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高校生活最後のメインイベントである修学旅行も終わり、いよいよ本格的に受験モードまっしぐらだ。そう、私が一番避けて通りたい流れである。とはいえ、前回煉獄先生に進路相談をした結果、私の未来は美大生だとハッキリと決まったので進むべき道は最早見えているのだけれど。

「お前、絵はさておき勉強は出来るんだっけ?」

「いえ!全く出来ません!」

「だよな…ド派手に馬鹿だしな…お前」

「あ、でも歴史だけかなりの好成績です!」

「あっそォ」

煉獄が絡んでるもんに関してはそうだろうよ。そう言って、クチャクチャと口に含んでいるガムの音を立てて宇髄先生は気怠そうに溜息を吐いた。さっきからこれ見よがしに何度も溜息を繰り返す先生に対抗をして、同じように溜息を吐いてみたら「何でお前が溜息吐く側なんだよ」と睨まれてしまった。確かに。正論かもしれない。

「大丈夫ですって先生!当日はどうせマークシートでしょ?何とかなるなる!」

「ならねーよ。どっからそんな自信が湧いてくんだお前は」

「知らないんですか先生。私ってかなりの強運の持ち主ですよ!?」

「知らねーよ!つーか受験に強運もクソもねーんだよバァカ!」

この世は実力主義だ!教師らしからぬ発言のオンパレードと再び睨まれた可哀想な自分を慰めてあげたい。とかそんなこんな考えていたらチャイムが鳴り響いた。今は放課後なので自分の教室に慌てて戻る必要もないのだけれど、そもそも何故私が宇髄先生率いる美術室に居るのかというと、実はある一つの理由がある。

「あ、出来ました先生!今回もかなりの自信作です!」

「あ?どれ、見てやる。……おー、まぁ本当絵だけは才能あるなお前」

「ですよね!?私もそう思います!」

「………で?誰が煉獄を描けっつったよ!?」

「ぃだだだだだっ!ちょっ…、痛いですって先生…!」

仮にも受験生なので、約1ヶ月前から放課後に美術室に通っては宇髄先生に絵の指導をして貰っている。理由は勿論受験の為。ぶっちゃけ自分の画力に自信はあるけれど、何かしら対策をしていた方が心に余裕が出来ると考えたからだ。因みに美大の受験は必ず実技がある。だけどまぁ…正直そこは自信もあるし良しとして…問題は筆記試験の方だ。

「仕方ねぇ。最後の手段だ」

「え?」

「あいつ呼ぶわ」

「あいつって…!?」

と言いつつ、正直この流れには期待をしてしまう。宇髄先生の事だ。私の原動力はいつだってある一人だけ。きっと最大級の空気を読んでくれる事でしょう!彼に「共に頑張ろう!」と曇りなき眼で見つめられたらそりゃあもう血反吐が出る程頑張りますとも!次の瞬間、ガラッと開いた教室の音に盛大な期待を込めて踵を返し振り返った。

「ほいじゃあーミョウジさんとやら、共に頑張ろうのー」

「……………誰っ!?」

「ブハっ…!!」

物凄く良い感じで教室のドアから入ってきたのは、この道40年!って感じのヨボヨボのお爺ちゃんだった。カンカンと杖をつきながら、近くの席に「はぁーどっこいせ」と呟きながら腰を降ろした謎のお爺ちゃんに、とりあえずニッコリと笑ってみせる。

「宇髄先生…」

「あぁ?」

「此方の可愛らしいお爺様はどちら様でしょうか?」

「俺の近所に住む棘山さんだ」

「いや………だから誰っ…!?」

遂に痺れを切らしたのか、宇髄先生がゲラゲラと大笑いをしながらお腹を抱えている。てっきり煉獄先生が登場するもんだと思っていたのに何だこの展開は。いやまじで誰?このお爺ちゃん。可愛いけども!

「よく聞け。棘山さんは元この学校の教師でな。これまでどんな馬鹿共も彼の指導によってみーんな成績を上げまくってきたという伝説の男なんだぜ」

「えっ、どんな馬鹿にも?」

「そーだ。要はオールマイティ馬鹿のお前にとっちゃ救世主だ!」

「棘山さん!本日よりお世話になります!」

「ほっほっ、一緒に頑張ろうねぇ」

「はいっ!!」

90度直角に深々と頭を下げて、優しい笑顔を向けてくれた棘山さんと微笑み合った。それを横で眺めていた宇髄先生に「死ぬ気で頑張れよ」とポンと一度頭を撫でられた。絵は宇髄先生、勉強は棘山さんの指導だなんて何って私は幸運の持ち主なんだろう。

「宇髄先生、本当にありがとうございます…!」

「おー、受かったら何か奢れよ」

「はいっ!」

お任せあれ!そう口にして自分の胸に一つ拳を突き立てた。それから毎日、放課後の決まった時間は宇髄先生と棘山さんの3人で勉強に燃えた。お陰でまだまだ絵も未熟だった事も気付けたし、勉強だって意味を理解さえすればそんなに苦痛とは思わなくなった。唯一肝心の煉獄先生にはあんまり会えていないけれど、これも受験生に訪れる試練だと考え直して時間が取れる時だけ煉獄先生に会いに行ったりを繰り返す日々が続いていた。




「ん……あれ…?」

「おはよう!」

徐々に肌寒くなってきたある日の夕方。オレンジ色の光が、閉ざしていた瞼の隙間に届き、パチン!とシャボン玉が弾けたかのように意識を取り戻した。パチパチと2回瞬きを繰り返して、うつ伏せだった体制を元に戻した所で聞こえてきた快活の良い声に目を見開く。

「れ、煉獄先生っ…!?」

「久しぶりだな。元気にしていたか!」

「わーん!せ、先生ぇえっ…!」

煉獄先生だ!煉獄先生がいる!一人お祭り状態で視界に先生を認識した瞬間甘えたい病が発動した。この時期の受験生達は基本的に自由登校となっているし、時間も時間なだけに校内に人は少ない。ましてやこの教室には私と煉獄先生の2人だけしか居ない訳だし、もうこれは色んな意味でオッケーだろう!と嬉々と両手を広げて抱きつこうとした所で待ったを掛けられてしまった。何故!

「向かい側の校舎に人がいる」

「げっ、本当ですね。残念…」

「………少し痩せたか?」

「え?そうですか?でもやった!嬉しい!」

「余り良い痩せ方ではないかもしれん。心配だ」

「でも痩せるに越した事はないですから!」

正に受験ダイエットだなとか、そんな事を考えている私をよそに煉獄先生は難しそうな表情をして「むぅ…そうだろうか」と呟いている。それはさておき、久々の生煉獄先生…最高!何かちょっと更に色気が増してない?大丈夫なの色んな意味で!


『続きはまた今度な』


「わっ…!」

「?どうした!」

「えっ、いやいやいや!な、なんでもないです…!」

何故かその時。修学旅行時のエモい想い出が脳裏に過って変な声が出てしまった。いや…何で今あれを思い出すんだ。確かにあの時の先生はとんでもない色気を放っていたけども!

「ミョウジ?」

「……………」

そういえば、あの時はじめて先生と大人のチューをしたんだった。先生と想いが通じ合って、勿論何度もキスはしているけれど、あの日の先生ははっきり言ってエロかったと思う。頭の中で悶々とそんな事を考えていると、目の前に腰掛けている煉獄先生が不思議そうに横に首を傾げた。先生の大きくてまん丸な瞳と視線が重なる。………あれ、これもしかして結構良い雰囲気なんじゃない?

「煉獄先生、」

「どうした?」

「好き」

「俺も好きだ」

「ほんと?」

「あぁ、本当だ!」

「私に会いたいと思ってくれてた?」

「思っていたから今会いに来たな!」

「確かに!」

今まで何度も先生の口から想いは伝えて貰っているのに、こうして繰り返し聞くのは我ながら狡いと思う。試すように下から覗き込むようにして視線を向ける私に、先生はふっと眉を下げて微笑んだ。きっと、子供じみた私の発言には敢えて気付いてないフリをして付き合ってくれているんだと思う。

「頑張っているみたいだな、受験勉強。宇髄からよく話は聞いている」

「いやー、でもまだまだ頑張らないと…全然だなって思います」

「ミョウジ、」

「?」

少し俯き気味だった視線を元に戻した瞬間、左頬にそっと先生の指が添えられた。わざとなのか何なのか、先生の指はそのまま位置を変えて私の耳元へと這う。親指一本だけ頬に添えたまま、優しく頬を撫でてくれる先生とハッキリと視線が重なって、胸の奥がドキッと疼く。こんなの無理だ。ドキドキせずにはいられない。

「無理は禁物だ。受験生とはいえ、睡眠も大事だぞ」

「あれ、やっぱ私隈出来てます?」

「出来ていても可愛い」

「もー何ですかそれ。あんまり答えになってないですよ」

口が上手い煉獄先生に掌で転がされている感は否めないが、好きな人に可愛いと言われて嬉しくない訳がない。至近距離でまじまじと褒められたから少し照れ臭さが邪魔をして微妙に話を逸らしてしまったけれど、内心はドキドキしまくっているのは先生には秘密だ。

「先生、」

「ん?」

「私ね、今受験勉強頑張ってるじゃないですか」

「そうだな!」

「でもその分先生に会う機会も減ってるじゃないですか」

「うむ、確かに減っているな!」

「だからね?不足してるんです、先生の事が」

「ん?」

「……ギュー、してほしいです」

「……………」

「ダメ?」

かなり駄目元で、先生に無理なお願いをしてみた。まだ完全に日は落ちて居ないし、校内に人は少ないものの100%の安全はない。でもお願いするのは自由だよね!と開き直って口にするだけしてみた。必殺!自己中甘えモード発動!って奴だ。(センスなさすぎ)

「……せ、先生?」

脳内で1人遊びをしていた私を他所に、目の前に居る煉獄先生の顔は何故か無に近い表情だった。結構勇気を振り絞って発言した事をスルーされるのは胸が痛むけれど、そんな事より呆けている先生が何だか可愛くてヒラヒラと顔の前で手を振ってみた。数秒してはっ!と意識を取り戻した先生は、心なしか数センチ私との距離を取った。えっ、ちょっと…普通にショックなんですけど…!

「せ、先生…?」

「………いや、すまない。少し驚いてしまって…」

「い、いやいやいやっ…!わ、たしの方こそバカな発言をしちゃってすみませ…!」

「勝てないな、君には」

「え?」

夕日が最後の力を振り絞るように、教室のカーテンが越しにオレンジ色の光を先生に浴びせては、まるで絵画の如く美しい演出をしているように感じた。何処となく少し困ったような表情で自分の口元を抑えている煉獄先生は、罰が悪そうに横に視線を逸らしている。夕日のせいなのか、それとも先生自身なのか、答えはよく分からなかったけれど、その横顔は少しだけ赤く見えた。

「余り俺を惑わさないでくれ」

「え、」

「悪い子だ」

そう言って、その場を立ち上がり窓のカーテンを一気に閉めた煉獄先生の長い腕が前から伸びてきて、上から唇を塞がれた。背中に廻った先生の腕と、チュ、チュ、と何度か啄む水音がやけに官能的で不思議と涙が溢れ落ちそうになってしまう。きっと私は、先生の事が好きすぎるんだと思う。言うならばこれは、恋愛の末期状態だ。

「ナマエ、」

「せんせっ…」

キスを繰り返しながら、隙間なんてない程に強く抱きしめられて不足していた先生のチャージが増えていく気がした。こうしてキスをする時に、下の名前で呼んでくれる先生が好き。背中に廻った腕が徐々に上昇して、最終的に後頭部に廻った腕の先で片耳に髪を掛けてくれる動作も、吐息交じりに甘い声で耳元で囁く先生の表情も、何もかもが愛おしすぎて、私の胸はいつだって騒がしい。

「これで足りただろうか」

「全然…こんなもんじゃ足りないです…」

熱い吐息を吐いて、一旦顔を離した煉獄先生は至近距離で少し困ったように微笑んだ。出来る事なら、あの修学旅行の時みたいなキスをして欲しいと願っている私の邪な想いは絶対に見透かされていると思う。けれど流石にこれ以上はここで続けられないとは頭では分かっているので「嘘です」と小さく笑ってこの場を誤魔化しておいた。

「あ…日も暮れたし、今日はもう帰りますね!」

「送ろう!」

「平気です。いざとなったら防犯ブザーも持ってますし!」

「…………」

「じゃあー…ちょっと名残惜しいけど、先生失礼します!って…………え?」

鞄を手にしてその場を立ち上がった私の腕を捕まえた先生が、何かを訴えてくるように見つめてくる。そのままギュっと強く私の手を握って、私の手の甲に一つ、優しいキスを落とした。

「もう暫くの間、俺が君と居たい」

「…………」

「いい加減、俺は君に溺れていると自覚してくれないだろうか」

「…………」

「ナマエ、」

そこまで口にして、自分の胸の中に私を閉じ込めた煉獄先生は溜息交じりに耳元で私の名前を呟いた。そのまま小さく「逢いたかった」と囁いて、耳朶を啄まれる。そのまま私の肩に顔を埋めた先生の少し癖のある髪の毛が擽ったくて、思わず声を出して笑ってしまった。可愛い。心の底からそう思えて、ヨシヨシと子供をあやす様に先生の後頭部を優しく撫でた。

「もっと普段からこうして甘えてくれて良いんですよ、先生」

「………いや、普段からこれでは流石に男として情けないだろう」

「もー、何のプライドですかそれ」

「だが…まぁそうだな」

「え?」

そこで一旦会話が途切れて、ハァと小さく息を吐いた先生と互いに見つめ合う。上から私を見下ろすその視線がやたらと艶っぽくて、相変わらず私の胸は煩いけれど、それ以上に普段より少し幼い先生の発言が可愛すぎてさっきから超ド級のキュンキュンが止まらずにいた。

「………俺の限界が突破したら、またこうして君に甘えにくる」

「!!」

最後にとんでもない甘い爆弾を投下されて、危うく卒倒しそうになってしまった。一体煉獄先生は、何処まで私を沼にハマらせるつもりなのだろうか。想いが通じ合って約一年。これまで幾度となく先生に胸を締め付けられて来たけれど、これは過去最大級の追い風じゃなかろうか!?

「先生!ちょっと今のは無いです!可愛すぎて死にます!」

「?可愛いのは君だろう」

「だからー!ちょっともーそれ止めてくださいって…!」

「ははは!」

すっかり日が落ちた教室内に、私達2人の笑い声が響き合った。その時、一部開いていた窓の隙間から、小さな風が吹いて白いレースカーテンが揺れた。風に乗って鼻を掠めたそれは秋の匂いがして、春夏秋冬、煉獄先生と2人で過ごしてきた日々を振り返るには、充分な風力のような気がした。



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