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第4話 銀狼



「……え……?……」

衝撃に備えて、閉じていた瞼を開けば、男の拳は見知らぬ男性に掴み止められていた。
フワリと翻ったその男性の背中には、男達と同じく、狼のマークが。だがその狼は、あの男達二人が背負っていた、くすみ切った牙を欲にまみれた涎で濡らしていた狼とは違い、猛々しく純直に光り輝いていた。
その上を、まるで銀狼のような、光を反射する銀色の毛並みが揺れている。

綺麗だ。
ただ一点、純粋にそう思った。


「……随分と、低劣、だな……ッ……」

低い、だが澄んだその声は、何故だか怒りに溢れていた。
掴んだその腕を、そのまま捻りあげる。
人の関節って、あんな方向に曲がったっけ。そう、回らない頭でぼんやりと考えた時、捻りあげられた男が一際大きな叫び声をあげた。瞬間に、嫌な音を立てたかと思うと、男は白目を向いて床に落ちた。
片割れがいとも簡単にのされたことに、流石に恐怖を感じたんだろう。ヒッと、残された男が息を呑む音が聞こえた。
慌てた様子で、落ちていたワイン瓶の破片を拾い上げると、ぶるぶると震えながら、銀髪の男性へ振り回す。
男性は落ち着いた様子で、その瓶を捉え、そのまま男の首を抱え上げて締め上げる。数秒もしないうちに、男の意識は落ち、握りしめられていたワイン瓶が床に、男とともに転がされた。

一瞬の出来事だった。
まるで赤子の手をひねるかのように、その銀髪の男性は、男二人を床に転がしてしまった。
この人は、誰なんだろう。何故助けてくれたのだろう。それに、あの右腕に嵌められている腕輪は……。
いろんな考えが頭を巡り、タダでさえ回らない頭がパニックを起こしかけている。

「大丈夫か?!」

呆然としていた私に駆け寄り、私の血に濡れた髪を、厭うこともなくかきあげる男性。心配そうに傷口を見つめる実直な様子に、少し戸惑いを感じる。
どうしてこの人は、見ず知らずの私を助けてくれたんだ?
こんな、弱肉強食とも取れる社会では、そうそう自分の利益にならない人助けなんてしないものだ。
獣は、仲間しか助けない。
だが、そんな私の思考は、見上げた先の美しい双眸に塗り替えられた。
あぁ、綺麗な水色の瞳だ。真っ直ぐに煌めいている。まるでビー玉のようだ。
このあたりの人には珍しい色のその瞳に、暫し意識を奪われた。

「そちらの男性も、出血がひどいな。早く止血を…………。」

男性の一言に、呆然としていた意識を引き戻されたその時、聞きなれた安心する声が教会内に響いた。

「ユリっ!!!」

振り向けば、教会の扉を支えに、肩で息をしながら立つ、幼馴染の姿が。朝にセットして言った自慢の黒い髪が、乱れてしまっている。

「舞……」

「……っ!!お前っ!ユリに何したのッ!!今すぐユリから離れろ!」

私のそばに膝をついている銀髪の男性を見た途端、舞は驚きに目を見開き殺気むき出しで飛びかかってくる。
舞はこの孤児院でも、トップクラスの運動神経の持ち主だ。喧嘩も小さい頃から負け無しで、引き絞られた右拳は反応も難しいほどの速度で放たれる。
男性は少し驚いた様子だったが、舞の拳をいとも簡単に受け止め、そのまま拘束する。

「なっ……!くっそ!!離してよっ!!ぶっ殺してやるっ!!」

ジタバタと暴れる舞だが、押さえつけられた体はびくともしない。

「落ち着け!俺は……」

「舞っ!!!」

私の声に、ビクリと肩を震わせ、抵抗をやめる舞。たらりと、黒髪が彼女の肩に垂れた。
まだ興奮冷めやらぬ様子で、息を荒らげている彼女の両頬を手で包み込み、視線を合わせる。

「落ち着け。その銀髪の人は、私と院長先生を助けてくれたんだ。」

「ほ、んと……?」

「あぁ。」

血が上って、ギラギラと光っていたその満月のような黄色の瞳は、私の言葉にゆっくりといつもの色を取り戻していく。
息もゆっくりゆっくりと整ってゆき、深呼吸を促してやる。

彼女を押さえつけている男性と、頭越しに目を合わせ、コクリと頷く。
男性は瞬き一つでそれに応えると、ゆっくりと、その拘束を解いた。

解かれた途端、私とその男性の間に入るように立ち塞がる舞。
流石にまだ、男性を信用はできないようだ。
血塗れの私と院長先生、そのそばで傷口を見ていれば、そりゃ傍から見れば勘違いしてもおかしくはない。

「舞」

少し咎めるように名前を呼べば、舞は気まずそうにその視線をそらす。

「だって……いきなり知らない人に助けられたって言ったって、そんなの簡単に信じろって方が難しいもん。」

納得いってないとでも言うように、そっぽを向く彼女。
その年の割に幼い行動に、苦笑いを浮かべた時、教会の入口にさらに影がかかった。

「確かに、難しいだろうなぁ。でもよ、そいつのバカみてぇな真面目さは折り紙つきだからよ。信じてやってくんねぇかな?」

流れるような自然な声色。少し気が抜けそうだ。振り向けば、赤いジャケットを、逆光に反射させた青年が立っていた。
今日はどうしたことか、来客が多い。
しかも、皆狼持ちだ。彼の腕にもまた、銀髪の男性と同じように、血のように赤い腕輪が嵌められていた。

「タツミ。」

銀髪の男性が、その青年の名を呼ぶ。
タツミと呼ばれた男性。なんだかあの人は私たちのことを分かっているような匂いがする。同じような匂いだ。

「ブレンダン、状況の説明、してくれるな?」

逆光だけれど、その青年がにっと人懐っこい笑みを浮かべたのが分かった。




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