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「ヘアースタイルよーし。服装よーし。えーっと後は…全体的によーし!」
途中で面倒臭くなって、とりあえず全てにおいて自分に合格点を出しておいた。最後に鏡の前でニッコリと微笑んで椅子に立て掛けておいたバッグを掴む。「行ってきまーす!」と家族に挨拶をして飛び出すように家を後にした。昨日の夜は少し雨が降っていたけれど、今日は打って変わって晴天そのものだ。春の心地いい気温とさんさんと照らす太陽に自然と笑顔になる。これはきっと良い事があるに違いない!と、確信を得てきた筈なのだが。
「煉獄先生…」
「どうした!」
「あの…何で今テスト勉強なんですか?」
メイン通りに連なるお洒落なカフェテラスで、私と煉獄先生の2人は今何故かテーブルに教科書とノートを開いて向かい合わせに椅子に腰掛けている。私の手にはしっかりとシャーペンを握らされていてまるで学校の授業そのものだ。てっきり煉獄先生との初デートだと意気込んできたのにあんまりじゃなかろうか。トホホと涙目になりながらも肩を落とす私に、煉獄先生は「ここを間違えているぞ!」と親切に問題の箇所に指を指してくれた。間違えているのは先生の方ですよ…と口にし掛けたが、よくよく考えてみれば煉獄先生は決してデートに行こうとは言ってなかったのでそこはとりあえずぐっと口を噤んで黙っておいた。
「再来週には中間テストが始まるだろう。今から準備をしておいて損はない!」
「はぁ…まぁそれはそうなんですけど…」
「むっ、グラスが空だな。何か追加するか!」
「はい、アイスコーヒーをお願いします!」
「うむ、承知した!」
アイスコーヒーなんて普段苦くて全く飲めはしないが、格好つけて2杯目をお願いしてしまった。後で先生がトイレにでも行った隙に大量にガムシロップを入れよう。そんな事を考えながらもふと遠くに視線を向けると、通りの向かい側に不死川先生と綺麗な女性の2人が肩を並べて歩く姿が見えた。…な、何であんな所に鬼が!?(失礼)
「ちょっ…!煉獄先生、あれあれ!」
「ん?」
だからあれですよあれ!そう派手に叫びながらも隣に座る煉獄先生の腕を掴んで通りの向こう側へと視線を誘導した。先生は合点したのか「あぁ、不死川の事か!」と特に何も驚く様子はなく「デートだろうな!」と口にする。えっ、何でそんなに普通なんですか先生!もしかして知ってたの!?
「いや、知らん!だがあれはどう見ても恋人同士だろう」
「なるほど、確かに!てか不死川先生って彼女の前ではあんなに優しい顔になるんですねぇ。めっちゃ意外です」
ほーんとかへーとか呟いて角を曲がって見えなくなった2人にお似合いだなぁと心から素直に思った。不死川先生、普段は学校で生徒達に恐れられている存在なのにプライベートの顔は中々良いじゃないか!とそこに腕を組んでうんうんと1人頷く。店員さんが持ってきてくれたアイスコーヒーにストローを挿してズズっと喉に流し込めば、大興奮していたテンションが取り敢えずの所は一旦落ち着いた。
「よし、休憩にするか!」
「待ってました!是非!」
アイスコーヒーの苦さに顔を顰めていた私に、煉獄先生は休憩だ!と念押しをするように再びそこに叫んだ。面と向かってまじまじと煉獄先生の顔を前から見つめてみる。カッコいいという感想しか頭には浮かんでこない。ただの白シャツに少しゆったりめのデニムを着ているだけなのに何で先生ってこんなにカッコいいんだろう…あぁそっか。イケメンって別にわざわざ着飾らなくても良いんだった。
「……あ、てか先生忘れてました!すみません!」
「?何がだ」
「改めまして、お誕生日おめでとうございます!これ、良かったらどうぞ!」
そうお祝いの言葉を口にして、バッグの中から取り出したのは昨日の夜に急遽焼いた手作りさつまいもタルトだった。情報通の宇髄先生によると、煉獄先生は大のさつまいも好きらしい。炭治郎達と皆んなで昨日誕生日パーティーをしたばっかりなので少しクドイかなとも一瞬考えたけれど、そうは言ってもメインの誕生日当日に手ぶらとか有り得ないだろうと考えた結果がこれだった。煉獄先生は私の行動を全く予想していなかったのか、大きな瞳をパチパチとさせてきょとんとした顔をしている。なんですかそれ!可愛いすぎます!
「美味い!ありがとなミョウジ!」
「!はいっ!」
良かった。煉獄先生喜んでくれてる。デザートの宝庫でもあるカフェ内でお粗末な素人のタルトを頬張らせるのもちょっとアレかなとも思ったけれど、でもまぁ結果オーライだ。煉獄先生の「美味い!」という連呼を聞きながらそこに頬杖をついてニコニコと笑顔を向ける私に、煉獄先生も一緒になって笑ってくれた。私は先生のこの笑顔が世界で一番大好きだ。
「よし、では続きを再開するか!」
「えっ、もう良いですよ勉強は。そんな事より先生、もっと他の場所に遊びに行きませんか?」
「他の場所?」
「はい、他の場所です!」
テスト勉強はちゃんと家に帰ってからするので!と強く念押しをして期待を含んだ顔を先生へと向ける。「むぅ…他の場所か」と眉を寄せて真剣に悩んでいる煉獄先生に、ボーリングにでも一緒に行きませんか?と誘ってみた。
「うむ、有りだな!行こう!」
「よしキタ!じゃあ早速行きましょう!」
早く早く!と先生を急かして開いていた教科書とノートをパタンと閉じた。そのまま先生の右腕を掴んで引っ張るようにして少し前を歩く。途中何度か信号に引っ掛かりながらも隣を歩いている煉獄先生に「言っときますが、私めっちゃボーリング上手いですから!先生には負けませんよ!」と笑顔で宣戦布告をしたら、煉獄先生は得意げな表情で「残念ながら俺も上手いぞ」と笑っていた。
「先生、強すぎます…まさか全てパーフェクトとか…とんだ超人じゃないですか」
試合に負けたプロボクサーのようにそこに頭を伏せて手にしているボールを意味もなく磨いていた。頭上にある画面上にはcongratulation!と表示されている。煉獄先生がボールを投げる度に途中から人集りが出来てきて最終的にはフロア全体が歓喜に沸いた。カッコいい反面、正直かなり悔しいが何故か自分の事のように誇らしいのも事実である。
「言っただろう。俺も上手いと」
「いや、でもまさかここまでとは…」
「ミョウジも上手かったぞ」
「ありがとうございます。ナイスフォロー!」
大好きな煉獄先生に褒められて一気に気持ちは浮上した。チョロい以外の何者でもない。とりあえずプレイ中の煉獄先生の写メと動画は撮りまくったし、ホーム画面は帰ったら速攻変えよう。
「あ、すみませーん!お客さーん!」
「ん?」
「え?」
スマホを握って不気味な笑みを向けている私の背後からハイビスカスの首飾りとボーリングのピンの風船を持った店員さんが此方にやって来た。そのままパーフェクトおめでとうございます!記念に当店で無料で写真撮影も行えますが如何ですか?と声を掛けられる。突然の出来事だったので呆けた表情をしている私の横で、煉獄先生が「うむ!頼む!」と清々しく叫んだ。
「ミョウジ、隣に来い」
「………えっ!?」
「俺一人で写ってもつまらん!共に撮ろう」
まだ何も返事をしていない私の肩を抱き寄せて、煉獄先生は真っ直ぐと目の前のカメラに顔を向けた。先生の顔を下から見上げる形で見つめている私に、店員さんが「おねーさんも笑って笑ってー!」と煽られる。そのまま流れでパシャリと撮られた写真を一枚受け取って、店員さんは颯爽と店の奥へと戻って行った。
「つ、ツーショット!?私もう死んでもいいです!」
「死んだらもう二度とこの写真は見れないぞ」
「……あ、そっか。生きます!」
「うむ!是非ともそうしてくれ」
感動の渦に包まれている私にご最もな返事を返して、煉獄先生がソファーに腰掛けた。腕組みをして真っ直ぐと前を向くその視線は何処を見ているのかは不明だけれど、取り敢えずボーリング大作戦は大成功だったみたいだ。手にしている写真を何枚か写メを撮って煉獄先生に「はい!先生どうぞ!」と手渡す。店員さんから受け取った写真はその一枚しか無いので、本当ならネガ事ごっそりと頂きたい所だがそうもいかない。
「俺が貰ってもいいのか?」
「勿論です!隣にいるのが私で申し訳ないですけど、今日は先生が生まれてきてくれた記念すべき日なので是非とも受け取ってください」
「すまないな。ありがとう」
少しだけ申し訳なさそうに、けれどもとても優しい笑顔で微笑んだ煉獄先生と2人で笑い合った。先生、楽しんでくれてるかな。相手がこんな子供で申し訳ない気持ちもちょっとあるけれど、一応お誘いしてくれたのは先生の方だったから別に私で嫌な訳じゃないんだろう。
「あ、先生見てください!これ、めっちゃ可愛いくないですか?」
「?流行ってるのか、これは」
「はい!今若い子達の間でちょっとしたブームのキャラです」
支払いを終えて、店を出る直前に配置してあったのはUFOキャッチャーだった。何台か横に並んでいるその中には、今流行りのお餅をモチーフとしたゆるキャラならぬ縫いぐるみが飾られている。ガラス越しに目をキラキラと輝かせて「可愛いんですよコレ!」と興奮気味に煉獄先生に振り返ると、先生は何故か縫いぐるみではなく私の事をじっと見つめていた。それもとても柔らかい表情で。
「先生…?」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや…何も。可愛いと思っただけだ」
「…………えっ!?」
空耳か?と一瞬自分の耳を疑ったけれど、どうやらそれは聞き間違いではなかったらしい。ポカンと口を開けて放心状態の私との距離をずいっと縮めて煉獄先生は再び「可愛い」と至近距離で呟いた。一気に顔が熱くなって頬を抑えている私の隣に並び、煉獄先生は「よし、やるか!」と小銭を入れて突然ゲームを開始し始める。
「……え、ちょっと。先生凄い!一発とか何処の神ですか!」
「ははは!たまたまだ。確かによく見ると可愛い顔をしているな!この縫いぐるみは」
プレイを開始してものの数秒で一発で縫いぐるみをゲットした煉獄先生の適応力に唖然としてしまった。この人は一体何処までパーフェクトなんだろうか。凄い凄い!と馬鹿みたいに大興奮をしてそこにピョンピョンと跳ねる私に、煉獄先生は今取った縫いぐるみをちょこんと私の頭の上に乗せた。そして目尻を下げてとても優しい笑顔で「貰ってくれ」と私に微笑む。
「えっ、折角先生が取ったのに…?」
「あぁ、ミョウジの喜ぶ顔が見たくてやっただけだからな」
「!せ、先生…まさか。さっきからちょっと私の事を揶揄ってます?」
「揶揄って等いない。俺はいつだって本気だぞ」
「!ほらー!やっぱり揶揄ってるじゃないですかー!」
ひゃーひゃーとそこで地団駄を踏む私に煉獄先生はとても楽しそうに笑っていた。最後に私の手を取って、念押しをするように「受け取ってくれ」と先生に縫いぐるみを手渡される。まだまだ照れを隠しきれていない私は受け取った縫いぐるみを顔の前に掲げて、縫いぐるみの手を動かしては「ありがとうございます」とお礼を伝えた。
「先生…」
「何だ」
「私、今めっちゃくちゃ幸せです…」
「…………」
「今日は誘ってくれて本当にありがとうございました!」
顔の前に掲げている縫いぐるみの横から少しだけ顔を覗かせて、目の前に居る煉獄先生へと感謝の気持ちを伝えた。ようやくそこで煉獄先生と視線が合い、ドキドキ度が馬鹿みたいに増していく。私を見つめる煉獄先生の眼差しがやけに優しくて、必然のように心が想いが前へ前へと引かれていく。もう、今更どうしようもない想いだと分かってはいるけれど、それでも毎回煉獄先生の新たな部分を知っていく内により一層惹かれてしまう。いつかきっと、この想いが爆発する時は必ず訪れる事だろう。だけど今はこの想いを存分に暖めて、もっともっと大切にしていきたいから。
「礼を言うのは俺の方だ。今日は共に過ごしてくれてありがとな、ミョウジ」
そう言って、煉獄先生は私が掲げている縫いぐるみを前からそっと離して一歩距離を縮めた。そのまま私の頬に手を添えて腰を下げては私との目線を合わせてくれる。
「ただ、今日という日を俺がミョウジと過ごしたかった」
柔らかい表情で微笑む煉獄先生に、頬をスルリと撫でられた。そのまま優しく頭を引き寄せられて先生の胸に私の身体が吸い込まれる。腕に縫いぐるみを抱えたままなのでその距離は頭一個分の距離はあったけれど、どさくさに紛れて先生の胸に頬を擦り寄せて十二分に幸せを噛み締めた。私と一瞬に過ごしたかったと伝えてくれた煉獄先生は何処までも優しい人だ。いつかもっともっと成長をして、先生の隣に寄り添えられるような素敵な女性になりたいなと、その時心の底からそう思った。
「見ましたよ、不死川先生…彼女美人ですね。ただの面食いか」
「……帰れよ、お前」
余談だが、次の日。職員室の窓から半分だけ顔を覗かせて素直な感想を投げ掛けた私に不死川先生は光の速さでキレた。何故!