さて、改めて考えたら大変な事態になってしまった。


何故、人は『この人いいな』と一度認識したらその気持ちに拍車を掛け、相手を自分のモノにしたいと考えてしまうのだろうか。心の距離は近付けなくとも、ただ愛する人の側で、近くから眺めているだけで満たされてしまう筈なのに。

人間の欲望というモノは、本当にどこまでも果てしなく、厄介なモノだ。

「そんなもん、好きだからに決まってんだろ」

そう私の哲学ならぬ美学に一刀両断でズバッと意見を言ってのける奴。それが青峰大輝という、野生の男ならぬ本能だけで生きているこの男の事だ。

「可愛いからキスをする。抱きたいと思ったら抱く。男なんてそんなもんだろ」

なに馬鹿のくせにそんな小難しい事考えてんだよ、と小言を吐く青峰を優雅にスルーして、一人うーんと唸りつつもその場に腕を組む。とりあえず、あんた毎回毎回一言多いんだよ。そう心の中で罵倒を重ねながら、彼が放った意見を、頭の中で1から10まで並べて思考を巡らせてみた。うん、まぁ確かに。それは一理あるかもね。ただ私が言いたかったのは、男の意見じゃなくて男女の関係性についてなんだけど。さすが野生児。

「つーか、何でいきなりそんな話するんだよ。もしかしてあれか、赤司と喧嘩でもしたか」

それまで終始面倒くさそうに私に相槌をしていたくせに、自分の都合で話題を切り替えた途端、青峰はニヤニヤと悪戯っ子のような表情でこちらに疑問をぶつけてきた。さ…さすが野生児…その見事な勘はあなどれないな。

「べ、別に!喧嘩なんてしてないし!」

「嘘つくなって。お前ほんと昔から嘘が下手だよな。大方お前のその自由奔放な性格に赤司が愛想つかした、って所だろ。はー、ご愁傷様」

ヒラヒラと手首を上下に動かして、あさっての方向に視線を促したまま、青峰はドストライクの意見をこちらに吐き捨てた。

なんてこった…バレバレじゃないか今の私の状況が。こいつ、どっか私の家に隠しカメラでも置いてんじゃないの。

「まぁ、よく持った方なんじゃねーの?あの気難しい赤司と3年も付き合ったんだからよ」

テーブルに頬杖をつき、はぁ、と溜息交じりに私に結論を出す青峰に対して、「まだ正式に別れてないから!」と大声で叫んだ。そう、まだギリ別れてない。…はず。昨日めっちゃくちゃズバっと『別れよう』宣言されたけど、こっちはまだ承諾してないからあれは無効の筈だ。…いや、承諾してなるものか!だって私、征ちゃんがいないとまじで死ぬもん!

「へー、そうかよ。まぁ、俺にとってはお前らの恋愛事情なんざ、まじでどーでもいい事だけどな」

「そんな事言わずに!青峰、この崖っぷちの私に何かアドバイスを…!」

「はっ…知るかよ。赤司の事に関しては俺は未だに未知のレベルだ。自分で何とかするこったな」

「そ、そんなぁ…!」

唯一の頼みの綱、…にしては少々大きく表現してしまったけれど、それでもひっそりこっそり頼りにしていたのは間違いじゃない。なのに無理、知らねぇ、分からねぇ、の3点セットをこちらに突き詰め、青峰は気怠そうに私にちょっかいと言う名のただの自分の暇潰し相手として、チクチクと小さな針でつつくように虐めてくる。ちくしょう、なんて男だ。野生児のくせに。

「まっ、せいぜい頑張るこったな。赤司はああ見えて独占欲が強い奴だからよ。こんな所で油なんて売ってねぇで、さっさと家に戻った方がいいんじゃねぇの」

そう言って、彼は腰を上げて直ぐに伝票を手にし、スタスタとレジへと向かって行った。

…そう、要するに。今私は青峰との親睦会(今更)ならぬ、題して征ちゃんの心を何としても取り戻そう!の会を立ち上げ、地元の居酒屋にて彼と2人でかれこれ2時間半晩酌を交わしていたのだ。

が、見事作戦失敗。有力な情報、並びに作戦は立てられず。こ、こんな筈じゃ…!

「おい…さっさとしろ。さっきから俺の携帯に赤司からの連絡が度々入ってうぜぇんだよ」

「え?」

後ろから自分を追って来ない私が気になったのか、青峰はチッと舌打ちをして、強引に我が腕を引いたまま半ば強制的にずるずるレジへと連行していく。徐々に遠くなっていく自分の座っていた席を遠巻きに見つめながら、私の中である一つの疑問が思い浮かんだ。


征ちゃんが私を心配して、る…?え、今もしかして征ちゃんが私を心配していると言う、何とも神レベルの情報が入ってきました?

…って、そんな馬鹿な。昨日あれだけ私を切り捨てた男が何とも都合良く心配なんてするもんか。でも今レジにてさも当然のようにお代を払う青峰の横顔は、ない頭をどう捻ってみても嘘をついているようには見えない。し、そんな嘘をこちらに付くメリットもこの男にはない。些か信じられない事柄ではあるが、やはり征ちゃんが私を心配している情報は紛れもない事実なのだろう。

そして青峰、奢ってくれてあざす。さっき給料日前でミョウジ銀行は倒産寸前だとアピールしておいて良かった。

「まぁ、何が原因でそうなったのかは知らねぇけどよ。自分の胸に手を当てて、よーーく考えてみるこったな。案外単純な答えだったりするかもだぜ」

最初から最後まで非常に面倒くさそうな口調且つ、なんやかんやビシっと本日の内容についてまとめてくれた青峰の後姿に手を振りながら、溜息と共に白い息を吐いた。よく考えてみれば、もうそんな白い息が出るほど季節は一巡りしたのかと一人急に感傷的になる。

「…私はただずーっと、このまま征ちゃんの側にいたいだけなのになぁ」

誰に言う訳でもない、誰に伝わる訳でもない願望に満ち溢れた独り言を呟きながら、ガヤガヤと賑わう街中を、薄手のコートに顔を埋めつつも踵を返した。

帰ろう。家に帰れば、私の愛おしい征ちゃんが待っている。もうこの際怒られようが何だろうがそんな事はどうだっていい。この凍りついた心をフルパワー全開で愛の充電しなきゃ明日からの日常を乗り越えられる自信がない。それほど今の私の状況は危機的状況で、SOS的信号が点滅しまくっているのだ。

「…あれ。でもちょっと待てよ。何が原因でこんなこと、に…」


…その瞬間、私の思考がピタリと停止した。と同時に、幼い頃によく遊んだ、人生ゲームのルーレットに失敗した時のように、振り出しに戻ると命令された感覚に陥った。

そう…どれもこれも全部征ちゃんが原因じゃんか!!なに我ながらお得意の現実逃避かましちゃってんの…!?


一通りツッコミを入れ終えた直後、秋から冬へと移行した夜風が私の頬を撫でていく。何だかそれが酷く優しく感じて、今の私には逆に苦しかった。

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