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「うーん…何て送ろう」

ベッドの上に正座をしたまま、眉根を寄せて腕を組む事約20分。ベッドの上で横たわるようにして置いてあるスマホと一人睨めっこをしていたら結構な時間が過ぎていた。明日も学校なのでさっさと床につくべきなのだがさっきから私はある一つのミッションに頭を悩ませている。

「えーっと…煉獄先生、今日は本当にありがとうございました。パンケーキ…とっても美味しかったです!…って駄目だ!話を続けたいのにこの後が思いつかない!」

ああああああ!と、まるで善逸のように汚い高音で叫びながらベッドの端から端へとゴロンゴロンと転がる。最後に壁に頭をぶつけて衝撃に負けたスマホが天井へと吹き飛ばされ、そして落下してきたスマホが私の顔へとクリーンヒットした。

「いって!もー何!?」

何もクソもないのだが、この怒りを何処にぶつければ良いのか分からなかったので取り敢えずそこで一人叫んでおいた。ヒリヒリとするおでこを摩りながら涙目で手にしているスマホに視線を下げる。そしてある一人のLINEのアカウントをタップした。

「てか煉獄先生のアイコン可愛い!」

弟君である千寿郎君と肩を組んで隣で笑顔で写っている煉獄先生のLINEのアイコンに1人悶えまくった。そのまま真剣な表情で親指と人差し指でスススと画像を拡大してしれっと画面メモをする。今後何かあればこの画像を見て元気を取り戻そうと固く決意した。そのままスマホを一旦横に置いて、今日一日の出来事を思い返してはヘラヘラと笑みが溢れてくる。

『ミョウジだけ、特別だ』

瞼を閉じて、煉獄先生の言葉を頭の中で何度も反芻しながらも隠せない喜びが私の頬を緩ませる。『特別』なんて良い響きだ…どんなリップサービスで言ってくれたのかは分からないけれど、煉獄先生のあの発言は私を舞い上がらせるには充分な発言だった。帰る間際、半分駄目元で連絡先を教えて下さい!と無茶なお願いをした私に快く承諾してくれた煉獄先生は何て神なのだろうか。ようやくゲットする事が出来た煉獄先生の連絡先に胸が一杯で、肝心の第一発目のメッセージが一向に浮かんでこないのが唯一の難点ではあるけれど。

「大好きです…煉獄せんせぇ…!」

はぁーっと深い息を吐いた途端、そこで猛烈な睡魔が襲ってきてしまい、ムニャムニャと寝息を立てながらもその日は寝落ちしてしまった。次の日の朝、途中まで打っていたあのメッセージが何かの間違いで煉獄先生に送信されていて、起きて早々ぎゃあ!と叫んだのは言うまでもない。朝、遅刻すれすれで家から飛び出して全速力で学校までの道のりを走る中、ポケットに忍ばせていたスマホがピロンピロン!と鳴り足を止めてメッセージを確認してみる。そこには煉獄先生からの返信が。メッセージを打つのが苦手なのか、渋い表情のクマがぐっ!と親指を立てたスタンプが画面に表示をされていて、「何これ!可愛い!」と叫んだ。




「俺の他校の友達がさぁ〜?彼女欲しがっててさぁ。今日2対2で遊びに行こうって言うんだよぉ」

「ふーん」

「俺もね?そういう出逢いってあんまり運命的じゃないし?始めはね?断ったんだよちゃんと!でもなんかさぁ?そいつ何か凄ぇ切羽詰まってるみたいでね?」

「うん」

「てな訳でぇ………ナマエちゃん、今日の放課後どう!?」

「無理!」

「ですよねぇぇえええ!!」

煉獄先生と初のLINEトークを交わした日から2週間。晴天さながらの10分休憩の狭間に、向かい側の椅子に脚を組んで、顎に人差し指を添えたままドヤ顔でポーズを取ってきた善逸の誘いに秒で断った。当たり前だ。私には心に決めた人がいるのだから。一応これまでの話の経緯を纏めると、その他校の友達も自分の学校の女友達を1人連れて行くからお前も誰か同じ学校の女の子を1人呼んでこいよという流れらしい。

「てか何で私なの?他に可愛い子いっぱいいるじゃん。その子達を誘いなよ」

「何言ってんの!?ナマエちゃんは超可愛いよ!?」

「まぁね!それは分かってる!」

腕を組んでうんうんと頷きながら全肯定した私の斜め後ろから「社交辞令って言葉知らねぇのかよ…」という伊之助のツッコミが聞こえてきたがそこは敢えて無視をしておいた。話を元に戻して改めて誘いを断ると善逸は「えぇええっ…!」と絶望感満載の表情でそこにガックリと肩を落とした。

「今日行く予定のお店、凄くジェラートが美味しいって評判なんだよぉ!俺初めて逢う女の子と何話せば良いのかよく分かんないからナマエちゃんとその子が退屈しないようにって昨日焦って予約したんだけどさぁ…」

なに?ジェラート?思わぬ単語の登場に私の耳はピクリと傾いた。自慢ではないが私は自他共に認める甘党だ。…いやいやいや、だからと言ってそんな興味ない男と遊んでも意味なんかないだろう。騙されるな私!

「しかもそのお店、自分の好きな味をダブルまで無料で選べるんだよぉ。追加でトッピングも好きだけ出来る、」

「行きましょう!何時に何処で予約してるの!そのお店は!」

バン!と大きく机を叩いてそこに勢いよく立ち上がった。見事にジェラートに釣られた私はチョロい女であるが、そんな魅力的なプレゼンをされて黙っていられる訳がない。まぁ別にその男の子とは適当に会話をしてジェラートだけに全集中をしておけば良いだけの話だ。そもそも向こうが私を気に入るとは限らないし。

「本当に!?良いの!?」

「良いよ!女に二言はない!善逸、物凄く可愛い子を連れて行くって無駄にハードルあげといて!逢って早々向こうの男の子をガッカリさせる作戦ね!」

「分かった!送っとく!でもナマエちゃんは本当に可愛いよ!?」

「まぁね!それは分かってる!」

デジャヴの会話の流れに伊之助は呆れた顔で「面倒臭ぇなお前等の会話…」と小さく呟いていたがこれまたしれっとスルーしておいた。予鈴が鳴り、ゾロゾロと席に戻っていくクラスメイト達の中で、椅子に腰掛け机の下からスマホを取り出した。画面メモに残すどころかちゃっかりとホーム画面に設定したその画像にニヘラと頬が緩む。

「安心してくださいね、煉獄先生…!私は先生一筋なので!」

画面一杯に広がっている煉獄先生の画像に改めて自分の気持ちを口にしておいた。ここに宇髄先生か不死川先生のどちらかが居れば「そんな事は本人に直接言えよ」とツッコまれていたに違いない。それはさておき、どんな味のジェラートにしようかと頭を悩ませていると、たまたま廊下を歩いていた冨岡先生の姿が遠くに見えた。廊下側の席に座る善逸が「髪を黒く染めろ」と冨岡先生に頬を叩かれている。何度見ても面白いその光景に腹を抱えて笑いながらも、手にしていたスマホの画面を閉じて制服のポケットの中に閉まった。




「ナマエちゃん!行こう!駅前で待ち合わせしてるからさ!」

来る放課後。HRが終了して直ぐに善逸は嬉しそうに頬を染めて私の腕を奪っては下駄箱へと連行した。ジェラート攻撃に釣られた数時間後の今、私のテンションは死ぬほど下がりまくっている。腑抜けた声で「あーい…」と相槌をうった私なんてお構いなしに善逸が後ろで「早く早くぅう!」と犬みたいに周囲を駆け回っている。それを横目に重い溜息を吐き、急かされるがまま善逸と2人肩を並べて校門までの道のりをトボトボと歩いた。

「何やってるんだろう…私」

今になって冷静に考えてみれば、やっぱりジェラートは楽しみだがWデートは全く楽しみじゃない。迂闊に良いよなんて言わなければ良かったと早速後悔をしている私に善逸がニコニコと隣で嬉しそうに笑っていた。今更やっぱりナシにしよう!とは流石に言えないので、さっさと切り上げて帰ろうと決意する。あと数歩で校門を通り過ぎようとしたその時。「あ?お前等2人デキてたのか?」という聞き慣れた声が背後から降り注いだ。

「げっ…!宇髄先生………と、えぇえっ!?れ、煉獄先生!?」

「げってなんだよげって。ド派手にお前だけ課題だすぞミョウジてめぇ」

「ミョウジ、我妻!今帰りか!」

何故かそこに立って居たのは宇髄先生と煉獄先生の2人だった。爽やかに手を挙げて満面の笑顔で此方に近付いてくる煉獄先生(と宇髄先生)に一気にテンションが上がり同時にピキーン!と目が冴えた。か、カッコいい…!今日はもう逢えないと思っていたからこれは最高のサプライズじゃなかろうか。

「って!デキてないデキてない!ちょっと宇髄先生!私の事よく知ってるくせにそんな変な冗談を言うのはナシでしょまじで!」

「あー?まぁそれならそれで面白ぇから良いじゃねぇか。案外お前等2人お似合いだぜ?」

「ちょっとぉおお!この人何言ってるか全っ然分かんないんだけどぉおおお!?」

ぎゃあぎゃあと1人慌てふためく私の横で、善逸が満更でもなさそうに頭を掻いていた。照れる意味が分からないがそんな事は無視して目の保養である煉獄先生へと視線を移すと先生は物凄く楽しそうに私と宇髄先生のやりとりに笑っていた。善逸とは何もないと分かっているからなのか、それともただ単純に私と宇髄先生とのやりとりが面白かったのかは不明だけれど、大好きな煉獄先生が笑ってくれたならいっか!とか思う私は最早末期状態である。って、そんな事よりやっぱり写メより生が良いな…破壊力が尋常じゃない。

「これから俺とナマエちゃんの2人で他校の奴等とWデートに行くんです!先生!俺彼女作ってくるんで乞うご期待ください!」

「!ちょっ…、善逸!?何で言うのそれ!」

「………Wデート?」

「はいっ!」

「ほーお…Wデート、ねぇ」

ヘラヘラとだらしのない表情で元気に返事を返した善逸と私に交互に目を向ける煉獄先生と宇髄先生の2人。宇髄先生は兎も角、この事は絶対に煉獄先生には知られたくなかったのに!と心の中で叫んだ声は勿論煉獄先生には届かない。ああああ!もう!何っで言うかなぁ!と善逸を責めた所でどうにもならないので「直ぐ帰りますけどね!ジェラート狙いです!」とだけ強く主張をしておいた。

「まぁー…頑張れよ。せいぜいヤラれんなよミョウジお前」

「はぁ…?ある訳ないですそんな事」

「バァカ、お前分かってねーな!男子高校生なんて毎日ヤル事しか考えてねーっつの」

「それは宇髄先生だけでしょ…!?」

あーだこーだと騒いでいる私と宇髄先生のやりとりに煉獄先生はやたら静かに此方を眺めていた。心なしかぼんやりとした表情で、何かを考え込むかのように顎に手を当てている。違うんです煉獄先生!私が好きなのはあなたです!そう何度も心の中で否定の言葉を叫んだがやっぱりそれは伝わる訳がないので、そこにガックリと肩を落とした。

「我妻!」

「?はい!」

少し離れた場所に善逸を呼び寄せた煉獄先生が、至極真面目な顔で善逸に何かを話している。当然、何を話しているのか気になって仕方がなかった私は何故読唇術の能力がないのかと自分を呪った。眉間に皺を寄せて目を細めている私の肘にゴツン!と何かが当たる。は?と不思議に思い見上げたそこには、ニヤニヤと悪そうに笑う宇髄先生が頭上から私を見下ろしていた。

「これを機に煉獄からそいつに乗り換えたらどうだ?」

「え。それ私に死ねって言ってます!?」

「年相応の恋っつーのも学生時代の醍醐味だぜ?」

「バカ言わないで下さい!私はもっぱら年上派です!」

てか煉獄先生派です!そう強く宣言をしてフン!と鼻を鳴らした。全く宇髄先生は何をトンチンカンな事を言っているんだ。まぁどうせ全部分かった上での発言なんだろうけど。

「ナマエちゃん行こう!待ち合わせ時間に遅れちゃう!」

「えっ!ちょっと…!」

いつの間に話が終わっていたのか、背後から走ってきた善逸に腕を掴まれて一気に煉獄先生との距離が遠ざかってしまった。「煉獄先生ぇええ!」と叫びながら前に差し出したその手が空を彷徨う。どんどん小さくなっていく煉獄先生の顔は何処となく心配そうな表情で私にヒラヒラと手を振っていた。いやいやいや!先生とろくに会話してないんですけど!?と激しく叫んだが善逸の耳には届いていなかった。絶望の最中、遂に全く見えなくなった煉獄先生の顔を頭に思い浮かべながらもそこに重い溜息を吐く。……仕方ない。もう諦めよう。トホホと肩を落として見えてきたその先には、片手を上げて此方に手を振る男女2人の姿が遠くに見えた。




「ナマエちゃん、俺のも食べていいよ!」

「えっ!良いの!?ありがとう!」

あれからなんやかんやとそれぞれに自己紹介を終えて、今日一楽しみにしていたお店で善逸の友達である他校の男の子と肩を並べてジェラートを頬張る私がいた。Wデートは全く乗り気ではなかったけれど善逸の友達が悪い人な訳がない。聞き上手で優しいその友達君が神対応すぎて寧ろごめんなさいって感じだった。それにしても美味しいこれ…善逸、ナイス!

「ナマエちゃんってさ、本当に彼氏いないの?」

「うん、いないよ!好きな人はいるけどね!」

「えっ、そうなんだ!どんな奴?同じ学校の人?」

「うん、同じ学校の人!死ぬ程カッコいいのその人!」

へぇ〜そうなんだ!そう言って男の子は目を丸くして手にしていたジェラートを口に含んだ。別に嘘は言ってない。だって本当に同じ学校の人だもん。心の中でそう自分に言い聞かせて店内のガラス越しに並んでいるジェラートへと視線を向けた。さっきはチョコミント味だったから今回はマンゴー辺りにでもしとくかな。どこぞの常連客かのようにお店の店員さんに注文をして手持ち無沙汰にチラっと腕時計に目を向けると結構良い時間帯で驚いた。楽しい時間って本当にあっという間だなぁ。

「はい、マンゴー味です!どーぞ!」

「ありがとうございます!ここのお店最高ですね!絶対また来ます!」

意気揚々と宣言をして店員さんに手渡されたジェラートを早速口に含んだ。うん、やっぱり美味しいなこれ。今度炭治郎と禰豆子ちゃんにも教えてあげよう。

「あれっ、てか善逸は?」

「あー、あいつらならジェラート食いすぎて喉渇いたから飲み物買いに行くってさっき言ってたよ!…あ、ほらあそこ。」

「あ、本当だ。善逸絶対かっこつけてあの子に貢ぐんだろうね」

「ね。もう何かさ、分かるよね。あいつの行動」

そこまで口にして、善逸の話題で2人で盛り上がった。ジェラートは美味しいし、善逸の友達も優しいし、……あれっ。もしかして今日って本当は良い日だったんじゃないの?と横に首を傾げた。欲を言えばここに煉獄先生がいてくれたら尚最高だったのに…とか考える私は贅沢だろうか。

「また逢える?」

「……え?」

「今度は2人で。俺とナマエちゃん」

「……………」

しれっとそんな事を言ってのけた彼の発言に、パチパチと2回瞬きを繰り返した。スプーンに掬っているジェラートが少し溶けて、ポタポタとカップに落ちていく。

「好きな人いるよ?私」

「うん、さっき教えてくれたから知ってる」

「あ、そっか。教えたね、私」

「うん」

「……………」

「……………」

何となくこの空気感が気不味くて、取り敢えず溶けかけている箇所を掬いスプーンを口の中に放り込んだ。別に良い人だし、相手は私に好きな人がいるって知ってるし、ただの男友達としてならまた逢うのは良いとは思う。……思う、けれど。

「ついてるよ、ここ」

「…………え?」

そう言って、ニコニコと穏やかに微笑んだ彼の大きな手が私の元へと伸びてくる。頬に添えられた手の温もりがやけに違和感を感じて、心の中で1人「違う」と叫んだ。

『ミョウジだけ、特別だ』

「!あぁああああ!ダメダメダメダメダメぇえ!ちょっ…、お前何してんのぉお!?触るなバカっ!」

そこに呆然と座っていた私の背後から善逸の声が被さり、両肩を掴まれてヒョイっ!と身体を横に移動させられた。物理的に彼と距離が遠くなった私に善逸が「ごめんね!俺が目を離した隙に!」と平謝りをされた。善逸が何に謝っているのかは分からなかったけれど、正直とてもホっとした。私が頬に触れられて嬉しいと感じるのは、この世にたった1人しか居ないから。

「……ごめんね、2人では逢えないや」

「そっか。…うん、だよね!ごめんごめん、俺無神経だった!」

「ううん、全然!2人では逢えないけど、良かったらまた皆んなで遊ぼう!」

「おう、だな!」

そこまで口にして、食べかけのジェラートをそこに残したまま店を後にした。勿論先に帰るねと善逸に一言添えて。善逸は珍しく全てを悟ったかのような表情で「うん、また明日ね!今日は本当にありがとう!」と穏やかに微笑んでいた。此方こそありがとうだよ善逸。私、やっぱりこんなの間違ってた。

「煉獄先生…!」

今から全力で学校に戻れば煉獄先生はまだいるだろうか。一度連絡をしてみようかと華やかな街並みを走りながらも1人そんな事を考える。大勢の人混みの中、先走る思いが風に乗って大好きな人の元へ急げと私の背中を後押しする。大通りに出て角を曲がった瞬間、見知らぬ誰かと派手にぶつかってしまった。「ごめんなさい!」と90度直角に頭を下げた私の頭上から「ミョウジ?」と大好きな声が耳に届いて勢いよくそこに頭を上に上げた。

「れ、煉獄先生…!えっ!何で…!?」

ぶつかった相手はまさかの煉獄先生だった。これから逢いに行こう!と意気込んでいたお目当ての人が急に目の前に現れて処理が追いつかない現実に目が点になる。

「ど、何処かに向かってる最中ですか…?」

「……………」

ま、まさか…!これから彼女とデートとか!?もしそうだとしたら私死ぬ!そんな事をグルグルと考えていると煉獄先生は目を大きく見開いて片手で口元を覆った。そのまま横に視線を逸らして華やかな街をぼんやりとした視線で見つめている。カッコいい。

「いや…今日は放課後の生徒達の見廻り日でな!さっきまで宇髄と一緒に居たんだが奴は途中で眠いからと先に帰った」

「み、まわり日…あぁそっか!それは遅くまでお疲れ様です先生!」

「………………」

見廻りとか先生達はそんな事もしてるんだ!さっきたまたまこっちの角を曲がって良かった!とかそんな事を考えている私の前に、ふっと一つの影が重なった。え?と思い顔を上げると、そこには眉を下げて心配そうに私を見つめている煉獄先生が顔を覗き込むようにして横に首を傾けている。大好きな人にまじまじと見つめられて冷静でいられる乙女なんていない。茹で蛸のように頬を真っ赤に染めた私の心臓はバクバクと馬鹿みたいに早鐘を打っていて下手したら気持ちがバレてしまいそうだ。

「Wデートは無事に終わったのか?」

「………えっ?」

「………………」

じぃっと穴が空く程私を見つめている煉獄先生の目が「どうなんだ」と語っている。腕を組み、シャツの袖を腕まくりしている骨つきの良い先生って死ぬ程カッコいいなとか一瞬どうでも良い事も考えたが、直ぐに「はい!無事に終わりました!」と元気に返事を返した。

「ジェラートだけ食べて終わりました!…あ、先生。先生ってジェラートとかお好きですか?良かったら今度今日行ったお店に行って一度食べてみてくだ、」

「何処か触れられたりしたか?」

「え?」

そこまで口にして、煉獄先生は一度何かを確認するかのようにゆっくりと瞬きをした。視線は此方に向いたまま、先生は一歩前へと足を踏み出して私との距離を徐々に縮めてくる。

「何処を触られた?」

「……………」

「ミョウジ、」

距離を縮められて、煉獄先生のあの紅くて強い瞳がより一層鮮明に見えた。そこに呆然と立っている私の左手を煉獄先生は前からやんわりと奪い、宝物に触れるかのようにぎゅっと指を絡めてくる。

「……ほっぺ、」

「ん?」

「ほっぺに…触られました…」

「………そうか」

「ちょっとだけ、ですけど…」

「……………」

そこで一旦会話は途切れた。ヒュウ、と煉獄先生と私の間を小さな隙間風が通り抜けていく。結果を報告して直ぐに地面に視線を落とした私の指に絡まっている煉獄先生の手はとても暖かくて、出来る事ならずっとこうしていたいなとぼんやりと頭の片隅でそんな事を考えた。

「むぅ…それは考え物だな」

「え?」

難しそうに眉を寄せて、何かを考え込むように瞼を伏せた煉獄先生の表情はとても悩ましそうだった。そのまま暫くの間、先生は何かと葛藤するようにはぁ、と小さな溜息を吐く。指はまだ絡められたままだ。

「俺に触れられるのは嫌か?」

「………え?」

絡められた指の形を変えて、今度はぎゅっと強く両手を握られた。華やかな街のネオンの光に品のいい音楽が耳を掠める。嬉しそうに肩を寄せて通り過ぎていくカップル達がまるで何かのドラマのエキストラのように見えた。勿論このドラマの主人公は私で、ヒーロー役は煉獄先生だ。

「嫌…な訳ないです…そんなこと、ある訳がない」

「……………」

「寧ろ私は…煉獄先生にしか触れられたくないです…」

消え入るような声で呟いたそれは、ガヤガヤと騒がしい喧騒の中へと散っていった。心臓がバクバクと煩い。恥ずかしすぎて煉獄先生の顔も見れなかった。ほぼ告白に近い言葉を言ってのけた自分に正直とても驚いたけれど、それは今回、心の底から気付けた事実なので今更下手に嘘をつく必要もない。

「………そうか。ならばもう遠慮はしない」

「え?」

握られていた手をぐいっと前に引き寄せられて体制が一気に崩れた。煉獄先生は無言のまま私の手を引いてそのまま何処かへと歩き出す。腕を引かれるがまま後ろをついて歩きながらも、先生の広い背中に抱きつきたいなとそんな邪な事を考えた。暫くして狭い路地裏へと2人して入り、踵を返して私に振り返った瞬間、煉獄先生の大きくて暖かい腕に勢いよく抱き寄せられた。そうして耳元で「心配した」と小さく囁かれる。

「君はもう少し、男という物を疑った方が良い」

「えっ、」

「警戒心を待てと、そう言っているんだ」

「……煉獄先生だけですよ。私が警戒心を解除するのは」

「殺し文句だな」

そこまで口にして、煉獄先生の腕の力がぎゅっと強まった。背中に廻る先生の腕がとても心地が良くて猫のように擦り付いては瞼を伏せる。前に一度煉獄先生に抱きついたらどんな匂いがするんだろうと妄想したこともあったけれど、実際に抱き締められた今、想像よりも遥かに良い匂いが私の鼻を掠めた。ここぞとばかりにスンと匂いを嗅いでどさくさに紛れて煉獄先生のお腹廻りに両腕を巻きつけてみる。頭を撫でられて上機嫌な私に煉獄先生は「ミョウジ」と穏やかな声で私の名前を小さく呼んだ。

「隙がありすぎだ」

「え?」

そう言って、一度私の左頬をスルリと撫でた煉獄先生の腕が私の後頭部へと廻る。そのままぐいっと引き寄せられて目の前に煉獄先生の大きな影が覆い被さった。顎に手を掛けて顔の角度を横に傾けた煉獄先生の端正な顔が一気に近付いてくる。あともう少しといった所で、唇に触れる寸前の所で煉獄先生の動きがピタリと止まった。

「!す、寸止めって…先生!そりゃないです!」

「ははは!まぁこれに懲りたら暫くの間は大人しくしとく事だな!」

そう言って、屈託のない笑顔で笑う煉獄先生をジトっと軽く睨んだ。確信犯的なそれに煉獄先生は少しだけ悪戯っ子のような顔をしている。可愛いにも程があります!ズルいですよ先生!こんな事されたら私勘違いしちゃいますけど!と、言い掛けた言葉をぐっと喉奥底へと飲み込んで目の前に立っている煉獄先生へと真っ直ぐと視線を向けた。

「先生!」

「ん?」

「今日の夜、電話しても良いですか!」

半ば宣戦布告のような勢いで挙手をしたまま煉獄先生にせめてもの願望を口にした。そんな私の発言に一瞬きょとんした表情で目を丸くさせた煉獄先生は、弧を描いて穏やかに笑う。そのまま少しだけ離れていた私との距離を縮めて再び私の頬に触れた先生は、耳元で「俺もミョウジの声を聞きたいと思っていた」と低い声で囁いた。そのあまりにも甘い言葉と声に一瞬で腰を抜かした私の腕を前からやんわりと先生が私の腕を掴む。

「この2週間もの間、俺はずっと君からの連絡を待っていた」

そう言って、最後にとんでもない爆弾発言を口にした煉獄先生の前で卒倒した私。顔を真っ赤に染めてグルグルと目を回している私に煉獄先生はくすくすと楽しそうに笑っていた。少しずつ、少しずつ煉獄先生との距離が縮まってきている気がする。でもこれ以上先生との距離が近付けば、いずれ恋の病に犯されて即死するかもしれないなと、本気でそんな心配に苛まれたのはここだけの秘密だ。




「あー危なかったぁあ!お前!俺の見てない所で勝手にナマエちゃんに手ぇ出すなってまじでぇえ!」

「えっ、なんで?そもそも今日はその為の会じゃないの?」

「バカお前ぇえ!俺はあの時先生に釘を刺されて死ぬかと思ったんだぞ!怖いんだからぁあ!ほんっとあの人怖いんだからぁああ!」

「いや、あの人って…誰だよそれ」



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