「この間から何か気になる事でもあるんですか」
久々の休日。日頃の疲れを取る為か、自分でも気付かぬ内に死んだように睡眠に徹した昼間を抜け、何時ものように旧友のペンギンと行きつけのダーツバーに繰り出した時の事だ。
「………あぁ?」
「ここ最近ずっとそんな顔してるからてっきり何かあったのかと思って」
「…………」
「どうしたんです?らしくないですよ」
「………黙れ。さっさと投げろ」
「はいはい、じゃあブル取って先に終わらせます。話はその後からって事で」
こちらに向かって口角を上げ、不敵に笑ったこいつも俺と同格並にタチが悪い。宣言通り淡々とダーツを投げ終え、あっさりとブルを取ってみせた奴は、「はい、じゃあ本題に戻りましょうか」と派手な音をたてつつも俺の目の前の椅子に腰を降ろした。
「単刀直入に聞きますよ。ずばり女ですか」
「………いや」
「別に隠さなくても良いですよ。キャプテン昔から分かりやすい性格してるんで」
「……………」
「で?どんな女なんですか。またモデルとか?」
そう言って奴は気だるげにグラスを持ち、ゆっくりと液体を喉に流し込んだ後俺からの言葉の続きを待つ。その決まりきったかのような話の流れに何となく苛立ちを感じ、チッ、と一つ舌打ちを溢した。
「違ぇ、何の変哲もない普通の女だ」
「普通の女?あなたが?偉く珍しいパターンですね」
「口調は普通の癖にやたら強気な女で調子が狂う。機嫌を損ねたかと思いきやその三秒後にはまた笑ってやがる。そんな女だ」
「ようするに、その女に振り回されてると。そういう事ですね」
「……………」
「良いですね、その女。魔性っぽい感じが何とも」
「馬鹿言え。何処がだ」
「でも惚れてるんでしょう?その女に」
まるでお決まりの台詞、とでも言う様にあからさまに得意気な顔してこちらに投げかけた問いに一瞬柄にもなくフリーズした。肝心の当の本人はあっけらかんとした表情でヒラヒラと俺の顔の目の前で手を振り、「あれ?もしかして俺今確信に触れちゃいました?」とケラケラと笑う。その呑気な態度に当然の如くイラっとした俺は、自分でも少し気が引ける程の低い声で、「おい」と奴の行動と言動を制した。
「何言ってやがる。俺があの女に惚れただぁ?ある訳ねぇだろんなもん」
「じゃあここ最近の自分をよく振り返ってみて下さいよ。本当は結構その女の事を考えてる時間が長いんじゃないんですか?」
「…………」
「本当は今すぐにでも、その女に会いに行きたいんじゃないんですか?」
ペンギンのその言葉を皮切りに脳裏に過った。
『……私が彼を死なせたの』
今にも崩れ落ちそうな震えた声で、ただひたすら自分が悪いと責める不安定なナマエの姿を。
「………普通はそうなのか」
「え?」
「一人の女に会いたいって思ったら、それは世間一般的にその女に惚れてるって事なのかよ」
「まぁー…少なくとも俺の中では」
「…………」
「別に良いと思いますけどね、俺は。ただ誰かをひたすら追いかけて、追いかけて追いかけてそれでも手に入った気がしない女って最高じゃないですか」
「あぁ?」
「キャプテン、良い女っていうのは簡単には手に入らないんですよ。だから男はその女を追いかけたくなる。そしてやっと手に入れたと思った瞬間更に愛おしくなる。…ってまぁ、その逆のパターンも全然あると思いますけど」
「…………」
「でも追いかけるのは個人の自由じゃないですか。例えその女に振り向いて貰えなくても」
…個人の自由、確かにその通りだ。初めて出会った時から不思議な女で、正直一分一秒目が離せない奴だなと思った。笑う時も怒る時も泣く時も常に全力で、俺の真逆のベクトルを向いている奴。知れば知るほど分からなくなる、そんな女は初めてだった。
『きっと…好きで好きで仕方なかったんだと思う、彼のこと』
記憶を辿るように、そう言って遠くを見つめるナマエの横顔はただ単純に綺麗で、あの夜に話した会話も仕草も全て今も鮮明に覚えている。放っておけば何処かに消えてしまいそうなあいつを無意識に自分の胸に引き寄せたのは、ペンギンが言う様に何処か惹かれている証拠だろう。
「……認めざるを得ねぇな、これは」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で口にした言葉は、ガヤガヤと騒がしい店内へと消えていった。ただ一人、俺の真正面に座るこの男を除いて。
「リベンジします?次負けたらここ全部奢りってどうですか」
「……上等だ。生意気言ってんじゃねぇよ。貸せ」
手元に置いてあったグラスを手に取り、一気にアルコールを喉に流し込んで小さく息を吐く。それに負けじと俺と同じ動作でこっちを挑発してくるこいつの性格の悪さに思わず冗談めいた笑みが溢れた。普段あまり深い話などしない仲だが、ここぞという時に頼りになる。そんなこいつに免じて、今日の所は思いっきりダーツゲームにのめり込む事としよう。
『本当は今すぐにでも、その女に会いに行きたいんじゃないんですか?』
勝利を得て、夜が明けたらナマエに会いに行こう。例えそれは追いかけた所で、叶わない想いだと理解していても。
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