだぞ?ボンゴレの守護者になれるかっての。」

「デスヨネー……。」

ショボーンと頭を垂れるツナ君。うん、ですよね。

「もっと身近にいるだろ。」

「え?じゃあ、もしかして……。」

ツナ君がゆっくりとこちらを振り返る。
やっと気付いたのか。

「もう、結構察してくれてるかと思ってたんだが、そんなことは無かったな。」

苦笑いを浮かべながら、病院服の下に隠れていた銀のチェーンを引っ張り出す。その先には、武、獄寺と同じハーフボンゴレリング。

「私が、『星の守護者』だ。」




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