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 碧棺が自分のヒプノシスマイクであたりを吹き飛ばしてしまったせいですっかり見晴らしが良くなってしまったあたりを見ながら、歩くこと数分。本来であれば、碧棺御所望の煙草を手にして店に帰っていてもおかしくないのに、どういうわけか私は道中でただ立ち尽くしていた。
 あるべきはずのコンビニがなくなっているのである。ヨコハマには叔父の店を訪ねる以外の用事なんてほとんどないから数年ぶりに来たとはいえ、店から徒歩で行ける範囲にある唯一のコンビニの場所を間違えるはずがない。その証拠に、目の前にある空き店舗の入り口である自動ドアを見上げたあたりの外壁には見ない日がない大手コンビニチェーンの三色の看板が掲げられていた跡がはっきりと残っているのだ。
 ドアのテナント募集の張り紙や窓ガラスの汚れ具合からして、コンビニが閉まったのはここ最近のことではないらしいが、叔父からそんな話を聞いた覚えはなかった。だが、住人そのものがいなくなりつつあるこの場所ではたかだかコンビニが一軒潰れてしまうくらい当たり前のことなのだろう。
 煙草を買う宛てをすっかり失ってしまった私は叔父に電話をかけた。このあたりで店を構えているのだ、煙草を買う場所なんていくらでも知っているだろう。
 呼び出し音が何度鳴ったのか数えるよりも先に電話に出てくれた叔父は最初から私がすでに潰れてしまったコンビニの前で立ち尽くす羽目になるのをわかっていたらしい。私が質問するよりも前に、ここからほど近い「ババアのところ」と今時珍しい個人経営の商店の場所を教えてくれた。
 煙草を買いに行くためにバールを持たせることよりも、最寄りのコンビニが閉店してしまったことを私に伝えることの方が大事だったのではないか。私は叔父にそう文句を言おうとしたが、叔父は商店の場所だけ伝えるとさっさと電話を切ってしまった。自分にとって都合の悪いことは耳に入れようとしないのは、姉である母と同じようだ。
 仕方なく叔父に教えられた通りの道順を歩いていくと、三叉路の真ん中にチョンと置かれたように建っている商店が見えた。
 見える範囲で店らしい佇まいをしている建物がそこ以外にないことから、ここが叔父の言う「ババアのところ」であることは間違いはなさそうだった。が、ここでおつかいの用事を済ませる気にはどうしてもなれなかった。墓石のような叔父の店とはまた違った種類の人を避けているような入りにくさが「ババアのところ」にはあったのだ。
 とにかく人の気配がない。軒先のテント看板は何年も雨風にさらされて塗装が剥げてしまったせいで「ババアのところ」の正しい店名もわからない。店の外壁に沿うように並べられた自動販売機にはどれもすのこがくくりつけてあって、ボタンを押すことすらできない。人のいない店の中を入り口から覗いてみると、店内の棚はほとんど空でいつから陳列されているのかわからないシャンプーの薄緑色のボトルと使い古した雑巾が一番下の段にあるだけだった。入口の脇にある煙草販売専用の小窓のガラスに濡れ雑巾で拭いた後の水滴が白く残っているのと、たくさんの種類の煙草がケースで几帳面に並べられているのが見えたことでかろうじて今も営業を行っているらしいと判断ができるくらいだ。
 ここには買い物ができそうにない。いや、したくない。
「ババアのところ」での買い物をやめて店まで戻って車でまともに買い物ができるコンビニに向かおうという考えがよぎった時、私はガラスケースの中にある碧棺の煙草としっかりと目があってしまった。叔父の言う通り、私はこの店でお使いをするしかないらしい。ほとんど諦めるように私はケースの上に置いてある呼び鈴のボタンを押した。
 年代物の呼び鈴は、バネの今にも折れてしまいそうな軋んだ感触
を私の人差し指に寄越してくれただけで、店の人を呼び出してはくれなかった。小窓に耳を寄せてもう一度鳴らしてみるが、故障をしているのかチャイムの音が聞こえてこない。スカスカと抜けたボタンを幾度か押しながら、何か聞こえてこないかと耳を済ませたが、人の気配らしいものはしなかった。
 もしかしてこの店、今日はやっていないのでは。
 叔父の言うこともあてにならなくなってきたなと呆れ始めて、もう一度店の中を覗き込んだ。その瞬間、ベタンと張り付く音と共に眼前に薄白いヒトデが現れた。
 日の入らないくらい暗がりから突如でてきたヒトデは普段出ないような大声を出させるには十分すぎるほど恐ろしく、私が店の人が煙草販売の窓を開けてくれたと気がつくまでずいぶんの時間を要してしまった。