恋連鎖 | ナノ
混乱がおさまって疲れも取れたところで、二人は作業を再開した。
時間はそろそろ夕方に差し掛かりそう。しかし6月近いおかげで随分と明るかった。
―――人形みたいな奴
「晋助、お母さん、もう一度結婚する事になったの」
「結婚って……」
当時小学校5年にあがったばかりの俺には少しだけ衝撃が大きくて驚くしかなかった。けれども母親が決めた事だ。自分が勝手に口出ししていい事ではない。
母親と父親は昔離婚してそれっきりだ。俺自身も、勝手に息子と妻を置いて出て行った父親の行方なんて知る由もなかった。
だからと言って父親が欲しかったわけじゃない。
それは今になっても、同じ考えである。
ただ当時一番動揺したのは、自分に妹ができる という事実だけだった。
「え、まだあるの…?」
「俺は一言も終わりなんて言ってねェぞ」
「…はぁーい」
随分と疲れ切った声に思わず苛立ちを覚えた。…だからと言って休ませるわけにもいかない。ここは心を鬼にしてコイツを指導していかなくては、と考えた。
しかし結は「嫌だ」とは言わず、なんやかんやで手伝ってくれている。やっぱり呼んでおいて良かった。昔からそういう奴ではあったからな。
「結ね、お父さんきびしかったから、何でもできるんだよ」
出会って三日くらい経った頃。少しだけ自分に懐いた結は俺に、自慢するように瞳を輝かせて言った。
その表情は一見明るいように見えたが、俺はすぐに感じ取った。ああ、嬉しそうじゃねェって。
「たのみたいことがあったら言ってね、お兄ちゃん!」
「いや、いい」
「え、なんでー?」
「お前小せェし。お前に頼まなくてもできらァ」
「そんなことないよ!結にたのめば、お兄ちゃんの"ふたん"っていうのが減るって、お父さん言ってたもん」
また父親か。
そう言い張る結を横目でチラリと見やった。眉にぐっと力を入れて頬を膨らませて、少し怒ったような顔にどこか愛しさを感じる。
何だコイツ、意地っ張りなのか? それともただ単に父親が好きなのだろうか……―――あ、いや、この顔はそうは言ってない。
コイツは多分父親が好きじゃないんだろうって思った。
そうじゃなかったら今頃俺になんか構わず父親の後ろで隠れていたに違いないのだから。
考えてみたら、何かさせてやった方がいいんじゃないかって思えて、俺はそのころから結に些細な頼みごとをするようになった。勿論金関係の事は押しつけていない。勉強を手伝えなんて言った事もない。なぜなら俺の方が頭が良いのだから。…当り前か、5歳差だし。
結が走り回るたびに、短い癖っ毛がピョンピョンと跳ねた。
けれども最初はなんも喋らねェし、でっかい目。一見すれば「可愛い」と噂されるほどのものなのだろうが、俺にとっては不気味にすら感じた。
幼い彼女の表情に、どこか大人びた雰囲気があったのは何故なのだろう。
きっと何か問題を抱えていたのかもしれない。例えば父親との関係とかで。
けれどもそれに屈せず、自分のために動こうとしてくれている結を見て、確かに日に日に惹かれていったのは、間違いが無い。
「どうだぁぁ!終わりましたよ」
「随分元気になったもんだな…。まぁいいか。」
「元気になるのだけは得意ですから。ずっとシリアスな雰囲気じゃ読者も飽きますし」
「読者とか言うな馬鹿」
ドヤ顔で世界線が曖昧になるような発言をした結は、もういつもの明るい結そのものになっていた。
うん、確かにコイツは昔から元気になるのは早かったと思う。
しかし
「大丈夫だよ」
俺はコイツの口からこの言葉が出る事は、酷く嫌っていたと、思いだした。