『品のある女性が好きだね』


そう目を細めて、優しく微笑んだ目の前の表情に恒例の如く私は卒倒した。だって、余りにも征ちゃんが美しすぎるから。だって、予想だにしないまさかの返答だったから。ひ、品のある女性が好き?……え。何それ。そんなの完全に私の事じゃん!キタこれ!


「キテねぇよ。お前自分の顔鏡で見た事あんのか。品がある所か下品でしかねぇだろその顔とオーラは」

「……………」

その青峰からの辛辣な台詞に間が空く。眉を寄せ、顔一杯に引き上げていた雑誌をバサ、と膝の上に乗せてガングロ野郎へと鋭い視線を向けた。何故こんな状況になっているのかというと、その理由はおよそ約4時間前に遡る。

「征ちゃん、もうすぐバレンタインがくるね!チョコは好き!?」

それはいつものように、朝学校に登校して来て早々、教室の窓際に座る征ちゃんの席へと直行した時の事だった。この浮かれた時期に便乗して、私は鼻息を荒くしつつも彼にここ最近一番気になっていた話題を持ち掛けたのである。

「あぁ、そういえば確かにそろそろそんな時期だね」

「うんうん!そうなの!そろそろそんな時期なの!」

「チョコは別に好きでも嫌いでもないよ」

「ほんと!?じゃあ私腕をふるって征ちゃんのお口に合う絶品のチョコを作るね!」

「やめとけやめとけ。お前の味気ない庶民味のチョコじゃ赤司の腹は悲鳴をあげるだけだぞ」

「因みに征ちゃんはどんな感じのチョコが好き?やっぱ生チョコ?それともちょっと角度変えてガトーショコラとか?」

「おい、無視するんじゃねぇよ馬鹿野郎。地味に痛い奴に見えんだろうが俺が」

ちょっと青峰うっさい。邪魔だから向こうに行ってて。と犬を追い払うようにシッシッと手をヒラヒラと振りかざせば、ちっ…と舌打ちをして青峰は自分の席へと大人しく帰って行った。よし、邪魔者は消えた。話を続ける事としよう。

「特にこれと言って指定する物はないから、君の判断に任せるよ」

「分かった!分かったよ征ちゃん!うん、私に任せといて!絶対絶対ぜーったい征ちゃんが納得するような絶品のチョコを作ってみせるから!」

まるで一昔前のトレンディ俳優かのような渋い表情でグッと親指を突き立てる。そんな私に対して、若干引き気味に「あぁ」と返事を返してくれた征ちゃんはやっぱり今日も今日とて美しかった。その引いた顔も最高。征ちゃんイズフォーエバー!

「あ、赤司君…!わ、私達もちょっと質問してもいいかな…?」

「あぁ、勿論。どうした?」

そんなテンションMAXの私を尻目に、真横から重なった複数の声。その声に反応して、私の視線も自然と横に逸れる。そこにあったのは、同じクラスの女子達と他のクラスの女子達の大群だった。彼女達は全員身体を左右にくねらせつつも手をモジモジと交差させて、征ちゃんに何やら声を掛けてきた様子だった。

「あ、あのね…私達も赤司君にバレンタインにチョコを渡したいと思ってるんだけど、…そ、その……あ、赤司君はどんなチョコが好き?あと、因みにどんな感じの女の子がタイプ、かな…?」

てへ。とでも言うように、彼女達はその場に一斉に横に首を傾げた。その顔は見るからに照れも入っているようで、他人事ながら可愛いなぁ、なんて呑気にそんな事を考える。

「チョコは特にこれと言って特段好きな物もなければ嫌いな物もないよ。……でも、そうだな。好きなタイプか…」

そこまで口にして、今度は征ちゃんが横に首を傾げる。そして一言。

「品のある女性が好きだね」




………と、いう訳で。そんなこんなで今に至る訳でして。この昼休憩の内に、征ちゃんに渡すチョコをどれにするか、はたまた征ちゃんが理想とする『品のある女性』とは一体具体的にどんな物なのか。その二つの下調べに忙しいというのに何という事だろう。教室の隅っこでコソコソとお菓子本と恋愛特集を組んだ雑誌を眺める私の横から突如として登場してきたのがこの青峰だった。……ちくしょう。毎度ながら何て邪魔臭い男なんだ。

「ぶはっ…!お前さっきチャイムが鳴ったと同時に全速力で買いに行ってきた奴がこれかよ!ウケるわ」

「うっさいわー!ちょっとあんた何なのさっきから!こっちは今真剣なんだから邪魔しないで!」

「へーへー、まぁ上手くいくといいな。どーせいつもみたいに一人空回りして終わるんだろうけど」

そんな毒としか言いようがない捨て台詞を吐いて、青峰は私が手にしている雑誌を前から奪い取り、気怠そうにパラパラとページを捲る。ヤンキー座りで膝に頬杖をつくこの男を前にして思う事はただ一つ。余計なお世話である。

「にしてもお前、相変わらず防弾ガラスのようなハートの持ち主だな」

「え…?」

「だってあれだろ。お前どんだけ赤司に惚れてる女が校内にいると思ってやがる。さっきだって見てただろ。あの女子共の大群を。あれはさっすがに競争率高すぎだわ」

「……………」

「ごしゅーしょーさま」

何が御愁傷様だ!そのぐらい漢字で言え!と、言いたい言葉をグッと飲み込んでその場で一人項垂れる。………た、確かに。悔しいが青峰の言う事も一理あるかもしれない。だって相手はあの征ちゃんだ。そりゃモテない訳ないし、ましてやチョコを渡す競争率は半端なく高いに決まってる。……え!まじか!じゃあどーすんの私!どーやって数多くいるライバル達の中から頭一個分突き抜ければいいの…!?迂闊だった…!

「こうしちゃいられない…!授業なんて聞いてる場合じゃなかった!」

「いや聞いとけよお前は。俺と張り合うぐらい馬鹿だろ」

「先生!私は来たるバレンタインに向けて本気でレベル上げに徹しなきゃいけないので午後から早退します!」

「そうか、それは確かにこの時期の女子には重要な事かもな。だがミョウジ、残念ながらそんな理由では早退は認められないからさっさと席に着きなさい」

「はい!じゃあ私はこれで失礼します!先生、また明日!」

「おーい、誰かあの馬鹿止めてー」

午後の授業開始チャイムが鳴ったと同時に大声で先生に向かって早退を宣言した私。に、四方八方から「ミョウジ相変わらず馬鹿やってんなー」「つーか俺らだって早退してぇよー」「ナマエちゃん面白いー!」などなど様々なコメントが降り注ぐ。みんなありがとう!私愛に生きます!いや、愛ってか征ちゃんに生きます!

「バレンタイン!チョコ!品のある女性!」

深々とお辞儀をしてその場に踵を返し、そのまま下駄箱へと一直線に走り抜けた。その途中、何かの暗号のようにこの3つの教訓を何度も何度も繰り返し叫んでは、猛ダッシュで家路に急いだ。勿論、大興奮して先生の話なんか耳にも入っていなかった私は、後日たっぷりと担任から怒られたのは言うまでもない。




「えーと何なにー?まずはこのクッキーを砕いて…」

あれから無事に家まで辿り着いた私は、お菓子のレシピ本を片手に一人キッチンにて唸りあげていた。自慢ではないが、家庭科の通知簿は万年2だ。そんな私が今、人生で一番と言って良い程ガチでお菓子作りに挑戦しているのである。きっと明日辺り雪でも降る事だろう。

「征ちゃん、喜んでくれるかなぁー…喜んでくれたらいいなぁ…」

誰も居ないキッチンにて、ニヘラと横に首を傾げつつもせかせかと手を動かす。来たるバレンタインは来週だ。そんな妄想に耽り込んでいる場合ではない。でも当日に征ちゃんから、「ありがとう。やっぱりナマエの作ったお菓子は何でも美味しいな」と、あの神々しい笑顔で微笑んで貰える表情を思い浮かべたらどうしても頬が緩んできてしまう。よって、その気持ち悪い動作は仕方がない事なんだと自己分析なんぞしてみた。因みにこの妄想、征ちゃんはそんな事言わないとかそういう現実帯びた異論は認めません。

「よーっし!あともう一息!頑張るぞー!」

おー!と一人二役でその場に拳を突き上げた自分に乾杯だ。真冬だというのに、その流行る気持ちから溢れでた額の汗を軽く拭いつつも意識を作業へと戻す。大好きな征ちゃんに喜んで貰えるなら、私にとってそれ以上に幸せな事はないのだ。私の征ちゃんへ対する愛は、いつだって無限大なのである。





「青峰君、はいこれ!一応バレンタインチョコ!義理だけど」

バレンタイン当日。校内は予想通り異様な空気に包まれていた。そこもかしこもチョコ!チョコ!チョコ!のオンパレードである。そんな甘い雰囲気が漂う中、さつきが鞄の中からゴソゴソと1つ小さな箱を取り出した。どうやら一応幼馴染の青峰にもチョコを準備していたらしい。おうおう、良かったな青峰よ。義理でもさつきからチョコを貰えて。

「んで?お前はいつ赤司に渡しに行くんだよ」

「え?」

背後から聞こえてきたその気怠そうな声に思わず肩をビクつかせてギョ!とする。振り返ると、そこには早速さつきから貰ったチョコをボリボリ食べながら此方を見つめる青峰の顔がドアップであった。ぎゃあ!心臓に悪!

「い、いつって…!そりゃあ誰も居ない放課後、夕焼けが射し込むこの教室でしっぽり渡すに決まって、」

「んな悠長な事言ってっとライバル達に先越されるぞ。ほら、見てみろあれ」

「え?」

ん、と言って人差し指を少し遠くに指し示した青峰の指を辿る。と、そこには何時もなら優雅に机の上に本を開いて読書に励んでいるその姿がない。てか、征ちゃんが居ない。……し!しまった…!さ、先を越された…!

「ほんっとお前って奴は学習能力がない女だな。さっさと追いかけてこいよ。本当に他の女に取られてもいいのかよ」

「いや無理そんなの!行って来る!」

お達者でー。そんな捨て台詞を吐いた青峰に軽く苛つきつつも、踵を返してチョコを手にし、勢いよく教室から飛び出した。とりあえず征ちゃんを見つけない事には何も始まらない。思い当たる場所から一個一個当たって行くしかないなと、そんな事を考えた、その時だった。

「赤司君…これ、受け取って貰える?」

「あぁ、ありがとう。嬉しいよ」

征ちゃんが自ら好んで行くのは図書室か体育館か屋上しかない。さて、どれから攻めようかと悩んでいたその先で、ある男女の二人のやりとりが私の鼓膜まで鮮明に届き、ピタリとその場に足を止めた。

「……………征ちゃん」

そこに居たのは、愛する征ちゃんと隣のクラスでもおしとやかで美人だともっぱら評判の女子生徒との2ショットシーンだった。

「そ!それでね?……あの、私…その、」

「なんだい?」

「………その、私…、」

…………………さすがに普段から鈍い私でも、この状況と雰囲気は察してしまった。あの美人さん、征ちゃんの事が好きなんだ…

「す!好きなの…っ!私、赤司君の事が…!」

「……………」

さすがに聞き耳を立てちゃいけないし、悪いとは思ったけど、話題が話題なだけにその場から一歩も動けずにいた。……だって、私の大好きな征ちゃんがそこに居るんだもん。だって、私だって大好きな征ちゃんに告白したいもん。(毎日してるけど)

「へ、返事……、聞かせて貰っても良い、かな…?」

駄目だとは分かってても、やっぱりまだその場所から足は動かない。そしてついでに征ちゃんの返事も聞きたくない。だって今征ちゃんの目の前に居る彼女は、この前征ちゃんが口にしていた『品のある女性』にピッタリと当てはまるからだ。………まずいな、これ。さすがに今回こそ失恋確定かも。

「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。だがすまない。今はバスケに夢中で、彼女とか恋愛に関して一切興味が湧かないんだ」

「そ、そっか…やっぱり…」

「でもこのチョコは本当に嬉しかった。ありがとう」

そう言って、穏やかに微笑んだ征ちゃんはやんわりと彼女に謝罪の言葉を述べた。その紳士な態度に納得したのか、女子生徒は溢れ出る涙を堪えつつも何処かスッキリしたような表情でその場を去って行った。

「…………あの子でも駄目なんて。もしかして征ちゃんってかなりの面食い、」

「いつまでそこに隠れてるつもりだい。さっさと出てこいナマエ」

「……………えっ!?」

まさかの急展開に速攻で頭は真っ白となった。……え、征ちゃん、今私の名前呼んだよね?聞き間違いじゃないよね?これ。

「あはははー…バレてましたかぁ。うん、さっすが征ちゃん!お見事…!」

予想だにしてなかったご指名に、ヘラヘラと乾いた苦笑いを零しつつも姿を現わした私。そしてそこには何時もながら呆れた表情を纏って此方を見つめる征ちゃんがそこに居て。そのオーラに何ともやるせない、居た堪れない気持ちとなった。

「何がお見事だ。盗み見を働くとは良い度胸だな」

「い、いややややや!別に私はそんなつもりは全く…!たまったま!たまったまここを通りすぎた時に二人の声が聞こえてきて…!」

「まぁ…どっちでもいいが。一体そこで何をしている」

「え、」

「もしかして、僕に何か用だったかい?」

やれやれ、とでも言うように少しだけ困った顔をして此方を見つめる征ちゃんの表情に自分の肩が一瞬で強張ったのが分かった。征ちゃんの前に登場した際に咄嗟に背中に隠した自分のチョコも、きっと同じようじにビクビクしている事だろう。現実的に考えたらそんな事はありえない筈なのに、その時は何となくそんな気がしてならなかった。

「あー…うん。そうなんだけど…」

「なんだい?次の授業開始までもうすぐだから、手短に済ませて貰うと有り難いんだが」

「う、うん…えーっと、そのぉー…」

「……………」

………………ま、まずい。何か、何となくさっきの感じで気まずい。だってさ、よくよく考えたらさ。征ちゃん、さっきのあの子でさえも断ってたんだよ?あの見るからに清純そうで美人さんでスタイルも頭も良いあの子を!………だ、駄目だ。これは完全にお呼びでない気がする。ちょっとここは一旦引いて、また作戦を練り直してから登場するしかない…!

「み、ミドりんが!さっき征ちゃんの事を探してたよ!」

「……………」

「……って、伝えに来たんだけど、」

「……………」

「うん、まぁー…それ、だけです。みたいな」

「……………」

「えへ…」

薄ら笑いを浮かべて、その場でヘラヘラと笑う私を冷めた目つきでジッと視線を送ってくる征ちゃんの無言が果てしなく怖い。…な、何故!何故何も反応してくれないの…!?え!まさかバレた!?って、いやいやまさかね!そんなまさか…!

「ナマエ、おいで」

「え…?」

そう言って、近くに配置してあるベンチに腰掛けた征ちゃんが、穏やかに微笑みつつもポンポンとその隣を叩く。どうやら自分の近くに来いというご指名を頂いたようだ。勿論、そのご指名を断るなんてそんな馬鹿な真似はしない。そのままカニ歩きでそろりそろりと征ちゃんとの距離を縮め、そして背後に持っているチョコの存在がバレないようにと、その場にゆっくりと腰を降ろした。

「で?」

「え、」

何かを確かめるように、征ちゃんは優雅にその場にて足を組み、腕を膝の上に乗せたまま少し前のめりで私の顔を下から覗き込む。

「本題に入ろうか」

「……………え、」

「結局、どんなチョコを僕に用意してくれたんだい?」

ニコニコと意地の悪そうな笑みを浮かべて、征ちゃんは私の一番痛い確信をついてきた。わわわ!やっぱバレてましたか…!!

「えーっと、そのぉ…」

「ナマエ、その後ろに隠している箱を僕にくれないか」

「………でも、」

「大丈夫。良い子だから、ほら出して」

そう言って、まるで犬でも手懐けるかのように優しく私の頭を撫でてくれた征ちゃんが口角を上げて穏やかに微笑む。……ちくしょう!その顔卑怯!卑怯だよ征ちゃん!格好良すぎ!

「ハッピーバレンタイン、征ちゃん!」

もはや抵抗なんて何のその。そんな無駄な事なんて意味がないと判断をした私は、いつものように精一杯の笑顔で征ちゃんの前にチョコの箱を差し出した。

「ありがとう。嬉しいよ」

「征ちゃん、これね?生チョコケーキなの。下がクッキーになってて、んでその上が生チョコ!んで更にその上に乗ってるのがドライフルーツミックスね!」

「へぇ、結構凝ってるんだね」

「ううん、これ意外に作るのは簡単なの。ほら私、家庭科の成績万年2だからさ…あんま見栄張って作っても失敗するだけかもなぁって思ってこれにしたの。…ごめんね征ちゃん、結局大した物を用意出来なくて…」

「そんな事ないさ。見た目も色鮮やかで綺麗だ。ありがとう、ナマエ」

「……うん!」

喜んで貰えたみたいで良かった!どうやら予想以上に征ちゃんにも気に入って貰えたみたいだ。何かもう…うん、それだけで充分かも。別にこれ以上求めて貰う必要なんてないし、とりあえずの所一番のメインのチョコ作戦は大成功したっぽいし!うんうん、もう私それだけで充分なんじゃない?

「あ、そうだ征ちゃん。これ、一応使い捨てのフォーク!渡しておくね。良かったら食べる時に使って」

「あぁ、すまない。助かるよ」

「うん、じゃー私はこれで!」

ルンルン気分でその場を後にしようと踵を返したその瞬間、何かに勢いよく腕を引かれて再び私の身体はベンチへと収まった。………え?

「何処に行く気だい…まだ僕はこのケーキを食べてないぞ」

そこにあったのは、少しだけ不機嫌そうに眉を寄せて此方を見つめる征ちゃんが居て。どうやら私の腕を引いた犯人は彼のようだったみたいだ。

「い、いやでも征ちゃん…私の他に色んな子達からチョコ一杯貰ってるでしょ?だからそれはゆっくり家で食べるのかなぁー…って思ってさ」

「馬鹿な事言ってないで此処にいろ…ほら、これ。食べてていいから」

「え?」

そう言って、征ちゃんが私に手渡して来たのは、さっきの美人さんから受け取った筈のチョコの箱だった。何が何やらちんぷんかんぷんの中、隣に座る征ちゃんの手には私の生チョコケーキがそこにあって。そのままヒョイっと自分の口にチョコを放り込んだ彼は、少しだけ頬を膨らませつつも「うん、美味しい」とにっこりと笑った。

「せ、征ちゃん…なんで。これ、こっちのチョコは…?食べないの?」

「食べるよ。でも一番最初に食べるチョコはナマエのだと決めていたんだ」

「…………え、」

「うん、やっぱり美味しいなこれ。お前も一緒に食べるかい?」

その場に首を傾げて、やんわりと笑った征ちゃんの顔と腕が私の方へと近付いて来る。そしてそのまま優しく肩を抱かれ、「ほらナマエ、口開けて?」と耳元で甘い声が鮮明に聞こえきて一気に顔に熱が集まったのが分かった。…多分これ、征ちゃんわざとやってる。私がこういうのに弱いって分かってて絶対やってる。くそう…どんだけピンポイントで責めてくるの…!?征ちゃん!私心臓止まっちゃうって…!

「はい、あーん…」

パク!と、もはや両目を固く閉ざしたままチョコを口に含んだその味は、全くと言って良いほど分からなかった。てかもはやそれどころじゃない。何この甘い感じ!何この甘い雰囲気!てかバレンタイン最高!あざます!

「……あ、ところで征ちゃん。この前、品のある女性が好きだって言ってたけど何でさっきの子の告白は断ったの?あの子、どう見ても征ちゃんが理想とするような子じゃなかった?…ま、まぁ上手くいってくれなくて助かったのは私の方なんだけども…」

あれからある程度、あの胸キュンやりとりを複数回繰り返して暫く時が過ぎた頃に、さっき征ちゃんから手渡して貰った美人さんからのチョコに視線を落としたままふとそんな疑問をぶつけてみる。

「………はぁ、」

「えっ…!なにその溜息!征ちゃん!溜息は幸せを逃がすよ!…あ、でもその分私が征ちゃんに幸せを分け与えるから問題ないけど!」

「良いから、お前は」


『僕からのホワイトデーのお返しを、期待して待っていれば良い』


そう言って、少し困った顔をして自分の定位置へと体制を戻した征ちゃんが私をからかうかのようにクスクスと声を出して笑う。その笑顔が、声が、動作が全て美しすぎて、またもや私はその場にぶっ倒れてしまいそうになった。

……………な、なにその可愛い笑顔…!破壊力半端ない!


「せ、征ちゃん…!好きっ…!大大大だーーい好きっ!」


そうしてまた、私達は何時もの日常へと戻って行く。次の日、征ちゃんは相変わらず私に対して塩対応気味の受け答えに戻っていたし、青峰は青峰で相変わらずさつきとくだらないやり取りを交わしてはクラッシュパンチをくらっていた。あのバレンタインの神タイムは何だったのだろうかと、ふとした時に思わず不思議に思ってしまうくらい、そんな、破天荒な毎日へと。






「征ちゃーん!今年もバレンタインチョコ焼けたよー…って、あれ…?珍しいな、寝てる…」

ソファーに仰向けになったまま、スヤスヤと寝息をたてる赤司に対してナマエの口元は緩み、手元に手繰り寄せた掛け布団をそっと彼の身体に掛けた。んー、とその場に猫のように丸くなったその綺麗な顔にそっと指を滑らせ、ナマエはヨシヨシと優しく赤司の頬を撫でる。

「………一体どんな夢を見てるんだろう?征ちゃん、何か嬉しそう」

にっこりと微笑んで、その場に頬杖をついたナマエも、やがてつられるように瞼を閉じては眠りの世界へと旅立っていく。その二人の寝顔は、何処か過去を懐かしむように、そうしてまた幸せな想い出へとタイムスリップしているかのように、二人の時間は、今日も穏やかに過ぎていく。

prev next
TOP

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -