恋連鎖 | ナノ
お茶を差し出されて、いまだ収拾のつかない記憶と葛藤しながらもそれを受け取りゴクリと飲み込む。
少しだけ落ち着いた気がした。
「ねえ…高杉先生――――ううん、お兄ちゃん」
昔はこう呼んでいた。お兄ちゃんは一瞬驚いたように固まってしまったが、すぐに微笑を浮かべて「何だ?」と聞き返してきた。あ、懐かしい気がしたのは……そっか、この人とあたしは一応兄妹だったからか。
あたしはぼーっとする頭の中で、一つだけ聞きたい事を言ってみた。
「お兄ちゃんの事は思い出したの。でもね、途中で切れてるの…うん、中学生前後くらいの記憶はさっぱり無くて…。
でもそれまでずっと一緒に暮らしていたのは分かってる。お兄ちゃんなら、どうしてあたしがこんな頭の構造をしているのか、知ってるんじゃないかな……?」
質問内容を伝えた後「あ、すみません突然タメ口で…」と言い直すが、お兄ちゃんは「いや、かまわねェよ。そっちの方が違和感が無くていい」と答えた。
少しの沈黙。
結の視線と高杉の視線が交わった。
彼はため息一つつくと、質問の答えを口にした。
「いや、知らねェ」
「…―――え、あ、そう……。ごめん」
「別にいい」
―――本当は知っていた。
けれども、もし結の記憶を今ここで全て蘇らせるなんて事をしたらきっと混乱しておかしくなってしまうだろう。ただでさえ、自分が結の兄だと分かって動揺してるくせによ。
そんな誠意があっての嘘だった。
結は高杉の真意など知らずに、「じゃあ大丈夫です」と微笑を向ける。
「あたし、確かに今、こんな頭を持っていて不安だけど、そんな不安なんかどっか行っちゃうくらい今が楽しいから」
「言うようになったじゃねェか」
「…へへ、何か変なの…」
ぽんっと、今まで見えていなかったそこにあった存在に気付いて、懐かしいような切ないような気持になる。本当におかしい。今思えば、どうしてこんな大切な存在をずっと今まで忘れていたのだろうってくらい強くて、申し訳なかった。
でもお兄ちゃんはあたしの事を元気づけるようにまた頭を撫でる。
そういえば、昔から頭を撫でられていた思い出があるなぁ…身長差のせいなのかなぁ。
「何で忘れていたんだろうって思うんだけどね」
「あぁ」
「多分分かるのはずっと先何だろうなって思う」
「何でだ?」
「それが分かっちゃったらきっとあたしは今までの事全部思いだすんだろうなぁって思ったから。一番大切な事なんだと思う…この頭の構造の鍵となる事なんだもん」
「確かにな…。でも、俺は本当に知らねェ。だからお前はまだのんびり生きてろ」
「うん、そうする」
今日は嬉しい事があったから。ビックリしたけど、本当に嬉しかったから。
そう言って高杉先生…いや、お兄ちゃんの方を向いてにこりと笑った。お兄ちゃんは「嬉しい事って?」と聞き返す。
「お兄ちゃんがお兄ちゃんだったってこと。あったりまえー」
「――――! 結、お前……」
「あれ?」
あれ、何かイケナイ事でも言ってしまっただろうか。心なしか顔が赤い。
当然無自覚な結は、高杉の赤面の意味を理解することは無かった。