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標的2 とある朝




家を出て、学校に向かういつもの道を心持ち急いで歩く。だが、その途中で竹寿司と看板がかけられた店に立ち寄り、ガラリと、見慣れた木の引き戸を開いた。

「お早うございます。」

フワリと香る木と酢の匂い。その中、カウンターで包丁片手に仕込み中である、白い板前服姿の男性。

「おっ!桜ちゃん!いつもいつもすまんな。武のやつ、まだ寝てやがる。叩き起こしてやってくれ。」

困ったようにニカリと笑う剛おじさん。

「…また、ですか……。」

おじさんの言葉に苦笑いを浮かべながらも、ハァ、と一つ溜め息をつき、店の奥の居住スペースに繋がるのれんを、慣れたようにくぐる。
何故、私が学校に行く前にここにいるのかと言うと、寿司を食いに来たわけでもなく、剛おじさんの笑顔を見に来たわけでもない。幼馴染の野球馬鹿を迎えに来たのだ。トントンと、もう見慣れた武の家の階段を登る。

「武ー、入るぞー。」

入室を尋ねる言葉に返事の一つも待たず、スッとふすまを開ける。
思春期男子の部屋に、のうのうと入る時点で、少し疑念が浮かばないこともないが、武も私の部屋によくよく上がり込んで来るんだから、相殺にしておいてもらおう。

畳じきの六畳間。蘆草の独特の匂いに混じって、匂いなれた幼馴染みの匂い。
机の上に散乱した教科書類。部屋のそこかしこに転がる野球ボールや漫画雑誌、洗濯物の類。相も変わらず、お世辞にも綺麗とは言い難い部屋。その部屋で、安らかに眠る少年。

「武ー、朝ー。」

シャッと、カーテンを開け、布団をひっぺがす。武とはもう十四年の付き合いだ。生まれた時から、家も近く親同士も知り合いだったため、仲がよくなるのに、たいした違和感はなかった。気付いたときから隣に居たとは、正にこの事。
しかし、この十四年付き合ってきた幼馴染みだとて、遠慮はない。むしろ幼馴染みだからこそ、遠慮はない。

「お、き、ろ!」

少し強めに声をかけるが、全く起きる気配はなく、むしろ気持ちよさそうに、寝息を立てている。
見ているこっちが眠くなりそうなほどの豪快な熟睡っぷりに、自然と呆れの溜息が漏れる。とりあえず、軽く額を叩く。

「…ん、…」

反応あり。よし、もう少し強めにいこう。

「置いてくぞー、武!」

べしべしと音を立てながら、武の顔を叩く。そろそろ堪忍袋の緒が切れて、肩にかけてある薙刀袋で叩こうとしたところで、その瞳がゆっくりと開かれる。

「…う、ん?桜…?今…何時…?」

寝転んだまま、問いかけてくるので、武の部屋の時計をみて、答えてやる。

「八時五分。」

すると、さすがに今おかれている状況のやばさに気づいたのか、ガバリと体を起こした。

「まじで!?ヤバッ!わりぃな、桜!一分で支度するから、下行っといてくれ!」

「はいはい。」

ガタガタと、タンスから制服を出しながら、鞄に教科書を詰める武。トントンと、階段を降りていき、おじさんに挨拶する。

「起きましたー。」

「いつもいつもすまんね。あのバカ。」

呆れたように大きく溜め息をついて、ネギを切っているおじさん。

「ところで、桜ちゃん。今日は放課後来るのかい?」

「あ、はい。今日は部活が無いので。」

どたどたと、階段を降りてくる武の足音を聞きながら、答える。

「そうかい。今日は確か武も部活で遅くなるっていったから、丁度良いな。」

そういった瞬間、のれんをくぐって、武が顔を出した。

「桜、わりぃ!待たせた!!」

こいつ、ほんとに一分で出てきたぞ。

「ちょっと待て、武。これ食っていけ。」

そのまま家を出ようとする武に、そういって投げられたのは一枚のパン。

「お、サンキュー親父。」

それを口にくわえ、引き戸を開ける。
成長期にはこのパンも貴重な栄養源なのだろう。近ごろさらに延びた背を見て思う。

「おじさん。それじゃ。」

「おう。いってらっしゃい。」

そうしてようやく私は、学校への登校路を歩き始めた。



「…まったく、昨日は何時に寝たんだ?」

隣を歩く幼馴染は、モグモグとパンを咀嚼しながら応える。

「えーっと、日付変わったくらい?」

「部活で疲れてんだろ?だったらもっと睡眠時間とっとけよ成長期。」

隣の幼馴染を見上げながら、呆れたようにため息をつく。全くこいつは。

「今度寝坊したら、置いていくぞ。」

そう言うと、武はパンを飲み込んで快活に笑う。

「そんなこと言いながら、いつも待ってくれるからな。桜は。」

「…よし、今度はほんとに置いていく。雲雀に殴られても知らん。」

少し早足になり、学習しない幼馴染みを引き離そうとする。

「悪かったって。ところで、薙刀部は大会いつなんだ?」

顔の前で手を合わせながら、誤魔化そうと別の話題をふってくる。
それより、こいつまたでかくなったんじゃねぇの。脚の長さが違いすぎるぞ。恐るべし、成長期。早々に追いつかれた。

「あー、そろそろだな。野球部もこの前秋大だったか。」

「おう。桜は、今年主将だから頑張んねーとな。日にち決まったら教えてくれよ。親父と寿司もって応援行くから。」

いつも通り、何の緊張感のない満面の笑み。さっきまでの些細な不満が溶けるようだ。こう言うところが、こいつがヒーローとか言われる所以なのだと思う。

「おじさんには教えとかないとなー。」

「……俺は?」

結構本気でショックを受けた顔をしていたので、笑い飛ばしておく。

「半分冗談だ。寿司、楽しみにしとく。」

「…半分本気なのか。」

少し神妙な顔をしたあと、直ぐにハハハッと笑い、腕を頭の後ろで組む武。

「…ん、」

そんな武が、なにかに気付いたかのように、立ち止まって、ある方向に目線を向けた。

「どうした?」

「…あれ、…」

急に、今まで歩いていた大通りから、一本外れた裏路地に向かい、走り出す武。

「…?ちょっと待て、武!」

校内随一とも言われる武の俊足に、出遅れれば見失うのは免れない。その、ツンツンと跳ねた黒髪を追う。

「おい!武!ちょっと待てって…」

流石にこれ以上飛ばされては、見失ってしまうかもしれない、と言ったところで、武は走るのをやめ、立ち止まった。

武の背中から、視線の先を覗き込むとそこには恐らく高校生らしき五、六人の集団と、それに囲まれ、青い顔をしている少年の姿があった。

「…おい。お前ら、何してんだ?」

怒鳴っているわけではない、寧ろいつも通りのほわりとした声色なのにも関わらず、武のその言葉には、屈服しそうなほどの覇気が宿っていた。
いつのまにやら、こんなことを覚えたのだろうか。

「…あぁ?んだ、てめー。」

「このガキの知り合いか?」

「お友達助けに来ました〜ってか?ハハッ、笑わせてくれるねぇ。」

「大丈夫か?ツナ。」

高校生たちの下卑た笑い声など意にも介していない様子で、少年に声をかける武。
ん?ツナ?
そう言えばよくよく見れば、囲まれている少年は近ごろ並盛中で有名人の、沢田綱吉だ。おっと、今朝から始まるとは思っていたが、まさか早々にこうして護衛としての仕事が回ってくるとは。ツナ君は本当にアンラッキーボーイだな。

「おい、無視してんじゃねぇよ!!」

高校生の一人が、武に殴りかかる。反射神経は抜群の武だ。避けられないわけがない。避けつつ、相手の腹に拳をひとつ叩き込む。だが、やはり手加減しているのか、相手の意識を奪うほどではない。
かなり痛いだろうが、動けないほどでは無いようだ。武のこういうところは、少し甘いと思う。

「…武、助太刀してやる。」

肩に背負っている、薙刀袋から一本の薙刀の木刀を取り出す。
長さは一メートル六十センチ程で、薙刀の中では小薙刀に分類される。それを片手で掴み、クルリと回して見せる。

「あぁ、気を付けろよ。大会前だし、桜が怪我したら、俺が親父に怒られる。」

「こんなやつらに怪我なんてするわけないだろ。」

「チッ、こいつら…。やっちまえ!!」

一人が飛びかかってくるのを皮切りに、バラバラになって飛びかかってくる。統率もなにも取れたもんじゃない。これぐらいなら、技を使わなくても良いな。
スーッと、木刀の先を地面すれすれに落として構える。拳を振り上げるそいつの、がら空きになった腹部目掛け、木刀を押し出す。
いわゆる、突き、といわれるものだ。結構クリーンヒットしたし、暫く息はできないだろうな。
その後ろからさらに、鉄パイプをもった奴が殴りかかってくる。頭の上からの簡単な降り下ろし。勢いはあるが単調な攻撃だ。じっと見極め、木刀で受け止める。そのまま、流すように体を回転させてやれば、大した武道も経験していないであろう高校生は、急な重心移動が出来ず、前につんのめる。体制が傾いたところ目掛け、木刀の一撃を首筋に叩き込んだ。

武もいつのまに手に取ったのか、バットを持っており、もう二人地面にのしている。あと、一人だ。と思ったところで、制止の声がかかった。

「おい!こいつがどうなっても良いのか?」

視線を向けると、最後の一人がツナ君の首筋にナイフを突き付けている。
なるほど、実力で適わないなら、人質を取ればいいってか。頭は良いみたいだな。人質に取られたツナ君の顔は、ますます真っ青になっている。

「…ええええ?!ちょっと、お、落ち着きましょう!!」

全然落ち着いてない様子で、ツナ君が言うが、まぁ、聞き入れられる訳もなく。

「武器を捨てな。」

ニヤリと、下品な笑いを浮かべる不良。チラリと、武の方を伺えば、向こうも同じことを考えていたらしく、目が合う。コク、と武が浅く頷いた。

「おい!早く捨てろ!マジにやるぞ!」

ぐっと、ナイフを持つ手に力が籠ったのが、こちらからでもわかった。バットを放り捨てる武。カランカランと、転がる音が路地裏に響く。
少し遠く、高校生の目の前に転がるように投げられたバット。流石毎日馬鹿みたいに野球をしてるだけある。いい位置だ。その目の前に転がるバットに奴の目線がいった一瞬、私は走り出した。距離は五メートル程。

「て、てめぇ!動くなって…………」

高校生の視線がこちらに戻った瞬間、地面を踏み切って飛ぶ。

「は、はぁ?!」

棒高跳びの要領で薙刀を地面につき、高校生の頭上を通りすぎて、すぐ後ろに着地する。そして、後頭部を思いっきり突いてやれば、その高校生はグヘッと汚い声を漏らして、膝から崩れ落ちた。




「いっつッ…!」

「おいおい、大丈夫か?ツナ。」

高校生が倒れこみ、支えがなくなってその場にへたってしまった沢田綱吉に武が手を貸す。

「…ぶつかったら絡まれちゃって…」

たはは、と弱々しく頭をかきながら苦い笑いを浮かべる少年。
これが、時期ボンゴレボス。私の、護衛すべき相手だ。以前から思っていたとおり、かなりの不運不幸なダメダメ少年な訳だが。だが、ほんの少しだけ、昨夜の夢に出てきた男性に似ているような……?

「ほんと、ありがとう。助かったよ、山本と、えっと…」

武に支えられ、よたよたと立ち上がる少年がこちらを見てはてなを浮かべる。

「…貫薙さん?だよね?なんで、ここに……?てか、なんで二人は一緒に……?」

少し驚いたように、首をかしげるツナ君。

「…あれ、武、言ってないのか?」

登下校なども頻繁に一緒だし、あまつさえクラスでは私と武は席が前後だ。ここ二人の関係はまぁ、説明されなくてもわかる気がするんだが。武のバットを拾ってやりながら、問いかける。

「あー、言ってなかった、かも。」

そう言って、お気楽に笑う中々にアバウトな幼馴染みに溜め息を吐き、沢田綱吉に自己紹介をする。

「貫薙桜。並中二年。薙刀部主将。一応、武の幼馴染みだ。家が近くてな。よろしくなツナ君。」

「一応ってどう言うことなー?」

武がなにか言ってるが黙殺して、ツナ君に笑って手を差し出す。苦笑いを浮かべながらツナ君が握り返してくれたところで、背後から声がかかった。

「十代目!!どうしたんですか?!」

キンッと耳に響く声量。
しゅるしゅると、薙刀袋に木刀を戻しながら、声がしたほうを振り返る。そこには、クラス一番の問題児の獄寺隼人が心配そうにツナ君に駆け寄っている姿があった。普段は授業も真面目に受けず、素行不良、ケンカ激強な獄寺だが、ツナ君のこととなると急激に普段の態度の悪さが一変する。こいつがあのスモーキン・ボム隼人か。学校であまり関わったことはなかったが、外からのイメージとは全然違うな。

「ど、どうしたんですか!?そのお怪我!……あぁ?てめぇか?十代目に何しやがっ…」

ツナ君の傍に立っていた、見知らぬ私に速攻でガンをつけてくる。ケンカっ早いな、こいつ。

「違う違う!獄寺君!!貫薙さんは助けてくれたの!」

「あ、そーなんですか?…ま、礼は言っとくぜ…。」

未だ信じられないようで、眉間のシワは取れないままながらも、礼の言葉を告げられる。この態度の変わりようは、傍から見てると、ある意味面白いな。

「それより、俺としたことが、十代目の危機に駆けつけることも出来ず、この野球馬鹿に俺の勤めを奪われるなんて…」

申し訳ございません!!と、頭蓋を割る勢いで土下座をする獄寺。ほんとに豹変するな、性格。

「やっぱりツナの右腕は俺だなー。」

「な、てめぇ!…今回は出遅れただけだ。次こそはこんな失態をおかさないように、努力しますので!!」

「も、もういいってば。獄寺君。」

困ったような顔で獄寺を立たせるツナ君。そんな様子を横目に時計を確認する。その瞬間、思わず口からゲッ…、という女らしからぬ声が漏れた。針は、校門がしまる、つまり遅刻判定をされる二分前を指していた。時計の故障ではない。リアルな時刻だ。
三人にクルリと背を向け、走り出しながら忠告する。

「遅刻するぞ。」

裏路地から飛び出し、学校への一本道を疾走する。
私も、足には自信があるのだが、流石野球部と言ったところか、スタートが遅れたはずの武が隣に並んでいる。遥か後方には、ツナを気遣いながら走る獄寺の姿が。確実に遅刻だ。南無三。
校門が見え始め、あと二十メートルと言うところで、リーゼントの風紀委員が校門を閉め始めた。

「ちょっと待てーっ!!」

「待つわけないでしょ。規則は規則。」

あと少しで完全に閉まるだろう校門の前に、トンファーを両手に構えた雲雀が立っていた。

「うわ…。」

これこそ絵に描いたラスボスじゃねぇか。てか、あいつまさか、常日頃から、一般生徒にトンファーで鉄拳制裁食らわせてるんじゃ無いだろうな。
雲雀までの距離があと五メートルと言うところで、校門が完全に閉まるガシャンという音が響いた。

「止まれ。遅刻者には鉄槌を加えないとね。」

ニヤリと笑う雲雀。恐怖の他ない。

「…悪いな、武。」

「…え?」

武に一言謝り、肩にかけてある薙刀袋を持つ。袋から出している暇はない。目の前に迫った雲雀のトンファーの一撃を、それで受け止める。

「……ッ!!おっも…」

一撃だけで木刀を取り落とすかと思った。だが、なんとか持ち直し衝撃を受け流す。そしてそのまま、雲雀の脇をすり抜け跳ぶ。ヒラリと校門を乗り越え、グラウンドの土の上に着地する。
薙刀袋をかけ直し、校門の向こう側にいる武に手を合わせる。

「悪いな!!武!」

「んな!!ずりーぞ、桜!」

武の悲痛な声が聞こえるが、知らん。だって、雲雀こえーし。初対面でトンファーを顔面に放ってきたからな、こいつ。

一年ほど前に、初めて雲雀と対面した時のことを思い出す。その日もこんな朝だったか。あの日は遅刻はしていなかったが。何も言わず、無言でトンファーを放ってきた、あの恐怖は今も忘れられない。あれ以来、よく雲雀に勝負を仕掛けられるが、何とかかんとか逃れてきた。

「…………。」

雲雀が、校門越しにブリザードのような視線を向けて来る。

「………もういいや。行きなよ。」

それだけ告げると、クルリと背を向け、校門前に走ってくる生徒たちのクラスと名前を書き纏める作業に移った。

「…サンキュー、雲雀。」

「……今度、背後に気を付けなよ。」

振り返らずに、冷酷に告げられる言葉は、現実味を帯びすぎていて、悪寒が走った。

「洒落になってねぇ…と言うか、多分洒落じゃねぇ…。」

暫くはこいつが手離せねーな。ギュッと薙刀袋を握り、校舎へ向かって走り始めた。


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