■ ■ ■

雲の切間から暖かい陽の光が降り注ぐ。夏にしか味わえない蒸し暑さから逃がれる様に訪れた川の浅瀬で、手にしていた風車に息を吹き掛けた。カラカラと壊れかけの車輪のような音を立てて、風車が控えめに廻る。熱中症になるからと、出掛ける前に念の為に母から渡された白い頭巾を頭に被せて頭上に照り付ける太陽に目を細めた。

「ナマエ!こんな所にいたのか!」

少し大きめの草履を履いているせいなのか、砂利道を走る彼の足音は鈍い。名前を呼ばれて振り返った青年に、口角を上げて「こっちだよ!」と大きく手を振った。





脳内に、最大限の警告音が鳴り響く。その音に重なるように遠くから太鼓の音も響いてきて、耳を塞ぎたくなる程の現実に胸が痛んだ。

「どうした?折角の感動の再会だというのにヤケに反応がねぇな…ナマエよ、まさかてめぇ…この俺を本気で忘れたとか言う気じゃねぇだろうなぁ!?あぁっ!?」

「……!」

動悸がする。胸が苦しい。まるで土に根を張った大樹のようにこの場所から一歩も動く事が出来ずにいた。ただただ荒い呼吸だけが唇の端から零れ落ちていく。米神に嫌な冷や汗を流し続ける私に、目の前の鬼は強く声を荒げて私に怒りの矛先を向けた。

「な…、なんで……?」

「あぁ?」

「なんで…あんた鬼になんかなってるの…!?」

辛うじて口にした第一声は、突如曇天の空から降り出した小雨の音に掻き消されていった。次第に雨は強くなり、鬼から一目散に離れようと大勢の人々が足早に逃げていく。悲鳴を挙げながら通り過ぎていく人々。恐怖に負けて地面に蹲る人達。その様は色々だけれど、鬼殺隊である以上、私は自分の命に変えてまでも此処にいる人達全員を必ず守りたい。そう思った。

「何故鬼になったかだと?はっ、馬鹿馬鹿しい…お前はそんな事も分からねぇのか」

「……………」

身体中の至る所に刺さっている風車を一つ握って、鬼であるかつての友人はふぅと白い煙のような息を吐いた。その瞬間、異常な程の風力が増して周囲に広がる夜店の屋根が次々と夜空へと高く吹き飛んでいく。

「………強さだ。強さを得る為だ…!それ以上でも以下でもない。俺はあの方に強さを分けて頂いた…!」

「……………」

「そして強さを得た俺は、…………何の躊躇いもなく力一杯てめぇをぶっ潰せる…!」

砂嵐が舞う中、強く地面を蹴り上げてその中を掻い潜ってきた鬼が私との距離を一気に詰めた。そうして勢いよく絡みついた風車の先が、まるで細い糸のようにぐにゃりと曲がり、反応が遅れて隙が出来てしまった私の左頬に鬼の長い爪先が深く突き刺さった。

「……っ!」

「痛いかぁ!?苦しいかぁ!?あの日俺がてめぇにされた事はもっと酷ぇ事だったがなぁ…!?」

不気味な声を挙げて、鬼は心から楽しそうに笑った。深く突き刺さった鬼の手に自分の手を重ねて強く握り返し、憎悪と嫌悪に包まれた感情を上乗せしては鋭い視線を向けた。

「そんなもの……強さなんかじゃないっ…!」

「…………あぁ?」

「本当の強さっていうものは…っ!それは…!」

『弱き人を助けることは、強く生まれたものの責務だ!』

脳裏に過ぎる、いつかの煉獄さんの言葉。それを初めて教えられた時、心の底からあの人の後ろをついていくと心に誓った。「素敵な言葉ですね」と私が口にしたら「生前、母上が俺に残してくれた言葉だ!」と煉獄さんは嬉しそうに笑っていた。敬愛する師範の思想は継子である自分へと受け継がれ、それを次の世代の後輩達にも継承していくべきだとさえ思っているのに。

「お前みたいな……っ!目の前の欲望に塗れた鬼が…!軽々しく強さを語るなっ…!!」

声を荒げて泣き叫びながら発言をした私に、鬼は目を丸くしてピタリと腕の動きを止めた。隙が見えたと同時に右脚を大きく振り上げ、鬼の腹を強く蹴る。そのまま日輪刀を振り翳して鬼との距離を一気に遠ざけた。離れた場所で互いに荒い息を吐く。肩で息をしながら、目の前に膝をついている鬼へと鋭い視線を突き付けた。

「うるせぇ…うるせぇうるせぇうるせぇえ!てめぇが悪いんだろうがっ…!あの日、てめぇが俺を見捨てやがったから…!」

「……………」

「だから俺は…っ!」

『俺とナマエはずっと一緒だよ…!』

朦朧とした意識で、ある一点を見つめたまま鬼は自分に言い聞かせるかのように強く叫んだ。少し離れた場所で鬼に対して哀れさを含んだ視線を向けている自分の脳裏に、あの暑くて眩しかった幼い記憶が走馬灯のように蘇る。鬼の身体に突き刺さっている風車が強い風に揺れたその時、決して思い出したくはなかった苦い想い出に縋り付くつもりはもうないのだと、必死に自分に言い聞かせていた。




『助けて…!!ナマエ、助けてくれっ…!』

ジリジリと、肌が焼け焦げるかのように暑い。まだ幼かったあの頃、毎日のように母の畑仕事を手伝っては来る日も来る日も母の背中をついて回った。あの頃酒に溺れ、荒々しい性格の持ち主でもある父を憎しみで一杯にしながらも、貧しい貧困生活を余儀なくされていた。兄弟もおらず、頼れるのは最愛の母1人だけ。それでも私は女手ひとつで立派に育ててくれた母を今でも誇りに思っている。そんな暗い家庭環境だったせいもあるのか、口下手で友人も余りいなかった当時の私は、人には一切寄り付こうとはせず、唯一亡くなった祖母から貰った風車に息を吹き掛けて1人で気分転換をするのが大好きだった。

「お前、いつも1人で居るなぁ!寂しくねーの?」

その日も仕事を終えて、夕陽が沈みそうな夕暮れ時に、背後からある1人の少年に声を掛けられた。川辺に腰を下ろして、手にしていた風車を風に靡かせながらもぼんやりと前を見据えていた私の肩が大きく飛び跳ねる。ゆっくりと声がする方へ頭だけ反転をさせて視線を向けたそこには、ニカっ!と太陽のように白い歯を出して笑う同い年ぐらいの男の子が立っていた。

「お前、名前は?」

「ナマエ…」

「ふーん…ナマエか!良い名前だな!……あ。てかそれ風車じゃん!いーなぁー!楽しいよなそれ!」

「……………」

そう言って、ごく自然に私の隣に腰を下ろした少年は後頭部に腕を廻して「羨ましいなぁ!」と明るく笑った。どこの子だろう…見た事ないな。そんな事を考えている私に少年は距離を詰めて「俺、最近この辺に越してきたんだ!宜しくな!」と小さな掌をすっと私に差し出した。

「よ、良かったら…使う?これ…」

「えっ!良いの!?」

「うん…私は毎日これで遊んでいるから…だ、大丈夫…」

「まじか!じゃあちょっとだけ借りるな!ありがとう!」

差し出した私の手をギュ、と強く握ってそのまま私から受け取った風車に少年はふぅと大きく息を吹き掛けた。カラカラと錆びれた音をたてて廻る風車に目を輝かせた少年は「すっげぇな!楽しい!」ととても嬉しそうに笑った。その笑顔に自然と自分の頬も緩む。ニコニコと少年を見つめていた私の視界の端に小さな小指が現れ、頭の中で沢山の疑問符を並べていた私に少年は純粋無垢な笑顔でこう言った。

「俺とナマエはずっと一緒だよ…!」

指切りげんまんをされて、半ば強引に約束を誓わされたあの日はとても暑かったと今でもよく覚えている。絡められた小指を無言のまま見つめている私に少年は「約束な!」と頬を綻ばせて満足そうに笑った。出逢って早々、そんな事を宣言されたのは生まれて初めてだ。期待しない、明日を見ない。暗い暗い現実を生き抜いてきた私には、このぐらいの寂しさが丁度良い。そう、思っていたのに。

「あ、あり…がとう…っ!」

差し出されたその手は、涙が出る程暖かくて、けれどもそれ以上にとても嬉しかった。それから何年もの月日を重ねて、私達は事あるごとに2人で遠くに遊びに出掛けた。ある日はタンポポが沢山咲く緑地の中へ。またある日はせせらぎが響く穏やかな川の浅瀬へと。至る所へ2人で手を繋いでは色んな場所へと赴いた。彼は少年から青年になっても当たり前のように私の隣に居てくれて「退屈しないの?」とある日聞いたら「そんな事考えた事さえない!」と穏やかに笑っていた。

「ナマエ!こんな所にいたのか!」

あの日もそうだった。いつものように川の浅瀬で風車を風に靡かせて、私は遠くから走ってくる彼に対して大きく手を振った。「こっちだよ!」と笑顔で呼び寄せた私が今日は何処に遊びに行こうかと笑顔で彼に詰め寄る。ナマエの好きな所に行こう!と屈託なく笑う彼の左手を握り締めて前に一歩踏み出したその時。荒々しい強風が突如吹いて手にしていた風車が空高く舞い飛んで行ってしまった。それをぼんやりとした視線で行方を追っていた私の横から勢いよく駆け出した彼の後ろ姿に「いいよ!大丈夫!」と私は強く叫ぶ。

「良くない!あれはお前が幼い頃からずっと大切にしていた物だろう!」

「……………」

「大丈夫だ!絶対この川の底にある!」

そう言って、バシャバシャと派手な水音をたてて川の中へと入って行った彼は、暫くの間必死に私の風車を探してくれた。風が、少し冷たい。相変わらずジリジリと太陽は私達2人を照らしているけれど、そろそろ秋が到来するのかもなぁ。と、そんな呑気な事を考える。川縁の草の上に腰掛けて頬杖をつき、少し遠くに居る彼の姿をぼんやりと見つめていた私。引き続きあっちでもないこっちでもないと捜索をしてくれている彼の姿を遠くから眺めていた。

「あった!あったぞナマエ!」

「本当に!?ありが、…!」

嬉しそうに目尻を下げて、手にしている風車を青空に突き立てた彼の身体が、一瞬で私の視界から消えた。お礼を言おうと声を張り上げたその時、え?と小さな声が漏れる。疑問に思う暇もなく、原因を探っていると視界の端に川の中から此方に助けを求める彼の叫び声が聞こえた。

「助けて…!!ナマエ、助けてくれっ…!」

川の激流にのまれた彼の大きな手が、此方に助けを求めながら水の中へと沈んでいく。直ぐに助けを呼びにいこうと踵を返したが、それよりも先に自分が助けに行かなければと自らの考えを改めた。少しでも重さを無くそうと羽織を脱ぎ捨て、荒い息を吐きながら冷たい川の中へと一目散に足を踏み出す。

「何やってんだお嬢ちゃん…!危ねぇ!」

「離してっ…!!彼を助けなきゃ…!」

「もう遅い…!ありゃもう助からねぇっ!」

あと一歩で川の浅瀬に入る!といった時に、背後から現れた見知らぬおじさんに腕を掴まれて待ったを掛けられてしまった。それでもその腕を振り払おうと右に左にと全力で私は身を捩らせる。

「大切なのっ…!!彼は…!」

『俺とナマエはずっと一緒だよ…!』

そこまで口にして、ずっと我慢していた大粒の涙が頬を伝った。脳裏に過ぎる、彼と初めて出逢った日の事。約束を交わして、数えきれない程同じ時を過ごした。雨降る日には2人で雨宿りをして、星降る夜には彼との未来を切に願った。

「彼は…っ!私の唯一の…大切な友人なの…っ!」

最期に絞り出して口にした言葉はとても小さく、弱々しかった。膝から崩れ落ちた地面に頭を俯かせて、大粒の涙が地面を濡らしていく。この世に神も仏もいやしない。そこにあるのは、ただ絶望だけだ。暗い闇に引き摺り込まれそうな私をそっちじゃないよと導くように、ジリジリと私を照らす太陽がやけに眩しくて、苦しくて。その日、私は生まれて初めての後悔と懺悔の本当の意味を知った。





「陽が落ちて、お前に見捨てられ、死にかけていた俺をあの方は見事に救ってくれた」

「……………」

「そして同時に俺に強さを与えてくれた…!ナマエ、裏切り者のてめぇをぶっ潰せるそんな力をなぁ!」

怒りに震えた鬼が身体中を真っ赤に染めて、再び風車に白い息を強く吹き掛けた。先程とは比べ物にならない程の強い風圧が私の目の前に憚り、それを喰らうまいと炎の呼吸を使って攻撃を避ける。心なしか息苦しい。肺が痛い。思わず咳き込んだ私の前に、隙を与えず鬼が前方からもの凄い加速をつけて迫り来る。

「鬼になったからってなに!?それが強さと比例するだなんて誰が決めたの…!?」

「あぁっ!?」

猛進してくる鬼に刃を振るいながらも、私は強くそう主張した。風に塗れて襲ってくる鬼の猛攻撃に思わず膝をつきそうになってしまう。けれどこんな所で負ける訳にはいかない。挫ける訳にもいかない。絶望に打ちひしがれていたあの頃の自分を乗り越えた今だからこそ出来る事だって必ずある筈だ。

「あんたの強さは偽物よ!幻想よ!何一つ得るものなんかないっ…!」

「ちっ…黙れ黙れ黙れ黙れぇえええ!ぶっ潰してやる!殺してやる!俺はその目標を糧に今日まで鬼として生きてきたんだからなぁ!」

「……っ、人であった頃の自分を捨ててまで、鬼に成り下がった自分に恥を知りなさい!」

「黙れつってんだろぉがぁあ!」

遂に怒りの頂点に達したのか、毛を逆立てて怒り狂う鬼の血鬼術が勢いを増した。次の瞬間、鬼の身体中に突き刺さる全ての風車がカラカラと右回転し始める。より一層強まる風圧に面食らい、空高く吹き飛ばされた私の身体が一気に地面へと振り落とされた。もう駄目だ…私の声は彼には届かない…!殺られる!ギュっと強く瞼を瞑り、次にくるであろう攻撃に死を悟った。

「炎の呼吸 弍ノ型 昇り炎天!」

直ぐそこまで迫り来ていた鬼の腕を下から上へと猛炎が切り裂いていく。その赫く燃える業火の中、私の目の前にある一つの影が覆い被さり、炎の型を身に纏った羽織が風に揺れていた。その背中を目に焼き付けた瞬間、私はこの人に本当の強さというものを教えられたのだと、安堵からくる一筋の涙を頬に流した。

「うーむ、竈門少年から報告を受けていた話とはやけに違うな!」

「れ、煉獄さんっ…!」

「俺は縁日に行くと、それしか聞かされていない!」

「す、すみません…っ!」

地面にうつ伏せの状態で倒れ込んでいる私に振り返った煉獄さんが「よもやよもやだ!」とお決まりの台詞を口にした。死を覚悟した直前、脳裏に過った煉獄さんの顔を確認した瞬間、馬鹿みたいに安心をして子供みたいに大声で泣きじゃくってしまった。そんな私に困ったように眉を下げて笑った煉獄さんが「よく頑張ったな」と優しく頭を撫でる。その優しさがより一層泣けてきて、馬鹿の一つ覚えみたいに「煉獄さん、煉獄さん」と彼の名前を繰り返し呼んだ。

「鬼の青年!君は強さを何と心得ている?」

「………あぁ?」

「ただ目の前にある全ての物に打ち勝つ事だけが強さではない。君とナマエとの詳しい関係性は分からないが、鬼になってしまった君を真正面から受け止めて刃を振るう彼女を俺は強さに値すると考える!」

「何言ってやがんだてめぇ…」

鬼に背を向けた状態で、そう強く意見を口にした煉獄さんの暖かい手の温もりが私の頭からゆっくりと離れていく。そうして跪いていた腰を上げて踵を返した煉獄さんの大きな瞳が目の前に立つ鬼へと冷たい視線を向けていた。

「君の強さは、所詮作り物だ。何一つ自分の力で得た物ではない」

「はっ…まぁそうかもなぁ!何せ俺はあの方に多くの血を分けて頂いたんだからなぁ!」

「……ナマエ、立てるか?」

「!は、はいっ…!」

「君が彼を切るんだ」

「…………え?」

名前を呼ばれて、直ぐ様そこに立ち上がった私に煉獄さんは前を見据えたままそう小さく指示を出した。どんな表情でそれを口にしたのかは分からない。けれど目の前で身体中から闘気を纏わせている煉獄さんが、怒りに満ち溢れているのだけは分かった。

「彼を切って、過去と決別をして、責務を全うするんだ」

「……………」

「それが結果的に君の強さに繋がると、俺はそう信じている」

「………はいっ!」

安心しろ、後方は俺が守る!そう言って、煉獄さんは私の腕を引っ張ってポン!と強く前に背中を押してくれた。振り返るな。前だけを向け。まるでそう後押しをしてくれるかのような煉獄さんの優しさに、ジワリと涙が滲む。

「………ごめんね。あの時助けてあげられなくて」

「…………あぁ?」

「ずっと一緒だよって…そう言ってくれたのに」

彼と本当の意味での別れが近いと悟った瞬間、日輪刀を握り締めていた手が小刻みに震えた。地面に顔を俯かせたまま、草原の中を2人で手を繋いで駆け抜けたあの幼い記憶が脳裏に過ぎる。けれどそれとは真逆に綺麗な想い出は想い出のまま箱の中に納めた方がいいのだと、そうようやく気付けたから。

「後悔した。絶望も味わった。……だけどそれ以上に罪なき人達を脅かす存在のお前を…っ、…私は絶対に許さないっ…!!」

「!」

そう強く声を張り上げて、低い体制で構えに入る。そのまま一気に地面を蹴り上げて鬼へと猛進して行った。私に攻撃をされると悟った鬼が再び血鬼術で凄まじい風圧を上げて私へと攻撃を仕掛けてくる。けれどその迫り来る風を上手く交わしながら、辿り着いたその先に待ち構えていた鬼と対峙した瞬間、何故だか涙が溢れ落ちた。

『俺とナマエはずっと一緒だよ…!』

「炎の呼吸 伍ノ型 炎虎!」

烈火の虎が目の前の鬼に噛み付くかのように激しい衝撃を与えて一気に頸を掻っ切った。ゴトン!と鈍い音をたてて地面に転がった鬼の頸。荒い呼吸を整えて振り返ったそこには、大粒の涙を流しながら徐々に消えていく鬼の顔があった。

「ナマエよ…あの頃、俺の側に居て幸せだったか…?」

既に半分程散っている鬼の瞳には、地面に横たわっているせいか上から下へと流れるように涙が溢れ落ちていた。それに比例するかのように同じように涙を拭う私に、鬼は小さく語り掛ける。

「うん…幸せだったよ…っ…」

「そうか…そうか…」

「……っ、」

「なら良い…」

そう最期に一言言い残して、鬼の顔が散ったその瞬間、膝の力が一気に抜け落ちて地面に顔を俯かせた。再び馬鹿みたいに泣き叫ぶ私に大粒の雨が頭上から降り注ぐ。肩を濡らしてそこに蹲っていた私の腕を誰かがそっと優しく掴んだ。

「過去を乗り越えて、前を見据える君は誰よりも強き者だ。そんな君を俺は心から誇りに思う」

「れ、煉獄さん…っ!」

「君はいずれ俺をも凌ぐ剣士になるだろう。流石俺の自慢の継子だ!」

そう言って、穏やかに笑ってくれた煉獄さんに雪崩れ込むように一気に抱き着いた。ワンワンと泣き崩れる私に煉獄さんはそれ以上何も口にする事はせず、ただただ優しく背中を撫で続けてくれた。大粒の雨が勢いを増して煉獄さんと私の2人の身体を濡らしていく。やがて徐々に雨が上がり、雲の隙間から現れた月が、鬼の側に転がっていた古びた風車を控えめに照らしていた。



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