/ / /

2年前の春。初めて煉獄先生に出逢った。鍵を忘れて家に帰れないと慌てふためいている私の隣に腰掛けて、まるで自分の事のように一緒に悩んでくれた先生に、胸の奥底で何かが騒つく感覚を覚えた。

それから夏が来て、秋になる頃にはハッキリと自分の気持ちに気が付いた。教師と生徒がくっ付くだなんて常識的には有り得ない。頭の中で理解していたものの私は何度も何度も煉獄先生の背中を追い掛けては馬鹿みたいにぶつかって行った。先生も先生で途中で諦めてくれたのか、はたまたそんな私を受け止めてくれたのかは分からなかったけれど、いつだって私が追い掛けてくるのを見越して、追いついてくるのを待っていてくれたような気がする。

「進路希望の話だが…嗚呼、何て可哀想な子供だ。自ら可能性を潰してしまうだなんて…」

私の夢は、いつだって煉獄先生の隣にいる事。運良く2人の想いが重なり合って幸せの絶頂の今、私が見据えているのは一年後の自分ではなく、5年後、10年後の煉獄先生の隣にいる自分なのだ。

「えっ、悲鳴嶼先生!私何か変な事書いてました?」

「嗚呼、書いている…物凄く理解不能な事を」

校庭に咲き誇っている桜がヒラヒラと風に乗って、また今年もこの季節がやってきたのだと告げている。季節は春。無事にキメ学3年生になった私は、相変わらず代わり映えのしないクラスメイトと大好きな悲鳴嶼先生のクラスになれて浮かれていた。3年生になって早々、悲鳴嶼先生に急遽呼び出しをされて私は呑気に職員室の窓から桜を眺めていた所である。

「お嫁さん、などとこの時代に削ぐわん回答を提出してきたのは…ミョウジ、お前だけだ」

「えぇっ…!?嘘、本当ですかそれ…!」

「やり直しだ。ちゃんと自分の将来を考えた進路希望をここに書いてきなさい」

頬に大量の涙を流して、顔の横に掲げていたプリントの文字をトントンと指差した悲鳴嶼先生は、昨日提出した私の進路希望は却下だと言い放った。頭上に鉛でも降ってきたのかと疑う程しょんぼりと肩を落とす私の背後には、ゲラゲラとお腹を抱えて笑っている宇髄先生と不死川先生の2人が。いつの間に居たんだ。そして何て邪魔臭い存在!

「あー面白ぇ!お前何だこれ、派手に笑うわ!」

「お嫁さんって…お前アレだなァ。俺の予想を遥かに上回る程のアホな思考回路だなァ!」

再びゲラゲラとお腹が捩れる程大笑いをしている宇髄先生と不死川先生に対して「うるっさーーい!」と叫んではフン!と鼻を鳴らして腕を組んだ。窓の隙間から流れてくる春の風がやけに身に染みて何だか心の傷に染みたような気にさえなってくる。煉獄先生の事しか考えられないんだもん!それの何が悪いの!とは、流石にここでは叫べないので、取り敢えず悲鳴嶼先生に「分かりました!今日書き直してまた明日提出します!」とだけ返事を返しておいた。そのまま職員室を後にしてトボトボと1人暗い影を背負ったまま廊下を歩く。

「進路希望なんて…煉獄先生のお嫁さんになる以外他にないのに…」

はぁ、と1人深い溜息を吐きながらもとある場所を目指す私。目的地に辿り着き、カラカラと教室のドアを開けて力なく「失礼しまーす…」と許可もないのに勝手に中に入った。トコトコと窓際にある椅子を目指して歩き、ゆっくりとそこに腰を降ろした私の目の前には愛おしい煉獄先生が。そう、ここは歴史教科室である。声を掛けても返事が無かったのは、どうやら先生は春の穏やかな気候に負けて眠りについていたからのようだ。椅子に腰掛けて、腕を組んだまま器用に眠っている少しあどけない煉獄先生の寝顔が可愛くて堪らない。隣の椅子に腰掛けて、ニコニコとした笑顔で机に頬杖をついている私に春の隙間風が頬を撫でる。机の上に何枚か広げていたであろうプリントがバサバサと教室内のあちらこちらに散らばって「あっ!」と思わず声が漏れた。

「あ、ごめんなさい先生…気持ち良さそうに寝てたのに起こしちゃって…」

「…………ミョウジ?」

パチ!と瞳を見開いた煉獄先生と視線が重なりあって、暫くの間謎の沈黙が広がった。不思議そうに横に首を傾げて此方を凝視してくる先生に「おはようございます」と笑顔で挨拶を交わす。そのまま床に散らばっているプリントを拾おうと、その場に腰を上げた私の腕を掴んだ煉獄先生にぐいっと勢いよく引き寄せられた。気付けば先生の膝の上に横抱きに座らされている状態で、思ってもみなかった先生の行動にパチパチと瞬きを繰り返してしまった。

「せ、先生…?」

「瞼を開いたらミョウジが居て驚いた。こういう目覚めも悪くないな」

そう言って、ふっと笑みを溢した先生の表情と発言に毎度の事ながらも心臓は馬鹿みたいに早鐘を打っていく。ドク、ドク、と最早先生にもバレてしまうような、そんな大きい音だ。左腕で私の肩をしっかりと支えて、前から右手を腰に回している煉獄先生の超ドアップにゴクリと息を呑んだ。

「せ、先生…もしかして、ちょっと寝ぼけてます?」

「あぁ、そうかもしれないな」

そこまで口にして、煉獄先生はするりと私の頬を撫でた。少し触れられただけなのに、身体の芯がキュンと疼いて変な気持ちになってくる。煉獄先生は、私が学生だからかキスの時も触れるだけで、それ以上は唇を啄むぐらいで絶対に舌は入れてこない。勿論、そんなキスなんてした事はないけれど、周りの友達の話やそういう雑誌やネット記事等で知識だけは人並みにはあるのだ。興味はあるし、ただ単純にしてみたい。煉獄先生の頬を両手で挟んで真っ直ぐと下から見つめてみる。「先生、」と自分なりに熱を籠った視線を送る私に煉獄先生は少し驚いた様子で「どうした?」と返事を返してくれた。

「あの、…」

「…………」

意を決して口にしてみようとしたその想いは、キーンコーンと放課後のチャイムに邪魔をされてはっと我に戻った。よ、良かった…!ある意味セーフだったかもしれない。先生にはいつも優しくして貰って、毎日幸せを与えて貰っているのに、それでもまだ足りないと言おうとするなんて勘違いも良い所だ。一体恋する感情というものは、どこまで欲深いものなんだろうか。

「いえ、な、何でもないです…!」

「?そうだろうか。俺には君が何か言いたそうな顔をしているように見えるが」

「いやいや、言いたい事なんて何にも…!」

「……………」

そこまで口にして、煉獄先生は自分の膝からストン!と私を降ろして隣の椅子に座らせてくれた。最後にポンポンと軽く私の頭を撫でて床に散らばったプリントを一枚一枚丁寧に拾っていく。全て拾い上げてファイルにそれを閉じた煉獄先生は「少し元気がないようだな。どうした?」といつものように私の顔を下から覗き込んだ。

「えっ、何で分かるんですか?」

「俺はいつもミョウジの事を見ているからな。そういうのは何となく分かる」

「先生…」

「三年生になったら直ぐに進路希望を聞かれるものだし、大方将来をどうするか悩んでいるのだろうなと思ったのだが…違うだろうか」

「違いません、その通りです!」

「うむ、やはりか!この時期の生徒は皆そういう自分の進路に悩む頃だ」

煉獄先生はエスパーか何かなのだろうかと疑ってしまう程、一発で私の悩みを引き当てて「無理をして焦る必要はない」と私の頭を優しく撫でた。先生のお嫁さんになりたいんです。とは勿論言えずに、その願望をぐっと喉の奥底に仕舞い込んで「私には何が向いてると思いますか?」と先生に質問を問い掛けた。椅子の背凭れに体重を預けて「むぅ、そうだな」と真剣な表情で一緒に悩んでくれるその横顔は、あの一番最初に出逢った日と全く変わらない表情で、無意識に笑みが溢れた。あの時と同じだ。煉獄先生はいつだって同じ目線で一緒に悩んでくれる、優しい人だから。

「美大…とかはどうだろうか!」

「………美大、ですか?」

「あぁ、前に宇髄が君の授業で描く絵がとても上手いと褒めていた。絵を描く才能があるのかもしれん!」

「えぇっ、あの宇髄先生が…!?」

煉獄先生が提案をしたその内容に、目をひん剥いて腹の底から驚きの声を挙げた。確かに言われてみれば絵を描くのは好きだった。ただ宇髄先生の授業で描くのはいつだって煉獄先生の人物画でしかないし、前にたっぷりと叱られた時に適当に描いた林檎にだって、宇髄先生は適当に「あー、良いんじゃねぇの」とか言うだけでこれといって特に褒められた訳ではないと思っていたけれど。

「美大、かぁ…うん、確かにそれアリかもしれないです先生!ありがとうございます…!」

「まぁあくまでも俺の意見、提案に過ぎない。君の大事な将来の事だ、もう少し自分で考えて君が納得する進路を選ぶと良い!」

「はいっ…!」

少し道が開けてきたような気がした。流石煉獄先生だ。勿論、最終的な将来の目標は先生のお嫁さんになる事だけれど、でもその前にちゃんと自分の足で前に進んでいかなければその夢さえも叶わない気がする。明日悲鳴嶼先生に進路希望の紙を渡す時に詳しく相談でもしてみよう。

「ミョウジ、」

「え?」

息を巻きフン!と鼻を鳴らして1人ガッツポーズをしていた私の前に先生の大きな影が被さった。スマートに私の顎に手を添えてチュ、とわざと水音を立ててキスをしてくれた煉獄先生の顔を真正面から見つめては瞬きを繰り返す。少し驚いている私を捉えて口角を上げて笑ってくれた煉獄先生は「大丈夫だ、俺が居る」と頭を撫でてくれた。その意味を理解した私は直ぐに目尻を下げて「はいっ!」と元気に返事を返した。煉獄先生と出逢って3回目となるキメ学最後の年。恋に進路に将来にと、悩み事はそれぞれ尽きないけれど、それでもこうして隣に煉獄先生が居てくれるだけで、私の心は晴れていくのだ。きっと、卒業する最後の最後まで私のこの学生生活は幸福で満ち溢れていくのだろう。それはまるで必然の事のように感じて、自然と目の前に存在する煉獄先生と向かい合わせに笑い合った。





「えー、という訳で。修学旅行の班決めだが…」

煉獄先生のお陰で、取り敢えずの進路は決まりつつあった。あれから家に帰ってからも美大の事で頭はいっぱいで次の日悲鳴嶼先生に提出をした進路希望の紙にも美大希望とデカデカと記入して提出をしてきたのが2日前の事だった。そんな中、いつものように煉獄先生と脳内デートを妄想していた私の教卓の前に、頬に大量の涙を流しながらも悲鳴嶼先生が修学旅行の班決めの話をしている。ただの班決めの話なのに何故悲鳴嶼先生が泣いているのかは不明だけれど、心の中で「そっかぁ、もうそんな時期なんだぁ」とかそんな事をぼんやりと考えていた。

「ナマエも俺達と同じ班で良いよな!」

「え?」

シャボン玉が弾けたように、パチン!と意識が現実に戻ってきた所で炭治郎に声を掛けられて咄嗟に間抜けな声が漏れた。妄想に耽っていたお陰で肝心の所を聞き逃していたようで、どうやら班決めは各々好きに決めて良いと確定したみたいだった。勿論、普段から仲の良い炭治郎、善逸、伊之助の3人に加えて、私とクラスの仲の良い女友達2人であっさりと班決めは決まった。修学旅行の行き先は広島という事もあり、海の幸、山の幸に囲まれて何を食べようかと涎が垂れそうになるのをぐっと堪える。

「でも残念だな。俺、煉獄先生とも一緒に修学旅行を回りたかったんだけどなぁ」

「いや、あの人は別にいなくても良いんじゃない?どーせ来ても現地の女子にナンパされまくって引率どころじゃないでしょうよ!はーっ!羨ましっ!」

「ちょっと待って!!……えっ、何!何で煉獄先生は居ないの!?嘘でしょ炭治郎!」

「るせぇな。しゃーねぇだろうが。あのおっさんは下級生の担任なんだからよ。俺らの代とは一緒にならねぇに決まってんだろタコ!」

何故か炭治郎の代わりに伊之助が答えてくれた回答に、膝から崩れ落ちるかのようにそこに手をついた。修学旅行といえば恋する乙女の醍醐味とも呼べる一大イベント。なのにそこにお目当ての煉獄先生が居ないだなんて一体全体どういう事だ。やだそんなの!楽しみが半減しちゃう!

「まぁこればっかりは仕方ないな。ナマエ、煉獄先生に沢山お土産を買って帰、」

「炭治郎、善逸、伊之助!今こそ力を発揮する時が来たよ!」

「「「は?」」」

嘆願書を書くよ!そう大声を張り上げてノートの最終ページをビリっ!と切り離しては勢いさながらスラスラと文字を書き記した。物凄い気迫で熱く燃えている私に乾いた笑いを溢す3人を、更に離れた場所でポカンとしている友人達の姿が視界の端に映る。けれどもそれどころじゃなかった私は他のクラスメイト達にも声を掛けて最終的には他のクラスの子達からも大量の署名を貰う事に成功した。どうやら皆考える事は同じだったみたいで、このキメ学の生徒達から大人気の煉獄先生は後日無事に特別枠で修学旅行の引率者として任命されたようだった。よしよし、これで煉獄先生との想い出が無事に増えると胸を撫で下ろしていた私に、伊之助が「お前バカじゃねぇの」と呟いていたが、そこはいつも通りフル無視をして聞こえてないフリをしておいた。




「先生見てください!鹿!鹿が沢山いますよ…!」

あれからなんやかんやと時は流れ、本日は修学旅行初日。広島といえば宮島だろ!と引率者のキメ学教師達に連れられて訪れた此処、宮島で私のテンションは今馬鹿みたいに高かった。学校中の人気者である煉獄先生の隣をボディーガードさながら常にキープし、何ならフェリー乗り場からロックオンしていた私は見事無事に大勢のライバル達から煉獄先生を獲得するという大成功を収めたのである。

「うむ、とても愛らしいな!そして思ったよりも小さい!」

ご最もな感想を口にした煉獄先生は、目の前の鹿に膝をついて穏やかな笑顔で鹿の頭を撫でている。その姿を逃すまいとスカートのポケットからドヤ顔でスマホを取り出してカメラを起動する。そしてパシャ!と一枚カメラに煉獄先生と鹿の姿を収めて満足げに1人頷いた。鹿と戯れる煉獄先生、可愛いすぎます。

「お前…あいつとくっ付いてからもまだそんなストーカーまがいの行動をしてんのかよォ」

「げっ、不死川先生…!」

気配もなく、背後から登場した不死川先生に後退りをした私に「逃げんじゃねェ」と何故か首根っこを掴まれた。そのままズリズリと煉獄先生の元まで連行されていき「おら、さっさとてめェら横に並べ」と顎で指示を出された。

「し、不死川先生…?」

「あァ?」

「もしかして、私達2人の写メを撮ってくれるんですか!」

「不死川!恩にきる!」

「るせェ!さっさとてめェ等の携帯寄越せェ!」

ぶっきらぼうに私達からスマホを奪い取った不死川先生は、覇気のない顔で「もっと横に寄り添え」とヒラヒラと手を左右に振っては私と煉獄先生に指示を出した。言われるがままピッタリと煉獄先生の横に寄り添って、真ん中に横たわっている鹿の頭を撫でながらも2人してカメラに顔を向ける。パシャ!とシャッター音が鳴り響いて確認したそれは、とても楽しそうに笑っている煉獄先生と私の2人が写っていた。

「ナマエてめぇ!俺の子分の分際で親分の命令に背いてスタスタと先に上陸してんじゃねぇ!」

ズカズカと派手な足音を立てて此方に猪突猛進してくる伊之助と、背後には炭治郎に善逸。そしてその少し離れた場所で仲の良い女友達が全員揃った所で改めて皆で鹿と一緒に撮ろうともう一度カメラの前に並んだ。折角だから不死川先生も誰かにカメラ役を頼んで一緒に撮ろうと提案する煉獄先生に「俺はいい」とぶっきらぼうに答えた不死川先生の肩を、現地のお爺さんがポンと後ろから叩いた。

「わしが撮ってやるけぇ、兄ちゃんも皆と一緒に写りんさいや」

可愛い方言でニコニコと微笑んだお爺さんに背中を押された不死川先生は、とても優しい笑顔で「お気遣い痛み入ります」と返事を返していた。ようやく本当の意味で全員揃った集合写真に、私はこれから始まる二泊三日の一大イベントにワクワクと胸が躍っていた。本当はここに宇髄先生も居れば更に完璧だったけれど、彼は今回参加していないのでとても残念無念である。写真撮影も終わって、各々楽しそうに会話を繰り広げている最中「ミョウジ、」と私にしか聞こえない声量で煉獄先生に腕を引かれて振り返った。遠くで炭治郎達がワイワイと楽しそうに雑談をしている。その狭間で腕をやんわりと掴まれて真っ直ぐと私に視線を注いでくる先生にクラクラとしてしまった。

「今日の夜、少し俺に時間をくれないか」

耳元で囁かれた煉獄先生の発言に、心の底から驚いて勢いよく先生へと視線を引き上げた。無言で見つめている私に目尻を下げて、穏やかに微笑んでいる煉獄先生の表情は教師の顔ではなく、2人で過ごす時の1人の男性の顔だった。太陽に反射して、海がキラキラと光っている。それに負けじとキラキラと輝いている煉獄先生に、果たして私は今後何処まで惹かれていくのだろうか。先生の腕を捕まえて「勿論です!」と応えた私に嬉しそうに笑ってくれた煉獄先生の表情は少しだけ幼く見えた。その笑顔が可愛すぎて、今すぐにでも先生に抱きつきたい衝動を何とか抑えて「皆んなの所に行きましょう!」と先生の腕を引っ張っては、2人して炭治郎達の元へと向かった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -