02.イケメンは大好物です
ザザァ…と、押しては引く波音。クワーっ!と上空で鳴く謎の鳥の鳴き声。その真下でポリポリと頬を掻きむしりながら、1人呟いた。
「……………ここ、何処」
謎の大きな光に包まれて辿り着いたであろうこの場所は、見た事も聞いた事もない世界の中心だった。辛うじて分かる事といえば、ここは完全に異世界だということだ。だってさ、なにあの鳥。なにあの奇妙な海の生物。キモいんですけど。
「…………お腹減った」
とりあえず、飯だ飯。自分でもビックリする程冷静にそう呟いて、よっこいせとその場に勢いよく立ち上がった。そのまま真っ直ぐと腕を空にかざし、パチン!と控えめに指を鳴らす。
「んん?……あれっ。なんで!?魔法使えない!」
ドヤ顔で、ふんぞり返った体制で指を鳴らしてみたものの、響き渡るのはただただ目の前に広がる波音だけだった。な、なんてこった…!ここまで絶望的な状況だとは予想してなかった!てかお腹減った!お金もないし!なにこれ。死ねってこと?
「……………狩りでもするか」
だが腐っても切り替えの早い私。秒で復活を遂げ、次の瞬間とりあえず着ていた真っ黒のローブを空中に投げ捨てた。中に着ていた黒のTシャツと短パン姿になったと同時に、「ウォォオっ!」と威勢の良い掛け声と共にとりあえず目の前に広がる海に向かって走り出してみる。
「つ!冷たっ…!」
しまった!準備体操忘れた!とか、クソ程どうでも良い思考が頭を駆け巡ったその時。視界の端にブクブク!と一箇所渦巻いている波を発見して、なんだなんだと目を細めつつもその一点へと視線を集中させた。
「んんっ…!?な、なにあれっ…!」
ザバァァンっ!と、渦巻く海の中から浮かび上がってきたのは、どデカい黄色の潜水艦だった。………な、なにあれ!?デカっ!てか、何でいきなり潜水艦…!?い、意味不明…!
「っシャァアア!2週間ぶりの陸!酒!女!からの女!キャプテーン!あのログはやっぱ合ってたみたいっすよー!」
バタバタと忙しない足音を立てながら、船の中から飛び出してきたのは、シャチと書かれたキャップ帽を被った陽気な男だった。その男に続いて、ゾロゾロと中から船員らしき人物達が「うっせぇなー」とか何とかかんとか言いながらも後を追って甲板へと出てくる。な、なんだこいつら…どこぞの団体様!?
「シャチ、騒ぐな。うるせぇ…」
「だーってキャプテーン!盛りのついたこの歳の男に禁欲生活なんて死んだも同然っすよ!」
「右に同じく。俺もそろそろ女抱きてー」
「だよなーだよなー!流石ペンギン。俺の右腕!」
「俺の右腕だバカ。禁欲生活だか何だか知らねぇが、1人寂しく抜きゃいいだろうが」
ネタが尽きたんすよ!
とか訳の分からん主張を繰り返しているあのアホな男共にバレないように、腰を屈ませて勢いよく海の中へと身を沈めた。目立たないように、顔だけはひょっこりと覗かせて。
「おい、とりあえずお前ら好きに動け。俺は暫くこの島の散策をする」
「「「りょーかいっす!」」」
揃いも揃って偉く従順な返事だ。キャップ帽の男達は一斉に指示された通りにそれぞれ島の中へと散らばって行った。多分1番目立った帽子を被っているあの男がトップなんだろう。後ろ姿でよく顔は見えないけど…何か知らんがキャプテンとか呼ばれてるし。…ふん、暇だし顔でも見てやる。
元々泳ぎが得意な私。軽快に足だけを動かして、気配を消したまま船の側までゆっくりと近付いていく。あともう少し!と距離が迫ってきた所で、ブゥン!という謎の青いサークルに包まれた。
「………………え!?」
「シャンブルズ」
次の瞬間、目の前の景色が一変した。まるで魔法だ。秒で船の甲板へと招待された。ぎゃあ!と色気のない奇声をあげながらも元気に尻もちまでついてしまう始末。どーでも良いけど…い、痛ェエエエ!
「おい」
「………へ?」
「何者だ、お前」
長い長い刀を私の首元にかざした男が、とんでもなく低い声でそう言い放った。げっ!とか思ったのも束の間、とりあえず両手を空にかざして、瞼を閉じては不敵に口の端を上げる。余裕がないと悟られたが最後。こういう時は演技するに尽きる。何故ならナメられたら終わりだからだ。(自論)
とりあえず、異世界に吹っ飛ばされて早々死ぬのだけはごめんだ。心の中でそんな事を考えつつも、ようやく拝めた目の前の男の顔をまじまじと見つめてみる。……って、おいおい!めっちゃイケメンじゃん!まじか!?す、好き…!
「おい、聞いてんのかてめぇ。何者だと聞いてる。さっさと答えろ」
謎のイケメンに答えを急かされて、はっ!とようやく現実に戻った。とりあえず元気に「美魔女ですけど何か!?」と返事をして、引き続き彼の端正な顔立ちをうっとりした視線で見つめ返す。
「あぁ?魔女だぁ?」
「そう!魔女!てか、お兄さんめっちゃイケメン!彼女とかいるんですか!?」
「……………あ?」
「ご安心ください!私怪しいモンじゃないですから!異世界から吹っ飛ばされてきた可哀想な魔女、ナマエです!因みに絶賛空腹中です!」
「……………」
「とりあえず餓死したくないので、何か食べる物とかあれば宜しくです!肉でも野菜でも肉でもオールマイティいけますので!何でも良いので是非っ!」
「おい。流れ的に肉一択じゃねぇか、てめぇ…」
ザザァ…と虚しい波音が響き渡った所で、背後から「キャプテンー、もう島についたのー?」という声が聞こえてきて思わず後ろに振り返る。そして時が止まった。し、白熊っ…!?何故…!
「ベポ、起きるの遅ぇな。また遅くまで海路の確認してたのか」
「うん、そー。でもさすがに途中で眠くなってきちゃって、途中で自動操縦に変えたんだけど無事について良かったー…って、え!?誰!?この子!」
「……空腹の魔女だ。しかもかなりのバカとみた」
「バカじゃありません!美魔女です!」
「な。バカだろ」
「う、うん。そーだね…」
何故か2人同時に頷いて、可哀想なものを見るかのような視線を一気に向けられた。とりあえずツッコミたい箇所は盛り沢山だが、そんな事は後回しだ。まさかの魔法が使えないという緊急事態なのである。この2人に命拾いしてもらうしか方法はない。
「……ナマエと言ったな、お前」
「!は、はい…!」
「魔女と言うなら、証拠を見せろ」
「えっ…!」
引き続き刀を此方に向けたまま、イケメンさんは冷静にそう言い放った。見せろって言われてもなぁ…残念ながら今魔法使えないし…魔法が使えない魔女なんか所詮ただの人である。
「な、何系の魔法がいいですかね…?」
「……………あ?」
「ま!魔法にも色々種類があるんですよ…!日常系とか攻撃系とか…!?」
「………………」
おいおい、何言ってんだ私。だから今使えないんだっつの。この危機的状況下の何処にそんな見栄をはる必要がある。と、内心自分にツッコミを入れつつも現実の私は未だペラペラと謎のプレゼン中だ。馬鹿なの?死ぬの?私。
「うわーっ!キャプテンー!見て見てー!海王類!なんかこの辺のは一段とデッカいねー!」
「!?」
この非常事態にどう対処しようかと頭を悩ませていた矢先で、背後にいた白熊が騒ぎ出して振り返った。が!そのまま私はフリーズした。当然だ。見た事もないスケールのデカさの魚(と、言っていいの!?)とギロリと目があったからである。…あ、これ詰んだ。
「おい、魔女屋。てめぇがやれ」
「……………はっ!?や、やれって…まさか…」
「あぁ?何を勘違いしてやがる。てめぇはうちの船員でも何でもねぇ。ただの不法侵入者だ。犠牲を払うには申し分ねぇ身分だろうが」
「そ、そーですけど…で、でも実は今私…!」
「あ?」
「や、やりまーす!おおおおおお任せくださいっ!あ、ああああんなの私の攻撃系魔法で…チョチョイのチョーいよ…!ははははは…!」
良かったじゃねぇか。ご自慢の魔法が存分に披露出来て。
そう言って、船の先端にゆっくりと腰を降ろし、胡座をかいたイケメンさんは、ニヒルな表情で此方に視線を送ったままそこに頬杖をついて笑った。
………………………死んだ。
正にその一言に尽きる。絶望に打ちひしがれている私の真後ろで、何故か「アチョーっ!」とカンフーの決めポーズをしている白熊と、遠く離れた場所でニヤニヤと悪そうに笑うイケメンさんを交互に睨む。くそっ…!まさかこんな異世界で最期を遂げるなんて思ってもみなかったよ!
「けっ。ならせめて華麗に散ってやる…!」
うぉおおおお…!と、特に何の策もないまま目の前にいる謎の巨大生物に向かって走り出す。そのまま甲板を大きく蹴り上げて空中に空高く飛び跳ねた。……えーっと、で?こっからどーすんの?私。
「て、うわ…!危なっ…!こいつ動き無駄に速いんだけど…!」
「ナマエー!右右!危ないよー!」
「だーっ!もう!分かってるつーの…!うるさいなー!」
「すみません…」
「えぇっ!?打たれ弱っ…!」
「おい、魔女屋。ご自慢の魔法はどうした。逃げ回るだけじゃそいつには勝てねぇぞ」
「だったらそんな所でくつろいでないで助けてくださいよ…!」
「……………」
「無視かよっ!」
ちくしょう。死んだら呪ってやる。心の中で密かにそう誓ったものの、現実の私は巨大生物からの攻撃をちょこまかと逃げ回るのでいっぱいいっぱいだ。何でこういう時に限って肝心の魔法は使えないの!?さっきからそれとなく魔力を放出して使えるようにしてる筈なのに。
「いや、まじこれ死ぬってまじ…!」
自分の語学力の無さに内心ヤベェと思いつつも、右に左に視線を瞬時に動かして何か打開策はないかと考える。と、そこでキラリと視界の端で何かが光った。戦いの途中の筈なのに、何故かそれだ!と直感的に感じた私は一目散にその光へと駆け抜ける。そのままイケメンさんの真横に転がっていたそれを秒で掴みとり、後を追いかけてきた巨大生物の攻撃を交わしつつも握り締めた中身を確認しては「あー!なるほど!」と大きな声で叫んだ。
「あ?うるせぇな…何を喚いてやがるてめぇ…」
「イケメンさん!あなたのお望み通りこれから魔法をお見せしますよ!」
「……………あ?」
「ほーらほらほら!おいでおいでー!こっちだよー!」
鬱陶しそうに眉を寄せたイケメンさんを押し退けて、グルルルっ!と、威嚇を示す巨大生物に舌を出しては此方に呼び寄せる。そのまま横にズレて蟹歩きのまま再び甲板を大きく蹴りあげては船の1番上にヒラリと着地した。
「3、…」
「ねぇ、キャプテン。あの子大丈夫かなぁ?あんなに海王類を威嚇して…食べられちゃったりしない?」
「……………」
「2、…」
「ねぇねぇ、キャプテ」
「黙って見てろ、べポ」
「1、…」
ドォオオオンっ…!
巨大生物に向かって前に翳した掌から、大量の光と同時に派手な衝撃波が辺り一面を覆った。次の瞬間、痛そうに左右に頭を揺らしながらも気を失ったであろう巨大生物が後ろにゆっくりと倒れて海へと還っていく。その衝撃で大きな大きな波が跳ね返っては一瞬だけ船の中に大量の海水が流れ込んだ後、次第に穏やかな波へと姿を変えた。
「ふーっ、危なかった…!ギリギリセーフってところかな…」
「やるじゃねぇか、魔女屋」
「うわっ!ビックリした…!てかいつの間にここに避難してたんですか!」
ギリギリ得た勝利に安堵しながらも、冷や汗を拭っていた私の真横で、涼しそうな表情で颯爽と現れたイケメンさん。気配が無さすぎて思わず肩が飛び跳ねてしまった。腕組みをしたまま遠くに見える水平線を見つめながらも、彼は淡々と話の続きを口にする。
「まさか本当に魔女だったとはな。ただのハッタリかと思ってたが…」
「いやー、まじで最初はただのハッタリでしたけどね。魔女は本当なんですけど、何故かこの異世界に吹っ飛ばされてから魔法がちーっとも使えなかったんで…」
はははは…と、何となく気まずくて乾いた笑いをそこに溢した。そして地味に思う。お腹減った…
「何で急に魔法が使えるようになった」
「え?……あぁ、これですよこれ」
「あ?」
少し横に身体を傾けて、右耳にサイドの髪をかけてはツンツンとそれを指し示した。太陽に反射してキラリと光ったそれに眩しそうに目を細めたイケメンさんは、「あぁ?ピアスだぁ?」と、いぶかしげに眉を寄せた。
「そ。ピアスです」
「分からねぇな。これが何だって言いやがる」
「だーかーらぁー、このピアスが私達魔法使いの魔力を溜める大事なゲージなんですよ!」
「……………」
「多分、始めにこの世界に吹っ飛ばされてきた時に何かの拍子に落としたから魔法が使えなかったんだと思うんですよね」
「……………」
「でも、たまたまさっきあなたの隣に転がっていたのを発見してピアスを耳につけ直したら一気に力が元に戻ったんですよー!いやー、そういえばよくマゴル先生が言ってたなぁー。『魔法使いとは、とにかく家宝とも言えるピアスをいつ如何なる時も外してはならん!』ってね!」
「誰だよ、その親父…しかも物真似されても似てるのかも分からねぇよ」
呆れたような表情で、はぁ、と大きく溜息をついたイケメンさんは、そのまま少し遠くに居る白熊に向かって「べポ」と此方に呼び寄せた。
「なにー、キャプテンー!…はっ!ナマエ!さっきは凄かったねー!良かったよー無事に勝って!キャプテンとハラハラしながら見守ってたんだよ!」
「まじか!あっ、分かった!この人まさかのツンデレ!?」
「馬鹿言え。俺は一切見守ってなんざいねぇ。んなくだらねぇ話は良い。ベポ、こいつをうちのコックの元に連れて行け」
「「え?」」
「ちゃんと結果と証拠を残したからな。……とりあえずの褒美だ」
「っしゃァァァア!キタキタキタっ!」
「アイアイ、キャプテン!任せて!俺とりあえずコックに先に何か作るように伝えてくる!」
「あざます!ベポくんとやら…!あわよくば肉多めでと伝えておくれ!」
「アイアイ!じゃ、行ってくる!」
バタバタと何故か再びカンフーポーズのまま船内へと消えて行ったベポくんを横目に笑みが溢れた。だって可愛いんだもん。どっからどう見てもあれはデッカいぬいぐるみだよ。後でモフモフさせて貰おう。
「……勝利の理由はピアス、か。おい、お前俺に感謝しろよ」
「へ?」
「へ?じゃねぇ。てめぇとピアスを同時に海から引き上げてやったのはこの俺だ」
「…………え、そうなの?」
「あぁ。………恐らくな」
「そっ、かぁ……うん、そうだね!運良く引き上げてくれて今があるんだもん。ありがとうございます、イケメンさん!」
「おい…やめろその呼び方は。虫酸が走る」
「だって、名前知らないですもん。そろそろ教えてくださ、」
「ロー」
「………え?」
その瞬間。陽の光が丁度位置を変え始めていて、少しだけ此方側に振り向いた彼の姿が逆光となっていた。何処となく優しい視線で、ふっと口の端を上げた彼は、ゆっくりと私との距離を縮めてくる。辿り着いたその先で、背の高い彼は腰を屈ませて私の背丈まで目線を下げてくれた。そのままギュッと軽く私の頬をつねった彼と私の、互いと互いの視線が交差する。
「トラファルガー・ローだ。覚えとけ、くそガキ」
そう言って、意地の悪い顔で小さく笑ったローさんは、最後にピン!と私の右耳のピアスに親指と人差し指の二本でデコピン風につっついて揺らした。突然の至近距離と超イケメンのドアップ+ドS発言に心臓を鷲掴みにされた私は、既に少し遠くにいる彼の背中に向かってこう大きく叫んだ。
「ローさん!好きです!私を彼女にしてください!」
「断る」
秒で振られましたがね。