04.ようこそ、未知なる世界
「え?カナヅチ?」
手にしていた練り香水を棚に置いて、隣に居るシャチへと視線を向けた。アットホームな雰囲気が売りの店内に、数少ない客が嬉しそうに商品を眺めている中、シャチは何故か得意げに「そーだ!」と深く頷いた。
「えっ、なんで?」
「何でって…そりゃあー悪魔の実のせいだなー」
「悪魔の実?…って、なに?」
聞けば、この世界に存在している不思議な能力を持った実だとシャチが説明してくれた。詳しい事は省くけど、要はその実を食べてしまうと、もの凄く強い能力を得る代わりに、それを食した人間は海に嫌われる体質になるとの事だ。
「へぇー、だからローさんはカナヅチってわけ。えー?何か意外…!あの人にそんな弱点があるとか」
「まぁー、つってもキャプテンの場合は大抵自分の能力でその弱点さえも回避できるからなぁー。弱点があってないようなもんかもな!」
「ふーん?」
人差し指をピン!とかざして、誇らしげに結果論を述べたシャチが何だか可愛く思えて自然と笑顔になった。シャチもそうだけど、ペンギンとか他の船員も本当にローさんを心から信頼していて、日に日にその絆の強さが目に見えてくる。
「にしても、この島に宝なんか本当にあるのかよ。平和すぎてヘソで茶がわくぜ」
「暇ならローさん達と一緒に酒場に行けば良かったのにー。シャチ、お酒大好きじゃん」
「は?馬鹿お前。俺はあーんなむさ苦しい集団といるぐらいなら、女との時間を選ぶっつーの!」
「悪かったな、むさ苦しい集団で」
「!ヒィっ…!キャ、キャプテン…!?」
「ローさん!」
「………………」
もんの凄く不機嫌そうな表情で突然登場したローさんは、背後からシャチの肩をガシっ!と捕まえて、不気味な顔でニタリと笑った。勿論、この時点で完全に死亡フラグがたったシャチの顔は一気に青ざめている。
「おい、てめぇら…」
「!は、はいっ…!」
「?」
「なに上陸して早々、勝手な行動してやがる。誰が買い出しなんざ頼んだ」
「い!いやぁ〜…それがですね、キャプテン。ナマエがどーーーしてもこの店に行きたいって言うもんすから、俺は仕方なく…しかたなーく!連れてきてやった次第で…!」
「あぁ?聞こえねぇな」
「じゃ!ナマエ!また後でな!俺まだ死にたくない!」
「うん!それが一番賢明な判断だと私も思う!」
コクリ。2人同時に頷いて、ローさんにはバレないように暗黙の了解だと言わんばかりにアイコンタクトを取った。シャチは一目散にローさんから距離を取り、「俺!この辺の情報収集に行ってきます!」と踵を返して店を後にして行く。その後ろ姿に私は心の中で彼に親指をたて、……シャチよ!達者でな!と密かにエールを送った。
「で?」
「え?」
「どれが気に入った、この中で」
さっきよりは怒りが落ち着いたのか、此方に反転したローさんが無表情でサラっと質問をしてきた。えっ!まさか……買ってくれるんですか…!?まじで!?
「いらねぇんなら、さっさと出るぞ」
「!い、いるいるいるっ!はい!いります…!」
「どれだよ」
「こ、これ…!この練り香水…!」
「レジに持っていけ」
「は、はいっ…!」
全く予想してなかったサプライズに、フラフラと足取りがおぼつかない中、言われた通りに1人レジへと進む。そんな私の直ぐ後ろをついて来たローさんは、スマートに支払いを終えて店のドアへと向かっているようだった。……な、なんって男前!なにこれ、最早死ねる!(萌えすぎて)
「良いピアスをしてるねぇ、お嬢さん」
「……………え?」
「それ。あんたが今してるピアス。それはかなり価値があるように見える」
「なんだ婆さん。急に」
「……………?」
店を出る直前、恐らく店の店主であろうお婆さんがローさんと私に声を掛けた。足が少し悪いのか、椅子に腰掛けたまま杖をついているお婆さん。あまりにも自然に問い掛けられたもんだから、まさか自分に対してのコメントだとは思いもしなかった。
「昔、いたんだよ。そのピアスによく似たものをつけた男がね」
「……………」
「で?」
「ある雨の日だった。その日は天気が悪いせいか、あまり客足が少なくてねぇ。私は店の看板を下げようと店の前に出たら、運悪く足を滑らせてしまって、転んでしまったんだ」
「………………」
「………………」
「はじめはただの捻挫かと思ったんだが、どうやら打ちどころが悪かったみたいでねぇ。町医者に行こうにしても、何せ足が動かない。はて、どうしたもんかと悩んでいたら、ある1人の男が私の目の前に現れてこう言ったんだ」
『お婆さん、もう大丈夫ですよ。僕が治します』
何処か懐かしそうに語るお婆さんを前に、私の脳裏に一つの幼い記憶が蘇る。
『ナマエ、こっちにおいで』
「………………」
「男は私の膝に掌をかざして、何やら聞いた事がない言語を口にしたのさ。次の瞬間、何処からともなく風が吹き、彼の左耳にあるピアスがターコイズブルーの色の光を放ってねぇ」
「………………」
「………………」
「鮮やかで綺麗だったよ。気付けばその男の宣言通り、私の足は動くようになっていて、いつの間にか痛みも消えていた…という訳さ」
「…………そう、なんですね」
「……………」
「まぁ、生まれつき足が悪いから完全には治らなかったけどねぇ。……でも、私はあの男にとても感謝をしているんだよ」
そう、ニッコリととても柔らかい表情で笑ったお婆さん。そして肩を並べて立っているローさんと私を交互に見つめて、囁くようにこう言った。
「お前さん達は、これからどんな奴と出逢って、どんな未来が待ち受けているんだろうねぇ」
「…………まるで魔法だな」
「え?」
店を後にして暫く経過した頃、ローさんはまるで独り言のようにそう呟いた。町外れの道をゆっくりとした足取りで歩くその姿は、相変わらず凛としていてこっそり下から盗み見る度にドキっとする。
「さっきの婆さんの話だ」
「……あ、あー。確かに…!そうですよね…、」
「お前の血族じゃねぇのか」
「え?ま、まっさかぁー!ここは異世界だし、そもそも私がいた元の世界には、それこそそこら中に魔法使いで溢れてましたし……それに、私の血族にそんな立派な人はいません…!」
「………そう思ってるのはお前だけだったりしてな」
いや、寧ろお前1人だけイレギュラーな魔女なのかもしれねぇ。
そんな身も蓋もない毒をサラっと吐いて、ローさんはスタスタと歩く速度を上げた。ふと、その時見上げた空はとても蒼く澄んでいて、さっきのお婆さんが言っていたターコイズブルーの色とは、これに近いのだろうかと1人考えた。
「ローさん、」
「あぁ?」
「さっきは、香水本当にありがとうございました…!」
「ただの気紛れだ…いちいち礼なんざいらねぇよ」
ぼんやりと、空を見上げたまま口にした私のお礼に、ローさんは少しだけ照れ臭そうに返事を返してくれた。視線を元に戻して、真っ直ぐと見つめたその先にはローさんが居て。何かの引力に惹かれたかのように、私の胸はギュウ、と鳴る。
「好きですよ、ローさん」
「そりゃどうも。全くそそられねぇが…」
「それも今のうちだけですよ」
「はっ…言うな、くそガキ」
「えへへ」
晴れてクルーになって、最早日課のようにローさんに告っている私。(まぁ、初日から告ったけれども)やっぱり恋愛力が雲泥の差なのか、彼にはいつも綺麗に流されてしまう。…でも、良いんだ!それ以上に、ローさんやみんなに出会えた事が嬉しいから!
「宝見つけたら、ご褒美にギューしてくれます?」
「本当に見つけたらな…」
「っしゃぁああ!こーしちゃいられない!先を急がねば…!」
「おい、転けんなよ」
「大丈夫ですー!いざとなれば魔法で何とかするんでー!」
「…………魔法頼りかよ」
呆れた表情で笑うローさんもまた、ふとその場で青空を見上げていた。少し離れた場所からその姿を見つめながら、心の中で、ローさんもさっきの私と同じ事を考えてくれていたら良いな。…なんて、そんな事を一人思ったんだ。
「やべぇよ、遂にきたな!俺らの時代!」
「だね!まっさかこんな場所に宝箱の山があるだなんて…!一体誰が予想出来た事だろうか…!」
「ナマエ!」
「シャチ!」
ガシィ!と互いの肩を掴み合って、キラキラと目を輝かせる。その真ん中で参戦してきたベポも仲間に加わって、そして3人一気に頷きあった。そのまま一目散に抱き合い、男同士のような熱い友情を確かめ合う。
「行くぜっ!億万長者の道ィイイ!」
「そしてローさんと熱い抱擁の未来へとォオオ!」
「えーっと!じゃあー俺はシャケを死ぬほど買うぞォオオ!」
「いや、待て待て待て!現実はそんなに甘くは…!」
「ほっとけ、ペンギン。こいつらアホ共には聞こえてねぇよ…」
オープンザプライス!一斉に声を張り上げて、高まる期待を背に、私達3人(うち、1匹?)は一気に箱の蓋を開けた。頬を赤らめながらニッコニコの笑顔で開けたのは良いものの、次の瞬間、まるでゾンビのような表情へと成り下がり、そうしてまた現実というものを思い知る羽目となった。
「…………か、紙切れ一枚って…!?」
「は、ハズレって…!?」
「俺のシャケ大作戦は…!?」
「てめぇら、思い知ったか。現実なんざ、こんなもんだ」
最後に超冷静にそう言い放ったローさんの一言が決定打のように、より一層私達3人の悲しみは増した。ショックすぎて、最早声が出ない私の肩に、ダランと強く誰かの腕がもたれ掛かる。
「残念だったな、ナマエ。ハグはお預けだ」
「!ヤダー!そんなのォオオ!」
腕の正体はローさんだった。辛い現実を耳元で囁かれて、まるでそれを全力で否定するかのように、その場で大声で雄叫びを上げた。
それから三日三晩。ハートの海賊団の船内には、生きる屍のような女が目撃されたとかされないとか…まぁ、何はともあれ、まだまだ私の異世界での旅は続いていく。