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「明日二人で出掛けないか!」

煉獄先生の発言に驚いたのは、週末の夜の事だった。キメ学祭も終わり、気付けば季節は冬真っ只中。色鮮やかに輝くイルミネーションが街並みを照らす頃合いとなったある日の夜、電話越しに聞こえた先生の提案に「良いんですか!?」と興奮気味に反応しては目を輝かせた。

「俺がミョウジに逢いたいからな」

「せ、先生…!」

何の照れもなく、ハッキリと素直な気持ちを口にしてくれた先生の発言に私の頬はニヘラと緩む。正に幸せボケ、そう呼ばれても仕方ない程ここ最近の私は有頂天だった。先生と想いが通じ合って約2ヶ月。距離が近付けば近付く程、これまで知らなかった先生の事が段々と分かってきた。まず、先生はどんな時でも照れずに真っ直ぐと私に想いを伝えてくれるし、子供じみた私の発言や行動を快く受け入れてくれる。優しい人なのは初めから分かっていたけれど、想いが通じ合ってからはより一層器が広い人だと再認識した。何より目が優しい。毎回幸せすぎて泣きそうになってしまう程だ。そんな充分すぎる程の幸せに上乗せをして、休日に2人でデートに行こうと誘ってくれる煉獄先生の優しさが無性に心に沁みて暖かい気持ちになった。こんなにも幸せを与えて貰って良いのだろうかと、逆に不安に感じてしまう程に。

「明日、朝10時に迎えに行く!」

「了解です!めっちゃ楽しみにしてますね!」

「うむ、俺も楽しみだ!」

「じゃあ明日に備えて私もう寝ますね!おやすみなさい、先生」

「あぁ、おやすみミョウジ」

穏やかな声で挨拶をした煉獄先生の声に萌えて、終話画面をタップしたと同時にベッドに転がって悶えまくった。いや、こんな事をしている場合ではない。もう寝るなんてあの発言は嘘だ。来る明日、決戦の時がやって来るのだ。まずはパック!からの明日のデート服の選定!やるべき事は山のようにある!

「うっし!やりますか!」

高校生がお洒落をするのなんてたかが知れている。それでも今の自分に出来る最大限の事は準備しておきたかった。ペタっと貼り付けたパック姿の自分がどこぞのホラー映画のキャラに見えて「ぎゃっ!」と色気のない声をあげてしまったけれど、これもまた恋する乙女の醍醐味というものだろう。

「はぁー…煉獄先生、大好き!」

パック時間をタイマーしようとスマホに手を伸ばして、一旦手の動きを止めては画面一杯に広がる煉獄先生の写メにうっとりとした視線で呟いた。ホーム画面に映っているのは、前に2人でボーリングに行った時に店員さんに撮って貰ったツーショット写真の写メである。まだあの時は絶賛片想い中だったけれど、今になって考えてみれば煉獄先生はあの頃から常に優しかったなと一人そんな事を思い返していた。

「………そう言えば、先生っていつから私の事を好きだったんだろう」

脳裏に過った疑問を口にして横に首を傾げた。そうだ、本当にいつからなんだろう。明日先生に聞いてみようかな…でも何となくだけど、その話は上手い事はぐらかされてしまうような気がする。先生は以外と話を逸らすのが上手い。きっと普段から周りにモテすぎて、自分の身を守る為に上手く会話を逸らす癖でもあるのかもしれない。

「まぁー…別にいっか。今幸せだもん!」

タイマーが鳴り、ペリっとパックを剥がして鏡の中の自分に微笑んだ。心なしかツヤツヤになった自分の頬を撫でつけて、これでもか!という程更に入念に美容液を肌に染み込ませる。

「綺麗になれー綺麗になれー」

呪文のように唱えたそれは、最早祈りにも近い願望だった。好きな人の前ではいつだって可愛く綺麗でありたい。恋する乙女なら、それは当然の思考でありお決まりの流れだと私は思う。

兎にも角にも、早く先生に逢いたい。





「おはようミョウジ、良い朝だな!」

次の日。煉獄先生は時間ピッタリに私の家の近くまで迎えに来てくれた。何故家の近くなのかというと、家庭訪問でも何でもないのに家の前まで来て貰うのはもしもの事があった時に先生に迷惑を掛けてしまうし、何より私自身が言い訳し辛いだろうと考えての事だった。「おはようございます、煉獄先生!」と元気に相槌を返して助手席のドアを開き座席に腰掛ける。3度目となる先生の車内は相変わらず爽やかで良い匂いだ。ここぞとばかりにスン!と鼻を鳴らして先生の匂いに包まれては上機嫌になってしまう。

「ところで先生、今日は何処に行きますか?」

「うむ、色々考えたのだが何にも思い浮かばなくてな!取り敢えず鎌倉辺りにでも行って大仏でも見に行こうかと思っているのだが…どうだろうか!」

「鎌倉!良いですね!賛成です!」

歴史教師らしい煉獄先生のデートプランに胸がワクワクと踊った。鎌倉には前に家族と行ったっきりなので楽しみ以外の何者でも無い。ましてや煉獄先生と2人きりの鎌倉デートなんて何かお洒落で良いじゃない!と深く頷いた。途中高速に乗る前に小腹が空いてはいけないと、ドライブスルーで先生が購入してくれたポテトとジュースを頬張りながら窓から流れていく景色をぼんやりと眺めていた。天気も良く、隣には大好きな煉獄先生が居る休日なんて正にリア充そのものだ。車内にBluetoothで流している自分のお気に入りの音楽を流しながら「先生!この曲めっちゃ良いんですよ!」とどこぞのラジオパーソナリティのように曲紹介をする私に、先生は嫌な顔一つせず「うむ、確かに良いな!」と嬉しそうに笑ってくれた。

「ミョウジ、すまないが一つポテトをくれないだろうか」

「!は、はいっ…!」

高速に乗って暫く経った頃、運転に集中している煉獄先生が何気なく口にした発言に私の心臓は高鳴った。言われた通りポテトを一つ摘み、そのまま煉獄先生の口元へと手を伸ばしては「どうぞ!」と口に含ませる。モグモグと食べている煉獄先生の表情が可愛いすぎてキュン死にしてしまうかと本気で心配になったけれどそれは胸の奥に閉まっておいた。「美味いっ!ありがとな!」と笑う先生の横顔が少し幼くて、2人の間に歳の差なんてものは感じないなと都合よくもそんな事も考えていた。本当はベタに「あーん!」とかしようかなとも考えたけれど、何となく照れ臭くてそれは止めておいた。

「着いたー!!わー…鎌倉久しぶりー!」

一般道を降りて、近くのコインパーキングに車を停めてくれた煉獄先生にお礼を伝えては目の前に広がる街並みに目を輝かせた。都心程ではないが、全国から訪れている観光客で鎌倉の街は大勢の人達で賑わっている。観光マップを広げて仲睦まじく寄り添っているカップルや、いつもと違う風景に興奮した幼い子供達がきゃっきゃっとはしゃぎ回っていて何だか胸がホワホワと暖かくなった。

「先生、取り敢えず大仏から攻めましょう!」

「うむ、そうだな!やはり国宝でもある銅造阿弥陀如来坐像を拝まない事には何も始まらん!」

「ですね!大仏の名前今初めて知りましたけど私もそう思います!」

煉獄先生はさすが歴史教師だ。大仏の名前をスラスラと噛む事なく口にした所とか惚れ直す要素でしかない。嬉々とした表情で大仏の歴史を語り出した煉獄先生の腕を引っ張り、目的地までの道のりを2人して歩く。冬という事もあり、体感温度は下がっていく一方だけれどそんなのは嬉しさが勝ってへっちゃらだった。

「うわ…!」

「ミョウジ、」

途中、小石に躓いた私の腕を後ろから先生に掴まれて間一髪の所で転ばずに済んだ。デートという事もあり、気合いを入れていつもより少し高さのある靴を履いてきた自分に後悔だ。普段から履き慣れている靴だからよっぽどの事がない限り足が痛くなる事はないけれど、それでも初っ端からやらかしてしまった自分の行動に大きな溜息を零した。

「先生、面倒を掛けてごめんなさい…」

「面倒だなんて思わない。それよりいつもよりミョウジが綺麗で俺は朝からとても高揚している!」

「えっ!ほ、本当ですかそれ…!」

「あぁ、本当だ!」

サラリと私に綺麗だと褒めてくれた煉獄先生は、そのまま私の手を取りゆっくりと前に歩き出した。余りにも自然に手を握られたものだから「先生、手良いんですか?誰かに見られない?」と目を丸くしては先生に問いかける。

「ここまで来れば余程の事がない限り知り合いには遭遇しないだろう」

「そ、そうですかね…先生が大丈夫なら私は良いんですけど…!」

「それに俺もミョウジと手を繋いでこの道を歩きたいからな」

「え?」

そう言って、柔らかく微笑んでくれた煉獄先生の表情に良い意味で胸が苦しくなった。いつもいつも私ばかり先生に幸せを与えて貰って良いのだろうか。そんな事を考えながらも歩幅を私に合わせて歩いてくれる先生の優しさに胸が熱くなった。通り過ぎていく景色に「冬の鎌倉も良いな!」と先生は笑う。タイミングを逃して伝えそびれる前にぎゅっと手を握り返しては先生の顔を下からそっと見上げた。

「私も…煉獄先生と手を繋いで歩きたかったので今めっちゃ嬉しいです!幸せ!」

満面の笑みで煉獄先生に想いを伝えて、そのままどさくさに紛れて先生の腕にぎゅっとしがみついた。私の発言に煉獄先生は何も言わなかったけれど、その後直ぐに優しく頭を撫でられて私の想いを受け止めてくれたのだと感じた。暫くして目的地に辿り着き、視界いっぱいに広がる大仏の迫力に目を丸くする。煉獄先生によると、この大仏の建造者は未だによく分かっていないらしい。正に歴史を感じる建造物に私の心は踊った。煉獄先生の手を握っていた手を離し、興奮冷め止まぬまま大仏まで近付いて「先生!写メとりましょう写メ!」と大きく手を振って先生を呼び寄せる。

「良かったら撮りましょうか?」

「えっ…!良いんですか!?」

内カメラで何とか背景に大仏を入れようと、あれやこれやと試行錯誤していた私を見兼ねて声を掛けてくれた1人の女性にお礼を伝えては手にしていたスマホを手渡した。その女性はとても綺麗な人で、目尻を下げて微笑んだその表情がより一層魅力的に見えた。私からスマホを受け取って、此方に顔を上げた女性の動きがピタリと止まる。どうやら私の隣に立っている煉獄先生の顔を確認した瞬間、お姉さんの動きは止まったようだった。

「きょ、杏寿郎…?」

「…………えっ!?」

何!知り合い!?驚いて横に居る煉獄先生に視線を向けると、先生も先生で目を丸くして驚いている様子だった。互いに視線を絡ませて見つめ合っている2人に交互に目を配る。そして私は悟った。この女の人、絶対煉獄先生の元カノだ!と。

「ひ、久しぶりね…元気にしてた?」

「あぁ、元気だ。君も変わらず元気そうで何よりだ」

「えぇ、ありがとう。えーっと…彼女は…?杏寿郎の彼女…?」

「……………」

「いや、それにしては若すぎるわね…あ。そっか、杏寿郎の生徒さんか」

休日に課外授業なんて本当に杏寿郎らしいわね。そう言って、お姉さんは柔らかく微笑んだ。そのまま後ろに下がり、私達2人の写メを撮ってくれたお姉さんは「はい、多分上手く撮れたと思うけど一応確認して貰える?」と私にスマホを手渡してくれた。正直それどころじゃなかったけれど、一応言われるがまま写メを確認する。少し苦笑いで微笑んでいる自分の表情が何だかとても哀れのように感じて内心ガックリと肩を落とした。

「良かったらまた皆んなでご飯でも食べに行きましょうね。それじゃ、また」

そう言って、口角を上げて笑みを零したお姉さんは私達2人に手を振って一緒に遊びに来ているであろう友人の元へと戻って行った。少し離れた場所で「逢えて良かったじゃん!」とお姉さんの腕を小突いている友達の行動をぼんやりと見つめていた。放心状態の私の目の前にある一つの影が重なる。はっと気付いて意識を現実に戻すと煉獄先生が私の顔を覗き込むようにして至近距離で私を見つめていた。

「ミョウジ、気にしなくて良い。彼女は俺の古くからの友人だ」

「………先生の嘘つき。絶対元カノじゃないですか、あの人」

頬をプク、と膨らませて横に顔を背けて腕を組む。ふん!とでも言いたげに不満げに鼻を鳴らした私に煉獄先生は「昔の話だ」と宥めるように私の頭を優しく撫でた。そのままやんわりと私の手を握り「もう一度2人で写真を撮り直そう!」と先生が笑う。正直不貞腐れた想いはそう簡単に直りそうにはなかったけれど、でもそれもそうだなと思い返してもう一度内カメラを起動して隣に居る煉獄先生にピッタリと寄り添った。

「いきますよー!せーのっ、はい!チーズ!」

パシャ!とシャッター音が鳴って写し出された2回目の写メは、さっきより大分マシでほっと胸を撫で下ろした。私の肩を抱き寄せて、笑顔で写っている煉獄先生の可愛い表情に胸が痛い程高鳴る。結局なんだかんだこうして先生といれば私の機嫌なんて簡単に元に戻ってしまう。ある意味先生は何処までも狡い人だ。

「よし、次は鎌倉文学館に行くとしよう!」

そう言って、煉獄先生は嬉しそうに笑って私の手を引いては前に進み出した。そのあどけない笑顔が可愛いなとも思いつつ、正直私は何処か上の空だった。煉獄先生の元カノであるあのお姉さんは大人で美人で利口そうな人だ。自分とは比べ物にならない程の大人な魅力を叶え備えていて、昨晩疑問に思った事がやけに脳裏に過ぎる。

「先生、」

「ん?どうした!」

「いや……やっぱり何でもないです」

「……………」

先生は私の何処を気に入って、いつから好きになってくれたんですか?

そう聞こうと思ったけれど、何だか急に答えを聞くのが怖くなってぐっと口を噤んでは横に顔を振った。折角のデートだし、これ以上この話題を引っ張るのもあれだなと思ったからだ。その代わりと言ってはなんだけれど、ここぞとばかりに先生と繋がっている手をぎゅっと強く握った。煉獄先生だって年頃の1人の男の人だ。ましてやこれだけカッコいい人なんだから元カノが居ても当然の事であって、別にそれは何も可笑しな事じゃない。

「モテる男の人って大変ですね…」

その言葉に全ての想いを乗せて発言した私に、煉獄先生は少し悩ましそうな表情で横に首を傾げていた。煉獄先生への想いが日々大きくなりすぎるのもある意味問題だなぁと1人そんな事を考える。好きに限界はないのだと、やけに現実を思い知らされたデート序盤の昼下がりの出来事だった。



「家に着いたぞ、ミョウジ」

あれから先生と2人で鎌倉観光を堪能して、レトロな風景や美味しいご当地グルメに機嫌を取り戻した私はすっかり体力を消耗して帰りの車の中で眠っていたらしい。ペチペチと軽く私の頬を撫でる煉獄先生の腕を捕まえて、そこにパチっ!と目を見開いた。運転席から身を乗り出して、私に覆い被さるように視線をくれている煉獄先生の顔を捉えた瞬間何だかとても離れ難い気持ちとなってしまった。楽しい時間はあっという間で、毎度の事ながら何か物足りない気持ちとなってしまう。

「……煉獄先生。すみません、私寝ちゃって…」

「いや、構わない。寧ろ俺は君の可愛い寝顔を見れて嬉しかった」

「またぁ…もう先生、そういうのいつもワザとなんですか?どれだけ私の事をドキドキさせるつもりですか…!」

「それは俺の台詞だな」

「えっ、……んっ!」

さりげなく助手席を後ろに倒されて、私になだれ込むように覆い被さってきた煉獄先生に勢いよく唇を塞がれた。ただ触れるだけのキスが徐々に啄むようにチュ、チュ、と形を変えて2人だけの車内に水音が広がっていく。先生の広い背中に腕を回してシャツをぎゅっと控えめに掴んではいつものように頭の中がボーっとしてきてしまう。けれど今日の私は何処か変だ。こんなにも幸せを与えて貰っているのに、胸を刺すような鈍い痛みがやけに広がって今にも不安に押し潰されてしまいそうだったから。きっと、自分で思っている以上に今日のあのお姉さんの存在が頭に引っかかっているからなのだろう。

「先生っ…、」

「………どうした?」

「好きっ…、」

「……………」

泣きそうな声で呟いた私の発言に、煉獄先生の動きがピタリと止まった。そのまま上手いこと背中に腕を回されて一気に前に抱き起こされた。今にも涙が溢れ落ちそうになっている私の顔を覗き込むようにして「どうした?」と再び同じ言葉を繰り返した煉獄先生の手をぎゅっと掴んでは、俯き気味に視線を下に彷徨わせた。

「れ、煉獄先生…っ、」

「ん?」

「わ、私の何処が好き…?」

「…………」

落としていた視線を先生に戻して、震える声で疑問を問い掛けた。先生は目を丸くして少し驚いているようだったけれど、一旦運転席に身体を戻して「むぅ、難しいな」と顎に手を添えては悩ましそうに眉を寄せている。そ、そんなに深く悩ませる程私って魅力なし…!?と自暴自棄になりかけたけれど、どうやらそんな事は無かったらしい。「多すぎて一つに絞りきれないな」と煉獄先生は困ったように眉を下げて柔らかく微笑んでくれた。

「まず、俺は君の明るい性格にとても癒されている。そして良い意味でどんな時も前を向いて生きるその様もとても魅力的だ」

「せ、先生…」

「美味しい物を食べている顔、子供のように不貞腐れている顔、泣いている顔も含めて全て一から十まで俺の好みだな」

ははは!と明るく笑ってくれた煉獄先生の発言に、徐々に頬が熱くなってくる。自分で思っていた以上に先生は私の事をよく理解してくれていて、広い目で見てくれていたのだと実感した。何の照れもなく、真っ直ぐな想いを伝えてくれる煉獄先生の腕を横から引っ張って「分かりました…!もうよく分かったので大丈夫です!」と話を中断させた。理由は勿論、これ以上褒められてしまうと私の心はトキメキすぎて持たないかもしれないと思ったからだ。

「だが俺は、結局は君の笑顔が一番好きだな」

「………え?」

そこまで口にして、煉獄先生は運転席のドアを開けてそこに立ち上がり、バン!と勢いよくドアを閉めた。そのまま私が座る助手席のドアを開けて、膝裏と腰に添えた私の身体をふわりと自分の腕に抱き抱える。お姫様抱っこで後部座席に降ろしてくれた私を押し倒すように、そのまま上に乗っかってきた煉獄先生の大きな瞳と至近距離で目が合った。さっきよりも倍の近さで先生と絡み合う視線と物理的な距離にドキドキさは増して心臓は馬鹿みたいに大きく飛び跳ねた。

「今日の事は気に病まなくて良い」

「………え?」

「彼女とは大した仲では無かった。俺が今ミョウジに抱いている想いとは比べ物にならない程小さな想いだったからな」

そう言って、困ったようにして笑った煉獄先生の親指が私の目元をするりと撫でる。どうやら私の不安は先生に見透かされているようだった。一度優しく拭われたそれは決壊が崩れたようにポロポロと溢れ出てきてしまって、先生に優しくされればされる程胸が痛い程切なくなり苦しくなってきてしまう。でもそれは決して悲しみからくる涙じゃなくて、寧ろ逆に嬉しい涙だった。人間とは不思議な生き物だ。嬉しい時も悲しい時も感情が昂ったら涙が出てきてしまうなんて。

「ナマエ、笑ってくれないか」

「……えっ…、」

「俺は君の笑顔が見たい」

切なそうに眉を寄せた煉獄先生の腕が私の背中に廻り、頬に寄せられたもう片方の手でするりと撫でられた瞬間一気に唇を塞がれた。顔の角度を変えて、キスを繰り返す先生の手が徐々に私の首筋を這う。愛しそうに耳元で「好きだ」と低い声で囁いた先生の発言に身体中が疼くようにゾクリとした。キスをされる直前、初めて先生に名前を呼び捨てにされて私の幸せ度は頂点に達していた。世界で一番大好きな人に名前を呼ばれて、キスをされ、耳元で愛を囁かれるなんてこれ以上の幸せなんて他にない。はぁ、と甘い吐息を零した煉獄先生の艶やかな表情に私の胸のときめき度は留まる事を知らなかった。

「私もっ…先生の事が好きっ…、」

ようやく心の底から溢れ落ちた満面の笑みに、煉獄先生は私に応えるように目尻を下げて嬉しそうに笑った。もう家の近くには辿り着いているのに、互いに離れ難いのかそれから何度も何度もキスを重ねては暫くの間幸せに身を埋めていた。最後に「先生はいつから私の事が好きだったんですか?」と質問をしたら、目をキョトンとさせてパチパチと瞬きを繰り返した煉獄先生。そしてすぐに目を細めて穏やかに笑っては「それは君がもう少し大人になってから教える」と上手い事はぐらかされてしまった。

やっぱり先生は話を逸らすのが上手いようだ。いつかその気持ちを聞き出せるようになるまで、自分磨きに徹しようと密かに胸の中で誓った。クリスマス直前のネオンの光がピカピカと住宅街を蒼く照らしている。煉獄先生と2人で車内でキスを繰り返している窓の向こう側には、夜空から舞い降りてきた粉雪がしんしんと降っていた。



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