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標的1 胎動を始めた物語





ピピピと、いまだになり続ける目覚まし時計に手を伸ばし、その不快な音を止める。むくり、と起き上がり先程見た夢のようなものを思い出す。

嫌に変で、そしてリアルな夢だった、あの、懐かしさを感じる人は誰だったんだろうか。

バサリと布団を剥ぎ取り、覚醒しきらない頭で考えるが、ぼんやりとおぼろげな記憶に、そこで考えるのを諦めた。
先程までけたたましい音を奏でていたその針は、そんな間にも無情に時を刻み続けている。

「早く、起きねぇと……」

ギシリと音をたて、ベッドから立ち上がった。



貫薙家内に、目覚まし時計の音が鳴り響いてから、およそ十五分。先程の静まり返った家とは、少し様子が異なる。
台所から、良い香りと共にトントントンと包丁の小気味良い音が聞こえてくる。
その匂いと音に釣られるかのように、台所に立つ私のもとに、近寄る影があった。

『…おはよう。父さん。』

ボリボリと頭をかきつつ姿を見せたのは、私の父親である貫薙 神司(シンジ)。
自分と似通ったその顔を、眠気で歪まされていると、もう苦笑いしかでない。

『顔、洗ってきたらどうだ?まだ出来てないし。』

その言葉に父は、あぁと、あくびを混ぜた返答を返し、洗面所に消えた。
あと数分もすれば、いつも通りの父が出てくるだろう。それまでに朝食を完成させなくては。

味噌汁に味噌をとき温めながら、ご飯をよそい、卵を割る。フライパンに、芳ばしい音が響く。そうやって、てきぱきと朝食の準備を整え、机に並べていく。二人分の箸、茶碗、料理。
もう、父と二人で暮らしはじめて何年だったか。そろそろ、九年かそこらになるのだろうか。月日が立つのは早いものだ。
母の葬式の事なんてまだ昨日のことのように思い出せるのに。お経の響き、香の匂い、母の死に顔、そして…幼馴染みの、悲しそうに歪められた、顔。

そんなことを考えながら、すべての準備を丁度終えたとき、ガチャリとリビングの戸が開き、先程とは打って変わった父。私と同じ黒い髪を、軽くオールバックにまとめ、先ほどの寝ぼけた顔は、キッチリ締まっている。

「ん、良い匂いだ…。」

少し表情をほころばせ、いつも通り、食卓へつく。私もそれに習い、父の正面の椅子を引く。

「いただきます。」

「いただきます。」

静かに音をたてながら、食事が進む。
つやつやに炊き上がった白米を、一口飲み込んだところで、昨夜見た夢の事を思い出した。

「父さん。」

うまそうに味噌汁を啜っていた父は、優しげに微笑んで、先を促した。
金髪の男性、そして『時が来た。』という言葉、そして、なぜだか分からないがどこか懐かしいあの夢を、一通り話す。話が終わった瞬間、父の目が鋭く光った気がした。

「ただの夢なのかも知れないけど、なんかやけに気になってさ。」

そう、ただの夢にしてはやけに記憶に残る。父は、味噌汁をもう一口大きく啜ると、箸をおいた。
痛いくらいの沈黙が、室内に流れる。

「………なるほどな…。」

そう小さく呟くと父は、席をたち、リビングから出ていってしまった。
しばらくして帰ってきた父の手には、一通の手紙が握られていた。

「父さん、これは…?」

「開けてみろ。」

父の目はいつもよりも鋭く、出す空気もピリピリとしているのを肌に感じる。羊皮紙の封をほどき、手紙を開く。

「…!これは、家光さんからの手紙?」

中身は全てイタリア語で書かれているが、幼い頃から父に外国語を叩き込まれているため、問題なく読むことができる。
そこには、こう書いてあった。

《や!桜ちゃん。久しぶりだな。神司の馬鹿の世話は大変だろうが…頑張ってるか?神司に無理なこと言われたら、遠慮せず言えよ?直ぐにぶっ飛ばしてやるから…。っと、今回の用件はこんなことじゃなくてだな。》

いきなりフレンドリーに始まるな。
家に漂うピリピリとした空気が、和らぐのを感じる。

「…家光らしいな…」

その家光さんからの文面に溜め息をつきながら、食事に戻る父。

《今回、こうして手紙を書いたのは、ボンゴレに異変が起こったからだ。今まで俺は、贔屓目であるかもしれんが、俺の息子、ツナが次期ボンゴレのボスになるものだと思っていた。だが、近頃九代目は、XANXUSへの対応がかなり寛容なように思う。》

「確かに、最近梅さんから九代目の様子がおかしいと、手紙が来てたような……。」

先日送られてきた、祖母である貫薙梅からの手紙を思い返す。

《そして、つい先日、XANXUSと直属の暗殺組織ヴァリアーに、九代目が所持していたハーフボンゴレリングが、譲渡された。》

「はぁ?!」

あまりにも驚きすぎて、手紙の一文を三回ほど読んでしまった。

「…む、そりゃこまったな…。」

言動のわりに、かなり落ち着いた様子で味噌汁を飲む父。

《こんな突然の九代目の行動はどこかおかしい。だから俺の所持するハーフボンゴレリングをツナ達に託す。だから、桜ちゃんも覚悟を決めておいてくれ。リボーンの許可はとっておいた。少々危なっかしい息子だが、よろしく頼む。

P.S.今度日本にいくから、夕飯食いにいくわ。》

「…………。」

絶句、という反応しかすることができなかった。

「…父さん……。」

この事態について、我が大黒柱はどう思っているのか、反応をうかがうと、

「…桜、家光が来たときは、和食で出迎えるべきか?それともイタリアンか?バジルも連れてくるだろうしな…。」

バジル達部下の口に日本食は合うだろうか?
何てことをぶつぶつと呟いていた。

「…………………うーん、やっぱり和食だろ。久々の日本だし、せっかくだからな。」

「そうだな。じゃあ、和食に決定して、買い出しもしとかないとな。」

父はスッキリしたとでもいうように、朝食最後の一口を放り込み、手を合わせる。

「…って、そうじゃなくて!大変なことだろ?どうする?」

父のその緊張感のない様子に、すこし拍子抜けしながらも、がたり、と椅子から立ち上がり、声を荒らげる。

「落ち着け、どうせリングが来るまでなにもできん。家光達が来るのを待て。」

飄々と落ち着いた様子で、静かに食器を台所に持っていく。確かに父の言う通りでもある。ここは、待つしかないのか。

「……。」

自分も食べ終えた皿を台所に運ぶ。
調理は自分の担当で、後片付けは父の担当だ。この数年で父も随分と皿を割る回数が減ったものだ。

「…それよりも、ゆっくりしてて良いのか?今日は平日だぞ。」

カチャカチャ食器が触れ合う音を鳴らしながら、父が瞳もあげずに忠告する。

「あ、」

居間の時計を見上げれば、既に針はいつも家を出る時刻を指していた。

「やべっ!!」

速攻で頭をボンゴレから、中学生に切り替える。騒々しく足音を立てながら、階段を駆け上がり、高速で並盛中の制服に着替え、鞄をひっ掴む。

「おっと。」

そのまま、玄関に向かおうとした体を反転させ、洗面台へ。大きな鏡に自身を写し、肩に垂れる髪を結い始める。直毛の髪は、意図も容易く纏まってくれる。こう言うときは便利だと思う。いつものポニーテールに纏め、最後に時計の針がいつもの時間五分過ぎであることを確認する。
玄関で靴を履くと、傘立てに立て掛けてある、自身の身長ほどありそうな黒い薙刀袋を肩にかけ、少し小走りに家を出た。
扉を閉める瞬間の父の、のほほんとした気を付けてな、を聞くと、本当に自営業って言うのは良いもんだとおもった。



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