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「で?お前志望大は決まったのかァ?」

「はい!」

「どこだよ」

「キメ美大ですよ!すぐそこの」

ほらほら、ここから真っ直ぐと見えるでしょう?そう得意げに鼻を鳴らして窓の向こう側に向かって人差し指を翳した。私の指の動きに素直に顔を傾けてくれた不死川先生は、自分で質問をしておきながら「ふーん」と大して興味が無さそうな返事だ。有難い事に私が志望するキメ美大とこのキメ学は、かなりの至近距離地に建設されていて、卒業後もここに居る煉獄先生に会いにこれる位置だったりするのだ。

「あの学校にはお前が得意とする学科はねェと宇髄から聞いたけどなァ」

「良いんですよ、そんなもん。正直美大に行くのはオマケみたいなものなので」

「ふーん…」

歯切れの悪い不死川先生の返事に何となく不安を感じた私は「何か言いたい事があるんなら遠慮せずにどうぞ!」と会話の続きを催促した。元々白黒ハッキリつけたいタイプなので、こういう感じは素直にモヤモヤとしてしまうからだ。

「いや…別にお前の人生だし好きにすりゃ良いけど。ただちょっと、勿体ねぇなと思っただけだァ」

「勿体ないって……何がですか?」

「要はアレだ。何も美大はあそこだけじゃねぇぞっていう」

「……………」

「進路はお前の今後の人生に続く大事なモンだろォ。まだ時間はある訳だし…目先の事だけじゃなくて、しっかりと将来を考えた方が良いんじゃねぇか?」

まぁ、担任でも何でもねぇ俺が助言する事じゃないけどな。そう言って、不死川先生は少しだけ眉を下げてその場で頬杖をついた。今日は受験勉強の息抜きに煉獄先生に会いに職員室に訪れたけれど、どうやら外出中だったみたいで、その代わりと言っては何だがたまたま不死川先生が居たから会話に花を咲かせていた。何だかんだ言って優しい不死川先生は私の将来を本気で心配してくれているようで、改めてまじまじとそう言われてみると「確かにな」とやけに腑に落ちてしまう。……いや、でも。

「不死川先生…私がこの世で一番大事にしてる物って何か分かります?」

「煉獄だろォ」

「天才!?」

「いやお前に限っては誰でも分かんだろ」

はぁ、と謎の溜息を吐いて呆れた表情を向けてくる不死川先生。分かっているのなら話は早いじゃないですか。私の最終的な目標は煉獄先生の未来の妻!てな訳で彼の側を肩時も離れたくはないし、離れる理由もないという訳ですよ!

「お前、煉獄の事分かってねぇなァ」

「え?」

「あいつは物理的な距離に負ける男じゃねぇだろォ」

「……………」

「お前が考えてる以上に、あいつはもっと器がデカい男だ」

そこまで口にして、不死川先生はポン!と軽く私の頭を撫でた。まだ時間はあるから、もう少しじっくり将来を考えてみろと先生は私に微笑む。……確かに。冷静に考えてみれば不死川先生の助言は正しいと思う。これまで約3年間、ただただ私は煉獄先生の背中をひたすら追いかけて来た。奇跡的に想いまで実って、いつしか隣に居るのが普通になって、それが今後も当たり前のように続いていくモノだと思っていたけれど。


『とても大事に思っている、ミョウジの事を』


煉獄先生なら、例え私と物理的に距離が離れてしまっても、きっと全てを受け止めて背中を押してくれるんだろう。それは不死川先生の言う通りで、本当は自分だって頭の片隅でそれに気付いていた筈だ。けれど敢えてそれに気付いてないフリをしていたのは、ただ自分が煉獄先生の側を離れる事が寂しいだけだ。

「不死川先生…心配してくれてありがとうございます。言われた通り、ちょっと視野も広げてみます」

「ん、まァあんまり無理すんなよォ」

「…はい!」

少し不器用な笑顔で最後に笑ってくれた不死川先生に返事を返して職員室を後にした。帰り道、今日は夕日がやたらとオレンジで、その眩しさに目を細めた。頬を撫でる風に少し身震いしながらも1人華やかな街を歩く。通り過ぎていくカップル達の笑顔を横目で追いながらも、大人になった自分と煉獄先生が肩を並べて歩く姿を1人想像していた。




「ミョウジ!」

「煉獄先生…」

不死川先生と会話をした日から数日後。受験勉強の息抜きに少しだけ先生に会いたいと我儘を言ってしまった。夜もそこそこ遅い時間に、そんな面倒な事を要求されれば普通は誰だって嫌がる筈なのに、煉獄先生だけは違った。私の我儘に嫌な顔一つせずに、快く承諾をしてくれてすぐに車で会いに来てくれた。本当に優しい人だ。

「どうした、乗らないのか?」

「………ううん、乗る。好き」

「文脈が可笑しいな」

助手席のドアを開けて煉獄先生の顔を間近で確認したら、自然と想いが溢れ出た。いつも思うけれど、顔を見ただけでこんなにも幸せな気持ちにさせて貰えるのは、世界にたった1人だけ。煉獄先生だけだ。私の突拍子もない発言に小さく笑っている先生の横顔が可愛いくて、それだけで胸がキュンと鳴る。

「ミョウジ、1時間くらい時間を気にしなくても平気だろうか!」

「はいっ、全然平気です。もう今日の分の勉強のノルマは達成済みなので…!」

「うむ、偉い!では行こう!」

「………はいっ!」

煉獄先生の言葉を皮切りに、ブォン…と車のエンジン音が車道に鳴り響く。ゆっくりと前に進み出した車内の窓から、ぼんやりと秋の夜空を見上げていた。煉獄先生が何処に向かっているのかはいまいちよく分からないけれど、2人で居られるのなら行き先は何処だって良いと思った。

「………あれ?先生、この曲って、」

「ん?あぁ、前に君に教えて貰った曲だ。あれから直ぐに自分の携帯にもダウンロードした!とても良い曲だな」

「うっ、…!」

「どうした!何故泣く!」

「ぅー…だってぇ…っ、」

スピーカーから流れてきた音楽は、前に鎌倉デートに行った時に先生に無理矢理聴かせた私のオススメ曲だった。あの時も先生は良い曲だと気に入ってくれていたけれど、まさか自分の携帯に落としてくれる程気に入ってくれていたとは思ってなかったから感動してしまった。受験ノイローゼなのか何なのか自分でもよく分からないけれど、とにかく自分の大好きな人と、大好きな曲を共感し合えているという事実に胸が熱くなって泣けてきた。幸せだって、本当に心の底からそう思ったから。

「着いたぞ!少し歩こう」

「え?」

グズグズと涙と鼻水を啜っている間に、気付けば車はとある場所に停車していた。紳士に助手席のドアを開けて私の手を取ってくれた煉獄先生は、とても柔らかい笑みを向けて私の手をぎゅっと握ってくれた。その先生の背景には、この季節特有の色鮮やかなイルミネーションがピカピカと光っている。

「キレー…!」

都内に住んでいるから、ネオンの光もイルミネーションにも毎年慣れてはいるけれど……あれ?でも普段こんなに綺麗だったっけ。と思わず横に首を傾げた。煉獄先生は私をぐいっと自分の方に引き寄せて軽々と私を抱き止め、スマートキーで車を施錠した。

「先生、手…」

「サングラスしているから平気だろう!」

「いや逆に目立ってますけど…」

似合いすぎて。その前に今、夜だし…先生自体イケメンオーラが半端ないから通り過ぎて行く女子達がチラチラと煉獄先生の事を意識して見ている。あれは多分、休日にオフの芸能人でも発見したかのような反応だ。

「先生って、何処に行ってもモテるんですねぇ」

「何の話だ?」

「いいえー、鼻が高いなぁと思いまして!」

「そうか?普通だろう」

「…えっ、違う違う。そっちの意味じゃない…!」

相変わらず、いつも微妙に話は噛み合わないけれど、煉獄先生のこういう天然な所も含めて大好きだ。思わず緩んだ頬を抑えながら歩いていると、暫くしてメイン通りに連なるベンチに2人して腰掛けた。人通りはかなり多いけれど、イルミネーションが見える特等席と言って良い。

「綺麗ですねぇー…」

「綺麗だな」

「何かよく分かんないけど、今私めっちゃ煉獄先生からの愛を感じてます…」

「それはかなり今更だな」

そこで2人してどちらともなく笑い合った。秋の夜空とネオンの下で、吐く息が白む。やがて空気と同化して消えていくそれを追いかけるように、目の前にあるイルミネーションをぼんやりと見上げていた。

「ミョウジ、」

「はい、なんですか。先生」

「君は……何か俺に伝えておくべき事があるのだろう?」

「……………」

未だに視線はイルミネーションに向けたまま、小さな声で「はい」と呟いた。同時に、やっぱり先生には見破られていたのかと、胸の奥でドクっと胸が疼く。

「聞かせてくれないか。君の話を」

「…………」

「ナマエ、」

煉獄先生が言いたい事も、私の口から話すべき内容も、全て分かっている。分かってはいるけれど、それを一度口にしてしまうと、上手く息が出来ない気がした。ゆっくりと視線を地面に落として、徐々に涙が溢れ落ちそうになっている私の右手を、煉獄先生は優しく包み込むかのようにギュっと握ってくれた。まるで『大丈夫だ』と言わんばかりの落ち着く温もりだ。

「先生ぇっ…、わ、わたし…」

「あぁ…」

「わ、わたし…っ、…あの…!」

「……………」

そこまで口にして、一度深く深呼吸をした。けれどもそれとは真逆にポロポロと涙が頬を伝って、結局先生の事を心配させてしまう自分に嫌気がさした。

「わ、わたし……っ、遠く離れた県外の美大に…いく事に…っ、しました…!」

「……………」

遂にそこでプツン!と緊張の糸が解けて、わぁあんっ!と子供みたいに泣き崩れてしまった。こんなにも大勢の人達が行き交うメイン通りで、何を甘ったれているのだと誰かに怒られても仕方ないレベルだ。そんな私を怒る訳でもなく、呆れる訳でもなく、煉獄先生はギューっと力いっぱい私の事を抱き締めてくれた。知り合いが通るかもとか、公共の場なのに、とか。そんな事を一切考える余裕もない程、今の私は目先真っ暗な状態で、きっとそんな私の異変にいち早く気付いてくれていたであろう煉獄先生に涙が溢れた。

「ほ、ほんとは…!ずっとずっとずーっと…こうして先生の側に居たいけど…っ、」

「……………」

「でもっ、…やっぱり自分のこの先の事を考えたら……、学びたい内容は…その学校しかなくって…、」

「……………」

「うっ、ぅーっ…!」

上手く伝える事が出来ない自分のもどかしさに、さっきから馬鹿みたいに涙が止まらない。そんなどうしようもない私の背中を、ポンポンと撫で続けてくれている先生の優しさが胸に沁みて徐々に気持ちが落ち着いてきた。一旦そこで話を区切って、ゆっくりと顔を上げてみると、何処か切なそうに眉を下げて困ったように笑っている煉獄先生と目が合った。

「せんせっ…、て。わっ…!」

目が合った瞬間、急にその場を立ち上がらされて先生はそのまま人気の少ない路地裏へと私を連れて行く。辿り着いて早々、背中に先生の腕が廻り、そのまま壁にトンと軽く押さえつけられた。先生の赫くて強い瞳の中の自分が少しだけゆらゆらと揺れている。もしかして、先生もこの先の未来を考えると寂しくて、涙を滲ませているのだろうかと、ふとそんな馬鹿な事を思った。

「話をしてくれてありがとう。俺はミョウジの考えを心から応援しているし、今の進路の方が君の為になるとも考えていた」

「……先生、」

「距離については何も心配する事はない。俺が君に会いに行く!」

「せんせ、っ…ん、…!」

背中を撫でていた腕を後頭部に移動させた先生は、サングラスを外してぐいっと強引に私の身体を引き寄せて唇を重ねた。今回はただ唇を重ね合わせるだけのキスじゃなくて、隙間からヌルリと先生の舌が侵入してくる。歯列をなぞられて、ゆっくりゆっくりと口内を味わうかのように舌を絡ませてくる先生のキスに、思わず蕩けてしまいそうだった。「んっ、」と甘い声を漏らす私を逃すまいと、先生は顔の角度を変えながら、更に強く私の腰を引き寄せる。そのままクチュクチュっとわざと水音を立てながら、深く深く私と舌を絡ませ続けた。

「んっ…ふ…、!」

もう駄目だ。腰が抜ける!と諦めかけたその時、チュパっと小さく音を立てて、ゆっくりと先生は唇を離してくれた。はぁ、と熱い吐息を互いに吐いて、そのまま私の腰をぐっと力強く支えたまま「すまない、少し強引だった」と申し訳なさそうに先生は謝った。

「いえっ、全然っ…!ちょっ、と。いやかなりエロかったですけど…今のチューは…っ、」

「俺も男だからな。それは仕方あるまい!」

「で、ですね…!」

ははは!と何故かそこだけは爽やかに笑う先生につられて、私も声を上げて一緒に笑い合った。今まで常に煉獄先生の側をチョロチョロとついて回っていたせいで、春からそれが出来なくなってしまうとかちょっと今は上手く想像出来ないけれど。

「先生、」

「ん?」

「私、何処に居ても…先生の事が大好きだからね!」

「あぁ、俺もだ。何処にいても、君の事をいつだって想っている!」

「…じゃあ合格する事、ちゃんと祈ってて下さいね!」

「勿論だ!」

む、身体が冷えてきたな。車に戻ろう!と、煉獄先生がくしゃりと笑う。自分より少しだけ前を歩く先生の広い背中を見つめながら、ぼんやりとこの先の未来を考えていた。私の将来の目標は先生の未来の妻。その目標だけは絶対に変わらない。けれどそのゴールに辿り着くまでには、きっとまだまだ沢山の過程がある筈だ。そりゃ出来る事なら側に居たいけれど、でもだからと言って今ばかりを見ていたら、その内足元救われそうだと思ったから。


『大丈夫だ、俺が居る』


ふと、前に進路相談をした時の先生の言葉を思い出した。心の中で何度もその言葉を反芻して不安な気持ちを追いやる。距離が離れていようがいるまいが、きっと煉獄先生と私なら大丈夫!そう、心の底から自信を持てるようになるまで、あとどのくらいだろうか。

「れんごくせーんせっ!」

とりあえず、今は受験の事だけを考えて前を見据える事にしよう。そこまで考えて、よし!と一人小さく呟いた。すぐに背後から思い切り煉獄先生の背中に抱きついて、下からニッコリと笑顔を零せば、先生もお返しと言わんばかりの柔らかい笑みを私に向けてくれた。



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