「なるほど。んで、お前が飛び込んだらその子が頭から血流して、殴られそうになっていたから、間に入ったと。」
「あぁ。二人共、話してわかるような様子ではなかったからな。」
その時の私は、かなり意識が朦朧としていたから、ブレンダンさんが入ってきてからのことは、ブレンダンさんにおまかせした。私は、その説明に注釈を入れながら院長先生の手当にかかっていた。
「ユリ……。」
舞が、心配そうにそばで弱々しい声を上げる。
確かに、こんな血の海では心配になるのも分からなくはない。だが、そんならしくない顔してんじゃねーよ。
「あいたっ!」
中指を立て、デコピンを食らわせておく。
「らしくない声出すな。お前らしく、いつも通り元気に、院長先生を呼んでやれ。」
その方がきっと、院長先生にだって届くはずだ。
そう、笑みを浮かべながら言ってやれば、舞は綻ぶように笑い、コックリと頷いた。
だが、よかった。傷口に瓶の破片が入ってしまった様子でもないし、あまり傷も深くない。
「先生っ!先生っ!しっかりして!もう大丈夫だからね!」
舞の呼び掛けに、ほんの少し、あぁ……と、院長先生の口から声が漏れた。
意識もあるようだ。
「先生、頭痛や吐き気はあるか?」
さっき、舞に持ってこさせたタオルで傷口を抑え、強く圧迫しながら尋ねる。
すると、ふるふると、弱々しく院長先生が首を横に振ったのが見えた。
患部の痛みだけで、吐き気はない。
痙攣も見たところないようだし、もう大丈夫だ。殴られてすこし気を失っていただけで、傷口も腫れや頭を切ったことによる出血はあったが、大したことはないだろう。
そう告げてやれば、舞はわかりやすく安堵の息をつき、強ばらせていた肩の力をふにゃりと抜いた。
「手慣れているんだな。」
ブレンダンさんが、血止めのタオルの交換を手伝ってくれながら、感嘆したように口を開く。
「ここ、教会ですから。一応簡単な施術くらいは出来ますよ。」
なるほどな。そう感心したように、だが少し憂いを帯びたような表情で呟いたブレンダンさんの顔が、嫌に記憶に残った。
「それで、話の続きなんだが……。」
院長先生の傷口に処置を施し、私の傷も大体の手当を終わらせたところで、赤いジャケットの男性、タツミさんが口を開いた。
「こいつらは一体何の用でここにいたんだ?」
施術中に舞とタツミさんがやっておいてくれたのか、二人の男は、床に座らされ背を向けあって、ロープで縛り上げられている。
まだ意識は戻っていないようだ。戻っていたとしても、私は奴らに手当を行う義理は無いが。
「一月ほど前から、定期的に来ていたんです。フェンリルの者だと名乗って。」
そして契約金の話をすると、二人は怪訝な表情で揃って顔を見合わせた。
「ブレ公、そんな話聞いたことあったか?」
「いや、俺は知らないな。」
「……?……どういう事ですか?」
私の隣に座る舞も、不思議そうにこちらを見つめてくる。
たしかにあの男達は、フェンリルからの命令で、と言っていたのだ。それに、フェンリルの制服も身につけていたし。
そう伝えると、二人は眉を寄せて考え込んでしまう。
少しすると、タツミさんが何かを思いついたかのように、縛り上げられた男達が着ている、上着を漁り始めた。
「もし、そんな話があるなら、アナグラの中でもニュースになってたっておかしくねぇだろ。」
「だが、そんな話は俺もタツミも、露程も聴いたことがない。」
ブレンダンさんが、まっすぐとこちらを見つめてくる。その水色の双眸を迎え受けるように見詰め返す。その瞳は、嘘なんて知らないほどに、純粋に誠実に輝いている。
「やっぱりだな。」
タツミさんが、ひっくり返しこねくり回していた上着を放り捨て、ため息をつく。
私と舞には、全く話が見えてこない。一体なんだというのだろう。
「こいつら、フェンリルの役員を名乗ってるくせに、身分証明証の一つも持ってねぇ。」
「やはり、か……。」
二人は予想通り、とでも言うように息をついた。
「俺たち戦闘員ならともかく。役員、しかもこんな大事な、金の絡む契約の話をするんだ。身分証の一つも持っていないのはおかしい。」
戦闘員。あぁ、やっぱりこの人達はそうなのか。腕輪で粗方を察してはいたが。
そう言えば、記憶の片隅を掘り起こせば、この赤と青の二人を、避難中の極東支部のどこかで、見たことがある気がしてきた。
「タツミ。支部に入るためのパスカードは。」
「あ、そうか。それが無けりゃこいつら間違いなくクロだぜ。」
タツミさんが再び、地面に放り投げていた男達の上着を漁り始めた。
二人の話の意図が掴めず、舞と顔を見合わせて、首を捻る。
「支部の関係者エリアに入るためには、フェンリルから支給されるパスカードが必要なんだ。フェンリル役員ならば、階級や権限の上下はあれど、みんな持っている。俺達はこの腕輪に認証コードが埋め込まれているから、持ち歩いたりはしないが、もしこいつらがそのカードを持っていなければ……。」
「こいつらは、フェンリルとは全く関係ない、ただの一般人ってこった。」
「そんな……。」
私達は、ただの一般人相手にこんなにも振り回されていたというのか。
「……でも、その制服は……?」
彼らは確かに、この一ヶ月何度かここに通いつめている間、二人同じくフェンリルの職員であることを表す、マークのあしらわれた白い制服を着ていたのだ。
それがあったから、私たちがこんな胡散臭い奴らを邪険に追い払えなかったと言うのもある。
「……これは、俺の推論でしかないんだが……。」
少し忌々しそうに、目を細めて男達を見つめた後、彼、ブレンダンさんは重たそうに言葉を繋いでいく。
「フェンリルの制服は、基本的には厳重に管理されている。職員たちはフェンリル職員以外のものに譲渡することも、不用意に処分することも認められていない。」
ブレンダンさんは、そこまでを一息に言葉にするが、そこから先は喉の奥になにかつっかえたかのように言いよどむ。
しばらくして、だが……と、尚一層眉を寄せ、嫌悪感を顕にしながら、更に口を開いた。
「防衛任務中や、防壁の外で戦死した神機使いに関しては、例外なんだ。
回収が可能な場合は回収するが、状況によっては出来ないこともある。」
そこまで聞いて、理解してしまった。
彼がどうして、そんなにも不快感を顕にして、話しているのかを。
隣の察しの悪い相棒は、未だ理解出来ていないようで、首をひねっている。
「つまり……」
物わかりの悪い身内のために、彼が言いたがらないその先を、私が説明する。
舞の黄色の瞳が、潔くこちらに向けられる。
「…………ゴッドイーターたちの……、死体から、剥ぎ取ったって事だ……こいつらは…………。」
私のその言葉を聞いた途端、舞の息を呑む音が、やけに教会内に響いた。
私の推測は外れていなかったのだろう。異議が立てられることもなく、二人は静かに縛り上げられた男達の背中を見つめていた。
その視線は、かつて、彼らと同じように、崇高な志を持って戦っていたであろう同胞を想ってのものか。
「そんな…………、そんなことして…………それで、もしほんとにただの一般人だったなら……、一発くらい殴っても許されるよね……?ね?ユリ?」
怒りに拳を震わせながら、私の手を握る舞。
いつもならば、こいつの血気盛んな行動のストッパーをかけるのが私の仕事なのだが、流石に今日はそのストッパーはぶっ壊れている。
唇を噛み締め、舞の手を握り返すことでその問に答える。
怒りで血が上って、目の前が真っ白になる。あぁ、これはダメだ。
「……ねぇな。」
上着の全てのポケットを裏返し、男達のボトムスなど、全てのカードが入りそうなところを調べ尽くしたタツミさんが、上着を地面に捨て、短く言った。
「ッこいつら!!」
舞は、私の手を一度強く握ると、ツカツカツカと男達ににじり寄り、まるで罵声を浴びせるように、それぞれ一発ずつ。見ているこっちが清々しくなるほどの勢いで、奴らの頬をぶん殴った。
「おぉー……、お見事だな……。」
タツミさんが、にっかりと顔を破顔させ、少しからかうように口笛を吹いた。
だが、その笑顔は最初に見た時のように、爽やかなものではなかった。
引き攣るような、貼り付けたような、そんなものだった。
←prev next→
←index
←main
←Top