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第8話 適合




あれから一週間ほどたった。

「ユリ?どしたの?」

ぼんやり周囲を眺めていた私を覗き込むように、ひょっこりと顔を覗かせる幼馴染。

「……いや、なんでもねぇよ。」

微笑を浮かべて、舞を先に行くよう促しながら、どこか心の奥底で、あの銀髪の影を探してしまっている私がいる。
見つけてどうするんだ。私も神機使いになりますとでもいうのか。それをしてなんだと言うんだ。銀髪の彼の純粋で実直な優しさが、心の中に踏み込んでくることに怖気付いたのは、他でもない私自身じゃないか。

二人足並み揃えて、訪れたフェンリルロビーの受付で黒い封筒を提示すれば、あれよあれよという間に、いろんな通路を通り、エレベーターに乗り、待機部屋らしき所へ通される。フェンリル支部の中へは、何度か避難した時に入ったことがあるが、こんな深部まで来たのは流石に初めてだ。

「準備が出来ましたらお呼びしますので、それまでにそちらのフェンリルの隊服に着替えてお待ちください。」

そう端的に告げると、扉を閉めて去っていくフェンリルの職員。彼に腕輪は無かったから、彼は神機使いではないんだろうな。
そんなことをぼんやりと考えながら、浮き足立っている幼馴染を横目に、黒い隊服に袖を通す。ジッパーを引き上げ、袖を捲りあげれば何だか少し気が引き締まった気がした。こんなかっちりとした服を着るのも、久しぶり…いや初めてかもしれない。なにせ、まともな服なんて配給で回ってこないものだから。それに、洋服の配給券なんて早々に食料の配給券に交換してしまうからな。孤児院の子らはいつも着古して擦り切れた服を来ている。

初めてのことだらけで、少し跳ねている心臓を落ち着けるために、大きく息をつき、隣を見やれば、いつも溌剌としている幼馴染の横顔が、心無しかこわばっているように見えた。
着なれない白い隊服に、悪戦苦闘しているようだ。苦笑を浮かべながら、その着替えを手伝ってやる。

「緊張してんのか?」

上着を後ろから着せてやりながら、そう、からかうように尋ねる。すると、舞は図星とでも言うように手をわたわたと動かす。

「ち、違うよ!これは……その!た、ただの愚者震いっていうか……!」

焦って裏返った声に、とうとう笑いが漏れてしまった。こいつは、本当に面白いな。

「あっ!何笑ってるの!ユリ!」

隊服の丈を確認しながらも、背後で笑いをこらえている私に目ざとく視線を向ける。

「それを言うなら、武者震い、だろ。なんだよ愚者震いって……。」

未だに収まらない笑みを隠すこともなく訂正してやれば、舞は少しむくれたように頬を膨らませる。

「そんな変わんないもん。『ぐ』と『む』の違いでしょ。」

その返答に、私が更に吹き出した時、先程閉じられた扉がゆっくりと開かれた。

「準備が出来ました。」

扉から顔を覗かせたのは、先程とはまた違った職員。今度は白衣を着た男性だ。

「適合候補者の、神谷ユリさん。適合室へどうぞ。」

追随を促すように、その白衣の男性はさっさと部屋から廊下へ出ていくものだから、慌ててそれを追いかける。

「じゃ、行ってくる。」

「……気をつけてね。」

心配そうに瞳を揺らしながら、私の手をぎゅっと握りしめる舞。
いつもの調子では考えられないくらいに、青くなってしまった頬を撫でながら、笑いをこぼす。こいつは、心配性だな。

「大丈夫だっつーの。ただのパッチテストみたいなもんだって、言ってただろ?」

「でも……」

「心配すんな。」

な?と言い聞かせるように目を合わせれば、揺らいでいた黄色の瞳に、決意の色が宿ったのが見えた気がした。
コクリと、彼女は幼子のように素直に頷くと、握りしめていた手を大人しく解いた。その離された手で、もう一度だけ舞の頭を撫でると、往生際よく私はその部屋をあとにした。





通された部屋は、だだっ広く見た目打ちっぱなしのコンクリートで、室内の壁や床には二メートル以上もある裂傷や、銃弾を蜂の巣に受けたような穴が至る所に見受けられた。

一体何してる部屋なんだよ。ここは。
そのやんごとなき事情がありそうな部屋の様子に、少し冷や汗が流れた。

『長く待たせてすまない。』

突然の男性の声に、ビクリと体が跳ねる。あたりを見渡せば、部屋の正面上部かなり上に、まるで観察室のような部屋が、ガラス越しに設置されていた。その中から、幾人かの職員がこちらを見下ろしている。
何だろう、とても、居心地が悪い。落ち着かない。実験のモルモットでも見るような目で、見られている気がする。

『それでは今から、対アラガミ討伐部隊《ゴッドイーター》としての適正試験をはじめる。』

色んなところを歩き回らされ、ようやくか。と、少し疲弊のため息をつく。
ところで、この音声の主、一体誰なんだろう。兎にも角にも、仲良くなれそうにはないだろうが。私は高圧的な人種は嫌いな質だ。

『心の準備ができたら、中央のケースの前に立ってくれ。』

その言葉に初めて、部屋の中央に赤黒いケースがあることに気付いた。
なぜ今まで視界に入っていなかったんだ、というくらいにそのケースは禍々しい存在感を放っている。嫌な匂いがする。沢山の、人間の悲哀や痛みの匂いだ。

一度、頭を振って、大きく息を吸う。瞳を閉じて、心を落ち着ける。
顔も知らない誰かの悲哀の匂いは、乾ききったセメントの匂いへ。投げかけられる高圧的な視線は、照明の光線へ。
心を乱すものは、全て感覚の中からシャットアウトする。

そして、数秒か数分かの後、私はついに覚悟を決めた。
ゆっくりと、その赤黒いケースへ歩を進める。近付けば、そこには刃渡りが優に一メートルは越えるであろうブレードが横たえられていた。
武器、と呼ぶにはあまりに機械的で、それでいてどこか生物的に生々しい。

じっくりと、その神機を舐めるように見つめれば、柄、と呼ばれる部分だろうか、そこに在る琥珀色の瞳と、目が合った。
ただの装飾かなにかなのかも知れないが、私は確かにその時、痛烈にそう思った。この武器は、生きている、と。
その琥珀色の瞳に導かれるように、誰に指示されるわけでもなく私は躊躇いなくその柄へ手を伸ばした。ぐっと、思っていたよりは幾分細いそれを握り締めれば、刹那。その赤黒い機械は、獲物を飲み込むかのごとくその口を閉じた。

「ッ!?」

突然の出来事につい、取り残された右腕を引き抜こうとするが、微動だにせず、説明を求めるように観察室を見上げた瞬間。

「……ぐ、あああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

私は今までの人生で上げたことがないほどに絶叫した。
機械の中へ取り残された右腕が、切り落とされたんじゃないかと思うほどの激痛。神経を直接まさぐられているような、その痛みは右腕を超え、私の身体全体を貫く。立って、いられない。
未だ叫喚の声を上げながら、機械の前に膝をつき、左手で右腕に爪を立てる。

「あぁ、ああぁあぁ!!」

こうでもしないと自我を保っていられない。
その永劫とも取れる拷問の時間が過ぎ去った後、プシューという音とともに、その赤黒い機械はおぞましい口を開け、私の右腕を解放した。
しばらくぶりに対面した右腕には、見覚えのある赤い腕輪が。なんかまだ黒い煙出てんだけど。これ大丈夫だよな。
痛みで朦朧とする頭でそんな仕様もないことを考えながら、先程まで私を咥えこんでいた赤黒い機械を支えに立ち上がる。
律儀に未だ握ったままだった神機を、試しに持ち上げてみれば、それは存外に軽い。

『おめでとう。君がこの支部初の、新型ゴッドイーターだ。』

顔なんて見えないはずなのに、私には上から見下ろす観察者が、薄ら笑いを浮かべているような気がしてならなかった。



その後、機械的に開かれた扉を潜り抜ければ、たった今待機室へ通されたのだろう舞が、適合室から出てきた私へ駆け寄ってくるところだった。
こいつ、まさかさっきの私の悲鳴聞いてねぇよな……。あんなの聞かれたら、こいつ絶対適合試験受けねぇとか言い出しそうだ。

「ユリー!どうだった?!」

心配そうに、だが少しの好奇心を滲ませながらまとわりついてくる舞。
このようすをみるに、どうやら悲鳴は聞かれていなかったようだ。よかった、面倒ごとにならなくて。駄々っ子をなだめつけるのは、一仕事なのだ。特にこれくらい大きい駄々っ子は本当に。

「……何でもなかった。ただのパッチテストだ。」

物珍しそうに私の腕輪を眺めている奴を、さっさと行ってこいと、適合室へ押しやってやる。
先程までの不安げな緊張した様子はどこへやら、小気味いい返事を返しながら、舞はルンルンと適合室へと入っていった。

「嘘も方便って言うしな……。」

数分後に聞こえるであろう幼馴染の悲鳴を想像しながら、私はその背に聞こえないようにポツリと本音を漏らした。





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