近年、テレビや週刊誌、はたまた女性雑誌やらの影響があってか、女同士肩を並べて、あーでもない、こーでもないと語り合うことを女子会、と言うらしい。

その内容は実にリアリティに溢れていて、自分の彼氏の愚痴や、自分に関係する周囲の様々な男模様をあるがままに意見をくっちゃべる、という事がどうやら主流みたいだ。

だがたまに、女子会、とは名ばかりの、ただの飲兵衛達が集う会も存在する。

…そう、まさに

「だから私そいつに言ってやったのよ!せめて年収を今より二千万上げてから出直してこい!ってね!」

こういった、男=金、としか見ていない女子だって、世の中には少なからず存在するのだ。

「ナ、ナミ…ちょっとあんた飲みすぎじゃ」

「ない!全く飲みすぎじゃないから!だってナマエ今の話聞いてたでしょ!?世の中には存在すんのよ!女を軽く見て、甘い言葉さえ囁けばやすやすと抱けると思ってるカスみたいな男が!」

「ま、まぁまぁまぁ…落ち着いて落ち着いて」

「女はねぇ、男の事なんて歩く金としか見てないのよ!」

うん、それはあんたぐらいだと思うけどね。そう心の中でボヤいた台詞は、唾と一緒に喉に飲み込んで、まんまと言葉を封じ込む事に成功した。冒頭からツッコミ所満載な彼女の話に溜息交じりに息を吐き出し、優しい言葉と共に背中をさする。「なによぉ…私悪くないからぁ…」と、弱く抵抗するナミの頬は赤い。あぁ、もう。可愛いなこいつ。こうやって大人しくしてればどっからどう見ても完璧な素敵女子なのに。

「次見つければ良いじゃない。ナミ程三拍子揃った子も少ないよ?」

「三拍子?なによそれ…」

「顔良し、スタイル良し、性格ー…も、ギリ良し」

「ギリってなによ、ギリって」

「まぁ、そんな男さっさと忘れていつもみたいに次よ次!」

「…まぁ、そうね。次次!次は今回の男よりも、もーっと金持ちの男を引っ掛けるから期待しててよね!」

「うん、全く欲してないけど有難う。気持ちだけ受け取っておくわ」

呆れた表情でナミの発言を否定しつつも、しっかりと親指をたてて一部同意する。そんな私に対して、隣でカクテルを勢いよく喉に流し込んだ彼女の横顔は、まぁ何とも不服そうな表情だ。これ以上波風をたてれば、この後の自分の立ち位置が危うい。そう判断した私は、とりあえずこの場の空気を変える為、カウンター越しのマスターに「すいません、お冷や一つ」と、軽快に注文をした。

「そういうあんたこそどうなのよ」

「え?」

「まだ彼の事、忘れられない?」

「…………」

職場から二駅程挟んだ場所にある、とある高層ビルの一角に佇む、小さな隠れ家的なバー。お洒落な外観と、和と洋を上手くあしらった店内に響くジャズテイストのBGM。カラン、とグラスに放り込まれる氷の音が数少ない客層になだれ込むように奏でれば、カウンターに腰を降ろしている私達二人の間に、不思議と少しだけ重たい空気が流れた。

「……ナミ、あんた飲みすぎよ。ほら、とりあえずこれ飲んで」

「忘れられる訳ないっか…もう彼が亡くなって四年も経つものね…月日が流れるのは本当に早いわね」

「今その話はどうでも良いから、はい、グラス持っ」

「どうでも良くない!」

「…………」

ダン!と、マスターから私に、私からナミへと伝わっていったグラスを強くカウンターに押し付けながら、彼女はキッと鋭い目でこちらを睨みつける。わざとその話題を逸らそうと企んだ私を遮るように、更に大きな声を発して。

「……ナマエ、あんた何で泣かないの?」

「え?」

「私そんなに頼りない?あんたから見た私って、そんなに薄情な女?」

「ナミ…何言って」

「だってあんた、あの日から一度も泣いたり喚いたり、親友の私にでさえ一向に弱い所を見せようとしないじゃない…!心配掛けさせないように気を使ってんのは分かるけど、たまにはそういうあんたのどうしようもない部分を私に見せてよ…!」

「ナミ…」

「……私はいつだって、どんな時だってあんたの味方よ。だからナマエ…私にくらい弱音を吐いていいのよ…?」

弱々しくボソっと呟いた彼女の最後の言葉は少し聞き取りずらかったけど、その分、優しくて暖かな想いは真っ直ぐと私の心の奥底まで浸透してきた。

…ごめんね、ナミ。ナミの気持ちは痛い程よく理解しているつもりだよ。四年前のあの日、全ての色を失くした私を心配して、今こうしてぶつかって来てくれてるんでしょう?

『女子会』だなんて、流行りの言葉をこさえては、こうやっていたずらに私を誘い出して。

「お客さん、寝ちゃったみたいですね」

「…ですね。あの、もう少しだけここで寝かせてあげても良いですか?彼女、今日ちょっと飲みすぎちゃったみたいで…」

「えぇ、うちは構わないですよ。今日はいつもより客足も少ないんでね。気の向くままにゆっくりして行って下さい」

「有難うございます、助かります」

自分の思いのたけを私に伝えてくれた後、ナミは直ぐにカウンターに覆い被さるように倒れ込んだ。隣で俯せになったまま、スースーと気持ち良さそうに寝息をたてるナミの髪を耳にかけてあげて、にっこりとカウンター越しのマスターと二人微笑みあう。でもさすがにずっとこのままの状態ではちょっと気が引ける。終電までまだ時間はあるし、何だかんだ今日はOLの醍醐味、華の金曜日だ。いつもより少しだけハメを外した所で支障はない筈。そう意気込んで、「マスター、同じのおかわり。ロックで」と、グラスを持った片方の手をゆらゆらと左右に振りつつも、満面の笑でアルコールの追加オーダーをした。

「あいよ、同じのね。お客さん美人だからフルーツのおまけもつけとくよ」

「えー?ありがとうマスター、では美味しく頂かさせて頂きます」

初めの頃より酔いが回ったせいなのか、自分でもよく分からない敬語を使ってマスターからお酒を受け取り、そのままゴクリ、と一口喉に流し込めば、食道を通って胃の中に冷たい液体が流れていく過程がよく分かる。


『……ナマエ、あんた何で泣かないの?』


ぷはぁ、と一つ息を吐き出して直ぐに脳裏に浮かんだのは、さっきのナミの発言だった。

「……本当はあの時、もう泣いてるんだけどね」

はぁ、とその場で自嘲気味に笑いつつ、ふと火照った自分の頬に両手を添えてみる。すると、自分でも認識が出来る程、いつもより顔の熱が帯びている事に気が付いた。まずいな、これ…でももう退くに退けない。とりあえず、フルーツでも食べて気を紛らわそう…

「いっただきまー…って、うわっ!」

綺麗な器に盛られた色とりどりのフルーツの中から、手始めにチェリーを口にしようとした時だった。

「あっ…!!すいません…!大丈夫でしたか!?」

店の出入り口ドアのてっぺんに付いている、来客が来た事を告げる小さな鐘の音が店内に鳴り響いたと同時に、耳に届いた男性の焦った声。その時の様子を漫画的効果音で表せば、ドンっ!という、ベタな効果音と共に、私は派手に新規の客と肩と肩がぶつかりあってしまったのだ。そして同時に手にしていたチェリーも床に落としてしまうという悲劇。…あぁ、私のチェリーちゃんが…

「ほんっとすいません!俺ボケっとしてて…!」

「い、いえいえ。お気になさらないで下さい。私は特に平気な」

「あ?お前…」

「え?」


『このホテルに何か深い想い出でもあんのか』


椅子のスツールを降りて、冒頭からかなり焦った様子の彼とやりとりをしているその背後から、何だか前に一度、何処かで聞き覚えがあるような低い声が聞こえてきて、ゆっくりとその場で踵を返して振り返る。

「あ、れ…?ト、トラファルガーさん…!?」

「よぉ、お前らも息抜きか。…まぁ、隣の馬鹿は既に出来上がってるようだけどな」

「わ〜奇遇ですね!あ、ここ座ります?」

「いや、」

「えーいいんすかー!?んじゃあーお言葉に甘えて!ほらキャプテン、早く!」

「……シャチ、てめぇ」

「どーぞどーぞ、座って下さい!…あ、お二人とも飲み物何にします?」

数十秒前の私達二人のやり取りは何だったのか。すみません、いやいやこちらこそすみません、という名付けて譲り合いモードは遥か彼方に消滅していったようだ。お互いに面識があると判断して直ぐに、まるで掌を返すようにコロッと親近感が湧いた私(と、名前が分からないから仮名Aくん)は、陽気な声を発しながら仲良くドリンクメニューを隣り合わせで広げた。そんな私達二人の様子に諦めたのか、出会って数十秒で意気投合したAくんとは裏腹に、はぁ、と小さな溜息を吐く、トラファルガーさんの声がやけに私の耳に届いた。

何なんだろう、この人のこの無駄にホっとする安心感は。ともあれ助かった。あのまま一人しっぽりとお酒を飲む事にならなくて。


『まだ彼の事、忘れられない?』


どうせ今日は少し、家に帰ってしまえば胸が痛むだろうから。せめて今だけは、まるで夢の中で泳ぐ魚のように、過去は何処かに閉まっておきたい。

一人そんな事を考えながら、隣で嬉しそうにメニュー表を眺めるAくんを後目に、ふと横に視線を向けてみる。すると、こちら側を困ったように見つめるトラファルガーさんと目が合った。「ボケーっとしてんじゃねぇ」そう頬杖をついたまま、口パクで私を罵倒する彼の表情は、言葉とは真逆の優しい表情で、何故かその時、無性に泣きたくなった。

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