03.恋って奴っすね



ーーーー良い子にして待ってるんだぞ、ナマエ。

父さん、必ず戻ってくるから。





「ねぇ、キャプテン。やっぱ突然死かなぁ」

「な訳あるか。食うだけ食って死ぬとかありえねぇだろ」

「いや、てかそもそも誰ですかこいつ」

「お!?俺今気付いた!この女そこそこ可愛いくねぇ!?」

「……………」

『だから何だよ』と、やんややんやと騒がしい声に囲まれて、眉根を寄せたまま1人「うぅん」と唸る。まだ意識はハッキリとしていないけれど、……いや。それでも私には分かる。ペチペチと頬を叩かれる音。わざと何らかの大きな光を私に向けているであろう眩しいこの感じ。終いには「さっさと起きろ」と頭上から降ってくる辛辣な台詞。間違いない、これ絶対全部ローさんだ。

「…!だーっ!鬱陶しい!」

「「あ、起きた」」

「…………」

謎の攻撃から逃れるように、その場に上半身を起こして盛大に叫んだ。そしてギロリと下から問題の人物を睨んでメンチを切ってみる。勿論、秒でローさんの気迫に殺られたものの、その後直ぐに「起きたのか」と呆れ気味に声を掛けられた。

「寝起き一発目のイケメン……ありがとうございます!」

「何言ってやがる。気持ち悪ぃなてめぇ…」

「ナマエー!ご飯食い散らかすだけ散らかして突然死んだように寝たからビックリしたよー!」

「食うだけ食って速寝とか…あれ。どっかの一味に似たような奴いましたよねキャプテン」

「あぁ…どっかのアホ船長にそっくりだな」

「はぁ…?何の事ですかそれ」

「んな事よりナマエ!俺シャチ!よろしくなっ!」

可愛い子大歓迎!

そう満面の笑みでこちらに握手を求めてきたキャップ帽の男に、上下左右にブンブンと両手を振り回されて目が回りそうになってしまった。ち、力強っ…!見た目と違って意外と力あるじゃねぇか…

「いやー、女のクルーなんてまっじで久々すぎて俺今まじやべぇー!テンションまじで高ぇの自分でもまじで分かんだけどっ!」

「まじでまじでうるせぇよ。語学力なさすぎだろ、シャチお前」

「うっせぇな!ペンギン!お前こそ実は内心ウキウキしてんだろ!?」

「ねぇねぇナマエ!シャケ食べるー?昨日俺すんごいデカいの釣ったんだー!」

「いやっ…!てか、ちょっと待っ…!」

「クルーじゃねぇよ」

「「「「……………えっ!?」」」」

「……………」

一言。ローさんがそう口にした瞬間、船内は分かりやすい程一瞬で静かになった。四方八方から大量のつき刺さる視線を浴びつつも、面倒臭そうに彼はゆっくりと冷静に口を開いた。

「別にこいつはクルーでもなんでもねぇよ」

「……………」

「ただ空腹さを満たしてやっただけの事だ。勘違いしてんじゃねぇ」

「……………」

「えっ…!えぇえーっ!?で、でもキャプテン!ナマエ異世界からやってきたって言ってるよ?仲間もいないよ?どうするの?こんな所で1人で!」

「そ、そーっすよキャプテン!そりゃ余りにも残酷ってか…ちっと可哀想すぎじゃ…!」

「知るか。そんな事俺には関係ねぇ」

「……………」

腹満たしてある程度満足したらとっとと出て行け。

そう言って、ローさんはその場に踵を返して食堂から出て行った。暫くしてバタン!とドアが強く閉まる。俯き気味に視線を床に下げながら、何となくフラッシュバックしかけた古い想い出を、そっと心の奥底に追いやった。

「ナマエ、平気…?」

「……うん、平気!ありがとーベポ。寧ろ変な誤解させちゃってごめんねー!また何処かで再会したらさ、シャケ食べさせてよ!」

「………うん」

「……………」

「さっ、じゃあまぁーそろそろ行きますかねー。ペンギン、シャチも、ジャンパールに他のみんなも!ありがとねー!」

バイバイ!

最後にニッコリと笑顔で笑って、船を後にした。砂浜に二つ脚で降り立ち、そのまま何となく見上げた空は、悲しい程蒼くて、綺麗だった。






「素直に言えば良いのに」

「あ?」

その夜、船長室にローと2人で酒盛りをしに来たペンギンが突拍子もない発言を口にした。ペンギンの、まるで何かを見透かしたかのような発言と表情にローの顔は曇る。

「何が言いたい、お前」

「この海は常に危険が伴っていて、自分達と一緒にいるのなら下手したら怪我だけじゃ済まない可能性もある。いつ死ぬかも分からないし、いつ終わりがくるのかさえも見えない旅なんだ。……って」

「……………」

「相変わらず、言葉が足りない人ですね。あなたは」

「……はっ、勘違いすんじゃねぇ。ハナからそんなくだらねぇ事考えてもねぇし口にする気もなかったよ」

「どーだか…」

「……………」

「あぁ、そうそう。この島、宿を探すにはここからひたすら西に真っ直ぐ行くルートしかないらしいですよ」

「だから何だ…」

「いやー、確か俺が最後にナマエを見たのは何の迷いもなく東に歩く後ろ姿だったような気がして」

「…………あぁ?」

「まぁー…でも大丈夫か。彼女、魔女ですもんね。うんうん、噂によるとあっち側はこの島にしか生息していない珍しい猛獣の巣窟だって昼間情報仕入れてきましたけど…」

「……………」

「うん、大丈夫大丈夫。だってあいつはあの海王類を一時的ではあれ海に追い返した実力派ですしね。うん、心配することなんてな、」

「おい」

「はい?何ですか、キャプテン」

「……………」

絶妙のタイミングで話の腰を折ってきたローに、ペンギンはニコニコと意地の悪そうな笑顔で返事をした。悔しい事にまんまと計算された会話の流れだとローも分かってはいるが、思わず口にしてしまったが最後。最早引くに引けなかった。

「……………便所、行ってくる」

「えぇ、ごゆっくりー」

ヒラヒラと嬉しそうに手を振って、罰が悪そうに部屋を後にしたローにペンギンは小さく笑った。「行ってらっしゃい」と、一言添えて。






「…………可笑しい。どーーー考えても可笑しい」

ピギャァア!と、最早サバイバルゲームのような謎の鳥類の鳴き声は聞こえてくるわ、何ならガサガサと獣らしきものがその辺ウヨウヨとうろついてるわ、正に踏んだり蹴ったりとはこの事だと思う。

「や、宿は何処…!?」

下船する前に、ペンギンからこの島の宿は西の方向に沢山あると情報を得てきた筈だ。……なのに何だ。何なんだ。歩いても歩いても宿なんてちっとも出てこないし、何ならどんどん獣道になっていくし、しかも合間合間に訳の分からん猛獣には襲われるわ、お腹減ったわ、歩きすぎて体力は限界だわ、正に今私のHPは0に近い状態といっても過言ではない。

……………し、死ぬ…!(本日2回目)


「そして背後に忍び寄る、謎の影…」

そこだァァアっ!最後の力を振り絞り、手からビームならぬ攻撃魔法弾を飛ばしながら「ウルァァアア!」と目的に向かって叫んだ。えぇ、そりゃもう。最早白眼向きながら。(だって今ので完全にHP0になったし)

「おいおい、ねーちゃん。危ねぇじゃねぇか。こーんな危ねぇ森にお一人様かい?」

「えぇそうよ!お一人様ですが何か!?」

おぉ…!秒で認めたぞ!と、突如登場した訳のわからん悪の集団内に謎のどよめきが走った。ちくしょう。何でこんなHP0の時に敵って奴は現れるの?もう魔法はある程度回復しないと使えないし、てかそもそもやる気ないし、死亡フラグたちすぎでしょこれ!

「んん?おめぇよく見たらそこそこ可愛い面してんじゃねぇか。どーだ、俺の女にでもなるかぁ?」

ギャハハハハ!と、品のない笑い声が森の中に響き渡る。雑魚キャラ共もボスの発言に一緒になって「お頭!そりゃあ名案だ!」とか何とか言いながらゲラゲラと大笑いしていて私の苛立ち度は頂点に達した。

「冗談じゃないわァァァア!だーれがあんたの女になんかなるもんか!そんな事より、あんた達この辺に宿とか見なかった?私そこに行きたいんだけど!」

「あー?宿だぁ?んなもんここいらには一つもねぇよ。あるとしたらこことは正反対の位置にあるぐらいだ」

「……………えぇっ!?」

う、嘘でしょ…!?そんな絶望の言葉を口にした瞬間コントのように膝から崩れ落ちた。最早立ち上がる気力さえもない。……………私、一体何してんだろう。そもそも何でこんな事になったんだっけ。お腹減った。喉渇いた。足も痛いし何故か頬もヒリヒリする。


『ナマエ!』


エル。


『コラァ!ナマエ!お前職員室に呼び出しじゃあ!』


マゴル先生に、クラスのみんな。



………………帰りたい。元の世界に。


「おいおいお嬢ちゃん。何も泣くこたぁねぇだろぉ?大丈夫だ、安心しろ。今から俺達が良いところに連れてってやるよ」

「………………良いところ?」

「あぁ、『良いところ』だ」

「………………」

その怪しさ満点の男の発言に、眉を顰めたものの最早抵抗する元気もなかった。地面に手をついて、俯いている私の右腕を部下達が強く引っ張る。ヨロヨロと立ち上がった私に、悪どい表情の男がニタリと笑った。

「さぁ、もっと奥だ。歩け」

「………………」

オラ!と、背後から強く押された背中に痛みが走った。……何か、もうどうでもいい。そう諦めた瞬間不思議と意識も朦朧としてきて、視界がぼんやりとボヤけてくる。そして何故だか頬に一筋の涙が流れた。



「残念だったな。生憎その女は売約済みだ」

「あぁ!?」

「………?」

ROOM。

ブゥウン!と、広範囲に広がった青いサークルが自分を含めた人間が包まれた。そして男共に掴まれていた腕の力がふっと消えて、気づけば違う他の誰かの腕の中に移動したのだと気付く。

「………?誰、」

「黙ってろ。寝とけ」

夜で暗い筈なのに、何故だか後光がさしているように思えて目を細めた。でも何せ今私の意識と体力は0に近いものだから、その声と暖かい腕の正体が誰なのかが分からずにいた。

「タクト」

男がクイっと人差し指を折り曲げた瞬間、敵達の立ち位置から大量の泥を含んだ地面が容赦なくせり上がる。ギャァアア!と悲鳴を上げて逃げ回っている男達は登場シーンからは想像がつかない程の情けさない後ろ姿で、颯爽と森の中へと消えていってしまった。

その光景を見てほっとしたものの、意識は朦朧としたままだ。ただ、この腕の温もりと安心さが私を心地よくさせてくれている。それだけは分かった。守られるっていいな。うん、ありあり。そんな馬鹿みたいな事を考えて直ぐに安心感からか遂に意識が飛んだ。ガクっと眠りについて腕をダランと伸ばしたナマエをローがチラっと視線を向ける。

「…………無事で良かった」

頬にあるナマエの傷にそっと触れて、ローは一つ、安堵の溜息を吐いた。




「おい」

「……………ん?」

「おい、ナマエ」

「!あい!」

パチリと目を開けた瞬間、天井に向かって真っ直ぐと伸びた自分の腕に「はぁ?」と声が漏れた。当然だ。何で私今こんなに勢いよく挙手してんだ。そう思って冒頭の「はぁ?」である。恐らくここはあの船の中だ。ぼんやりとそんな事を考えていたら、ハッキリと覚醒した私の目の前にはローさんがまたもや呆れた表情でこちらを見つめていた。あれ、デジャブ?

「馬鹿女。何東に行ってやがる。宿は西だ」

「そうなんですよ。間違えたんです、私」

「知ってる。馬鹿すぎるだろ、お前」

「はい、自覚してます」

「………………」

「ローさん」

「あぁ?」

「ローさんが、助けてくれたんですか?」

「………………」

そうなんですよね?そう言って、曇りなき眼をローさんに向けると「頬、痛むか」と彼はサラっと誤魔化しに入った。まぁ、誤魔化しきれてないけど、今ので充分分かったから良しとしよう。

「痛い。ちょー痛いです」

「見せてみろ。起き上がれるか」

「無理です。何故なら痛いから」

「頬の痛みとそれ関係ねぇだろうが…」

「起こしてください、ローさん」

「……………」

おーこーしーてぇー!そうジタバタとベッドでゴロンゴロンと転がっていたら、悩ましげに眉を顰めたローさんが無言で私の肩と腰に手をかけた。そのままグイッと力強く自分の方へと引き寄せて、傷を負った右頬にそっと優しく親指で触れた。

「………………」

ローさんは、何も言わなかった。ただ優しく何度も何度も私の頬に触れては、藍色の瞳を私に向けるだけだ。まじまじと見つめられて、徐々に恥ずかしくなってきた私は思わず顔を俯かせてしまった。………ま、まずい。ドキドキする。

「ナマエ」

「………はい?」

「やっぱりお前、うちのクルーになるか」

「……………えっ!?」

「………………」

次の瞬間、ローさんの大きな腕が伸びてきて何故だか一気に抱きしめられた。えっ!えぇええっ…!?えっ!ちょっ…!良い匂いがする!(←バカ)

「いや、なるかじゃねぇな…なれ。うちのクルーに」

「い、良いんですか…!?」

「あぁ」

やったァァア!!と、実は最初から狙っていたポジションを告げられて私は一気に有頂天になった。どさくさに紛れてガバっ!と抱きしめ返すと、ローさんは何故だか嬉しそうに笑っていた。そのままゆっくりと私を引き離し、だけど両腕をダランと私の肩に乗せたまま、わざと下から覗くようにして私と視線を合わせてくる。


「危なっかしくて放っとけねぇからな、お前は」


そう言って、困ったようにして笑うローさんの美しさに卒倒した。………嗚呼…やばいわ私。

「ローさん、」

「あ?」

「助けてくれてありがとうございました!」

「……………」


本格的に落ちたわ、恋に。


「いいから寝ろ、ガキ」


そう言って、意外と照れ屋で可愛いトラファルガー・ローという、とんでもなく魅力的な男に。






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