……………あぁ、気分良い。何か頭の中がフワッフワしてる。こういうの何ていうの?快感?夢心地?まぁどっちでも良いけど、今自分は気分が良い事だけは確かだ。

「…………きもちー…」

はぁ、とうっとりとした気持ちを吐き出すように深い息を吐き、目の前にある温もりに縋りつく。そのまま布団を手繰り寄せる為に伸ばした私の両腕は空を彷徨った。そしてそこで「ん?」と瞼を閉じたまま眉を寄せる。

…………………あれ?え、私の布団は?抱き枕は?


「……おい」

「え…?」

その地を這うような低ーい声に、そこでパチン!とシャボン玉がはじけたように意識が覚醒した。と同時に瞼を開き、ゆっくりと目の前の状況を整理しようと精一杯脳を働かせる。………あら?あらら?え、何これ。ヤダこれ。ちょっと待っ…!

「てめぇ…俺を殺す気か」

「………えっ!?」

「腕を退けろ、苦しいんだよ馬鹿」

目を開けた瞬間一気に青ざめた。そしてそれと同時に私の人生ももはやここまでか!と腹を括った。目の前に広がるそれは見慣れたマンション付近の風景。そしていつもより数段高い目線。からの終始フワフワと上下に揺れている私の身体。そして腰に巻き付いている男らしい骨ばった腕。………ま、まさか…!!

「誰のお陰でここまで戻って来れたと思ってやがる。さっさとその腕を退かさねぇと、てめぇをこのまま地面に叩きつけるぞ。あぁ?」

「ロ、ロー!?」

そこで完全に意識を取り戻した私は、瞬時に今現在の状況を把握した。そしてそのまま「ぎゃあ!」と我ながら色気のない雄叫びを挙げつつもローの首元に廻していたであろう自分の腕を勢いよく引き離した。所で、そこで当然のように体勢が崩れ、身体全体があっちこっちに上下左右に揺れ動いた。し、死ぬ…!色んな意味で絶対死ぬ…!

「おい、急に動くんじゃねぇよ。落ちるだろうが」

「だ、だって…!何この状況…!?つーか何で今私ローに担がれてんの!?てかその前にあんたが腕を退かせろって言ったんじゃんか…!」

「うるせぇな、耳元でゴチャゴチャ喚くんじゃねぇよ…本当に落とすぞてめぇ」

ちっ、とそれはそれはさぞかし不機嫌そうに舌打ちをうつローにお構いなくぎゃあぎゃあと文句を叫んだ。取り敢えず、まずはこの意味不明な状況を打破したい。てかその前に、何で今私はローの肩に担がれているのだろうか。そして何故この男も男で、まるで人の身体を米俵のように肩に乗せて歩いているのだろうか。つーかさ、そこは普通お姫様抱っこって奴じゃないの…!?なんだこれ!私は農村で育てられた米かよ!扱い酷すぎじゃない…!?

「黙れ。お前が二次会で調子乗って酒を煽りすぎたせいでこんな事になってんだろうが。お陰で俺が家まで連れて帰る羽目になりやがってとんだとばっちりだ。本当、いい加減にしろよてめぇ…」

「はぁ…!?わ、私のせいっていうの!?……って、そもそも私そんなに飲んでた?」

「あぁ、馬鹿みたいにな。限度ってもんを知らねぇのかよ、お前は」

「………はぁ、それはすいませんね。全く覚えてないけど」

と、そこまで口にした所で直ぐ真横にあるローへと顔を向けた。が、速攻でそんな自分の行動を呪った。視線を向けた瞬間、そこにあった端正な横顔にぎょっとしてしまったからである。……ち、近い。改めてよくよく考えてみると近い。からの心臓に悪い。何やってんだ私!そもそもこの男に関わるのは暫く止めにしようと、つい何時間前に決意を固めたばっかりだったじゃないか…!

「ちょ…!てか取り敢えず離してくれない…!?じ、自分で歩けるから…!」

「あぁ?よく言うな、お前。店から出た瞬間千鳥足になったくせにか。いいから黙って担がれてろ」

「い、いややや!無理!逆に無理!てかもう酔いも覚めたし大丈夫だから…!」

「うるせえ、暴れんじゃねぇよ。大人しくしろ」

無理―――――!!と叫んだ所でゴール間近な事に気が付いた。その訳とは、ようやくマンションのエントランスが見えてきたからである。って言ってもローに担がれている為、向きは真逆なのだが。そうは言っても見慣れた風景なので、流石に今現在何処に位置しているのかぐらいは分かる。そして一刻も早く地上に私を降ろして欲しい。じゃないと心臓が持たない。

「これまた遅ぇ帰りだよい、何やってんだお前」

「え?」

「あ…?」

ローが肩に担いでいる私の身体を軽く揺さぶり、恐らくポケットの中に入れているであろうマンションの鍵を手探りで探しては一段目の階段に足を伸ばした、その時だった。久々に耳にしたその聞き覚えのある特徴的な語尾と声に、私の身体はビク!と反応する。そのまま恐る恐るゆっくりと首を後ろに捻ると、そこに立っていたのは私の元彼兼、今は友人でもあるマルコだった。……そう、あの何でもそつなくこなしてしまうスーパーボーイ。泣く子も黙るマルコ氏の登場である。

「………マルコ?あんた何してんのそんな所で」

「そりゃこっちの台詞だよい。お前こそ何やってんだ…いい歳して恥ずかしい奴だよい」

「う、うるさいな…!私だって好きでこんな状態な訳じゃ、」

「誰だてめぇ」

「……………は?」

そのローからの威圧的な言葉に思わず間抜けな声が漏れた。そこで暫しの沈黙。そこに存在している三人全員分の時が止まったかのようにも思えた。って、そんな事ある訳ないけどそれでも何故か空気が重たい。……え、何だこれ。何だこの感じ。取り敢えず、何か知らんがとにかくきまずい…!どーする、私。

「……えーっと、ロー。この人はねぇ…」

「こいつの友人だよい。…つっても、まぁ何年か前の元彼でもあるけどな」

「………あぁ?」

「ちょっ…!マルコ!余計な事は言わなくて良いから…!」

「迷惑掛けて悪かったな。後は俺が面倒を見る」

「痛っ…!ちょ、マルコ痛いって!扱い雑!」

「………………」

ぎゃあぎゃあと文句を言い放つ私の身体を半ば強引にローの肩から引き離して、マルコは私の身体を自分の肩に担ぎ直した。それと同時にローが持ってくれていた引出物の紙袋と私のクラッチバックも手にし、「行くぞ」と私に声を掛ける。そして奴もローと同じように私の身体を米俵抱きときた。何なの一体…どいつもこいつも。だから扱い雑だって…泣きたい。

「ロ、ロー!ごめんね…!このお礼はまた後日…!あ、てか一緒にローもエレベーター乗ろうよ!同じ階なんだからさ…!」

「おい、暴れんじゃねぇよい。歩きにくい」

「ちょ、良いからマルコは黙ってて…!」

「……………」

ペシペシ!とマルコの背中を軽く叩きつつも、少し離れた場所で立っているローへと声を張り上げる。でもそんな私の問いかけには一切応じず、ローはその場でただ黙ったまま此方を睨むようにして凝視していた。

「ロー!ねぇ、ローってば…!」

「うるせぇよい。放っとけ。行くぞ」

私の訴えは無残にも、直ぐにガコン、と勢いよくロビーの扉が閉まったと同時に強制的に幕を降ろす事となった。そのままマルコに肩に担がれたまま、この1階まで辿り着いたエレベーターに乗せられてはウィーンと虚しくエレベーターは上昇していく。そこでようやく冷静さを取り戻して、はぁ、と大きな溜息を吐いた。そのまま何かを諦めるかのように、マルコの肩にこつんと頭を伏せる。別に連れて帰って欲しいと頼んだ覚えはないが、でもそれでも何だかんだここまで連れて帰って来てくれたローに悪いなと思ったからだ。

「………流石にちょっと酷いよ、マルコ。あれじゃあ私の立場ってもんがないじゃん…」

「あぁ、そりゃ悪かったな。後日俺からもあいつに謝っておくよい」

「い、良い良い…!大丈夫…!私からローに謝っとくから!」

「…………へぇ、じゃあ頼むよい」

「う、うん…!」

「……………」

マルコからの提案は至ってごく普通の事だとは思ったが、何故かその時余計な事はしないで!と心の中で叫んだ。………多分だけど、ロー凄い怒ってた…ような気がする。や、違うな。気がする、じゃなくてあれは完全に怒ってた。えぇ、そりゃもうとんでもなくそれはそれはいつもとは桁違いのレベルで。

「…………遂に来るか、私の命日が」

「あぁ?」

来たる某日。遂に来るぞ、私の最後が。とか何とかかんとか訳の分からん事をブツブツ呟いた所で、チン!とエレベーターの到着音が鳴り響いた。そのまま扉が開いたと同時に未だマルコに肩に担がれたままの私は、自分の部屋へと強制連行される。ガチャ、とマルコが器用に私のバッグから鍵を取り出して勢いよくドアを開けては、そのままリビングに辿り着いたと同時にソファーに優しく座らされてやんわりと頭を撫でられる。

「水、持って来るからちょっとそこで待ってろ」

「………うん、ありがとう」

そう言って、マルコはそのままキッチンへと踵を返し、慣れた手付きで冷蔵庫の中からミネラルウォーターを探してくれているようだった。そんなマルコの後ろ姿を横目に、またしても再びそこで大きな溜息を吐く。

……………ローに、何て謝ろう。

一難去ってまた一難か…とか思いつつもその場に項垂れる。何故かその時、最後に目にしたローのあの不機嫌極まりない顔が脳裏に纏わりつき、そしてそれは暫くの間、一向に離れてはくれなくて。その時何とも居心地の悪い感情に、包まれていく感覚が自分でもよくはっきりと分かった。






「てかさ、そもそもあんた何しに来たの?」

あれから何やかんやと時は過ぎ、ようやく冷静さを取り戻した所で目の前に腰を降ろしているマルコへと疑問を投げ掛ける。そんな私の前でグビグビと当然のように冷蔵庫にストックしてあったお酒を口にしながらも、「あ?」とマルコは此方に気怠そうに視線を寄越した。

「いや、だから何しにここに来たのかってば…てか何その怖い顔。あんたまで不機嫌とか勘弁してよね…」

「………土産、」

「え?」

「だから、土産を持って来たんだよい。お前に」

「…………は?何の」

「……………」

その私の発言に、これでもか!という程の大きな溜息を吐いたマルコは、そのまま自分の横に置いていた紙袋を至極面倒臭そうな表情で私の前へと差し出した。何がなんやらちんぷんかんぷんのまま、「開けてみろ」とマルコに施されたので、素直に包装を解いて中身を確認する。

「………えっ、これ!」

「お前がずっと欲しがってた香水だよい。海外限定発売のな」

「まじ!?良いのこれ、本当に貰っちゃっても!」

「良いから土産なんだろうがよい。さっさと受け取れ」

「…マ、マルコ様…!あざます!」

そこで一気にテンションが浮上した。でもそれは仕方がない。だってマルコが買って来てくれたそのお土産品とは、私がずーっと前から欲しくて欲しくて仕方がなかった高級ブランド店から発売されている香水だったからである。しかも海外でしか発売されてなくて、以前何度も何度もしつこくネットで探し回ってみたものの、流石は人気商品とだけあって未だに一度だって物にする事は出来ずにいたのだ。そんなもはや幻の存在と言っても良い程の物が今!私のこの掌に収まっている訳でして!

「マルコぉぉお…まじでありがとう…!恩に着ます!」

「喜んで貰えたんなら良かったよい。まぁ、せいぜい失くす事のないように大事にしてやってくれ」

「はい!そりゃもう大事にしまくります!それに尽きる!」

「そーかい、じゃあ安心だよい」

「うん!」

ヘラヘラと、気持ちが悪い程の満面の笑みで天井へと香水を高く掲げては、はぁ、と感銘の声を挙げつつもうっとりとした目線をそこに向ける。……やった。遂に私の元へとやってきたのね…!ようこそ我が家へ!とか何とかかんとか訳の分からん事を香水に向かって盛大に叫んでいると、そんな私の姿が面白かったのか、くすくすとまるで笑いを堪えるかのように肩を震わせて笑っているマルコの声がこのリビング内に響いた。

「………ちょっと、何もそんなに笑わなくたって良いじゃん。失礼ね」

「いや…だってよい。お前の顔が面白くて仕方ねぇから…」

「仕方ないじゃん、嬉しくて堪らないんだからさぁ」

「あぁ…いや、別にそれは俺も嬉しいから良いんだけどよい」

「何よそれ…」

そんな言い合いをマルコと交わしつつも、天井に掲げていた香水を再び大事に箱に戻してはその場に腰を上げ、リビング内に配置してある棚へと収めた。しめしめ。久々にコレクションが増えたわ。とか思いつつもパタン、と戸を閉め、踵を返して定位置へと戻る。

「てか、あれだよね?お土産をくれたって事は海外に出張に行って来たって事だよね?いつから行ってたの?」

「あん?」

「………あ、そっか。もしかして、」

「そうだよい。この前此処に泊まった、次の日からだよい」

「あーなるほど。そりゃまた長期出張だったね。お疲れ様」

「そりゃどーも」

そう言って、引き続きくすくすと楽しそうに笑ったマルコが再び手にしていたお酒を勢いよく口に含む。それをぼんやりと見つめながらも、そう言えば丁度あの時ぐらいからだったけ。ローと今みたいに関わり出したのは。と、ふと、そんな事を考えた。

「お前の方こそ、その間何してたんだよい」

「え?」

「さっきの男、ありゃお前の新しい男か」

「……………はぁっ!?」

そのマルコの口から飛び出してきた発言に、一気に現実に戻ってとんでもない程の雄叫びを挙げた。それが予想外だったのか、「うるせぇ」と眉を寄せたマルコに文句を突きつけられる。………新しい男?んな訳あるか!いや、あって堪るかってのよ…!

「なんだ、違ぇのか」

「違うに決まってんでしょ…!何言ってんのあんた…!」

「へぇー…にしてはあの目はヤバかったけどな」

「はぁ…?」

「………いや、こっちの話だよい」

そう言って、いつの間に空にしたのか「よっ、」と爺臭い一言を呟いたマルコが缶を手にしてその場に腰を上げる。そのままスタスタとキッチン内にあるゴミ箱へと缶を捨てに行った。それを横目で確認しつつも、バクバクと煩い心臓を落ち着かせるかのように手を添える。何でマルコが急にそんな事を言い出したのかもよく分からなかったし、何よりもローの事を考えただけで、今日はやたら自分の心臓が煩い事にも意味不明だった。

「…………な、ないないない。いや、それはない…」

そこで一瞬。脳裏に嫌な予感が走ったが、それには気付かないフリをして勢いよく左右に首を振った。自分と自分の気持ちを落ち着かせる為に、そこで大きく深呼吸をしては、「大丈夫大丈夫…違う違う」と自分自身に言い聞かす。

「…………何やってんだよい。アホか、お前は」

一人百面相を繰り広げていた私の前に被さったある一つの影。その影の正体とは勿論マルコで。そしてその手には二つの飲料が握られている。一つは自分のお酒、そしてもう一つは私の酔いを覚ます為のミネラルウォーター第二弾がそこにあった。気怠そうに差し出されたそれをやんわりと受け取っては、「お前、さっきの水飲むのやたら早ぇな」とマルコが眉を下げて呆れ気味に笑う。その笑顔を前に、小さく愛想笑いを返しては無意識にポリポリと頭を掻いた。


……………とりあえず、夜が明けたらローに謝りに行こう。多分…半殺しは確定だろうけど。

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