05.寄り道にはご注意を



最後に父親に会ったのは、6歳の時。

その日はとても寒くて、夕方から気温が下がったせいかチラホラと雪が降り始めていた。紅色の暖かいマフラーと、毛糸の手袋をはめて、二人で公園に出掛けた事を今でもよく覚えている。

『パパー!早くー!』

公園内に積もりだした、真っ白でフワフワした雪を早くこの掌の中に入れたくて、自分より少しだけ後ろを歩く父親を笑顔で呼び寄せたんだ。

『ナマエ、ここに大きい雪だるまを一緒に作ろうか』

屈託のない穏やかな笑顔で、そう優しく私の名前を呼ぶ父親の顔も、今となっては朧げではっきりとは思い出せずにいる。






「釣れねぇなぁ…」

「釣れないねぇ…」

「釣れると思ってたのになぁ…」

はぁ。と、船の先端に肩を並べて座っている三人が、同時に重たい溜息を吐いた。冬島も近いという事もあり、ガチガチに巻き付けたマフラーと、これでもか!というレベルの厚着をした3バカは遠くに見える水平線を見つめながら無念な想いを口にした。

「お前ら知ってるか?次上陸する島はな、夢の島って言われてるらしいぜ」

「夢の島!雌のクマいるかな!」

「まじで!そんなのローさんと大人の関係になれる予感しかしない!」

「ねぇよ、バカ」

「ひぃっ!ローさん!いつからそこに!」

突如自分の右側から現れたローさんの気配と声に肩が竦む。毎度ながら予告なしに登場するローさんに、本日も元気に恋をしている私は、「はぁぁあーっ!かっっっこいい…!」とその場で叫んだ。相変わらず魚は1匹も釣れそうにはないが、私は安定してローさんに心を釣られている。どうですか?このまま二人で愛の逃避行でもしませんか?と、真剣に誘ってみたが「流れが意味不明だ」と秒で拒否られた。

「にしても、夢の島なんて…これまたヤケにメルヘンな言い伝えですねキャプテン」

「あぁ、虫唾が走るな。俺が一番苦手とするタイプの島だ」

「てことは私の出番ですね!実はこう見えて私、メルヘンな世界とか得意分野です!」

「メルヘンに得意も不得意もねぇだろ…」

アホか。至極冷静に重い溜息を吐いたローさんが自分と同じように遠くに見える水平線を見つめては面倒臭そうにそう呟いた。そんなこんなしていたら、いよいよその夢の島が近付いてきたらしい。それまで元気に釣りをしていたベポが珍しくキリっとした表情で船の操縦室へと姿を消して行った。

「………………ん?」

「あ?どうした」

「ロ、ローさん…!きました!」

「なにが」

「さささ竿!に!獲物が!」

今ァァァア!?と、叫んでいる私を横目に、ローさんは大きな左腕を伸ばして、私の肩を掴みグイっと力強く自分の元へと引き寄せた。一気にローさんとの物理的な距離が近くなり、下手したら彼の息遣いまで聞こえちゃう絶好のシチュエーションなうだ。何なら背後からローさんに全身をスッポリと包まれていて、側から見たら抱きしめられている状況に近い。死ぬ!色んな意味で!てか最早魚とかどーーでもいい!頼むシャチ!カメラ持ってきて!

「わわわっ!ローさん…!雑!」

「るせぇな。良いから黙って俺に寄りかかってろ」

次の瞬間、大きく片腕を振り上げたローさんと私の目の前に、ザバァァアン!と大きな波がその場に打ち上がった。そして同時に2人して固まる。時が止まる程の一時停止って、正にこの事だと思った。

「ちょっとォオオ!もーちっと優しく釣り上げてよねぃ!オカマはデリケートなんだからっ!」

「………………」

「………………」

大物の魚だと思って釣り上げたそれは、何故かデカい図体をしたオカマだった。痛い痛いと不満を主張するその謎のオカマに、ローさんは真顔で腕を振り下ろし再び海の中へと沈めていた。その行動に焦った他のクルー達は、全力で拒否反応を示しているローさんを宥める事に必死のようだ。

「………いやでも何でオカマァアアっ!?」

冒頭からツッコミたくて仕方がなかった台詞をちゃんと口にしたそれは、広大な海のど真ん中に大きく響き渡った。と、思う。いやまじで。





「紹介が遅くなってスワンスワン!あちし、ボン・クレー!ボンちゃんって呼んでよねぃ」

「…………オカマだ」

「オカマだな」

「あぁ、どう見てもオカマでしかねぇな」

「………スワンスワンって。シンプルに笑うわ」

あれからどうにかしてローさんを宥めて、なんだかんだ再び海から引き上げた謎のオカマは、船の甲板に正座をしたままナチュラルに自己紹介を始めた。話を聞くと、どうやら何らかの任務の途中で荒波に揉まれてしまい、仲間達とはぐれたとの事だった。どこの組織にそんなド派手な変態衣装を見に纏った奴がいるんだと心の中でツッコんだが、心優しい私は敢えてその言葉を口にはしなかった。とりあえず、顔も姿も何もかもが可笑しい。

「ボンちゃん、私達今から近くの冬島に行く予定なんだけどボンちゃんもそこが目的地?」

「そーよぅ!あちしもその島に用があんのよぅ!」

「何の用だ。オカマ野郎」

「ローさん!塩対応すぎますよ!」

もっとオブラートに包んで!そう注意を促しながらも目の前に座るボンちゃんへと視線を戻した。「あんた、良い女ねぃ」と呟いた彼…いや、彼女は何故か大粒の涙を頬に流して感動に満ち溢れているようだった。ま、まさかとは思うが…この人良い人!?

「任務の内容は言えないけどぅ、安心してちょうだい!あんた達には手は出さないわっ!」

「ボ、ボンちゃん…!」

「あ、兄貴!」

「誰が兄貴じゃい!姉貴って呼ばんかいワレ!」

とんでもなく低い声でシャチの発言にツッコミを入れたボンちゃんは、もう目と鼻の先に見える冬島に向かってお尻をフリフリしながら「あちし回る!回る回る!」とクルクルとその場で高速回転を披露した。アン・ドゥ・オラァ!という謎のバレリーナみたいな掛け声と共に。

「てな訳であんた達世話になったわねぃ!あちし、この御恩は忘れないっ!いつかこの借りは返すわよーう!」

そう言い残して、勢いよく島の浜辺に降り立った謎のオカマならぬボンちゃんは、最後に漢泣きをしながらグッ!と親指を立てて島の中へと姿を消して行った。………何だったんだ、あのオカマは。全員一致でそう心の中で思ったのは、最早説明するまでもない。





「ヘッブシ!あー…!寒ぃ!」

「寒いな」

「寒いね」

「うん、寒い」

「…………」

無事に島に上陸して早々、我々ハートの海賊団一行は島内の中心街へと向かっていた。浜辺に降り立った瞬間、何故かそこに仁王立ちで立っていた執事の姿をした熊のぬいぐるみ達に「ようこそ!ホープ島へ!」と手招きをされて盛大に迎えられたのは記憶に新しい。何故ぬいぐるみなのに動けるのかとか、何で喋れるのとか、不思議な事でいっぱいだったけれど、とりあえず熊達に「街の中心街に行くといいですよ!」とオススメされたので今に至るのだ。

「キャプテン、俺何でこの島が夢の島って言われてるのかが分かりました」

「あ?」

「寒すぎたら人間って、人肌恋しくなるじゃないっすか。だから暖を取るために、その辺の女を好きに口説いていいっていう島だと思うんすよ。俺」

「絶対違うだろ、それ」

ローさんの代わりに、シャチに真顔でツッコミを入れたペンギンの発言に笑えた。物凄く都合の良い解釈を口にしたシャチは、「だったら何だってんだよォオオ!」と喚いている。それを無視してスタスタと足早に前を歩くローさんの隣まで小走りで近付き、「ローさん」と声を掛けた。

「なんだ」

「雪だるまでも作りません?」

「作らねぇ」

「じゃあ雪合戦」

「却下」

「カマクラつくるとかは?」

「無理な話だな」

「もー!まじ塩!好き!」

なんでだよ。そう背後からクルー達の声が聞こえてきたが、絶賛私のテンションは爆上がり中である。だって夢だったんだもん。好きな人と雪道を歩くこの感じ!何かカップルってこういう意味の無い会話とかよくしてるイメージあるじゃん!

「てか、わー!着いたぁー!めっちゃキラキラしてる!めっちゃイルミネーションある!やばっ!綺麗ー!ねぇねぇローさん!ちょっとここに立ってください!シャチ!カメラ用意!」

「おう!」

「行くぞ。景色に誤魔化されて油断してんじゃねぇ」

ディスプレイされた木のイルミネーション前で、一人ポーズを決めていた私を追い越して行くローさん。念願のツーショットの為にこさえた満面の笑顔が最早虚しい。だがローさんの判断は船長として正しい意見だ。とりあえず写真は後回しにして、前を歩くローさんの背中を追った。




「あ、また降り出した…」

ヒラヒラと、上空から舞い落ちる粉雪が私の右頬に落ちて、そうして一滴の滴となり姿を変えた。あれからすっかりと夜も更けて見上げた夜空には沢山の粉雪が次から次へと降り注いでくる。無意識に右手を差し出してタイミングよく掌に舞い落ちた雪を見つめながら、一人遠い記憶に想いを馳せた。

『行ってくる』

そう、最後に優しく頭を撫でてくれたのは心優しい父だった。フラッシュバックする幼い記憶に、私はいつまでしがみつくつもりなんだろうと、ぼんやりとそんな事を考える。

「どうした、気分でも悪いか」

「…………え?」

その掛け声に一瞬で意識が現実へと戻った。次に視線を横に向けると、目の前には超イケメンのローさんのドアップが。思いもよらぬその状況に「わぁあっ!」と思わず叫んで一気に距離を取る。そして派手に転んだ。

「おい、平気か」

「は、はいっ…!何とか…!」

「何やってんだよナマエお前ー。ほんっと鈍臭ぇなぁ!」

「あははは!いやー本当にね!自分でも思ったそれ!」

「………………」

何となく気不味くて、尻餅をついた状態のまま後頭部に手をあてて頭を掻く。ローさんはそんな私を横目に此方に視線を送っているようだった。しっかりしろ私…!そう自分に言い聞かせてそこに腰を上げようと地面に手をつけたと同時に、誰かに勢いよく腕を引き寄せられた。

「来い」

「………えっ!?」

腕を引かれたと同時に耳元で小さく囁かれた声。犯人はローさんだった。他のクルー達をその場に放置して、ズンズンと私を何処かに連行していくローさんに「ど、何処に行くんですか!?」と吃りながらも声を掛ける。

「さぁな。適当だ」

「て、適当って…!ローさんって、意外とワイルドなんですね…!」

「お前にとってのワイルドの意味は訳が分からねぇな…」

「大丈夫です!私もローさんの行動は大体意味不明です!」

「……………」

あれやこれやと一人はしゃいでいたその先で辿り着いたのは、大広場内にドン!と土に埋められていた大きな木の真下だった。ほぇぇえ!とアホみたいな感想を口にした所で上から下まで舐めるように視線を送り、そしてまた頂上へと視線を引き上げた所で呆然とした。で、でかっ!でもめっちゃ綺麗!

「この木もイルミネーションされてるけど…これまた一段と凄いですねローさん!てかどうやって飾りつけられたんですかね…!?」

いやっでもまじでこれ凄くない!?綺麗すぎ!一人大興奮のままピョンピョンと地面を蹴り上げて喜びに浸っている私の横で、ローさんはクスクスと声を押し殺して笑っていた。こんな子供みたいに笑う顔…初めて見た。可愛い…

「元気出たか」

「………え?」

「お前、たまに急に暗くなるだろ。いちいち訳は聞かねぇが個人的には気になる」

「ローさん…」

「お前のその悩み、いつか解決出来たらいいな」

そう言って、困ったように笑うローさんの大きな手がそっと優しく私の後頭部に触れた。幼い子供をあやす様に、二、三回頭を撫でて最後に微笑んだ彼は、目の前に存在している大きな樹木へと視線を上げた。きっとローさんは、口にした通り理由は絶対に聞いてこないんだろう。気になる、と素直に伝えてはくれるものの、その先は此方が完全に心を開かない限り足踏み状態のままでいてくれる人だから。

「雪がね、好きなんです…私」

「………へぇ。奇遇だな。俺も雪は嫌いじゃねぇ」

「へぇ〜…それこそ意外です。さっきは反応が薄かったのに」

「あんな犬みたいに寄ってこられたら誰でもああなるだろ」

「犬って…ワン!」

「黙れ、アホ」

ローさんの的確なツッコミがやけに面白くて、二人して肩を並べたまま笑みが溢れた。キラキラと光る青いネオンのライトに惹かれて、より一層心は踊っていくばかり。好きだなぁ…毎日毎日それこそバカみたいにローさんに惹かれていく。ぶっちゃけ最初はただ顔がタイプだっただけだけど、今じゃもう何もかもが大好きだ。

「お熱いわねぃ!お二人さん!」

「!ボンちゃんっ…!い、いつから…!?」

「離れろ…その顔での超ドアップは気味が悪いにも程がある」

背後から聞き覚えがある声がして振り返ると、まるで亡霊のようにそこに立っているボンちゃんがいた。私達二人の肩に手を置いて、うんうん!と何故か涙を流して頷いているボンちゃんに、ローさんは全力で明後日の方向を見ながら無いものとしたい様子だった。

「あんた達知ってるぅ?この木にはねぃ、ある一つの言い伝えがあんのよーう!」

「「言い伝え?」」

そう!言い伝えよぅ!ボンちゃんは眉間に皺を寄せたまま、チッチッチッ!と人差し指を左右に揺らして不敵に笑った。

その昔、この木には守り神と言われる精霊達がいたのよぅ!晴れの日には緑が育つように沢山の栄養を。雨の日には人々の苦い想い達をこの木が全て受け止めて洗い流していくように。大地に根を張って基盤を立て、大きな風が吹いたその時、この街に住む人々全員に幸福が舞い降りるようにとそんな願いを精霊達が運んでいたと聞くわ!

そうツラツラと、得意げにボンちゃんは人差し指をかざしながらも説明を続けてくれた。せ、精霊…!そんな究極に可愛い存在には一つも出逢った事はないが、想像しただけで萌える!

「へぇっ…!素敵だねぇ!」

「はっ…嘘臭ぇな」

「でっしょーう!?でもねぃ、ある日不思議な事件が起きたらしいのよぅ!」

「………えっ!なに!?」

「…………」

「それがねぃ…」

その日は突然訪れた。いつものように、精霊達が幸福を人々の元へと運んでいる最中に、次々と精霊達が行方不明になるという事件が起きたの。勿論、精霊の長であるルイという大精霊は、原因を確かめる為に事の発端である一番最初の事件を追ったというわ。

「でも結局事件は迷宮入りだったらしぃわよーう!まぁでもその後すぐに精霊達は全員この木の元に戻ってきて、何でか前以上にパワーアップしてたらしいけどねぃ」

「へぇ〜、それは良かったね!にしても一体何だったんだろうね…?確かに迷宮入りだなぁ…それ」

「まぁーただ強いていうならば、唯一犯人の残していった痕跡があるというわ!」

「痕跡…?」

「何だ、その痕跡とやらは」

「これよーう!」

「「?」」

次の瞬間、ビシィ!と強く、ボンちゃんは地面を指さした。丁度ローさんと私の2人が立っていた位置がベストポジションだったらしい。左右に横に逸れて、改めてまじまじと地面に目をやると、そこには大きな文字で一部こう書き連ねてあった。

『ターコイズブルーに光る遠雷の中、最果ての場所にて我は待つ』

「……………ターコイズ、ブルー」

「………………おいナマエ、」

「!は、はいっ…!」

「お前、この文字が読めるのか」

「え?あぁ、はい…勿論」

「これ、何て書いてやがる。俺にはさっぱり読めねぇ」

「あちしもさっぱりよーう!」

「えっ!?」

至極冷静に真顔で地面を指差したローさんの発言に目が点になってしまった。………えっ、えぇっ…!?読めないのぉ!?2人ともぉ!?まじかっ!

「…って、あ。そっか!確かにこれ、私が元にいた世界での文字だもんね。いやー!そりゃローさんとボンちゃんが読める筈がないですよねぇ!あはははは!」

「はははじゃねぇ。…そもそも何でこんな文字がここに刻まれてやがる。異世界の文字だとしたら、色々とつじつまが合わねぇにも程があるだろ」

「ねぇ、ボンちゃん!」

「なぁーにぃ?」

不機嫌そうに眉を寄せて、腕組みをしたまま考え事をしているローさんを軽く放置して、踵を返してボンちゃん側へとゆっくりと振り返る。無意識に目尻にジワリと浮かんだ涙を堪えて、私は口角を上げ微笑んだ。

「精霊さん達、結果最終的にはどうなったの?」

「ん?今も幸せに暮らしてるそうよーう!まぁ、心が綺麗な人間にしか見えないそうだけどぅ!って事はあちし、心が汚ねーから無理だわねぃ!」

「じゃあローさんにも無理だね!」

「お前にだけは言われたくねぇよ」

冗談です!そう口にして、ローさんの大きな背中に背後から勢いよく抱きついた。密かに一人、零れ落ちた一筋の涙が、ヒラヒラと舞い落ちる雪達が掻き消してくれる事を切に願った。

「んもーう!若いっていいわねーい!」

ジョーーウダンじゃないわよーう!そう言って、両足を交互に夜空に伸ばして謎のダンスをかましているボンちゃん。面白いにも程がある。そんな事を考えている傍らに、ローさんの腰に廻している自分の腕に、もう一つの暖かい手がそっと添えられた。

「ローさん…?」

「確かに夢の島だと言われてるだけはあるな」

「え?」

「不思議な言い伝えに、不思議な話。何一つ確かな物はねぇが…人はそんなハッキリとはしねぇ何かを追い求めては、結局はそれを夢と呼ぶのかもな」

「…………ですね!」

「ナマエ、」

「………?」

穏やかな声で、顔だけ反転させたローさんが目尻を下げて小さく笑った。思わずそのイケメンすぎる表情に見惚れていると、タイミングよくヒラヒラと舞い落ちた粉雪が私達二人の間を通り過ぎて行く。

「大丈夫だ。お前は俺が守る」

「……………」

「元の世界に、お前が戻る……その日までな」

「……………」

ボンちゃんの話によると、どうやらこの木の前に辿り着いた者は、一番強い願いがいずれ叶うという古い言い伝えがあるらしい。それが本当か嘘かだなんて今はどうでも良い。ただ、目の前に居るローさんと。『大丈夫だ』と優しく微笑んでくれるローさんの隣に、ずっと居れたらと。願いとは名ばかりの矛盾した想いで、その時の私の胸の中はいっぱいだった。

「で?結局地面には何て刻まれてたんだ」

「………えへへ!内緒です!」

「あぁ?てめぇ、何勿体ぶってやがる。さっさと吐け」

「ヤダよーーん!」

「ちっ。くそガキが…」

夜空から降り注ぐ大量の粉雪が、積もり積もって人々の晴れない心を覆い尽くす日もあるだろう。だけどきっと、それは必ずいつか溶ける。雪が溶けて、春が顔を覗かせる頃もローさんの側に居たいと、そう願わずにはいられなかった。

「ローさん!」

「あぁ?」

「クルーの皆んなで、こーーんなに大きい雪だるま!一緒に作りません?」

ニコニコと、曇りのない笑顔でローさんを諭す私。相変わらずそんなに乗り気にはなってくれないローさんだけれども、なんだかんだで優しい彼は「はぁ、」と小さく溜息を吐き、こう口にした。

「好きにしろ…」

よーし!じゃあさっさと皆んなの元へと戻りましょう!そう意気込んで速攻、何故か何にもない場所で脚がもつれ真っ白な雪の上に覆い被さる形で一人転げた。そんな鈍臭い私の姿に再び子供のような笑顔で笑ったローさんにつられて、私の表情も一気にフニャリと笑みがこぼれ落ちる。まるでそれは、この夜空から舞い落ちる、粉雪にように。シンシンと、降り積もる。同時に、好きも積もる。きっとこの想いだけは、一生溶ける事はないんだろうなと、ふと、そんな事を思った。



『TO・ナマエ。

元気にしているか?父さんは今この大きな大樹の前で一人、お前の事を想ってこの文字をここに刻んでいる。

いつか大きくなったお前に再会出来る日を今から心待ちにして、ターコイズブルーに光る遠雷の中、最果ての場所にて我は待つ』






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