01.はじめまして。さようなら。



「何者だ、お前」


藍色の瞳の奥に、明らかに敵意を感じる鋭い眼。首元にかざされた剣の先。右に左に視線を泳がせて、両手を大空に突き上げたまま口角を上げほくそ笑んだ。そして一つ、腹の底から大きく息を吸い込んで、目の前で此方を睨むようにして立っている謎のイケメンに向かって大声で叫んでやった。


「美魔女ですけど何か!?」


勿論、この後どうなったのかは追々詳しくお伝えするとして。………さて。まずは何故今現在、私がかつてない程こんなにも生命の危機を味わう事となっているのか…まずはそこから順を追って説明する事としましょう。






「えー、であるからして、この時代は特に極悪な魔法使い達によって支配されていた世界だったのだが、ここから約50年後、大魔法使いセルビアによって…」

「ちょっとねぇ!ナマエってば…!」

「んー…んん?んー…」

…………眠っ。なんっで魔法史の授業って毎回こんなに眠くなるんだろうか。歴史なんて知った所でさ、今後の私の人生に何の役に立つのかが分からん。てな訳でスマンな友よ。私は遠くの試験日より、近くの睡眠を取る。

「って、聞いとんのかァァア!ナマエ!お前じゃお前!お前に説明しとんのじゃァァア!」

「ってェエエエ…!おいこらくそジジイ!ナイスヒットだよ!くそ痛ぇじゃんかバッキャロォオオ!」

「あーあ…だから言ったのに。毎度毎度懲りないねー、あんたも」

ははは。と、呆れた声を含んだ幼なじみのエルが乾いた笑いを教室内に溢した。その彼女の前の席で、今にも教師に向かって突っかかって行きそうな勢いで地団駄を踏んでいる血気盛んな女が、何を隠そうこの私だ。魔女になって約5年。実技は得意だが知識が赤ん坊レベルの私は、常日頃からありとあらゆる教師達に目を付けられている。

「ったく、お前は。何でもっと真面目に授業を受けない。実技だけ出来てもいざという時に知識がないと、実力は発揮出来んのじゃぞ」

「へーへー、すみませんねぇ。でも別に良いじゃん。魔法使いなんて今じゃ肩書きだけで、このご時世平和な時代なんだからさぁ」

「馬鹿もーん!だからその意識がけしからんと言っとるんじゃ!罰としてナマエお前!放課後職員室まで来い!呼び出しじゃ!」

「断る!死んでも行くもんか!」

べー!と、舌を出して教壇に立つ教師へと反抗を示した所で、タイミング良く校内にチャイム音が鳴り響いた。最早教師と私のやりとりは、クラスの中でも恒例の行事となっている為、周囲のクラスメイト達も「はい、じゃー授業終わり終わりー」と適当に受け流している。

「全く…かつてお前の父親はとても優秀な魔法使いだったというのに、ビックリする程そのDNAを受け継いどらんな…!」

「あ、ほらほら。マゴル先生、次の授業に遅れちゃいますよ。て事でこの続きはまた明日って事で!」

「ぐっ…!良いか!ちゃんとお前達今日の授業の復習はするんじゃぞ!分かったな!」

分かりました〜!

クラス中に響き渡る生徒達のヤル気の削がれた声。その返事に寂しそうに肩を落として、教室を後にした教師の背中に向かって、満面の笑みでヒラヒラと手を振る。そして心の中で思った。

「ふっ、勝った…」

「いや、何が?てか心の声ダダ漏れだけど?言っとくけどあんた、ただ馬鹿をさらけ出しただけだからね」

「ねーエル。今日の夜暇?私昨日凄い面白い話聞いちゃったんだよー」

「うん、聞いてないよね人の話。まじでビックリするわ」

白けた視線で明後日の方向を見ているエルの腕を引っ張って、これでもか!という程力強く自分の席へと引き寄せた。そのまま周囲を見渡して、エルの耳元に顔を近づけて、「実はさ、」とこっそりと話の続きを口にする。

「ここ数日、深夜の学校内に不思議な光がチカチカしてるんだってさ。その色は…ブルー、グリーン、パープルにピンク、そしてレッド!からのブラック!とかそりゃ入れ替わり立ち代わりに光るんだってさ。凄くない…!?」

「はぁ…?なにが」

「気になるじゃん。何でイエローはないのかなって」

「そこ!?そこなの!?まじ謎あんたの思考回路!」

ていうか離れて。馬鹿馬鹿しい。そう言って、引き続き冷めた視線でまるで犬を追い払うようにシッシッとエルは私を遠ざけた。……冷たい。

「で?あんたまさか……その謎の光を確かめに、今日の夜一緒に夜の学校に行こう!……とか私に言う気じゃないでしょうね」

「うん、そのまさかだけど。集合時間何時にする?」

「何時にする?じゃないわ!行かないっつーの!」

「なんで!?」

大きく目を見開いて、予想外のエルからの返しに思わず手で口元を覆った。産まれた病院も、家だって隣同士で、いつだって仲良しこよしでやってきた仲なのに!今までの私達2人の時間はなんだったの!?と力説をしていたら「うるさい」と一言。辛辣な台詞が飛んできた。

「そんなの警備員のおっさんが持ってる、懐中電灯か何かに決まってんじゃない」

「えー、分かんないじゃんそんなの。だってもしさ、魔法歴史上に存在した、極悪な魔法使いの仕業だったらどーするよこれ」

「どーするもこーするもないの。今新魔法界200年目よ?ありえないでしょ。時代が違うっつーの」

「えー?ほんっと夢ないなーエルって」

「あんたが夢見過ぎなの!てか、普段魔法史の授業疎かにしてるあんたにだけは言われたくないわ!」

エルのごもっともな意見に口を噤んでいると、そこでまた次の授業開始のチャイム音が鳴り響いた。チっと内心舌打ちをしていると、気怠そうに自分の腕時計に目をやったエルが「22時に校門前に集合で良い?」と投げやりに提案をしてくる。待ってました!と言わんばかりのテンションで、なんだかんだ優しいエルの両手を握り締めると、「やめて、鬱陶しい」と秒で拒否られてしまった。……鬱陶しいはないだろ、鬱陶しいは。いい加減泣いてやる。





「あ、あの辺あの辺!噂によると!こうね、ピカーって光るらしいよ。ピカーって」

「は?あそこ?ただの図書室じゃない。魔法歴史書がズラズラと無駄に並べてあるだけよ?あんな場所」

「と思うじゃん?違うんだって。光るんだって、あの図書室。それはそれは不気味な程の眩い光で」

「全く信じらんないわ。まぁ見てなさい。どーせもうちょっとしたら酔っ払った警備員のおっさんがヨロヨロとここに来るから」

「ねぇ、じゃあそれを先に確かめる為にちょっと中に入っておかない?」

「上等よ。絶対私の推理の方が正しいに決まってんだから」

よし。と2人同時に頷いて、抜き足差し足忍足でまるでコソ泥のようにそーっと中に入った。昼間とは異なり、真っ暗な図書室は流石にちょっと不気味である。ましてや今は夜だ。校庭からニュっと伸びた背の高い木々の周りには、コウモリが沢山群がっていてキモいの一言に尽きる。魔女とはいえ、コウモリは苦手なのだ。ほら、現代に生きるゆとり魔女だから。私。

「見事に真っ暗ね。まぁその内目も慣れてくるんでしょうけど」

「ブハっ!ねぇ見てこれエル!絶対これ魔法史のマゴル先生の昔の写真だよね!?毛があるよ毛!フサフサだよ!」

「えー?どれどれ。………って、ブフっ!きっつ!別人じゃない!そもそも教師の集合写真とか誰得?」

「ね!今日一笑えるね!明日何かまた注意されたら、これをネタに抵抗してみるわ私!」

あんたどんだけ鬼よそれ!やめときなさいよ!とか何とか言ってるエルも、引き続き腹を捩らせてゲラゲラと大笑いをしている。説得力がないにも程があるんだけど。

「ん?なんだこれ…………海賊、日記…?…カイゾク?え、カイゾクってなんだっけ…」

「?どうしたの、ナマエ。その本なに?」

「さぁー…?」

暇を持て余すように、図書室内をウロウロしていたら、ふと視界に移った本へと目がとまった。つらつらと並んでいる大量の魔法歴史書と肩を並べて、まるで居心地が悪そうにして本棚に挟まっていたその本は、不思議と私を導いているように思えた。

「…………結構古いよね?この本」

「そうね。いつの時代のモノなのかしらね」

「……………」

恐る恐るその本を手にしてみる。ゴクリ、と喉の奥が鳴った。意味もなく始めの1ページを開いてみたと同時に、次の瞬間。一気に周囲の色や音。ましてやエルの気配さえも消え失せていく感覚がした。

「ナマエ!?」

「………エ、エル…っ!」

その時。何故だか分からないけれど、もう二度とエルや家族。学校の友達や先生達にも逢えない気がした。本を開いたと同時に、色取り取りの光に包まれて、目が眩んでいる私の耳に、遠くでエルが私の名前を呼ぶ、叫び声が聞こえた気がした。


「……………ナマエ?」


あっという間に1人取り残された図書室内に、全身の力が抜け落ちたようにエルがペタンとその場に座り込む。訳もわからず、ただただ呆然としている彼女の真横で、一つだけ開いていた窓がカタカタと風に揺れていた。その隙間から掻い潜ってきたように、風は彼女の目の前を静かに横切り、そして次の瞬間、何かを待ち侘びていたかのように大きく吹雪いた。その衝撃で、床に転がった状態で先のページまで開いていた『海賊日記』が、一気にペラペラと1番始めの章まで捲り戻った。



ーーーさぁ、冒険の始まりだ。


冒頭に書かれてある、その一文の意味を解読するのは、果たしてナマエか。はたまた第三者か。今はまだ、誰も知る者はいない。






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