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頭に紙の兜を乗せて「いざゆかん!者共であぇええ!」という掛け声と共に「あぁあああ!」と教室の端から端まで全力疾走を決め込む生徒達。騎馬戦のように伊之助に肩車をして貰った私の横には、物凄く真剣な表情で前田利家になりきっている炭治郎と足軽兵士になりきってズンズンと前に進む善逸の2人が両脇に居た。本日の歴史の授業テーマは永禄3年に起きた桶狭間の戦いである。目立ちたがりの私はどうしても織田信長の役をやりたい!と今回自ら買って出た。わざわざつけ髭までもこさえて大河ドラマ並の力の入り用である。

「はっはっはー。今川君、君に私が倒せるかね?」

「ふっ…上等じゃねぇか。お前みたいな尾張の大名なんか屁の河童でい!」

これまた紙で作った剣でポカポカとクラスメイトである男子と剣と剣を重ねて質素なチャンバラが始まった。「いけっ!我が織田軍に勝機あり!」と得意げに私が叫んだ所で「よし!いいぞミョウジ!一旦そこで中断だ!」と教壇に立っていた煉獄先生の声が教室内に響き渡った。

「次回はこの続きからだ!」

そこでキーンコーンとチャイムが鳴った。肩に担がれていた伊之助に床に降ろして貰い教室から出ていった煉獄先生の後を小走りで追う。廊下に立て付けてある窓から陽の光が射し込んで煉獄先生のあの特徴的な髪をキラキラと照らしていた。あともう少し!と思った所で私の気配に気付いた煉獄先生が急に振り返り、わ!と叫んだ。

「ミョウジ、さっきは見事な演技力だったな!思わず織田信長がそこに本当に存在しているかのように見えた!」

「あ、ありがとうございます…!つけ髭まで用意したかいがありました!」

そこでまだ口元にヘバリ付けていたつけ髭の存在を思い出しベリっ!と剥がして制服のポケットにしまう。今のはナシで!と叫んだ私に煉獄先生はとても楽しそうに笑っていた。

「先生、新入生はどんな感じですか?可愛い?」

「あぁ、可愛いぞ!皆良い子だ!」

「なら良かったですね!てか私も煉獄先生のクラスが良かった…!」

ここで一つ悲報が。晴れて今回キメツ学園高等部2年生になった私なのだが、クラス替えが無かった為我が筍組は担任の先生もクラスメイトの顔触れも全く変化は無く、相変わらず週3回の授業でしか煉獄先生には思う様に逢えずにいた。まぁ悲鳴嶼先生も大好きだからそれはそれで嬉しいんだけどね。因みに今回煉獄先生は一年生のあるクラスの担任に就任したので、ここ最近の私は留年すれば良かったなと無念の想いで過ごしている。

「先生、来月は誕生日ですね!何か欲しいものとかありますか?」

「欲しいもの?」

「はい!欲しいものです!」

ニコニコと笑顔で問いかける私に煉獄先生はキョトンとした表情で目を丸くした。そう、来月の5月10日は我らが煉獄先生の誕生日である。来る某日、バレンタイン同様に盛大に先生の誕生日を祝いたいと勝手にあれやこれやと作戦を立てている私なのだ。既に炭治郎と善逸と伊之助の予定は抑え済みなので、後は煉獄先生にどうやって当日を楽しんで貰うか模索中である。ただ先生は大人だし仕事も忙しいので、誕生日会を開くとしたら前の日か次の日のどちらかを狙わなければならない。とりあえずプレゼントのリサーチからだ!と意気込んで今に至る訳なのだ。

「欲しいものか…ないな!」

「ないのぉ!?えっ、嘘本当に…!?」

「ある事にはあるが、それはまだ早いからな!」

「?そ、そうですか…」

そう言って、穏やかに笑った煉獄先生の前で横に首を傾げた。欲しいものがあるなら遠慮せずに教えてくれても良いんですよ!と言い掛けたが先生は大人なのできっと私みたいな子供には頼めない物かもしれないなと思ったので黙っておいた。仕方ない。子供は子供らしくそれ相応のプレゼントを用意する事にしよう。

「先生、誕生日の前日って何か予定とかありますか?」

「ん?特にないな」

「!なら皆で先生のお誕生日会をしたいと思ってるんですけどどうですか?」

「俺の?悪いだろう、そんなわざわざ」

「いいえ!全く悪くないです!いや寧ろ盛大に先生の誕生日をお祝いしたいのでそこは是非とも宜しくお願いします!」

プロポーズさながらの勢いでそこに深く頭を下げて懇願した私に、煉獄先生は少し困っている様子だった。やっぱり迷惑だっただろうか…こんな子供にお祝いされても先生はあまり嬉しくないのかもしれない。肩を落としていた私の頭の上にポン!と先生の暖かい手が乗り、ゆっくりと頭を上に上げる。見上げたそこには眉を下げて困ったように笑う煉獄先生と目が合った。

「うむ!なら頼む!ただし全員俺へのプレゼントは無用だ!」

「えぇっ…!?誕生日なのに!?」

「あぁ、誕生日なのにだ!」

そう言って、爽やかな笑顔でピシャン!と先に釘を刺した煉獄先生。プレゼント無しとかある意味拷問です!と叫んだが煉獄先生は「祝ってくれるその気持ちだけで充分だ!」と屈託なく笑っていた。まぁとりあえずプレゼントはこっそり用意するとして、念願の煉獄先生の予定をゲットしたその日の夜は大興奮して余りよく眠れなかった。




「「煉獄先生!お誕生日おめでとうございまーす!!」」

パチパチパチパチ!と盛大な拍手の中、左右前後から一気にクラッカーの音が部屋中に鳴り響き周囲は大きな祝福に包まれた。テーブルの上座に腰掛けた煉獄先生が「ありがとな!」と嬉しそうに笑う。そのまま髪に張り付いていたクラッカーの紙屑を手に取って、自分が座るクッションの横に置いていた。その時の先生の表情が紙屑に視界を邪魔されたのか時折ウインクみたいに片目を瞑っていて、それが死ぬほど可愛いすぎて一瞬死にかけたが、気を持て私!宴はまだまだこれからだ!と頬をペチンと叩いた。

「って伊之助…まだ皆んな食べてないぞ!先走るな!」

「そーだぞー伊之助。まだ主役の煉獄先生も手付けてないのにさぁ」

「っせぇな、良いだろ別に。俺は腹減ってんだよ」

伊之助のフライングにいつもながら炭治郎が呆れた声で待ったを掛けているが今の私には全く頭に入ってこない。何故なら有頂天だから。あれからなんやかんやと時が経ち、晴れて本日は煉獄先生のお誕生日!の前日である週末だ。先月末から炭治郎達と開催場所は何処にしようかとあれやこれやと悩んでいたのだが、空気を読んだ煉獄先生が急に「うちに来るか!」と提案をしてきたのでお言葉に甘えて今現在煉獄先生が一人暮らしをしているお宅に皆でお邪魔している状態である。煉獄先生の事だから剣術の本やら歴史の本やらでてっきりそこら中に溢れているんだろうなぁと思っていた私を良い意味で裏切ってくれた煉獄先生の部屋は、ソファーにTVにテーブルと必要最低限の物しか置いていなくて正直とても驚いた。…あ、でもちゃんとTV台に剣術の本と歴史の本が置いてある。しかもその横には千寿郎君と(多分)お父さんとお母さんとの家族写真も置いてあるし、そこはやっぱり煉獄先生らしいなぁと1人納得した。

「先生、これうちのお店からです。良かったら食べてください!」

「竈門少年、ありがとな!有り難く頂こう!」

「先生、これ俺と爺ちゃんからです。何かよく分かんないけど持っていけって言われました。多分どっかの銘菓のお菓子です」

「うむ、我妻もありがとな!かたじけない!」

「俺は何も持ってきてねぇけど…あぁ。そうだ、先生にこれやるよ。俺の宝物だぜ」

「うむ!物凄く艶の良いどんぐりだな!ありがとな嘴平!」

コロンと転がったそれに目が点になる。テーブルに置かれたツヤツヤのどんぐりに嬉しそうにお礼を伝えている煉獄先生に対して心の中で本当にそれで良いんですか?とツっこんだ。まぁ伊之助らしいと言えば伊之助らしいけれども。炭治郎のベーカリー店で売られているパンにモサモサと齧り付きながらもその嬉々とした煉獄先生の表情に目尻が下がった。そしてこのパン美味しい。神だ。

「皆気を遣わせてしまってすまないな。プレゼントは遠慮するつもりだったんだが…」

「何言ってるんですか先生〜!誕生日に何もプレゼントがないとかそりゃないですよ!そして最後にこれは私からのプレゼントです。受け取ってください!」

ジャーン!と自ら効果音を口にして手に掲げたのは私の手作りのケーキだった。色取り取りの料理達を横に避けて煉獄先生が座る目の前へとスススとそれを押し出す。何本かケーキにロウソクを立ててカチっとライターで火をつけては部屋の隅っこにある電気まで消しに走った。元の位置に戻ってバースデーソングを歌い、最後にふぅと息を吹きかけた煉獄先生に頬が緩む。プレゼントに関してはあれやこれやと馬鹿みたいに色々と悩んだけれど、これが一番先生に気を遣わせなくていいかなと考えた結果だった。先生は目尻を下げて「ありがとな、ミョウジ」と嬉しそうに笑っていて、その笑顔につられるように私も一緒くたになって最上級の笑みをそこに溢した。

「先生って今彼女とかいるんですか?」

誕生日会も終盤にさしかかり、今後のそれぞれの進路やこれまでの善逸の失恋エピソードに花を咲かせていた時、急に何の前触れもなく善逸がそんな事を口にした。机に頬杖をついてムシャムシャとアヒージョを食べている善逸は若干恨めしそうな表情で煉獄先生に質問を問いかけている。…か、彼女。聞きたいような…聞きたくないような。いや、やっぱり全然聞きたくない。何って事を話題にするんだ善逸よ!今まで何気にその話題は避けてきたのに!

「彼女か!彼女はいないな!」

「いないんだ!えっ、意外!」

「うむ、俺は恋愛が余り得意ではないからな」

「えぇっ!そんなにモテるのにぃい!?」

理解不能です!じゃあ何でそんなにモテるんですか!?と善逸がそこに蒼白い顔をしてバタっと倒れた。煉獄先生は元気に「いや俺はモテないぞ!」と返事を返していたが心の中で先生はモテてますよ!主に私に!と叫んでおいた。と、それはさておき…先生彼女いないんだ!よ、良かった…

「じゃあ今までどんな人と付き合ってきたんですか?やっぱりおっぱいボインのセクシー美女とか!?」

あれ?その言葉どっかで聞いた事あるぞと思いながらもポテトを一つ掴んで口に含み、無言でそのやりとりに耳を傾けていた。先生は「ははは!どうだろうな!」と笑うばかりで明確な答えを口にするつもりはどうやら無さそうだ。先生は大人だし、そりゃあ今まで彼女の1人や2人はいただろう。それでもやっぱり改めてそれを突きつけられてしまうと苦い想いが胸を抉ってしまう。煉獄先生が好きになる人ってどんな人だろう。私がそこに到達するまであとどのくらい?一向に見えてこないゴールに胸がチクンと痛んだ。

「やっぱり明日の誕生日当日は彼女候補とデートだったりするんですか?ねぇ!そうなんでしょぉお!?」

まだ煉獄先生は何も返事をしていないのに、善逸ははなからそう決めつけて床にゴロンゴロンと転がった。悶絶する善逸を慌てて止めに入った炭治郎の後ろでTVに映るバラエティ番組に伊之助がゲラゲラと笑っている。みんな自由だなと感想を呟いている私の背後から「そろそろお開きにするか!」と上手い事話を逸らした煉獄先生がそこに立ち上がった。

「今日は本当にありがとな!気をつけて帰るんだぞ」

帰る間際、そろそろ日が暮れて来るからと私達を車で送ると言ってきかなかった煉獄先生を何とか制して本日の誕生日会はお開きとなった。律儀にエレベーターの前まで送ってくれた先生に4人揃って笑顔でヒラヒラと手を振る。ゆっくりと閉まっていくエレベーターの扉の向こう側から煉獄先生の髪が風に揺れていた。それにぼんやりと見惚れていると、最後に先生と目が合う。ガラスの向こう側で穏やかに微笑んだ煉獄先生の口元が「また来週学校でな」と呟いていた。

「楽しかったな!煉獄先生喜んでくれて良かったなナマエ!」

「………うん」

ガコンと音を立ててゆっくりと降下していくエレベーター内の壁に身を寄せてはぁと小さな溜息を吐く。そんな私を心配そうに見つめる炭治郎に向かって「何でもないよ」と小さく返事を返した。扉が開き、4人で駅へと向かう途中バッグに忍ばせていたスマホが小刻みに振動する。ロックを解除してそこに表情されていたのは煉獄先生からの可愛いスタンプだった。ありがとうという言葉を添えて左右に踊るそのクマのスタンプに私の中の何かが弾けた。踵を返し炭治郎達に「ごめん!先に帰ってて!」と叫び来た道を戻る。

「ミョウジ?どうした、何か忘れも、」

「明日は彼女候補さんとデートですか?」

先生のマンションまで戻る道のりの途中、いてもたってもいられなくなって電話を掛けた相手は煉獄先生だった。耳にスマホを押し当てたまま、進めていた足をそこにピタリと止めて消え入りそうな小声でそう問う。こんな事を聞いて何になるというのか。傷付くのは目に見えているのに。頭の中で嫌になる程それは分かっているのに、口が止まらない。泣きそうな声でそこに蹲る私の耳に先生のふっと笑う小さな声が響いた。

「彼女候補なんていないぞ」

「…………え?」

「俺はそんなに器用じゃない」

耳元で聞こえたその返事に被さるように、目の前にある一つの影が重なった。と同時に頭上から電話越しではない生の声が聞こえてきて涙目でそこにゆっくりと頭を上げた。耳に当てたスマホを離して、ズボンのポケットに収めた煉獄先生が困ったようにして笑っている。電話越しの私の様子が可笑しいと思ったのか、わざわざ下まで降りて来てくれた煉獄先生の優しさにジワリと涙が浮かんだ。

「何も泣く事はないだろう」

「うっ…れ、煉獄せんせぇ…、」

「俺は彼女もいないし、彼女候補もいないぞ」

「りょ、了解です…っ、それはよく分かりましたぁ…!」

えぐえぐと馬鹿みたいに泣いている私の涙を煉獄先生の指がそっと優しく拭った。その優しさがより一層泣けてきてわぁぁん!とそこに泣き叫ぶ。煉獄先生は膝を折り曲げ、そこに私と同じ目線まで腰を落としてくれた。片膝をついてまるでどこぞの王子様のようなスタイルで私の頬を優しく撫でてくれるその手をぎゅっと控えめに掴む。

「せ、先生ぇ…」

「ん?」

「明日…!」

「明日?」

「あ、明日って何するんですかぁっ…!」

涙に塗れたぐしゃぐしゃの顔で正直な想いを口にした私に煉獄先生は目を丸くして少し驚いた表情をしていた。掴んだ腕が暖かい。梅雨前の最後の春風が吹き抜け、そこに佇む私と煉獄先生の目の前を撫でるように通り過ぎていった。

「ふむ、明日か。明日は特に予定はないな!」

「………えっ、ほ、本当に…?」

「あぁ、本当だ」

曇りなき眼で意気揚々とそう言ってのけた煉獄先生は、膝をついていたそこに腰を上げて、同時に掴んでいた私の腕を勢いよく引っ張って立たせてくれた。まだ少し濡れている私の瞼に先生の親指がそっと触れる。そのままぐいっと涙を拭ってくれた。

「ミョウジこそ明日は何か予定はあるのか?」

「………え?と、特にないです…けど」

「なら一緒に過ごすか」

「……………えっ!?」

そこまで口にして、煉獄先生は口の端を上げて穏やかに微笑んだ。思いもしなかった先生のその発言に驚きからか思い切り目を見開く。何の冗談ですかと聞き返したかったけれど、どうやらその表情を見る限り嘘でも冗談でも無さそうだ。

「明日、起きたら連絡する」

最後に私の頬に手を添えて、耳元に唇を寄せた煉獄先生の甘い囁きに頬が一気に熱くなった。照れからくる反動なのか、パクパクと金魚みたいに声にならない声を挙げている私に煉獄先生は無邪気な顔で楽しそうに笑っていた。「明日が楽しみだな!」と私の肩に手を添えた煉獄先生の話なんて全く頭に入ってこない。とりあえず今日は帰って直ぐにパックしなきゃ!と秒で決意したのは最早言うまでもない。



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