「いやー、結婚式最高だったね!何なの、あのビビの可愛さ!天使か…!」


ガヤガヤと賑わう都心内に、今にも噴火しそうな勢いで鼻息荒く叫ぶ女が一人。そんな大興奮な私のテンションとは裏腹に、隣合わせに歩を進めているオレンジ色の綺麗な髪色を纏った親友が「はいはい、分かったからちょっと声のボリューム下げて。うるさい」と至極面倒臭そうに溜息を吐いた。

「ナミ!何であんたそんな冷静でいられんの…!?もー私なんか感動の渦に飲み込まれて今にも大爆発しちゃいそうだけど!」

「あぁ、はいはい。それは私も同じだけど…でも流石にちょっとあんた興奮しすぎでしょ。単純にウザいから一旦そのMAXなテンションを下げて貰える?」

そう言って、怖いぐらいの満面の笑みを此方に向けたナミが横に首を傾げる。まずい、これはナミ恒例のブチ切れモード寸前な奴だ。致し方ない…ここは素直に従ってテンションを落ち着かす事としよう。

「にしても本当に良い式だったね。特にビビがお父さんに向けて手紙を読んだあのシーンとか…もう何あれ。私の涙腺壊す気か!ってぐらい泣けたわ…」

「分かるわー、私もあの場面は泣けた。でも本当に今日は天気も良いし、二人の門出を祝うには最高の日よね」

「それね!間違いない!」

うんうん!と、彼女のその言葉に激しく同意を繰り返す私。と、ナミの二人は今、次の2次会場所へと向かう為に肩を並ばせて歩いている真っ最中だ。お互い片手に大きな引出物を抱えつつも出てくる話題はもっぱら今日のビビの結婚式についてで。でもそれは今日に限っては仕方ない事だと思う。だってさ、本当に良い式だったんだもん…もう花嫁姿で登場したビビに終始泣きっぱなしでメイクなんてもはや糞くらえ!って感じだ。何度お手洗い場でファンデーションとアイラインを直そうと、それは無駄な行為なんだと途中で気付いたくらいだった。

「ねぇ、それはさておきあんた今日のコーザ側の招待客見た?」

「え?」

「私式の合間に色々と相手側の男達を物色してたんだけど、失礼な話なーんか微妙だったのよねー。どうも金持ってる男は少なそうというか何というか…」

「あんたねぇ…こんな大事な日に何してんのよ、ったく。相変わらずちゃっかりしてるわね」

「あら、心外ね。大好きな友人の祝いの席で、ついでに幸せをお裾分けして貰って、更に今後の自分の将来について冷静に先を見据えてる私はとっても利口な女だと思うけど?」

「まぁ…確かに。別にそれは否定しないけど…」

でしょ?そう言って、ナミはにやりと不敵に笑った。…全く、この女はルックスもスタイルも何もかも一流なだけに、どうやら唯一自分に足りてない部分は金だと口々によく漏らしているだけあって、もはやその目的を果たす為には一点の曇りもなさそうだ。打算的というか何というか…その行動に対して色々言い方はあるけれど、でもある意味自分のポリシーを一切曲げようとしないその強さは、傍から見てて毎度ながら素直に感心してしまう。

「あーあ、こりゃ当分は今居る男達で食い繋ぐしか手はないわねー」

はぁ、と心底残念そうに深い溜息をついたナミに向かって「まぁまぁ、そんな時もあるって」と場を和ますように彼女の肩に手を伸ばした。そんな会話を繰り広げている合間に、バッグに忍ばせていたスマホが勢いよく振動を伝える。ん?とか思いつつもスマホを取り出し画面に視線を落とすと、そこに表示されていたのは『モンキー・D・ルフィ』という見慣れた文字がそこにあった。そしてその直後、勢いよく画面を横にスライドさせて耳にスマホを押し当てる。

「もしもーし!ルフィどしたー?何か忘れ物ー?」

「おいナマエ!お前等今何処だ!?もう俺達次の会場にとっくに着いてんだぞ!」

「あー、ごめんごめん。ちょっと荷物が多くて歩くのが遅れててさぁ。うちらもあともうちょっとでそっちに着くから」

「早くしろよ!お前等に紹介したい奴がいるんだ!」

そう興奮気味に早々と会話を強制終了させられる。次に気付いた時にはツーツー、と何とも虚しい機械音が鼓膜まで響き渡っていて、思わずその場で大きな溜息をついてしまった。…おーい、ルフィ。流石に簡潔すぎやしないか?ちょっと悲しいぞ、私は。

「今のルフィから?何て?」

「あー、何か早く来いってさ。よく分かんないけど、私達に紹介したい人がいるみたい」

「紹介!?なになに!ひょっとして金持ちの男とかかしら…!?」

「いや…でもルフィの事だからあんま期待しない方が、」

「善は急げよナマエ!こーしちゃいられないわ!先を急ぐわよ!」

思わぬルフィからの一報に、だだ下がりしていたテンションを一気に取り戻したナミが、勢いよく私の腕を掴みズンズンと歩幅を広げる。その見事なまでの変わりようは、友人ながらもはや手の施しようがない程呆れる要因の一つでもあったが、まぁでもどっちにしろナミが元気になったなら別にいっか。そんな結論を胸の中で思い描きつつも、自分より少し前を歩く彼女に対し、密かに穏やかな笑みを向けた。





「おーい、ルフィー!お待たせー!ごめん遅くなってー!」

ブンブンと左右に片手を振りつつも、少し遠くで楽しそうに仲間達と談笑を繰り広げているルフィに向かって声を張り上げる。その私の声に気付いた彼は、「おっせぇぞお前ら!」と、再会して早々少しだけ不服そうに腕を組み、そうして私達二人の名前を呼んだ。

「いやー、ごめんごめん。でもまぁ間に合ったから良かったじゃん?…あ、サンジ達もごめんね、お待たせ」

「美しきレディ達の為なら、俺は地の果てでも此処で待ちます。ってナミすわぁぁあん!今日もお美しい限りで!たった小一時間離れてたこの間に益々その美しさに拍車が掛かっちゃって!俺はそれに対していつもより一層メロメロメロリーン!」

「ありがと、サンジくん」

「勿論ナマエちゅわぁぁあん!も相変わらずお美しい限りで!もー俺の心臓はキュンキュンが止まらねぇ!」

「どーもどーも」

「おい、うるっせーぞグル眉。気持ち悪ぃんだよ。おいルフィ、俺は先に中に入るぞ。酒が俺を待ってる」

「ん?あぁ、分かった。良いぞ」

そう言って、その場に全身を左右にクネクネ動かしているサンジに向かって辛辣な台詞を吐いたゾロが足早に会場内へと姿を消した。そのゾロの背中に向かって、「うっせバーカ!」とサンジがとんでもない表情で中指を突き立てる。うん、ほんっとあんたら相変わらず仲悪いね。まぁ喧嘩するほど仲が良いって奴なんだろうけど。不思議と毎回見てて飽きないな。

「で?ルフィ、私達に紹介したい人って誰?どんな人?」

一通り恒例のやりとりを終えた所で、目の前に立つルフィへと視線を向ける。淡々と要件を聞き出そうとする私の後ろで、ナミはワクワクといわんばかりの大きな期待を背負ってルフィが次に口にするであろう言葉を待っているようだった。

「あぁ!そうだそうだ!おーい、トラ男ー!…ってあれ、いねぇな。おいサンジ!トラ男何処行った?」

「あー?知らねぇ。どうせ便所か何かだろ」

「そっか!んじゃトラ男が戻って来るのを待つか!」

ニシシ!と屈託のない笑顔で笑いながらルフィは私達二人に対して、「ちょっと此処で待っててくれ!」と、やんわりと指示を出した。はーい、と少し気の抜けた返事をしつつもナミと二人で再び今日のビビの式の内容について熱い討論を交わす。そうこうしている内に、そのルフィが待つ『トラ男』、とやらがどうやら此方に戻って来たらしい。「おーいトラ男ー!こっちだー!」と、ルフィは嬉しそうに、少し遠くにいる男に向けて勢いよく両手を左右に振った。

「おい麦わら屋…そんなデケぇ声で叫ぶな。うるせぇ」

「はは!悪ぃ悪ぃ!トラ男、紹介する!俺の高校時代からの親友のナミとナマエだ!」

「あ…?」

「あら」

「え、」

ジャーン!と言わんばかりのテンションで、ルフィが私達に紹介した男。…が!何故!?何故なの!?何でまたあんたなの…!?と、一通り感想を心の中で述べた所で、眉を寄せ、男に向かって冷ややかな視線を送った。

「…………おい、またお前か。てめぇいい加減にしろよ」

「だーかーらー!それはこっちの台詞!てか何であんたが此処にいるわけ…!?ルフィ達と一体どういう関係!?」

「ん?なんだぁお前等、知り合いだったのかぁ?」

「「いや、全然」」

「……………何言ってんのよ、ばっちり知り合いでしょうが。あんたら」

そう言って、はぁ、と心底呆れ顔で溜息を吐いたナミが手で顔を覆う。どうやらさっきルフィが私達に紹介したいと、『トラ男』と呼んでいた男の正体はローの事だったらしい。ちょっと、嘘でしょ…どんだけ世間って奴は狭いの?てかこういうの2回目じゃん。勘弁してくれまじで。

「なんだなんだ!そっかぁ!お前等二人とも友達だったんだな!んじゃこの話題はもうここで終わりだな!」

「友達じゃない!」

「友達な訳あるか」

ふざけんな!とそこでまた二つの声が同時に重なる。そんな私とローの掛け合いを見て、ルフィはまたニシシ!と白い歯を出して楽しそうに笑った。…ねぇルフィ、一体何がそんなに嬉しいの?こっちはもうまさかの展開にさっきから頭が痛いよ。

「ところで、ねぇルフィ。あんた一体外科医さんとどんな知り合いなの?何時から友達?何きっかけなわけ?」

「ん?あぁ!トラ男には前に俺とコーザが車で事故った時に助けて貰ったんだ!そん時からだ!」

「へぇ、そうなの。それはどうもありがとう、ルフィ達を助けてくれて」

まるでルフィの母親のように、ローに向かってお礼を伝えたナミがその場に深々と頭を下げる。ローはそのナミの態度に戸惑いを感じたのか、一瞬だけ顔を引き攣らせて口を噤んだけど、でもその後直ぐに「別に。医者として当然の事をしたまでだ」とぶっきらぼうに返事を返していた。

「素直じゃないね、相変わらず…」

「うるせぇな…てめぇは黙ってろ」

そう言って、次の瞬間には踵を返してゾロゾロと会場内奥へと消えていくルフィ達を遠巻きに眺めつつも、隣に立っているローに素直な感想を伝える。でも当然のようにバサっと毒を吐かれてしまった。まぁ、そんなの屁でもないけど。

「んじゃ、私もおっ先にー」

「邪魔だ退け。俺が先だ」

はぁっ…!?と、頭の上に大量の?マークを張り付けた私が大声で叫ぶ。我先だ!とでも言わんばかりに互いに場所を譲ろうとしない私達二人に向かって、「ちょっとあんた達ー!遅いわよ早くー!」と、ナミが此方に向かって手招きをしていた。それでもぎゃあぎゃあとそこで喧嘩が勃発した私達の耳にはナミの声なんて聞こえてこない。どうやらそんな私達二人を見かねて、「もう放っておこう」と彼女はその時胸に誓ったらしい。待って…!見捨てないでナミ!と追いすがるように、その数分後ナミに向けて全力で訴えたのは言うまでもない。




「これと同じ奴を、あともう一杯お願いします…!」

ダン!と強くカウンターにグラスを叩きつけて店の店員へと追加オーダーを告げる。その私の荒々しい動作に少々戸惑いの色を見せつつも、バーの店員は「承知しました」とその場でサーバーへと手を伸ばし、私のご要望通りのお酒を作る事に専念してくれたようだった。

「あー…何かこの状況、飲まないとやってらんない」

そんな独り言をボソっと呟いて、店の奥へと無意識に目を向ける。そこにあったもの、というか居たのは、両隣に女をはべらせて偉そうに足を組み、そしていつものように気怠そうにソファーに腰掛けるローの姿があった。いつぞやのクラブの時みたいに、きゃきゃ!と嬉しそうにはしゃぐ女達の大群と、それをうざったそうに完全に無視を決め込んでいるローのその光景は実にアンバランスである。…それにしても相変わらずよく女にモテる男だ。あの男の何がそんなに良いのか私には全くもって理解不能だが。

「ねぇ、君。さっきからそこで一人で飲んでるみたいだけど友達は?トイレ?」

引き続きその場所にてイライラを募らせる私の右隣から、聞き慣れない声が聞こえチラリと視線を向ける。どうやら男が一人、カウンターにて身を寄せている私へと声を掛けて来たようだった。あぁ…何かこういうの久しぶりだな。昔はよくナミとビビの三人で、こうして男を引っ掛けていたもんだ。ふと、そんな事を思い出しつつも私はその男に対してゆったりと口を開く。

「いえ、友達は煙草やら何やらと一旦コンビニに買い出しに行ってて、だから今私は一人ってだけです」

「へぇー、そうなんだ。じゃあ良かったらあっちで俺らと一緒に飲まない?その君の友達が戻って来るまでの間で良いからさ」

「はぁ…まぁ別に良いですけど」

「よし!じゃー決まりっ!行こう!」

そうニッコリと笑った男にやんわりと手を握られる。丁度その時、さっき追加オーダーしたお酒をバーの店員から受け取り、カツカツとヒールを鳴らしつつも男に腕を引かれるまま席を移動した。ローが座る席から丁度対角線上に位置したその席には、テーブルの上に大量のナッツやらチョコやらが置いてある。ラッキー!お酒と合いそう!とか何とか思いつつも、私は軽快に腕を伸ばし、そしてチョコを一つ口に放り込んだ。

「にしてもさっきから俺ら全員、君の事ずーっと可愛いって言ってたんだよ。でも君の周りにはやたら大勢のイケメンやら美女やらが取り囲ってて、何だか声が掛けにくくてさぁ。ある意味君の友達には感謝感謝だよ。少しの間でもコンビニに行ってくれて」

そうお世辞交じりの言葉を口にした男が、にんまりと此方に対して嬉しそうに笑う。

「それはどうもありがとうございます。私も丁度良かったですよ、お兄さん達が声を掛けて来てくれて。あのまま一人で居たらイライラしっ放しで、私の血管はどーにかなってたかもしれないんで…」

「あはは!血管が?なんで!」

その私の返しに、そこに居る複数人の男達はゲラゲラと楽しそうに笑った。そんな愉快な声が会場内に響き渡ったのも束の間、ふとある一つの疑問が思い浮かぶ。なんで?…た、確かに。…………あれ?何で私、さっき一人でイライラしてたんだろう。自分でも謎すぎる…

「ねぇ、名前何て言うの?家はどの辺?今度また俺らと一緒に飲みでも行かない?」

そんな大量の質問攻めに合いつつも、「さぁ?何でしょうねー」なんて言いつつグラスに口付けては話題をはぐらかす。このやり方は昔から変わらない。別に特にこの男達から悪意は感じないし、多分それなりに話題も豊富で楽しい事には楽しいが、かと言って出会って数分でサクサクと個人情報を垂れ流しする程、私は簡単な女ではないのだ。それにあれだ、後々面倒な事になるのは御免だし、どっちにしてもこの時間はナミ達が戻って来るまでの繋ぎの時間で、この男達にそんなに深く関わらなくても良い筈。そう瞬時に判断を下しての返しだった。

「いーじゃん、ちょっとぐらい俺達にも心を開いてよー」

そう楽しげに口にしては、両隣に座る男達がやけに身体を此方に摺り寄せて来る。いよいよ面倒な流れになってきたな…とか思ったのも束の間、今度は肩に腕を廻されて耳元に唇を寄せられた。その瞬間、ゾ!と思わず全身に悪寒が走る。

「えーっと…、ちょっと私トイレに…」

「まぁまぁ!そんな事言わずにぃー、あともうちょっとだけ!ね?」

その場に腰をあげた私の腕を瞬時に掴み、再びその場に留まるようにと男達はやんわりと宥めてくる。その状況に、私は心の中で軽い舌打ちをうった。…さて、どうしたもんかと溜息をついては、脳内で瞬時に色々対策を練り始める。自業自得とはいえ、流石にもうこいつらとはこの辺でオサラバで良いだろう。てか、ナミ達!カムバーック!と、そんな胸の内を心の中で盛大に叫んだ、その時だった。

「おい」

「え?」

この後の対応をどうしようかと心の中で悩んでいたその矢先、目の前にある一つの影が覆い被さる。そして直後に発せられたその言葉に、つい思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。

「てめぇ…いい加減にしろよ。何回この俺に面倒を掛けさせやがるつもりだ」

「ロー…な、なんで…」

「来い」

「えっ…!!ちょ、待っ…!!」

その言葉を皮切りに、有無を言わさずすかさずローに腕を奪われる。そしていつものようにスタスタと私の目の前を歩こうとするその大きな背中に向かって、「いきなり何…!?てか腕痛い!離して!」と、盛大に文句を吐き捨てた。そんな私達二人のやりとりに、思わず首を捻って背後に視線を向けると、さっきの男達は口を大きく開いたまま、その場でポカーンと放心状態の様子だった。一応一時はそこそこ楽しい時間をくれた相手だったので、建前ではあるが「ご、ごめんね…!」と、ずるずるとローに腕を引かれつつも平謝りを何度も繰り返し伝えた。

「ちょっとロー…!!ねぇ腕痛いって…!止まってってば!!」

「……………」

その後も引き続きローによって、ズルズルと腕を引かれたままの私が何度もその腕を振り払おうと模索する。…が、しかし。どうやら彼は、私の訴えには完全に無視を決め込んだ様子だった。あーだこーだと文句を吐き連ねて、目の前を歩くローへと声を掛け続ける私を無視し、未だ腕を強く掴んだままローはさっき自分が座っていた席とは違う場所へと私を連行して行った。

「っ…!!いったぁぁあ…!!」

まるで生ゴミでも投げ捨てるかのように、そこに配置されているソファーへと乱暴に身体を放り投げられる。幸いそのソファーはふかふかしていたから良いものの、とはいえさすがに雑すぎないか!?と、目の前に立っているローへと眉を寄せてきっと睨みつけた。

「ちょっとあんたねぇ!何よいきなり…!?ビックリするじゃん!!」

「黙れ。お前が悪い」

「はぁっ…!?」

そのローの発言にちんぷんかんぷんな私は、またもや素っ頓狂な声を挙げた。そしてさっき軽く負傷した自分の腰に手を当てつつも、目の前に立つローの前へとずかずかと歩幅を広げて距離を詰める。

「私の何が悪いって言うのよ…!?てか、どー見てもローの方が酷いじゃん!」

「うるせぇ、喚くな。…てめぇ、何麦わら屋達が居ない隙に他の男に色目なんざ使ってやがる。ふざけた事してんじゃねぇよ」

「はぁっ…!?色目なんか使ってないわよ!あんた何勘違いしてんの…!?てか余計なお世話なんだけど!」

「使ってただろうが。これ見よがしにバーのカウンターで一人になりやがって…馬鹿かてめぇ。如何にも男に声掛けろってアピールしてるようなもんだろうが」

そこまで口にして、ローはバタン!と勢いよく扉を閉めた。ローが連れて来たこのスペースは、他の席とは少しだけ異なり、ガラス張りではあるが辺り一面壁に覆い囲まれている、所謂VIPルームって奴だった。そんな周りから丸見えの状態で、互いに黒いオーラを纏い、ぎゃあぎゃあと口論をおっ始めた私達はきっと傍から見ればかなりカオスな光景に見えている事だろう。でもそんな事を気にする余裕もないぐらい、私の口から出て来る言葉はどれもこれも辛辣な台詞で、どうやらそれに対して更に機嫌を損ねたローの眉間の皺は、みるみる内に更に奥深い物へと変貌していった。

「てか!あんただって他の女とベタベタしてたじゃん…!そんな奴にお説教されるなんてまっぴら御免だわ!」

「おい、あれの何処がベタベタしてたように見える。お前の目は節穴か?今すぐに眼科にでも行って来い」

「うるさーい!バーカバーカ!」

「……………てめぇ、助けてやった恩人にそんなふざけた態度して良いと思ってんのか。もう一度投げ飛ばしてやろうか」

そこまで言って、ローはいよいよ私の腰を自分の元へと勢いよく引き寄せる。だがその思いもしないローの行動に、私は怒りを忘れて目が点になり、そして一気に放心状態となってしまった。

「……………」

「……………」

まるでどこぞのラブシーンかのようなその光景に、ガラスの向こう側から「おぉ…!」と何故か複数の歓声が湧き上がる。その声にはっと意識を取り戻した私は、「は、離れてってば…!近い!」と瞬時に両腕を伸ばして、ローとの距離を一気に引き離した。

「なんだ、照れてんのか」

「は、はぁっ…!?」

「前にも一度思った事はあるが、案外可愛い所あるな。お前」

「!?」

そう言って、さっきまでの怒りは何処に置いてきたのか。くすくすと声高らかに笑うそのローの言葉に、瞬時に顔が赤くなる。で、出た…!この感じ!この悪そうな顔!あれだ、所謂いつもの大魔王降臨って奴だ…!

「お前のもっと可愛い部分、この俺が引き出してやろうか…」

そんな甘い台詞を吐いて、引き伸ばしていた腕をまたもやローに奪われる。そしてそのままズルズルと後ろに追いやられて、ついにはソファーへと押し倒されてしまった。………ちょ!!ち、近い…!!近すぎる…!!

「馬鹿!冗談ならやめてよね…!!てかそこ退いてよ…!邪魔!」

「ナマエ、」

「…………え?」

ソファーに両手をつき、天井を背景に私の顔を見下ろしているローの顔をそっと下から覗き込む。冷静になった瞬間、思ったより近い場所にあったその端正な顔に内心ぎょっとしつつも、何故かさっきより何トーンも物腰の柔らかい声で私の名前を呼んだローのその言葉に、何故かその時激しく胸が波打った。

「な、なに…」

「……………」

「え、ちょっと何あんた黙ってんのよ…何か喋ってよ」

「……………」

「………あ、あれ?聞こえてない?え、まさかこれ一時停止!的な…?」

ちょっとちょっと!と、一人バタバタとその場で何度か慌てふためいた所で、「おい、」とようやく黙っていたローが口を開いた。

「ナマエ、お前はもう今後一切そんな露出した服着るのは禁止だ」

「……………は、」

「あと…あぁ、そうだな。そのやたら無駄に艶っぽい巻き髪もやめろ」

「……………え、」

「それと、その唇」

「え?」

そこまで口にして、ローはにやりと口の端を上げて、私の唇にそっと壊れ物を扱うかのように優しく人差し指で触れた。


「その男を誘う赤いリップ、それが一番厄介だ」

「……………」


『それは、俺の前だけにしろ』


そう言って、ローはするりと私の頬を撫でた。その顔は今まで見た事もないような甘ったるい表情で、思わず全身が強張る。でもそれは別に恐怖から来るものじゃなくて、本当はそれが何なのか、はたまた何処からやってくる硬直なのか、その答えを私は知っていた。


「……………ほんと、自己中な男」

「はっ…それはお互い様だろ」


ローの相変わらずな皮肉なその言葉に、互いに眉を下げて至近距離で笑い合う。……全く、何て俺様な男なんだ。態度もデカい、口も悪い、自己中心的で常に命令口調。


『何麦わら屋達が居ない隙に他の男に色目なんざ使ってやがる』


……………でも、何でだろう。別に悪くない。というか、ローにならそんな命令を下されても、結果最終的に毎回許せる。…ような気がする。

「……………ひょっとして私、ドMなのか」

「あ?」

そこまで自分に問いかけた所で、「ごめんナマエー!お待たせー!」と、わいわいガヤガヤとナミ達が勢いよく扉を開けたその瞬間、見事一気にフリーズして固まった。結果、当然のように私の思考回路はそこで強制終了となってしまった訳でして。

「………………あら、お邪魔だったかしら」

「い、いやややや!ち、違う違う…!!誤解よ誤解!!」

即座に上に乗っかっていたローを勢いよく蹴り飛ばして、バタバタと派手な音を立てつつもナミ達の元へと急ぐ。そんな焦りまくっている私の背後から、床に蹲った状態のローが「………てめえ、ふざけんなよ」と何やら文句を呟いていたが今は正直それどころじゃなかった。

「………あ、危ない危ない!またうっかり奴に丸め込まれる所だった…!」

「はぁ…?何の話よそれ」

帰って来て早々様子が可笑しい私に気付いたのか、ナミが眉を寄せつつも質問を投げ掛けてくる。それに対して「ううん!何でもない!」とヘラヘラと愛想笑いを浮かべつつも相槌をうつ私に、ナミは心底面倒臭そうに「あっそ」と呟いた。そんな中、今になって再び激しく心臓が波打ち始め、まるでそれを抑え込むかのように両手を胸に手繰り寄せ、ふぅ、と深く長い息を吐く。


…………あの男は心臓に悪い。ちょっと、暫くの間は距離を開けよう。


と。そんな事を一人、胸に誓いながら。

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