恋連鎖 | ナノ


「え、あぁ―――……」


さっきまでテンションが馬鹿みたいに上がっていた銀ちゃんの様子が一変して、まるで悪い事をした子供のように黙り込んでしまった。

「銀ちゃん?」

「…そっか、結は昔の記憶…曖昧なんだっけ。自分が誰かとヤッたかどうかなんて知らねェのも当然だな…」

「? あぁ…確か前に言ったような気がします。そうですね、分からないです」


ああ、やっぱりそうなんだ。きっと銀ちゃんは思い込んでいたのだろう。
少しだけ安堵に包まれるが、安心するには早かったようで、真面目な目つきになった彼は続けた。

「それさ、もうちょっと詳しく教えてもらうことってできねェ?」

―――いきなりどうしたんだろう…?

銀ちゃんの目つきが、一変した気がする。

「あ、はい。銀ちゃんは担任でもあるし……そうだね、教えたほうがいいですかね」
「分かる範囲でいいから」

すっかり大人だ。目つきも声音も…全部。
今度は逆に、そんな銀ちゃんに違和感を感じながら、あたしは知っていることを話し始めた。

「記憶が無いのは…多分、今年からなんです」

「?」
「実際の事を言うと、生まれてからここに転校してくるまで全く何も憶えていないんですよ。でも、ちょっと不思議なんです」
「何が?」


「“ありのままの事実を”言ってもらうと思い出すんですよ。
自分の名前も、『お前は園江結だ』って言ってもらったら『そういえばそうだ』って感じで、お母さんの事も、教えてもらって思い出しました。その知り合いにお登勢さんがいるっていうのは初耳でしたけどね。
……でも、おかしいのはこれだけじゃないんです」

「どういう…事なんだ?」

銀ちゃんの表情が段々険しくなっていく。
まるで、聞いていて自分が辛いとでも言うような…。

でも、あたしは『教えろ』と言われたからそのまま話し続けた。


「昔誰かが言っていたんです、『記憶は木の枝のようになっているから、何か思い出せばその拍子に全部思い出す』って。
けれどもあたしはそうはいかなくて……自分の苗字を思い出しても、家族の事は思いださない。学校の名前を言われて、友達の顔を見ても、その人たちとの思い出も思いだせない。
自分の年齢、性格、物、将来の夢、日記…。どんなに自分自身を見つけ出していっても、それ以上の事を絶対に思い出さないんです。
木が、枝が…揺れないんです。…なんでだかあたしも分からないからどうしようもないんですけどね」


だから、そういう事になると吐き気がして止まない。

何も思い出せない。
何かあることは明白なのに、その先が見えない気持ち悪さが全身に伝わるのだ。
だから、誰かに全てを語り明かしてもらうまで、あたしは何も知らないただの機械のような人間になってしまったのだろうか

もう昔の事も何も思い出せないのか

昔のどんなに楽しかったことも思い出せないのか、と。


「……、結!!」

「!!」

「大丈夫か? 顔色悪ィぞ」

「…へへ、多分、無意識です」

一番最初に違和感を感じた時、同じような感覚に陥った事があった。


「記憶は戻る事はないけど、体はきっと憶えてるんですよ。
だから…こういう話をすると必ず…顔色が悪くなって、吐き気がして…」


眩暈がして
あたしは手で口を押さえて屈みこんでしまう。

銀ちゃんはそんなあたしを優しく抱きしめて
「もう言わなくていいから、今の事はすぐ忘れろ」
と言った。

すると不思議と吐き気や眩暈は治まっていって

「ごめんなさい、ありがとう…ございます」

今までに無いその経験に、自分自身驚きながら顔色を戻していったのであった。



―――もしかして、銀ちゃんって、昔関わっていた人に似てたりとかするのかな?
   例えば…お兄ちゃんとかいて、その人に似てたり。はたまたお父さんかな?


「もう大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます」

「…まぁいいや。文句無しで俺んち直行な」

「はい!? 何でそうな…」
「嫌なことあったらさ、気持ちいい事して忘れろって誰か言ってたようなー」
「言ってませんよ! 誰ですかそれ!!」


結の元気が戻れば空気は一変して、銀八はまたいつものような気だるく面白がるように笑みを浮かべながら彼女の腕をひいた。
熱が伝わり、ドキドキと心音が鳴りながらも結は銀八の歩幅に合わせるようにして歩く。

「大体、直行だとか、ヤる…とか、あたし達の関係分かって言ってますか?」

さすがに、教師まがいな行動をする彼だけれども、常識くらいは身につけているはずだ。けれども少しだけ不安になりながら結は銀八に尋ねる。

「うん、分かってるに決まってんじゃねーか」
「……ですよねぇ」

「でも…情けねェけど、今すぐお前を抱きたい」

「――!!」

「散々我慢してたんだ。今日だけ」
「……いや、その、あの…へ?」


静かな校舎の中、銀八は結に詰め寄ると、夕日の差し込む冷たい廊下でキスをした。
何なく受け入れるも、どこか苦しい。口付けは何度目かにはなるが、やはり慣れるものではない。
ただ触れるだけだった。深くはならずにすんだものも、心拍数は収まらない。

銀八はギュッと強く結を抱きしめた。折れてしまうんじゃないか、と思えるほどに。胸がいっぱいいっぱいになって結も銀八の背中に腕をまわして、自分の心音を抑えるように抱きしめ返した。


「―――…分かった?」
「…もう、好きにすればいいじゃないですか…っ」

好きという気持ちは溢れて、教師と生徒というのを忘れて、結は全てを銀八に託したのであった。





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