雲一つない快晴の空。ビルの隙間から見える青い世界は、俺の憂鬱な気持ちに一筋の光を与えてくれる。平日だの休日だの、そんな日常に左右されないこの街は常に人で溢れ返っていて、少しでも気を緩めると気分が滅入りそうだ。だが高級スーツに身を包み、息苦しくて仕方がないネクタイをきつく結び直せば、傍から見たら立派な社会人で。別に働く事自体は嫌いじゃない。やればやる程結果が出る営業マンにも納得している。だが、あえて揚げ足を取るとしたなら、胡散臭い会話の需要と供給のこの世界に、ごく稀にうんざりしている人間は恐らく俺だけじゃないだろう。

「ちょっと、そんな顔しないでくれる?もう会場に着くんだから」

「うるせぇな。着いたら完璧に演じてやる。だからいちいち面倒な説教するんじゃねぇよ」

一年の内、1番過ごしにくい猛暑日を過ぎて気付けば既に紅葉の季節。青々しかった葉も色付き、まるで夏から秋へと移行したのだと何かを主張するように街を演出していく。頬を撫でていく風の温度もほんのりと冷たさを知らせて、大分過ごしやすい時期となった。そんな快適な日中に似つかわしくないこれからの行事に、思わず一人心の中で舌打ちをする。

「あんたって、本当やる気あるのかないのか分かんない男ね。ま、こっちとしてはその場を完璧にこなして貰えれば関係ないけど」

「…うるせぇな」

「あ、見えてきたわ。ほら、会場はあそこよ。ばっちり働いてきてよね、私の給料アップの為にも!」

ぼそ、と呟いた一言を何ら聞こえないふりをして、俺の隣を歩くナミ屋は、少し遠くに見えるビルに向かって指を指した。一体何に対してそんなに興奮するのか不明な疑問を、げんなりとした気持ちで背負いつつ、後ろから伸びて来た彼女の手によって、あれよあれよと背中を強く押されていく。気乗りしないままビルへと足を踏み入れれば、そこは見るからに広がる高級ホテルそのものだった。再度念押しするように、「じゃ!後は宜しくね!頼んだわよ!」と、彼女に肩を叩かれ、溜息交じりに一つ息を吐き出す。すると、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。

とりあえず、パーティーが始まるまでまだもう少し時間がある。受付を済ませ、先に一服しとくか、とロビー付近にある喫煙所へ方向転換をしたその時。受付近くに置いてある、来客用の椅子に腰掛けた、ある一人の女が目に止まった。

「………」

女が座る場所から僅か数メートル離れた場所に設置された喫煙所の扉を開けて、ガラス越しにただ何となくそのままその女の動向を見張る。背もたれに体重を預けて胸ポケットから煙草を取り出し、ふぅ、と軽く始めの煙を吐き出せば、女の姿が少しだけ霞んで見えた。そのまま何分か、暇つぶしがてら女を見つめ続けてみたが、どうもこれと言って大きな動きはない。何してんだ、あの女は。誰かと待ち合わせでもしてんのか。そんな考えが脳裏に浮かんだと同時に、マナーモードにしていた携帯がポケットから忙しなく振動し、思わず舌打ちをしつつも、通話画面をスライドした。

「…なんだ、うぜぇ」

「なんだ、じゃないわよ!あんた今何処?あともう少しでパーティー始まるわよ!さっさと会場に来なさいよ!」

「あぁ、分かった。今から行…」

鬼のようなナミ屋の話し声にうんざりしつつも、床に落としていた視線をゆっくりと元に戻せば、ついさっきまであの場所に居た筈の女の姿が消えている。少しだけ目を離したその隙に、まるで幻のように跡形もなく消えた見ず知らずの女に、何故か不思議と柄にもなく寂しさを感じて、一瞬声を失った。

「もしもし?トラファルガー?もしもーし!ちょっと、ちゃんと聞こえてる?」

依然ぎゃあぎゃあと電話越しに喚くナミ屋の声でふと我に戻り、残り最後の煙草を吸い終えて直ぐに、「あぁ、ちゃんと聞こえてる。今からそっちに向かう」と小さく返事を返した。

喫煙所を後にし、今から開催されるくだらねぇ集まりに眉根を寄せつつも歩く速度を早める。最後にもう一度確認をするようにネクタイに軽く触れ、ゆっくり会場の扉を開ければ、見慣れた胡散臭い顔ぶれ共が律儀に俺を出迎えてくれた。

「……気持ち悪ぃ面だ」

やはりどう思考を巡らせてみても気分は晴れない。だが、そこは腐っても社会人。たかが何時間の我慢だ。どうせなら周りをあっと言わせるぐらい、この場を完璧に演じきってやる。そう意気込んで直ぐに、会場内をうろつくウエイターから酒を受け取り、そのまま一気に喉へと流し込んだ。それが箔が付いたのか何なのか、まんまとビジネスマンスイッチへと切り替えた俺は、会場内奥へとゆっくり歩を進め、取引先相手に完璧な営業スマイルで、開始早々好調なスタートをきった。

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