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ハラハラと枯葉が舞う。春に校庭に咲き誇っていた桜も、胸を躍らせるような暑い日差しも、今はもう此処にはない。秋を前に力尽きたのか一枚の枯葉がヒラリと目の前に舞い落ちた。気温も段々と下がってきた放課後の余った時間、ただただぼんやりと木々を見上げていた私の前に、ふっとある一つの影が重なる。赤色と紫色の中間とも言えるクリクリとした瞳を待ち合わせた人物が視界に登場してバチっと目が合った瞬間心臓が大きく飛び跳ねた。

「わっ!炭治郎!?ビックリしたー!」

「ナマエ、こんな所で何をしているんだ?」

校庭でサッカー部やら野球部やらと威勢の良い掛け声が響く中、私はまるでどこぞの少女漫画のヒロインかのようにアンニュイ感丸出しで一人この木々達を見上げていた。夏休みも終わり、煉獄先生と過ごしたあの夏の夜をあれから何度も頭の中で繰り返し思い出しては、少し後悔の念に囚われていたからだ。

「いや…何か。やっちゃったなーって思ってさ」

「一体何の話だ?」

「いーの、炭治郎はそんな事気にしなくて!」

わざわざ私を心配して此処まで追い掛けて来てくれたのに、炭治郎に対して可愛くない発言をしてしまった。そんな自分に更に嫌気がさして直ぐに「ごめんね」と炭治郎に謝った。飼い主に叱られて耳が垂れた子犬ように、しゅんと肩を落とす私に炭治郎は「良いんだ!気にするな!」と穏やかに笑う。

「そろそろ文化祭だな!俺、今年も善逸と伊之助と宇髄先生の4人で演奏をする予定なんだ」

理不尽に冷たい態度を取った私の事なんて気にもせずに、炭治郎はさりげなく話題を変えてくれた。きっとこれ以上深追いをしても私を困らすだけだと優しい炭治郎は気を使ってくれたんだと思う。

「そっか、もうそんな時期かぁ。そう考えたら本当に一年って早いね!」

「そうだな!良かったらナマエも俺達のバンドに参加しないか?丁度もう一人ボーカルが欲しいと皆んなで話していたんだ」

「えー?私は良いよー。音痴だし」

「大丈夫だ!俺も歌はあんまり自信ないけど…毎回楽しくやっているし!」

そう言って、炭治郎はムン!と鼻を鳴らして何処か誇らしげに拳を胸に突き立てた。背中を押してくれるのは非常に有難いが、炭治郎達が組んでいるハイカラバンカラデモクラシーは、ある一部の人間を除いて基本的に評判が悪い。ステージに上がったその時は4人全員のルックスもズバ抜けているし、これは大いに期待が出来ると毎回観客は始め歓喜に湧くのだが、演奏が始まって数秒も経たない内にゾロゾロと踵を返して去っていく事実を私は去年目の当たりにしている。何故か唯一冨岡先生だけ一人感動をして泣いていたけれど、一体あの演奏の何処に感動する箇所があったのかは未だにそれは謎に包まれたままである。

「……あれ、そういえば炭治郎。急に此処まで来てどうしたの?何か私に用でもあった?」

「ん?…あぁ、そうだ!さっき煉獄先生がナマエの事を探していて代わりに俺が此処まで探しに来たんだ!」

「えっ!れ、煉獄先生が…!?」

「そうだ!歴史教科室で一人ナマエの事を待っているようだぞ!」

炭治郎からのバンドのお誘いをやんわりと断って、次に話題に持ち掛けたその返事に、思い切り目を見開いては心臓が抉られる程の緊張感が身体中に走った。煉獄先生と過ごしたあの夜の後から、私はこれまで馬鹿みたいに煉獄先生の後を追いかけ回していた行動を控えていた。理由はただ一つ。許可もなく煉獄先生の頬にキスをしてしまったからだ。あの時、先生は私の事を責めたりはしなかったけれど、大人のスマートな対応でその行動には何にも明確な答えは口にはしてくれず、ただただ優しく微笑んでは私の頭を撫でてくれた。先生も先生でその場の雰囲気や流れも多少は関係して、リップサービスならぬあの行動に繋がったのもあるかもしれないけれど、あの後家に帰って一人冷静に思い返しては後悔と羞恥心で居た堪れなくなり胃がキリキリと痛む日々が続いている。

「な、何の用事だと思う…?それ」

「さぁー…?なんだろうな」

不思議そうに横に首を傾げた炭治郎につられて、私も同じように真向かいに横に首を傾げては頭の上に沢山の疑問符を並べた。腕を組み、うーんと2人して呻き声を挙げてみたが結局何一つ答えを導き出す事は出来ずにいた。ここで悩んでも時間は無駄に過ぎていくばかりなので途中で腹を括り、意を決して「よし!じゃあ行ってくるね!」と炭治郎に向かって声高々と宣言をしてはズンズンと歩を進めて前に立っている炭治郎を追い越した。

「行ってらっしゃい!」

まるで何かの戦にでも向かうようなテンションで、渋い表情でコクリと頷いた私に炭治郎は大きく横に手を振って送り出してくれた。煉獄先生が待つ歴史教科室が近付いてくる度に、ドッドッと心臓が馬鹿みたいに早鐘を打ってより一層緊張感が増してくる。あれから先生とは連絡も取り合っているし、授業でも何度も顔を会わせていた。別に必要最低限は普通に会話もしているつもりだ。けれどこうして改まって呼び出しなんかされてしまった日には、あの夜の行動を責められてしまうのではないだろうかと途端に不安になってきてしまう。そんなこんな考えていたら、遂に目的地でもある歴史教科室の前まで辿り着いてしまった。

「し、失礼します…!」

どうか煉獄先生に嫌われていませんように…!そんな願いを心の中で何度も唱えてはぎゅっと瞼を伏せた。ドアを開けて一番に視界に入ってきた煉獄先生は、目が合った瞬間眉を下げて柔らかく私に微笑んでくれた。あぁ、結局私はどんな状況下でもこの人の事が大好きなんだ。ぼんやりとした視線で先生の姿を見つめている傍らにそんな事を脳裏で考えた。顔を見れただけで幸せな気持ちになれる。きっとこれから先、そんな人には二度と出逢えない。そう胸の奥底で、もう一人の自分が叫んでいた。




「すまないな!忙しいのに呼び出してしまって」

「い、いえっ…!全っ然忙しくないです!寧ろ暇してたので逆にありがとうございます!」

あれから意を決して煉獄先生に呼び出した内容は何だったのかと質問を問い掛けたら、その理由は何てことはない、ただのプリントの整理役に任命されただけだった。パチンパチンとプリントの左端にホッチキスを留めている私に「お礼に何か飲むか!」と煉獄先生がすっと椅子から立ち上がる。その行動を慌てて止めに入った私が煉獄先生の腕を掴み「いえ、大丈夫です!」と声を大にして叫んだ。今何か口にしても、何の味もしないと何となく思ったからだ。そんなあたふたとしている私に踵を返して不思議そうに目を丸くした煉獄先生との視線が重なり合い、あの夜の光景がふと脳裏に過ってしまった私は頬を真っ赤に染めて勢いよく床に視線を逸らしてしまった。ま、まずい…流石にこれは不自然だ。

「………ミョウジ、」

「は、はい…」

「何処か具合でも悪いのか」

「…………え?」

心配そうに眉を下げて、再び向かい合わせの椅子に腰を降ろした煉獄先生が下から私の顔を覗き込むようにして見つめてくる。その余りにも近い、先生の超ドアップに驚いた私は光の速さで後ろに下がった。そしてゴン!と鈍い音が響き、壁に強く頭を強打した。

「大丈夫か!」

「は、はいっ…!全っ然大丈夫です!」

「見せてみろ。タンコブになっているかもしれん!」

「!だ、大丈夫ですから…!私の事は気にしないでください…!」

どうもあの夜から変に意識をしてしまって、煉獄先生と上手く距離を保てる事が出来ずにいた。それは物理的な距離でもあり、心理的な感情も含めて全てだ。これ以上先生との距離が近付いてしまえば、いよいよ本格的に自分の気持ちがバレてしまう。流石にまだそれは早い。そんな気持ちとは相反して、私の想いは以前にも増して日々大きく膨れ上がっていく一方だった。それだけはどうにかして避けたかった私は先生の親切心を仇で返すように目の前に掌を翳して、先生とのある一定の距離を保つためにやんわりと拒否を示した。その行動が余りにも極端だったのか、煉獄先生は眉を寄せて少しむっとした表情で口を噤んだ。そして椅子から立ち上がり、ズイっと私との距離を縮めてきた煉獄先生に顎を持ち上げられて、半強制的に互いの視線と視線が重なり合う結果となってしまった。

「この前から俺の事を避けているな」

「…………えっ、」

「俺が何かをしたのならばハッキリと言ってくれ。以後気をつける」

「先生…」

煉獄先生の強い瞳の奥に、動揺を隠し切れていない自分の姿が映っている。もう無理だ。これ以上先生に対する気持ちを抑え切れる自信がない。ゆらゆらと左右に視線を泳がせて、最後に目尻にジワリと涙が浮かび上がってくる。それを悟られまいと再び床に視線を落とした私に「ミョウジ、」と先生の優しい声が鼓膜に響いた。いつものようにそっと私の頬に触れて、今にも泣きそうな顔をしている私を心から心配そうに見つめてくれる煉獄先生。その手をやんわりと振り解いて、勢いよくそこに立ち上がっては今の私にとっては精一杯の言葉をそこに残した。

「せ、先生は何もしてないですよ…」

「……………」

「ただ、…私が勝手にっ、舞い上がってしまっただけなので…」

そこまで口にして「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にしては深く頭を下げた。そのまま教科室のドアへと方向転換をして足早に向かう。踵を返して直ぐに溢れた涙を手の甲で拭っていた私が教科室のドアに手を掛けたその時。背後から伸びてきた先生の手に遮られて、バン!と鈍い音が室内に響き渡った。そのまま開き掛けていたドアがカラカラと音をたてて閉まる。まるで背後から私の行手を阻むようなその行動に驚いた私の動きがピタリと止まった。私の目の前には、煉獄先生の大きな掌が視界に写っていて、背の高い煉獄先生の影が私の顔に被さっている。驚きを隠せない先生のその行動に、流していた涙も一瞬にして引っ込んでしまった。

「……君はズルいな」

「せ、先生…?」

「明確な答えさえ与えて貰えず、こうして俺の側から離れていくつもりなのか」

そう言って、珍しく小さな声で囁いた煉獄先生の片方の腕に背後から強く抱き寄せられた。何が何やら意味不明のこの状況下でも、私の心臓の音は馬鹿みたいに跳ね上がってぎゅうっと胸が苦しくなってくる。それは最早先生にバレても可笑しくはない状態で、米神に冷や汗さえ浮かんでくる程だった。

「………先生、離してください」

「離さない」

「だ、だからっ…こんな事されたら…私、変に期待しちゃうんですってば…!」

「期待すれば良い」

「…………え?」

思いもしなかった煉獄先生の発言に驚いて、思わず後ろに振り返ってしまった。そこでようやく交わった煉獄先生の視線と表情に、胸の奥底で切ない感情が渦を巻いた。何処か苦しそうに眉を下げて私を見つめている先生の大きな瞳が、冗談でも嘘でもないと目が語っている。その真剣な眼差しに再び涙を零した私が、遂に我慢しきれなくなった想いを背に弱々しく小さな声で呟いた。

「先生ぇっ…す、好きです…!」

「……………」

「大好きなんですっ…!先生の事がっ…、私…!」

「……………」

「も、もう…、好きで好きでたまらな、…!」

その言葉を最後に、ぐいっと後頭部を引き寄せられて先生の唇と私の唇が勢いよく重なった。ドアに手をついたまま、私の後頭部にもう片方の腕を廻した先生の大きな手がくしゃりと私の髪を撫でる。そのまま啄むように、ちゅ、と名残惜しそうに小さな水音をたててゆっくりと顔を離した先生に、最後にするりと頬を優しく撫でられた。鼻と鼻がくっつく程の至近距離で微笑んだ先生は、目が合った瞬間全てを悟ったかのような表情を浮かべていた。キス、された…?えっ、何で。そんな事をグルグルと考えていた私の頭を自分の胸に引き寄せて、サイドの髪を耳に掛けてくれた煉獄先生の唇が私の耳元に這う。そうして少し掠れた声で、囁くように口にしてくれた次の発言に、私の想いは遂にようやく実を結ぶ結果となった。

「俺も…もう随分と前からミョウジの事が好きだ」



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