標的6 駅前にて
「…あー、今日もいい天気だ……。」
風に揺れる洗濯物を眺めながら、思いっきり伸びをする。今日は天下の日曜日。どこぞの馬鹿は補習だろうが、勤勉な学生である我が身としては、嬉しい休日だ。
いつもよりゆったりと朝食を作り、家のベランダで、鼻歌交じりに洗濯物を干す。爽やかな洗剤の香りに、さらに、今日は最高の洗濯日和ときた。これはもう、本当に素敵な休日だ。
日常の幸せを噛み締めながら、二階への階段を降りる。さて、今日の昼飯は何にしよう。店の手伝いついでに、父のリクエストでも聞いておくかと、一階の店へと降りる階段をさらに降っていこうとした時、タイミング良く、聞きなれた電子音が鳴り響いた。踵を返し居間に戻れば、机の上に置いていたケータイが震えている。こんな休日の昼前に、誰だ?
「武?」
ディスプレイに表示された幼馴染の名を見て、少し、眉間にシワを寄せる。
あいつは今、補習で学校にいる筈だが……。
「もしもし。」
『おう、桜?今から皆で遊びに行くかってなってんだけど、来れねー?』
電話口から聞こえる武の明るい声に、呆れと怒りの混じった溜息を漏らす。全くもって、何かあったのかと少し心配した自分が愚かだった。
「それはそうと武、お前今日の補習は?」
『……。』
沈黙。サボりだなこれは。
無言の圧力に屈したのか、先ほどとは打って変わった電話越しの空気は、遺憾の意を体現しているようだ。
「…ま、何かあったんだろ。理由。」
奴は居眠りこそ多いが、別に不真面目な訳では無いことくらいは、私はよく知っている。大方、最近よく絡んでいるツナ君辺りに何かあったんだろう。
『桜……!』
今度はまるで仏でも拝むような声色に変わり、電話越しでも武の感情の機微がわかりやすく、ついつい笑みをこぼす。きっと今の武は目を輝かせている事だろう。
「で、なんだって?」
『おぅ、今からツナとか獄寺とかと遊ぶんだけど、来れるか?』
補習組全員サボりかよ。てか、やっぱりツナ君か。
「ツナ君も来るのか。」
昨日の家光さんからの手紙もあるし、もうそろそろ、ツナ君との接触も多くしていかないとな。今日、明日にでも有事が起こってもおかしくない。
「行く。どこ集合だ?」
答えれば、なぜだか電話口からは無言の返信。
「武?」
『……ん?あぁ、えっと、駅前のロータリー集合な!』
ぼーっとでもしていたのだろうか、ワンテンポ遅れて返された返事に、取り敢えず頷く。
『じゃあ、後でな!』
そしていつもと比べれば、すこしよそよそしい程に切られた電話。一体なんだっていうんだ。
少し疑問を感じながらも、通話が終了したことを告げているケータイ画面を閉じた。出かける準備を始めるとしよう。
あぁ、そうだ、下で働いている父に、今日の昼飯は、各自用意だと伝えに行かなくては。
「お、桜ー。こっちこっち。」
指定場所に到着すれば、もう既に幾人か集まっているらしく、少し遠くからでもその大所帯が良く解る。手を振る幼馴染に、ヒラヒラと手を挙げて応える。
「悪い、待たせたか?」
「いや、まだ笹川と三浦が来てないから大丈夫。」
あぁ、あのクラスの美人も来るのか。そう言えば、こいつらは仲が良かったんだったか。クラスでよく話しているところを見たような気がする。
平時の記憶を思い返していた私の、目の前にいた幼馴染の肩を何気なく眺めた時、私は驚愕した。
「って、え?」
そう、武の肩にはあのリボーンさんが乗っていた。かなり居心地良さそうに。恐れ多くて私には出来ないな。
「リボー……」
リボーンさん、そう呼ぼうとした瞬間、彼の手に拳銃が握られているのが目に入り、慌てて口を噤む。
すると、リボーンさんはそれでいい、とでも言うように、拳銃を懐に戻した。
あぁ、そう言えば、こいつらにはまだ私が星の守護者だってことを伝えていないんだった。なのに、リボーンさんと知り合いだなんてバレたら、それは確かに面倒臭い事になる。まぁ、近いうちに説明することになるんだろうが。
「あ、貫薙さんは初めてだよね?うちで面倒見てる赤ん坊なんだけッ!……」
リボーンさんを凝視していた私に、取り敢えず繕おうとしたのか、説明し始めたツナ君の眉間に、容赦のないリボーンさんの蹴りが……。
わざわざ繕わなくても大丈夫なんだけどな。
リボーンさんには祖母や、家光さん繋がりで、私が生まれた時からお世話になっている。短期間ではあるが、昔家庭教師をしてもらったこともある。
だからまぁ、リボーンさんのこの姿の割に大人びた言動だとかは、大して気に留めていないのだが。
そんなことは露も知らないツナ君は、あまりの痛みに座り込み、呻いている。たしかにあれは痛そうだった。
「お、来たっぽいぞ。」
呻くツナ君を特に心配する様子もなく、向こうからやって来る笹川さん達へ視線を向けるリボーンさん。
……頑張れ、ツナ君。
私も一時ではあるものの、リボーンさんにしごかれた身として、心の中で応援しておこう。
全員揃い、適当にぶらつき始めたところで、未だ武の肩に乗っているリボーンさんが口を開く。武の肩が気に入ったのだろうか、確かに毎日投球練習しているだけあって、肩の筋肉は良いだろうが。
「おい、ツナ。サボった分の勉強は、帰ったらネッチョリやるからな。」
リボーンさんのその言葉に、絶望した悲鳴をあげるツナ君。あぁ、そうだった、この馬鹿にもネッチョリしておかなくては。
「武、笑ってるけどお前もだからな。」
「あー、やっぱそれ、言うと思ったんだよなー。」
隣を歩く馬鹿は大げさに溜息をつき、表情を落胆の色に染める。当たり前だ。本来なら行かなくちゃならない補習をサボったのは誰だと思ってやがる。
「まぁ、桜が教えてくれるならいいか。ねっちょりでも。」
沈んでいた顔が瞬く間にいつもの、底抜けに明るい笑顔に戻る。
「学校で授業受けるよりも、桜に教えてもらった方がわかりやすいんだよなー。」
「え、そうなんだ?」
武の向こうから、先程まで絶望に悲嘆していたツナ君がひょっこりと顔を出す。
「だからって、人のことばっか当てにすんなっつーの。自力で勉強する努力をしろ。」
頼られるのは悪くない気分だが、あまりに頻繁すぎる。もう少しは自力でやって欲しいもんだ。
「まぁまぁ。あ、そーだ。ツナもまた補習引っかかりそうになったら、桜センセーに勉強教えてもらうといいぜ。」
少しからかうような物言いに、拳を握りしめる。こいつはいつまで経っても懲りないようだな。
「ほーう、武君、君はそんなに帰ってからのネッチョリが楽しみなのか。」
今日はリボーンさんに習って、スパルタで行くとしよう。そう決意を固めると、焦ったような声が隣から上がる。それと同時に、私達の前方を歩いていた少年、確かフゥ太君だったか、がクルリと振り返る。
「僕、ゲームセンター行きたい!」
すぐ近くにあった、並盛では中々の規模のゲームセンターを指差す。天真爛漫なその笑みに、ついつい口元が緩む。
「お、いいな。行くか。」
「え、ちょっと待て桜、さっきの話は……」
「さーて、今日はテキスト何ページ進むかなー。よしフゥ太君、行くか!」
「うん!勝負しよー!」
さて、背後に武の青ざめた顔が見えた気がしたが、まぁ自業自得だな。今晩泣くのはあいつだ。
待ちきれないとでも言うように、私の手を引いて、今にも走り出しそうなフゥ太君を微笑ましく思いながら、絶望した様子の奴に、心の底でほくそ笑んだ。
「というか、あれ?十代目は?」
勝負という言葉に過敏に反応し、ノリノリでゲーセンへの歩みを進めていた獄寺が、ふと我に帰り、あたりを見渡す。
「ツナさんなら、ランボさんを探しに……。」
三浦ハルが指さす先には、……あぁ、お疲れツナ君。
ランボを腕の中に抱えながら、どこかのお店の店員さんらしき人に平謝りしているツナ君の姿が。この少しの間に一体何があったんだろう……。
「勘弁してよーランボ……。」
トボトボとこちらへ戻ってくるツナ君は、この数分の間でどっと疲れたようだ。だが、その傍を歩いてくるランボは全く気にも留めていないようで。
「ランボさんのどかわいた!」
お気楽にツナ君の制服のズボンを引っ張っている。
「あぁ、自販機行くか?」
手を引くフゥ太君を止め、疲労困憊のツナ君を気遣って聞いてみるが、遊びたがりの少年は歩みを止めてくれなかった。
「えー、僕ゲームセンター行きたいー!」
少し口を尖らせて、駄々をこねるように再び手を引くその姿はとても可愛らしいが、ツナ君にとっては心労の火種だ。
「いいよ。皆先に行ってて。」
困ったように眉尻を下げて、弱々しく笑うツナ君は、本当にこの数分で十歳くらい老けたんじゃないだろうか。
十年バズーカ打たれたか?
というか、早く行かないと今度はフゥ太君がむくれてしまいそうだ。少しでもツナ君の心労を減らしてあげよう。
「じゃ、そこだからな。」
「すぐいくよ……。」
ランボに振り回されながら、それでも面倒を見てやる姿は、確かに優しいな。
今まで、ダメな部分しか見てこれなかったから、今日ひとつ、未来の上司の長所を知れてよかった。
まぁ、リボーンさんが家庭教師を引き受けるくらいなんだから、まだまだ未開花の才能が眠ってるんだろうけどな。
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