恋連鎖 | ナノ
「やぁよく来たのぉ。理事長から話は聞いておるぞ。余は校長のハタと申す。よろしくたのむぞ」
―――触角!?
「おぉ。そうじゃった」
返事をする間もなく素っ頓狂な容姿に驚きを隠せないまま、ハタ校長と名乗る方は何やら地図らしきものを渡す。
先ほどの白犬といい、この学校何だろう。今更だけどすごく変じゃない?
どうしよう不安になってきた。でも、校長が持ってる猫は普通に町中で見かける感じの三毛猫だ。ただ単に動物がすきなのかな…いやでもこの容姿はないでしょう。
なんて、失礼なことを考えつつも地図に目を通した。
予想通り複雑で、困ったとでも言うように苦笑する。
「…あ、これ書類です。書き足りないところがあったらまた連絡してください」
「おーおー分かったぞ。あとで理事長に余から渡しておくぞ」
「ありがとうございます」
「ま、余はこれもらって地図渡すだけだから」
「え」
「後はそちの担任にでも聞いてくれたもう。特に余がやることはなさそうだしのぅ」
なんて適当な校長なんだ。これ絶対この学校理事長のおかげで成り立ってるんだ。うん。そうしておこう。
…ところで、
「校長先生」
「なんじゃ?」
「その…担任…の方は?それと私のクラスって一体どこでしょう」
首をかしげ、校長先生答えてくれるかなぁと不安になりつつも尋ねると、ホッホッホと笑って校長先生は面白そうに言った。
「坂田銀八と言ってな、これまた問題な、余に迷惑しかかけん教師じゃぞ」
「え!?」
「そしてそちのクラスは3年Z組じゃ。ここ ここ」
指差された3Zの文字の入ったスペースは、屋上に近いけれど教室と言うとどこか外れた場所にあって…どう考えてもおかしかった。
校長先生に問題ばかりかける教師、と言う事と3Zという…Zという特別なアルファベットから、どうやらただの高校生がいるとは考えにくい。
何故あたしがそんなクラスに入らなくちゃいけないのか!あたしって何か変なことしたっけ…?一応此処に入るために受けたテストの結果がそんなに悪かったんだろうか。自己採点ではかなりいい点数とったと思ったのになぁ?
「ホレ、担任がそろそろ来ると思うぞ。校長室から出るんじゃ、余はこれからタマちゃんに餌を上げないといけないからのぅ」
「……」
少しだけイラッときたけれども…アレだ。動物好きには悪い人はいない。この校長先生は動物への愛が大きい、それは見れば分かる事だ。だから悪い人ではないのだきっと。
だから我慢して笑顔を浮かべて、「失礼しました」と言って校長室を出た。
はぁ……楽しい学校生活になると思ったのに…。
何だか現実味のないクラスと普通じゃない教師の話を聞いてからじゃあテンションがさがってしまうと言うもの。実際、どういう人たちなのかは分からないけれど、普通の女子高生として過ごす事は難しそうだ、という不安が募る。
足音が静かな廊下に響いた。
校長室の扉に寄り掛かっていたあたしは、急いで姿勢を正せた。
―――ど、どんな人何だろう…怖いのかな、そうなのかな、あくまでも教師だと思うんだけど、迷惑ばっかかけてるんでしょ?もうそういう…暴力だとか薬だとかーっていうのしか思い浮かばない。うわああ怖いよお母さんんんんん
様々な葛藤を続けていたら、近づくことなく足音は止まった。
なんで?
「………」
担任のいる方向に目を向けた。
顔が左に向く。
怖いんじゃなくて、ただ不思議に思って目を向けた。
真っ先に飛び込んできたのは、こちらを向くレンズ越しの彼の瞳だった。
赤く、何か懐かしいものでも見ているような優しげなその眼を見て、先ほど聞かされた「迷惑をかける先生」というフレーズはさっと取り払われてしまった。
少しだけ驚いているような先生の表情にドキリとあたしも驚く。
目があったのだ、バッチリと、目と目が向かい合ったのが分かる。
白い白衣から理科担当なのだろうか?……銀色のクルクルしてフワフワと触り心地の良さそうな髪の毛が廊下を通る風に吹かれて揺れていた。
足はしばらく動かなくて…ううん、この目があった瞬間だけ、ゆっくりと時間が流れたように感じたのだ。
逸らせない。けれど体も動かない。心拍数が段々と早まっていく。どうしよう、こっからあたしどういう反応すればおかしくなく思われるだろうか。
「……えっと、」
咄嗟に唇が動いた。
「は、初めまして……新学期から生徒になる…園江と申します」
自然と体も言葉についてくるように小さく頭を下げた。
良かった、普通の反応だ。さっきまでの時間は、一体どうしちゃったんだろう。本当にゆっくりだった。左腕についている時計の針の、本当に微かな秒針音がいつも通り聞える。
改めて目と目が合うと、先生はぴくりと僅かに眉をひそめて、今度は視線を逸らす。
「そっか、俺のクラスに入ってくんのはお前か」
「はい」
「俺は坂田銀八。――――結、……ちゃん? 初めまして」
「え?……あ、はい、はじめまして。よろしくお願いします」
「おう」
あれ、なんでこの人、
あたしのことなんて初めて知りました、って感じなのに、名前 言ってないのに…
いや、名前くらい聞いてるか。苗字だけ名乗って変な空気にしちゃったな。申し訳ない。
初めて見た坂田…銀八先生は、ふっと笑ってようやく足を動かした。
優しそうな人だ。けれど、少しだけ寂しそうに笑う人だ。
通り様、あたしの頭をくしゃっと撫でた。
「ちょ」
「教科書とか持って帰らねーといけねェだろ? こっち、国語資料室に置いてあんだ」
「…は、はい」
なるほど、白衣着てるけど、どうやら国語教師のようだ。
それからは特に何もなく
ただ、国語資料室には大量のジャンプが積み上がっていて、危なそうだなーと思うくらいで、後はただ教科書をまとめて貰った。
どうやら国語資料室は銀八先生の住処みたいなものらしい。
「じゃあまた明日な」と先生は言って、あたしも「よろしくお願いします」と笑って返した。
第一印象は大事なんだ。けれど先生の前では、歳の差があるにもかかわらず自然と笑顔が浮かべられた。多分、人に慕われるような雰囲気でも纏っているんじゃないんだろうか。
パタリと扉を閉める音がまた校舎に響く。
「……かっこよかったなぁ…」
と、ここでようやく本音を漏らす。