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第9話 嚆矢






「ユリのバカ…………、嘘つきぃ……。」

「悪かったって。」

だってお前、痛いって言ったら適合試験受けねぇとか言い出すだろうと思って。そう言って、こちらを睨みつける舞を宥めすかしながら肩を竦めてみせる。

きっととんでもない悲鳴が聞こえるだろうと危惧していたのだが、予想に反して、「いったぁぁ!」というなんとも間抜けな喚き声が一度聞こえただけで、別にその後は大した変化はなかった。

聞いてみれば、大きな注射針で刺された気分、だったらしい。どうやら、適合の際の痛みには人それぞれあるようだ。先程、舞を待っている時に職員たちが話しているのを聞いた限り、神機の適合率に左右されるのだとか。
つまり、私の方が格段に適合率が低いということらしい。結構痛かったからな。今もまだ思い出したかのようにズキズキと疼く右腕を、舞に見つからないように軽く抑える。

こいつに、死ぬほど痛かった、なんてばらせば、それこそまた過保護が発動するに違いない。こんなところにまで来てそれはゴメンだ。こいつには、こいつ自身の命を、私以外の人間を守ることを覚えさせなくては。
こいつのこの力は、もっとたくさんの人のために使われるべきだ。

そこで待機しておくようにと、指示された扉を開いている舞の背中を眺めながら、そう思った。

「うわぁー!広いね!!」

扉から躍り出て、子供のようにキラキラと、向こうの世界に目を輝かせる舞。先ほどまで私に向けていた、恨みがましい程に不機嫌だった視線は、どこへ捨ててきたんだか。全くこいつは、いつまで経っても精神年齢が成長しない。
好奇心旺盛にあちらこちらを眺めている舞にバレないように、こっそりと一つため息をついた時、傍のベンチに座っていた少年から声がかかった。

「君らも適合者なの?」

振り返れば、黄色のニット帽にオレンジの髪。人懐っこそうな笑みを浮かべる少年は、ブラブラとベンチから下ろした足を遊ばせながら、私たち二人を見詰めている。
なかなか目に優しくない配色だ。ギラギラする。

「あぁ。ついさっきな。」

そう答えて少年のすぐ側の壁にもたれかかれば、舞が私のすぐ後ろで不安そうに少年の方を見詰める。その様子に、少し微笑ましく思いながら、舞の肩を押す。
こいつは本当に、いつまで経っても餓鬼っぽい。

「舞、座れよ。疲れたろ。」

「え?い、いいよ。別に……。」

「舞。」

逃れるように一歩下がった舞だったが、私の諭すような、有無を言わせぬような言葉の圧に気付いたのか、しぶしぶと言った様子ではあるものの、大人しくその少年の隣へ座る。
私だって、こうして神機使いになる以上、今まで通り、お前のそばにずっと居れるわけじゃない。その人見知り、治していかないとな。
とりあえずの一歩だ。そう思って、座った舞の右肩へ安心させるように手を置く。
私の思いは通じてくれたのか、こわごわと彼女の身体から余計な力が抜けていくのが、肩へと置いた手越しに伝わってきた。
少年はそんな私たちを明媚げに眺めた後、ふと気づいたように笑った。

「あ、そうだ。ガム食べる?」

「ガム!?」

普段あまり手にできない嗜好品系のお菓子の名前を聞いて、急に目を光らせる舞。お前はほんとに精神年齢が成長しないな。
彼女の肩に置いていた手を離し、そばに壁にもたれかかりながら、呆れたようにため息をつく。
かくいう少年の方も、舞の返事を聞く前からもう既にガムを探してポケットあたりを漁っており、その視線はこちらを見てはいない。

「あ、切れてた。今食べてるのが最後だったみたい。ごめんごめん。」

そう言って申し訳なさそうにこちらに手を合わせながらも、明るく笑う少年に、苛立ちよりも気が抜けるような温かみを感じる。

「え……ガムないの……?」

だが目の前の幼馴染は、本当に楽しみにしていたのか、目に見えるように肩を落とし、落ち込んでしまった。
少年の方も、まさかそんなに気落ちしてしまうと思ってはいなかったのか、困ったようにオロオロとしている。

「おいこら。初対面困らせてんじゃねぇよ食い意地張り。悪いな、気にしないでくれ。」

目の前の黒髪を小突きながら、少年に頭を下げる。
私のその言葉に、少年は眉尻を下げながらも、天真爛漫な笑みを浮かべている。随分と、優しい性格のようだ。

「あ、ねぇねぇ。」

少年は少し考え込むように、舞を見つめた後、ニッコリと笑って話題を変える。こいつ、もう既に舞の御し方をマスターしてるな。人懐っこい性格なんだろう。

「二人は適合者なんだよね?君は俺と同い年か少し下っぽいけど、そっちの君は俺より少し上っぽいよね。二人はどういう関係なの?姉妹?」

その少年の問いに二人で顔を見合わせる。舞の意識はもうガムからその問いに向いたようだ。そして私は少し噴き出してしまった。
まぁ、よく言われることはあったがな。

「私は十八歳で、こいつと同い年だ。」

苦笑いを浮かべながら、少年の隣で口を尖らせている幼馴染みの頭を撫でる。さっきの落胆した様子とは打って変わって、今度はむくれた様子で少年を睨んでいる。

「え?同い年?」

少年は私のその言葉に、驚いたように目を丸くする。

「幼馴染みなんだからね!同い年で!!」

同い年を嫌に強調する舞。こいつは昔から童顔だったしなぁ。間違えられるのも無理はない。そもそも、こいつがもっと年齢に見合った、落ち着きを身につければ、年下に見られることもないと思うのだがな。

「俺より年上じゃん…。」

目を大きく見開いて、驚きを隠せないとでも言うような表情をする少年。そのボソリと呟かれた言葉は、しっかりと舞の耳に入ったようで。

「年下だったの?もう!怒るよ!」

飛び掛かりそうな勢いだが、まぁ、舞が仲良くなれたならよかった。
舞の頭を押さえつけながら、そう思う。これなら、こいつの人見知りは心配いらなさそうだな。目の前の少年は、このご時世に珍しいほどに純粋で、それでいてとても温もりを感じさせてくれる性格のようだ。この子がいてくれれば、たとえ配属先が離れたとしても、舞も何とかなりそうだ。

「あ、自己紹介してなかったな!俺、藤木コウタ!ま、一瞬とはいえ俺の方が先輩ってことで、よろしく!」

あ、こいつ逃げたな。
憤慨した様子で飛びかかろうとしていた舞を笑っていなしながら、赤い腕輪の嵌った右手を差し出す少年。まぁ、気移りが早い舞にはそれが有効だが。

「神谷ユリだ。よろしくな。」

私には苗字がない。しかし、戸籍を空欄にするわけにもいかないので、今は院長先生の苗字「神谷」を借り受けている。
先生は、ユリちゃんは女の子なんだし、結婚したら直ぐに自分の苗字が貰えるよ。なんてカラカラと笑いながら言っていたが。そんなものを言われても、未だピンとこないのが現状だ。
舞は物心ついた頃に孤児院へ来たから、自分の苗字を知っている。それに、孤児院へ来たからと言って、院長先生の養子になった訳では無いので、彼女の苗字はそのままだ。

「私は舞!紅上舞!よろしくね!」

先ほどの、恨みがましくむくれていたのとは一転したようにころっと変わって、自身もその手を差し出す。コウタの方も人懐っこい笑みで手を握り返していた。
二人共、なんだか気が合いそうだな。同じような匂いがする。二人ともちょっと抜けてるとことかな。

そんなことを思いながら、アナグラ内を見回していると、正面から結構グラマラスな体型の女性がこちらへ歩いてきている。
すげぇ、美人だな。さっき廊下ですれ違った人といい、神機使いという職種は肌を露出しないとやっていけないとでも言うのだろうか。
そんな頓珍漢なことを考えていれば、そのグラマラスな女性が私たち三人の目の前で高いヒールを鳴らして立ち止まった。

私たち三人が揃って、その突然やってきた艶髪の麗人に視線を奪われた時。

「立て。」

その美人の口から、イメージ通りのハスキーな声が漏れる。が、美人からの突然の命令口調にその声が発した意味を理解できず、呆然としてしまう。
他の二人も恐らく同じだ。

「立てと言っている、立たんか!」

呆けたように動けない私たちに対して、女性の語調が強くなり、脅しのようにビリビリと空気が震えた。座っていた二人は急いで立ち上がり、気をつけの姿勢で固まる。
こいつら、無茶苦茶萎縮してんな。たどたどしく姿勢を整える彼らは、やはりつい先程まで、居住区に暮らしていた一般人なのだと実感する。まぁ、人のことは言ってられないがな。私も壁に凭れていた姿勢を正す。

「これから予定が詰まっているので簡潔に済ますぞ。私の名前は雨宮ツバキ、お前たちの教練担当者だ。」

教練担当者…ってことは新人の間しばらくはこの人とずっと一緒ってことか。鬼教官だよな、絶対…。
バインダーを見ながら、強い語気で話す彼女は迫力が凄い。ついつい、息をすることすら躊躇われるほどに押し黙ってしまう。

「このあとの予定はメディカルチェックを済ませた後、基礎体力の強化や基本戦術の習得、各種兵装の扱いなどのカリキュラムをこなしてもらう。」

そう言った後、ツバキ教官は私たち三人の瞳をゆっくりと全て見た後、さらに言い聞かせるように口を開いた。

「これまでは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。つまらないことで死にたくなければ、私の命令には全てyesで答えろ。いいな。」

マジで鬼っぽい。だが、…この人は何だろう、なんだかオーラが他の人とは違うような。本心から信頼できるかはまだ保留にしておくとして、なんだかんだ言って、恐らく私はこの人に従うようになりそうだ。

守られる側から、守る側、か。なんだか感慨深いことを言ってくれる。

「わかったら返事をしろ。」

「はい。」

「「は、はいっ!」

似たもの同士二人組は、急なことにまだ頭が追い付いてないようだ。未だ身体は硬直したように気をつけの姿勢を保っているし、視線は見当違いの方向を頑なに見つめている。

「早速、メディカルチェックをはじめるぞ。まずは、お前だ。」

ツバキ教官が私の方へ向き直り、スラスラとこれからのことについて述べていく。メモをとる時間すらくれないのか。まぁ、言っても場所と時間くらいか。これくらいなら大丈夫だろう。そう思っていたのだが、教官は次いで舞たちのスケジュールも述べ始めた。
大丈夫か?二人はかなりテンパってるみたいだけど、覚えられているのだろうか。不安だ。
自分のことよりも、舞たちのスケジュールの方が気になってしまう。

「時程通りに行動しろ、いいな。
メディカルチェックの時間までは、この施設を見回っておけ。お前らが今日から世話になるフェンリル極東支部、通称アナグラだ。メンバーに挨拶の一つもしておくように。」

そう言われて回りを見回せば、確かに広いフロアに幾人か、赤い腕輪を装着したゴッドイーターの姿が見える。その中に、先日の赤青の彼らの姿は見つけられなかったが。
私もこれからここの仲間入りと言うわけか。

「メディカルチェックが終わったら、ここへ戻ってくるように。次のカリキュラムについての伝達事項がある。」

そうして言うべきをことを伝えて、さっさと去っていく教官の後ろ姿を見送った後、隣の幼馴染みが、ちょんちょんと私の肩を叩いてきた。

「ねーねー…一五〇〇って…なんのこと?」

先程教官が、メディカルチェック開始の時刻を述べる時に使っていた言葉だ。
この馬鹿は…。軍用の時間の表し方くらい知ってて当然だろ。……いや、このバカに当然という言葉は使ってはダメだな。大きく一つ、呆れのため息をついて頭を抱えた。

「三時のことだよ。これからいろんな所で使うだろうから、覚えとけよ。」

任務開始時間、集合時間。他にもいろいろありそうだが、一応、フェンリルは軍隊のような組織システムだと聞いた。あちらこちらで軍らしい用語を使用していてもおかしくはない。

「へー。」

「俺も覚えとこ。」

隣で便乗するように頷いているコウタにも、もうひとつ大きなため息をついておいた。

「お前ら、ちゃんとさっきの教官の伝達、聞いてたんだよな?ガチガチに緊張してたみたいだけど。」

「……多分?」

「わかんない……聞いてなかった。」

不安げに首を傾げるコウタと、予想通りお話にならなかった幼馴染を見て、こんな二人が同期だという事実に、私のこれからの神機使い業務の先行きが不安になってきた。
簡単に覚えていた範囲で、二人の時程を述べてやったところで、そこそこいい時間になった。教官の言っていた挨拶の一つもできていないが仕方あるまい。また後ほど、ということにしよう。そもそも、そのサカキ博士のラボというのも、いまいちどこにあるか把握していないのだ。迷って遅刻しなけりゃいいんだが。

「じゃあ、私は行くからな。舞くれぐれも、問題だけは起こすなよ。いいな。」

「うんっ!…………って、それじゃあ私問題児みたいじゃない!ちょっと、ユリ?!」

抗議の声を上げている幼馴染をスルーして、さっさとエレベーターへと乗り込む。えー、と、ラボラトリの階はっと。

扉が閉まる瞬間の、舞のむくれた面に、少し微笑ましくなってしまう。ここからは、私一人だけだ。自分の身を自分で守るのは勿論のこと。他人の命も守れる人間にならなくては。私を守ってくれていた家族たちだって、同じように他の人たちを守るためにその身を酷使していくのだから。


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