ローから、自分の携帯に何度も着信があった事には気付いていた。毎回、振動と着信が鳴り終えたと同時に、その約数秒後にはいつも決まってメールが届いたからだ。

『電話に出ろ』

『メール見ろ』

そのぶっきらぼうな言葉に何度も画面越しに文字を確認しては、彼らしいなと口の端を上げて笑う。本来なら完璧に拒否をする事だって出来るくせに、そんな卑怯な行動を繰り返す自分の性格の悪さを、改めて認識したのもここ数日間の話だった。

「………ごめんね」

その度に画面越しにローへと謝罪の言葉を添え、そしてお決まりのように携帯のTOP画面を閉じる。よし!と一人意気込んで、自分のPC画面へと視線を戻し、カタカタと指の動きを再開させた。デスクの上に大量に置かれてあるその膨大な仕事量は、ついこの前までの自分であればとんでもなく絶望を感じていた事だろう。でも今はそれが丁度良かった。暇さえあればローの事を思い出してしまうし、終いには今直ぐにでもあの隈の濃い不機嫌な顔を纏った彼に会いに行きたい衝動に駆られたからだ。

「いつにもまして精が出てんなぁーナマエ」

「シャ、シャンクス社長…!」

平日のこんな時間に、ましてや月初でも月末でもないこの時期に好き好んで残業をする社員は早々いない。なのに自ら周りに仕事を求め、そうして毎日毎日遅くまで働き詰める物好きな社員は今の所私ぐらいしかいなかった。そんな私の背後から聞こえてきた、落ち着いた声のトーン。振り返った所でその声の主が誰かなんて分かりきっていたけれど、でもそれでも改めてその姿を確認したと同時に驚きは隠せずにいた。

「まるで何かに取り憑かれたみたいだな。あんまり無理してくれるなよ。仕事ってもんは休み休みぐらいが丁度良いもんだ」

「あー…はい、じゃあ今日はこの辺にしときます。すいません、お気を遣わせてしまって…」

「なぁに、気にするな。俺は別に一般論を言ったまでだ」

だーはっはっは!と、社長独特のその特徴的な笑い声が二人きりの部署内に響き渡る。その愉快な笑い声につられて、私も頬を緩ませてはにっこりと微笑んだ。そして社長のこういう屈託のない性格が好きだった。会社のTOPだというのに、社員全員に平等に接しては、こうしてたまに遅くまで残っている社員にさりげなく声を掛けて労りの言葉を掛けてくれる。だから私達社員一人一人がこの人について行こうと思えるのだ。その天性のカリスマ性は傍から見ていても抜きん出ていて、やっぱり改めて凄い人だなぁとその度に感心させられる。それはどんな場面でも同じだった。

「では、じゃあ私はこれで。失礼します」

「あー待て待て。ナマエ、お前今から時間あるか?」

「え?」

たまには俺と飯でも行かねぇか。そう言って、シャンクス社長はニッと口の端を上げて笑った。

「え…その、」

「な!行こう!俺ぁ今日何だか無性に酒が飲みたい気分なんだ。良いだろ?」

「……は、はい」

決まりだな。そう言って、半ば強引に私の腕を引いたシャンクス社長は、社内専用のICカードを機械にかざし、スタスタと前を歩いて行く。あっという間にエレベーター前まで辿り着き、そうして行き先ボタンに触れては、自分達が居る階に辿りついたそれに二人して乗り込んだ。そのまま壁に体重を預けたまま、夕方から急に土砂降りへと姿を変えた街の景色を、ゆっくりと下降していくエレベーターの中からただぼんやりと見つめ続けた。

「何が食いたい?イタリアンでもフレンチでも何でも良いぞ。今日の俺は珍しく太っ腹だからな」

「あはは!珍しくですか。…んー、じゃあイタリアンで」

「りょーかい」

ポーン!と到着音が鳴り響いた同時に勢いよく開く扉。そのまま壁から身を離して社長と二人肩を並べては玄関口を抜ける。外に出た瞬間、ビュウ、と大きな雨風が吹いて咄嗟にサイドの髪を耳に掛けた。自分より少し前を歩く社長は既に1台のタクシーを停めていて、そのスマートな動作に気を取られてしまったのはここだけの話だ。

「青山の外苑前まで」

車のドアが閉まったと同時に淡々と行き先を告げるシャンクス社長。そのまま流れるように背もたれに背中をくっつけて、「何食うかなー」と呑気に笑っている。何だかその笑顔が子供みたいで、社長にはバレないように笑みを溢した。ゆっくりと進みだしたエンジン音を耳にしつつも、スライドしていくように次々と流れていく街の景色。水滴を伝って、窓越しに見える通行人の顔はどの人も楽しそうに笑っていて、正に今から2軒目だ!とでも言わんばかりの雰囲気で街中はガヤガヤと賑わっていた。






「で?最近どうよ」

「……………え?」

店内に響くクラシカルな曲。そしてテーブルに何品も置かれた色とりどりの料理を前にして、向かい合わせに座っているシャンクス社長はワイングラスに口をつけつつもそんな質問を此方に問い掛けた。

「ど、どう…とは?」

「知らばってくれても無駄だぞ。俺は経営に関してはさっぱりだが、その分人の変化には鋭いんだ。だからここ最近、いつにもまして仕事に邁進なお前の様子が気になってな」

「………………」

「まぁ、元から勤勉なのは知ってるけどよ。だがそれにしても毎日毎日遅くまで残ってたら気になるだろ。何かあったんだろうなー、ってな」

「シャンクス社長…」

な?当たりだろ?そう言って、彼は悪戯っ子のように白い歯を出してニカっと笑った。そしてそれと同時に流石がだなぁと思った。経営はさっぱり、だなんて遠慮がちに彼は笑うけれど、副社長のベックマンさんと共に日々どうやって会社の業績を上げていくか、はたまたどうすればもっともっと自分達の社員一人一人が充実した会社生活を送っていけるか等、沢山試行錯誤しているのを間近で見ているだけに、この人は本当によく周りが見えている人なんだなぁと一人改めて実感しつつも笑みを溢す。

「どう…なんですかね。ちょっと、正直自分でもよく分からないです」

「へぇ、お前がか?珍しいな」

「そうですか?…なんか、あれかも。プライベートで予想外の出来事がありすぎて、頭の中が色々とゴチャゴチャしてるのかもしれないです」

「ほーお…」

子供みたいに目をまん丸にさせて、そのまま自分の髭をスリスリと撫でたシャンクス社長の表情は物珍しそうな顔をしていた。きっと普段の社内での私のイメージはキッチリとした人間にでも見られているのだろう。その歯切れの悪い返答に少しだけ驚いている彼の表情に、「すいません…曖昧で」と一つ、謝罪の言葉を述べた。

「いやいや、別に謝らなくてもいいだろ。そういう、自分の気持ちに何て説明をつければ良いのか分からねぇ時だってあるさ」

「そうですかね…?」

「あぁ。てかあれだろ、そのお前が悩んでる原因って男関係だろ」

「…………えっ!?」

まさかの発言に、今度は私の方が面喰ってしまった。…な、何で分かるの…!?この人もしかしてエスパーか…!?とか、一人心の中であーだこーだと慌てふためく。それを抑え込むかのように、社長と同じようにワイングラスを手に取り、ゴクリ、と一つ喉にそれを勢いよく流し込んだ。

「お前ぐらいの年頃だったら大体それが原因だろう。んで?相手はどんな奴だよ」

「………え、あの」

「あぁ、心配すんな!こー見えて俺は口が堅い方なんだ」

財布の紐は緩い方だけどな!だーはっはっは!とか何とか言いつつも、後頭部に手を添えたシャンクス社長が豪快に笑う。さっき、今日の自分は太っ腹だからと私に宣言したあのやりとりは何だったのか…とふとそんな事を考えたが、社長のその笑顔を前にしたら一気にどうでも良くなってきて、またしてもそれにつられるように自分もケラケラと笑い返した。

「相手の人はですね、まさに変!…ってか、不思議な男です」

「不思議な男?」

「はい。私、普段人に心を開くまでに結構な時間が掛かるタイプなんですけど、でもその人だけは唯一違ったんです」

「ほーお…違う、とは?特にどんな所がだ」

「んー…何て言うんですかねぇ。その人、多分凄い賢い人で。言葉とか態度は結構雑…っていうかぶっきらぼうな人なんですけど…でもその分人の心をこじ開けるのが上手いっていうか何というか…」

「へぇ、そりゃ大した奴だ」

「はい、そうなんです。大した奴なんです」

そこまで口にして、社長と二人口角を上げては互いに微笑み合う。そのまま流れるようにテーブルに置かれてあるナイフとフォークを手に取り、目の前にあるステーキへと意識を集中させた。

「でも、それは違うんじゃねぇか?」

「………え?」

何個か切り終えたそれを口に入れた瞬間聞こえてきた、シャンクス社長の柔らかい声。その切り返しに思わず目が点になる。………違う?ん?何が?

「きっとそいつもお前と同じタイプなんだと思うがな。つーかもしかしたら初めてだったかもな。自ら相手の女の心をこじ開けてやりたいって思ったのは」

「……………」

「大切にされてるよ、お前。多分自分が思ってる以上に。…多分、そいつはお前以外の女なんか興味ないんじゃねぇか?そんだけ普段ぶっきらぼうな奴だとしたら尚更」

すまん、これと同じ物をあともう一本頼む。

そう言って、一旦そこで話を区切ったシャンクス社長は店内の奥にて佇んでいるソムリエを自分の席まで呼び寄せた。その光景をぼんやりと眺めつつも、ふとある想い出が脳裏にフラッシュバックする。


『今は危なかっかしくて見てらんねぇ、ある一人の馬鹿のお守りで手一杯だからな。他の女なんざ目に入らねぇ』


「………ロー」

ふいに口にしたそれは、今一番自分が会いたくて仕方がないローの名前だった。それと同時に脳内に浮かび上がってきたのは、あの時悪そうな顔をしてそう口にした彼の言葉で。その言葉と引き換えに互いに交わした口付けの感触は今でもリアルに覚えている。普段のそっけない言葉とは裏腹に、柔らかくて、優しくて、でも何処か切なくて。ふいに流れた私の涙を、ローは丁寧に舐め取ってくれたっけ。とか、一人そんな事を思い返す。

「でも社長…私達、別に付き合ってる訳じゃ…」

「ナマエ、言葉ってそんなに必要か?」

「え?」

そこまで口にした所で、先程のソムリエが年代物のワインを片手に此方に辿り着いた。そのままトクトクとグラスに注いでは、「失礼します」と一言言い残して、また店の奥へと姿を消して行く。

「って、まぁ必要か…うん、だよな。必要だよな、お前らの歳だとまだ」

「いや…あの、」

「でもなナマエ、男と女ってのは時にいちいち言葉にしなくてもこれだ!って分かる時があるんだよ」

「……………」

「それが何か分かるか?」

ん?とか言いつつもシャンクス社長も私と同じようにステーキをナイフとフォークで切り離し、そして口の中にひょいっ!と含んでは穏やかに微笑んだ。その社長からの問いにいまいち脳内がちんぷんかんぷんな私に、「答えはこれだ」と、彼は人差し指をトントンと米神に当てて目を細める。

「頭で考えるよりもまず、行動が先に出るんだ。互いに好きだな、こいつの事が愛おしいなと思ったら」

「……………」

「な?思い当たる節があるだろ?」

そう言って、シャンクス社長は米神に当てていた指を此方に向けてバン!と銃を撃つような素振りをした。そのままクスクスと穏やかに笑っては、そっとテーブルの端に置いてあるワイングラスへと手を伸ばす。

「…………あり、ます」

「だろ?なら何も悩む必要なんてねぇじゃねぇか。それが答えだよ」

「……………」

「まぁ!飲め飲め!こういう時は酒に頼るのが一番だ」

その言葉を皮切りに、まだ少し中身が残っている私のグラスにトクトクとボトルを傾けて注いでくれるシャンクス社長。その光景をぼんやりと眺めつつも、「でも、」とポツリ、一人小さな声で呟いた。

「ん?」

「………私、その彼以外に忘れられない人がいるんです。…ううん、忘れられないんじゃなくて、忘れたくない人」

「……………」

「怖いんです…彼を完全に想い出にしてしまうのが…何か、二人で過ごしてきた日々が一気に消えてしまうかのようで」

「………ナマエ」

「社長…私、一体どうすれば良いんですかね…本当は自分でもよく分かってるんです、思考とは真逆に今の彼にどんどん惹かれていってるのが…」

「……………」

「でも、その気持ちを自分の中で完全に受け入れてしまった瞬間、その想い出の彼は消えてしまう。何かそれじゃ駄目な気がして…ただただ怖いんです」

そこまで口にして、ふいに涙が頬に伝わった。あれ?可笑しいな…泣く予定なんか無かったのに。そんな事を考えつつも「すいません…めそめそ泣いちゃったりなんかして…」と、目の前に座るシャンクス社長へと深々と頭を下げた。

「いや…別に謝らなくも良いけどよ…つーか、こんな大事な時に俺の事なんか気にすんな」

「でも…」

「まぁあれだ、そんなに心配しなくても大丈夫だろ」

「え…?」

そう言って、シャンクス社長は「とりあえず泣き止め。折角の可愛い顔が台無しだぞ」と大人な発言を口にしつつも私の事を優しく宥めてくれる。そのままテーブルに頬杖をつき、眉を下げては少しだけ困ったように笑った。その優しさが何だかやけに胸に沁みて、逆に泣き止む予定が大幅に崩れてしまい、より一層自分の涙腺が緩んでいったような気がした。

「大丈夫だ、ナマエ。きっとそんなに大事な奴なら、お前は絶対この先何があってもそいつの事は忘れない」

「………え?」

「てか無理だろ。そんだけ想い出がデカい奴なら尚更。例え今の男と本気で向き合う事になったとしてもな」

「……………」

人はそんなに簡単に想い出を捨てれねぇ。そう言って、シャンクス社長はにっこりと笑った。

「そう、ですかね…?本当に…?」

「あぁ、本当だ。お前より何十歳も歳くった、この俺が言うんだから間違いねぇ」

「あはは!歳くったって…でも素敵ですよ社長は」

「まぁなー、それは本当によく周りから言われる」

皆口が上手いよなぁ!とか何とか言って、またしてもだーはっはっは!とシャンクス社長は豪快に笑った。その愉快な笑い声と大人な意見に目からウロコだった私は、社長のその笑い声に声を出して笑いつつも、「ありがとうございます、社長」とお礼の言葉をそっと告げた。

「なぁに、別に礼を言われる筋合いはねぇさ。んな事よりナマエ、食え食え!そして飲め飲め!折角の美味い飯が冷めるぞ」

「………はい!」

今日は本当に社長に連れ出して貰えて良かった。心の底から本当にそう思う。きっとあのまま部署に一人残った状態で淡々と仕事をしていたら、今頃肩に圧し掛かった様々な苦い感情に押しつぶされそうになっていたかもしれない。改めてシャンクス社長の偉大さを再認識したと同時に、胸の奥底まで感謝の気持ちで一杯だ。今後も何一つ迷う事はなく、彼の後ろをついていこう。一人、そんな事を思いつつも、目の前にある料理へと手をつけ、「美味しいです!」と大きな声でシャンクス社長へと感謝の気持ちを述べた。






「本当に今日は何から何まで色々と有難うございました。また明日からも宜しくお願いします」

お気をつけて。最後にそう一言付け加えて、傘を差したまま家の前まで送ってくれたシャンクス社長へとお礼の言葉を伝えてはタクシーのドアを勢いよく閉めた。窓越しに見えるシャンクス社長の姿を目に入れつつも、車はゆっくりと前進し始める。そのままタクシーの姿が見えなくなるまで、ずっとその場で一人手を振り続けた。やがて見えなくなったその街並みを前に、ふぅ、と小さな息を吐く。

「……よし、帰ろう」

誰も居ないその場で独り言を呟いて、踵を返し、マンションのエントランスまで歩を進めた。途中で歩きながらも「鍵何処にやったっけなー」とかゴソゴソとバッグの中を手探りで探しつつも見えてきたロビー。でもそこで、私の思考回路とバッグに忍ばせていた手の動きはピタリと止まった。


「ロー…」

「…………」


そこに居たのは、約1ヶ月ぶりとも言えるぐらい全然会っていなかったローが立っていて。コートのポケットに両手を入れて、気怠そうに壁に身を寄せているローと視線が合う。そしてその瞬間、思わずその場から逃げ出したい衝動に駆られた。

「………寒ぃ。早く中に入れろ」

「…………」

それはまるで、この一ヶ月間が何事も無かったかのような台詞で。でもそれでも何かが前とは違う気がした。ローの直ぐ真横に立て掛けてある黒い傘をぼんやりと目に入れつつも、ふと一人そんな事を考える。

「………何で此処にいるの?」

「話は中に入ってからだ。さっさと鍵開けろ」

「…………」

そこでようやく動きを再開させ、バッグの中から鍵を取り出しロビーの扉を開ける。そのまま少し前を歩くローの背中を見つめつつも、ギュウ、と胸の奥底が痛い程悲鳴をあげたのが分かった。

「入れ」

無事にエレベーターを降り、玄関前でそこで呆然と立ち尽くしていた私の手元から鍵を奪い取って扉を開けたローに、顎をクイっと動かされては指示を出される。そのまま無心でローを追い越して中に入ったと同時に、バタン!と大きな音を立てつつも閉まったそれにビク!と肩を竦ませた。そして驚いたのも束の間、そのまま背後に立っていたローに腕を掴まれては自分の方へと振り向かせられ、勢いよく壁に背を押し付けられてローの大きな身体に包まれた。

「………ロー。冷た、」

「おい、てめぇ…何ずっと俺からの連絡を拒否してやがる」

「…………え、」

「ふざけた事してくれるなぁ?お陰でこっちは毎日ロクに眠れやしねぇ」

「……………」

「本当、俺をナメてんのかお前…」


『……会いたかった』


何かを言い聞かせるかのように、辛辣な台詞を吐いたと同時に聞こえてきた、ローのその弱弱しい言葉と声。それにまたしても一気に涙腺が緩んだ。……あぁ、何かもう駄目だ。あれだけローにはもう二度と頼らない。連絡も取らないと決意を固めてたくせに、今日のシャンクス社長とのやりとりや、今目の前に居るローの言葉を耳に聞き入れた瞬間、早くもその決心は崩れ落ちそうだ。

「………ロー、」

「言っとくが、俺は半端な気持ちでお前に手を出したつもりはねぇ」

「………え?」

そこまで口にして、強く抱き締められていたローの手は形を変え、そのまま流れるように私の額に手を添えては、前髪をくしゃりと優しく握られ上に上げられる。

「………そこまで器用な男じゃねぇんだよ、俺は」

「ロ、」

何か返事を返そうと思ったその瞬間、後頭部に廻されていたもう片方の手を勢いよく引き寄せられて、ローに一気に唇を塞がれた。矢継ぎ早に降ってくるローのキスは、何だかまるで生き急いでいるようで、でもそれ以上に胸が苦しくなる程切なそうな表情で。それを受け止める側の自分にとっては、何とも言い難い複雑な感情に今にも押しつぶされてしまいそうだった。


『頭で考えるよりもまず、行動が先に出るんだ。互いに好きだな、こいつの事が愛おしいなと思ったら』


その時、つい数時間前のシャンクス社長の言葉が脳裏に過った。

…………あぁ、本当ですね社長。今ようやく改めてその意味が分かったような気がします。


「………んっ、ロー…」

「…………ナマエ、」


キスの合間に、ふいに呼んだローの名前。そんな私の様子に気付いたローが、それに応えるかのように何度も何度も私の名前を呼んでくれた。互いに深く舌を絡ませては、その場に倒れ込むように、靴を履いたまま玄関先でローに押し倒される。両頬に手を滑らせたローの指がわざと私の耳の中に入り込んで来て、卑猥なキスの音がやけにリアルに感じた。それに身を任せるように彼の手に自分の手を重ねれば、今度はその手を握られて恋人繋ぎをさせられたまま床に押し付けられる。そのまま何度も何度も互いの気持ちを確かめ合うようにその場でキスを繰り返しては、やがてローに膝の裏と腰に腕を廻され、一気に身体を引き上げられて腕に抱えられる。そのまま足早に歩を進めて、まるで待ち望んでいたかのように、二人して勢いよく寝室のベッドへと身を沈めた。

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