『一週間…!何がなんでも征ちゃんの気持ちを取り戻してみせる…!』


そう。あの言葉に嘘偽りは無かった。朝一早々、理不尽な条件を提示されようが、ボサボサの髪の毛がその場のもの悲しさを煽っていようが、そんな事を気にする余裕なんて、あの時の私には無かったのだ。

10年前。父が勤務する会社が、何処ぞの大手外資系コンサルタントに買収されて、余儀なく田舎から都会へと転校して来た私の前に、彼が彗星の如く突如目の前に現れたのが、全ての始まり。

「ミョウジさん、次の移動教室はあっちの第二校舎だよ」

そう言って、転校初日に右も左も分からなかった私に優しく声を掛けてきてくれたのが、今では自分にとって唯一無二の存在である、征ちゃんだった。あの初めて言葉を交わした日から今日に至るまで、私は彼の存在を片時も忘れた事はない。要するに、ただの一目惚れだった。

それから私の人生は、ガラリと一変した。朝登校して直ぐに、何一つ迷う事なく私が向かう先は、最愛の彼の元。征ちゃんが座る、廊下から一番離れた窓際の席だった。当時、月一で行われていた席替えのせいで、苦しくも彼と私との物理的距離は伸びてしまい、そんないらぬイベントをかましてくれた担任をよく恨んだもんだ。教室の端から端へと離れた席に腰掛ける征ちゃんに駆け寄り、昨日観たバラエティ番組の内容や、さつきと盛り上がった話など、その項目は様々で、征ちゃんは少し困った顔をしていたけど、でもだからと言って、そんな必死な私を拒む事はしなかった。

どんな話をすれば彼は心から笑ってくれるのだろうか。完璧な彼が興味を惹かれる物とは一体何なのか。色々試行錯誤してみた結果、一番反応が大きかったのは、彼が放課後全てに全精力をそそぐバスケの話だと言う事が後に判明した。

『勝つことは息をする事と同じであり、勝利は生きていく上であって当然の存在』

そんな思わず背筋がぞっとしてしまいそうな台詞を吐く彼を、恐い、と感じる反面、もっともっと『赤司征十郎』の奥深い根底まで知りたい、とも思った。理由なんてない。ただ自分の中に眠る、私の本能がそう叫んだのだ。

『私は、どんな征ちゃんでも大好きだよ』

歳を重ねていくに連れて、移りゆく季節と、彼の周りを入れ違うように囲う、様々な人間模様。抱えきれない現実と行き交う、ドロドロした闇に引きずられていく彼を救い出そうと考えたとか、別にそんな綺麗な話じゃなかった。ただあの時、咄嗟に出てきた言葉がそれしか思い浮かばなかっただけの話で。だけど、後になって自分が選択した言葉は間違っていなかったと、確信する出来事がある日おきた。

「別にかまわないよ、君と交際してあげても」

それは忘れもしない、今から丁度3年前。もはや朝の挨拶か!と、言わんばかりの馴染みさで、「征ちゃん大好き!私と付き合ったら絶対良い事あるよ!どう!?」なんて、いつものように彼に愛の告白をかました昼下がりの午後の事だった。口ではゴリ押し中のゴリ押しモード全開で想いを告げてはみるものの、当時の私の心の中では、正直もう何年も前から諦めモードに入っていた。

どうせ返ってくる言葉は同じだろう。そう思いつつも、この行き場のない気持ちを捨てる勇気もなくて。だからあの時、予想だにしなかった彼の返事に反応が遅れてしまったんだと思う。

「え…?」

「最後に確認だが、君は以前僕に言ってくれたね。どんな僕でも大好きだ、と。その言葉に二言はないね?」

「う、うん…」

「ならば合格だ。ナマエ、君がずっと望んできた関係になってやってもいい」

「………え」

まさかの彼の発言に、目を丸くしたまま、ただその場にボーっと立ちつくしていれば、声を押し殺すようにくつくつと笑う征ちゃんと目が合った。「予想通りの反応だな」、なんて。珍しく声を震わせて微笑む彼の表情は、嘘偽りのない、純粋な心からの笑顔で。そんな飾り気のない征ちゃんの表情と言葉が、ようやく思考停止していた私の脳に鞘を打つ。そしてその約0.1秒後。「やったぁぁぁああー!!」と、嬉しさの余り、思い切り叫んだ事が今では遠い昔の事のように感じた。



…だって、

「さっさとこれで荷物の整理をしろ」

今そうやって冷たい声でダンボール箱を私に手渡す征ちゃんの表情は、あの時の彼の表情からは、かなりかけ離れすぎているから。

ねぇ、征ちゃん。一体私の何がいけなかったのかな。馬鹿でドジで、人よりも鈍いこんな私だから、いくら過去を遡ってみても、いまいちよくはっきりとした原因が思い浮かばないんだ。

だからねぇ、もう一度お互いゆっくり話をしようよ。あの初めて二人笑いあった、窓際の席の時みたいに。

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