就寝前の行動は、決まっていつも同じパターンだ。まずこれでもか!という程丁寧に歯を磨く。(途中テレビを観ながらボヤーっと磨く時もある)そして次に冷蔵庫の中に常日頃から絶えず補充しているミネラルウォーターを何口か喉へと注ぎ込む。からの寝室へとGO。今日一日の出来事を頭の中で色々と振り返りつつも、枕と毛布をポンポンと定位置に配置して形を整える。はい!そこでお待ちかねのベッドへとダーイブ、

PiPiPi…PiPiPi…

「……………ん?」

する、予定だったんだけど。

「…………誰、こんな時間に」

はた迷惑な。心の中で悪態をつきつつも、ベッドのヘッドボードに置いていた自分の携帯を手にし、チっと舌打ちをする。出る出ないは別にして、取り敢えずの所その着信相手が誰なのかを確認する為、チラっと視線を画面に落とした。

「マルコ?」

こんな時間に珍しい…!誰も居ないこの部屋で、ついついそんな素直な感想が口から溢れ出た。そしてそのまま数秒間沈黙。……どうしよう。いや、どうしてやろうか。今現在、世の中は深夜の1時を過ぎた真夜中と言っても良い程の時間帯だ。明日も仕事のくせに、こんな時間まで起きている原因は、ついさっきまでレンタルビデオ店で借りて来た海外ドラマを観ていたからだったりする。別に今直ぐにでもと眠気に襲われている訳ではない。が、悩む。………ちょっとこれ、どーすんの私。出るの?出ちゃうの?つーか逆に出ない方がいいの?どっち…!?

「あーもう…!」

迷うぐらいならさっさと出てしまえ!精神で、若干嫌々ながらも耳にスマホを押し当てる。もしもし?とかは言わない。この場合は『は?今?不機嫌だけど』オーラを盛大にアピールする為にも、「なに?」と冷たい第一声を口にする方が正しいのだ。

「おー、悪ぃなこんな時間に。お前今家か?」

「いや、当たり前でしょ。平日のこの時間に夜遊びしてたら体力持たないし次の日死ぬじゃん」

「よく言うよい。昔は馬鹿みたいに平日休日関係なくフラフラ遊び回ってた奴が」

「用件がないようなので切りますね。おや、」

「あー待て待て待て。用ならちゃんとあんだよい」

「はぁ…?」

ならさっさと言わんかい!とか思いつつもマルコからの返事をじっと待つ。電話越しだから完全には見抜けないけど、多分この男酔ってるな。一見いつもと変わらずしっかりとした口調には聞こえるけれど、そもそも普段からどっちかと言うと、マルコは平日のこんな時間に気軽に電話してくるようなタイプじゃない。そして本当の本当に僅かな差ではあるけれど、今日はいつもよりご機嫌のような気がするのだ。よって結果酔ってるという判断になる。判断ってか…うん。もうこれやっぱ確定でいいかも。

「今お前ん家のロビーにいんだよい。下からインターホン鳴らすから開けてくれ」

「はぁっ…!?」

全く予想だにしていなかった発言に目が点になり、そしてまた深夜だというのに盛大に叫んでしまった。が、そんな軽い混乱状態の私の耳に本当にその直後マンションのインターホンが家中に鳴り響いて、そこではっと意識を取り戻す。そのまましょんぼりと肩を落としつつも、不服ながらもマルコに言われた通りに鍵を開け、力なく玄関へと向かう。

ピンポーン…

暫くして再びチャイムが鳴ったのを機に、げんなりとした面持ちでゆっくりと扉を開けた。そこに立って居たのは勿論さっきの電話の主、マルコだ。どうやらやっぱり酔っているらしい。若干顔が赤いし、何よりその前に酒臭い。

「よう、悪ぃな。こんな時間に」

「いやほんとマジでね……って、その肩に乗せてる腕なに。誰?」

「あ?あぁ…決まってんだろい。こいつだ」

「こいつ?」

って、だから誰!とか思いつつも、ようやく全開となった玄関の扉から姿を現したその人物に思わず身体が固まってしまった。音に出すと、正に「ぎょっ!」である。いつもの深く刻み込まれている筈の眉間の皺はそこには無く、ましてや口なんて小さく開かれたまま力なく身体全体がダランと伸びたまま顔を下に俯かせているその人物に、思わずポカンとしてしまう。

「ロ、ローぉっ…!?」

そう、それがローだったから尚更驚きだ。どうやら酔いも回って彼の意識は眠りの世界へと旅立っている状態らしい。つーか、何でうちなの!?あーだこーだとマルコに向かって文句を叫ぶ私をことごとく無視してズカズカと我が家に上がり込み、最終的にリビングのソファーにローを寝転ばせたマルコは、「じゃ、またな」とだけ言い残してさっさと帰って行ってしまった。………な、なんってこった。よりにもよって何故こんな大荷物を置いて行くんだ。てか!一体全体この後私はどうすれば…!

「ん…」

「…………ん?」

と、その時。その問題の大荷物さんが眠りの世界からようやく此方の世界へと戻って来た。その約1秒後、まるで何かから生まれ変わったかのようにパチリと大きく目を見開いては、「あ?」と素っ頓狂な声を発した。いやいやいや、「あ?」じゃない。「あ?」じゃ。

「あ、生還されました?おはようございます……って、まだ全然深夜だけど」

「……………お前、何でここにいる」

「いやそれこっちの台詞!ってか、あんた等一体どんだけ酒飲んだの…!?まじどいつもこいつも酒臭いんだけど!」

「るせぇな…頭に響くだろうが…おい、とりあえず水」

「とりあえずビールみたいに言うなっつーの!」

ダン!とその場で何度か地団太を踏んだ後、そうは言っても相手は酔っ払いなので何を言っても無駄だと判断し、取り敢えずの所はそこで一旦話を区切った。そのまま力なく肩を落としつつも、すごすごと冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してローへとペットボトルを差し出す。

「完全に飲みすぎたな…頭痛ぇ」

「でしょうね…そりゃそんだけ飲めばそーでしょうよ」

「今何時だ」

「は?」

「時間によっては俺はまだここで寝る」

「はぁっ…!?」

いや自分ち帰れよ!そう言いたいのを喉に飲み込んで「1時過ぎだけど」と親切に教えてあげれば、「余裕だな、寝る」とだけ言い残してローは再びそこに横たわって瞼を閉じた。な、何なんだこの男は…てか、何かさっきから微妙に会話がズレてる気がするんだけど。そしてそこで寝られても困るんですけど…!?あーもう…!

「ちょっとロー、そこで寝たら風邪ひくから…!まじで寝るんならせめてベッド使って寝て」

「………………」

「無視かよ!」

絶対まだ何処かに意識はあるくせに、いちいち狸寝入りを決め込むローに対して苛立ちが募った。が!最早ここまで来たら何を言っても無駄なんだろうなと得意の諦めの早さが私の心の中を一気に冷静にさせた。そのままそこに腰を降ろしてしゃがみ込み、膝に手をついて頬杖をしたままただただぼんやりとローの寝顔を見つめる。

「………ほんと、変な男」

彼のトレードマークともいえる帽子を脱がせてやり、人よりちょっとだけ癖のあるその黒髪へと手を伸ばした。そのまま流れるように頭を撫でてあげると、次の瞬間、その私の腕はガシっと何かによって動きを阻止される。え?とか思ったのも束の間、思わず後ろに腰を引くも力が強くて動くに動けない。ま、まさか…!と嫌な予感が走り、自分の血の気が一気に引いたのが分かった。

「寝込みを襲うとは良い度胸だな」

「ロ、ロー…やっぱり起きてたんだ…。てか…うん。私別に全然全くそんなつもりは…!」

「なんだ、そんなに俺に構って欲しいか」

「ち、違う違う違う…!それまじ勘違いだから…!」

「素直じゃねぇな。ほら、来い」

「えっ…!?」

「布団もねぇし寒ぃんだよ、仕方ねぇからお前を湯たんぽ代わりに使ってやる」

「何その例え!最悪!」

ぎゃあぎゃあと喚く私を無視して、ローは掴んでいた私の腕を自分の元へと引き寄せ、そして背後から一気に彼の体温と匂いに包まれた。三人掛けのソファー内にローの大きい身体が少し窮屈そうにはみ出していて、何だかそのアンバランスな感じに内心笑ってしまう。通常のサイズより何倍か横幅があるからギリまだいけるものの、そうは言ってもやっぱりこの状態は可笑しいと思う。って、何やってんだ私…何でこんな所にいい歳した大人二人が寝っ転がって寝てんの?是非とも誰かこの状況を全力でツッコんで欲しい。てか、狭い。

「お前…寝る時も香水つけてんのか」

「え?」

「これ、いつも付けてんのと違ぇだろ」

「あぁ…うん。これ、この前マルコが出張先で私に買って来てくれた奴なんだ。良い匂いでしょ?お気に入りだから今日はたまたま付けて寝ようかなと思ってさ」

「……………へぇ」

「なに?それがどうかした?……あ、もしかして匂いきつい?」

「別に…」

「そっか、なら良かった!」

「………………」

その会話以降、何にも言葉を発さなかったからてっきりローは寝たもんだと思ってたのに。寝返りを打った瞬間、パチリと互いの目と目が至近距離で合ってしまい思わず固まってしまった。ローは無表情のまま私の背中に廻した腕に力を込めてはそのまま黙ったままで、つい思わず「どうしたの?」と問い掛ける。

「………他の男の匂いなんざ付けてんじゃねぇよ、この馬鹿」

「えっ…?」

「とに気分悪ぃな…」

そう言って、ローはいつもみたいに眉間に皺を寄せたまま、はぁと深い溜息を吐いた。そのまま私の首筋に顔を埋め、そこに唇を寄せられて思わずビク!と全身が強張った。背中に廻された腕の力はより一層強くなり、そしてもう片方の腕は私の耳元から髪をクシャリと掬うように後頭部までするりと指を滑らせてはローに全てを包まれた状態となる。未だ首筋にはローの舌が這ったままで、時折チュっと強く吸われてはその度に小さな痛みが走った。

「ちょっ…、ロー…!あんた何して、」

「うるせぇ、黙ってろ」

何かこの感じやばい…!と判断した私は、その場で右往左往と身を捩らせながらも逃げ場を求めた。けど、本当は内心それどころじゃなかった。思考とは真逆に私の心臓は馬鹿みたいにドキドキと煩くて、そしてまた苦しくって。何で私こんなに動揺してんの!?と叫び出したいぐらいに脳内は大パニックとなっていた。

「…………ナマエ、」

「……なにっ…、」

はぁ、と無駄に色っぽい息を吐き出したローが私の名前を呼ぶ。耳元で囁かれたその声は少しだけ掠れていた。前々から密かに思っていたが、ローのこの声はズルいと思う。ましてや耳元でなんか囁かないで欲しい。思わず理性を失くしてしまいそうになる。

「お前…あの男の事どう思ってやがる」

「……えっ…?」

「惚れてんのか」

「…………は、はぁっ…?あの男って…誰」

「惚けんな。さっさと答えろ」

「さっさとって…ちょっ、ロー…!」

答えろと急かす割には、ローのその言動と行動が全く伴ってない。何故なら私の背中に廻していた彼の腕が私の服の間にスルリと滑り込み、直に肌に触れて来たからだ。ちょっ、ちょっと待って…!流石にこの先の流れは馬鹿な私でも読める…!ま、まずい!これはひっじょーにまずい…!!

「ま、マルコの事は…っ…!な、何にも想ってない…!」

「……………」

「お、想ってない…っ、から、ちょっと…その動き止めて…!」

「……………」

「ローっ…!お願いっ…」

懇願するように絞り出したその声は、我ながら弱弱しいにも程があった。でもそんな私に察してくれたのか、ローはようやくそこでピタリと動きを止めてくれた。そのまま身体を反転させて、私の顔を上からじっと見下ろすかのようにローが視線を注いでくる。その稀に見る真剣な表情に、再び私の心臓は馬鹿みたいに跳ね上がった。

「…………信用出来ねぇな」

「な、なんでよ…何にも想ってないって言ってるでしょ…」

「お前がそう思ってても、あいつはそうは思ってねぇ」

「な、何でそんな事あんたに分かるのよ…」

「さぁな。その先は自分で考えろ」

「はぁっ…!?」

寝る。そうとだけ言って、ローはその場に押し倒したままだった私の身体を抱き起こし、そして「さっさとお前も寝ろ」と一言言い残して次の瞬間には眠りの世界へと旅立って行ってしまった。どうやらここでようやくお開きとなったらしい。そこに取り残されたままの私の膝に頭を乗せて、幼い子供のように腰廻りに腕を廻したまま引っ付いて眠るローの寝顔に「バカ」と小さく呟いた。お陰で布団を取りに行き損ねてしまい、朝方やっぱりというか何というべきか、二人してクシャミが止まらなかったのはお決まりのパターンって感じだ。全く、何処まで自己中な男なの…そして相変わらずこの男は心臓に悪い。ほんともういい加減にして…と一人、そんな事を思ったのは言うまでもない。





「昨晩はそんなに激しい夜だったのかしら?」

ガタ、と食堂の椅子を後ろに引いたナミがニヤニヤと厭らしい目付きをしつつもそこに腰を降ろした。前回同様、大好物のエビフライ定食を食している自分の目の前に、これでもか!という程の面倒な空気を纏って登場したナミに対し眉を寄せる。そしてここで一言。「は?」といつもより数段低い声で相槌を打った。昨晩?激しい夜?………は?なんのこと?

「惚けてんじゃないわよ。あんたのその首、朝からうちの部署でも話題沸騰よ。相手の男は社内の奴なのかどうなのかって、そーれはそれはもうすっっごい噂になってんだから」

「く、び…って。ま、まさか…!!」

「なによ、あんた気付いてなかったの?バっカねー!男とイタした次の日は、全身くまなく隅々までチェックするのが普通でしょ?何やってんのよあんた」

はーもう信じらんない。そう言って、ナミはズルズルと目の前のラーメンを啜った。そしてある程度胃を満腹に近付けた所で「はい、これ」と言いつつもポケットの中から鏡を取り出し、そしてそれをすっと私の前へと差し出してくれた。お礼を言うのも何のその。すかさずその鏡を引っ掴んで勢いよく自分の首元へと視線を落とせば、ヒィっ…!と泣き叫びたくなる程のそれはそれは大きなキスマークがついていた。あいつ…!やりやがったな馬鹿野郎…!てかまじじゃんこれ…何でこんな大きいのに今の今まで気付かなかったんだろうか私…え、バカ?

「で?」

「…………え?」

「相手の男は何処のどいつなのかしら?」

「…………えっ!?」

そのナミの発言に一気に背筋が凍った。そしてその瞬間大量の冷や汗がどっと吹き出て来る。勿論、箸で掴んでいたエビフライもボトっとお皿に落としてしまい、し、しまった…!と内心叫んだ。今のは流石にわざとらしすぎる…!いや別にわざとそうした訳じゃないけども!

「わざわざこの歳でそーんな分かりやすい所にキスマークをつけるって事は、そいつかなりの独占欲が強い男よねぇ?」

「えっ!?い、いやぁー…そのー…」

「あら、そう言えば最近それと似たような男とあんた知り合いになってたわよねぇ?」

「そ!そそそぉっ…!?え、えー?そんな奴いたっけなぁ…?」

「ナマエちゃん?」

「は、はい…?」

そこで一旦話を区切ったナミが、テーブルに肘をつき、そして顎の下に手を添えたままニッコリと不敵に笑う。そして一言、彼女はこう言った。

「吐け」

その魔の言葉に一目散に「はい!」と答えた。致し方ない…自分の命を守るには最早この方法しか残されていないのだ。





「やっぱり相手の男はトラファルガーか。まっ、予想通りね」

「……………はい、すいません」

「何謝ってんのよ、別に良いじゃない。男と女なんて何かのきっかけさえあれば、何時そうなっても可笑しくないわよ」

「あ、ちょっと待って。それ誤解。別にローと私やってないから」

ストップ!とでも言うように、休憩室に配置してあるソファーに隣りあわせに座っているナミへとすっと掌をかざした。でもどれだけそれを主張した所でナミは「だから何?」の一点張りでガクっとその場に肩を落とす。そして彼女はことごとく私の言い分を無視して更なる勢いでグイグイと私に迫ってくる。お、押しが強すぎます姉さん…!

「で?そもそも何でそんな事になったのよ。あの男がそこまでするって事はよっぽどの事があったんでしょ?」

「えっ…い、いやそれがぁー…」

「?なによ」

「い、いまいちその原因?っていうのが、よく分からなくってですね…」

「……………はぁ?」

だって!本当に意味分かんないんだもん!そう泣き叫ぶようにそこに勢いよく立ち上がっては、ナミに事の次第を1から10まで説明…ってか最早熱弁に近い感覚で全てを話した。肝心のナミはそんな興奮冷めやらぬ私の話を顎に手を添えたままフンフンと丁寧に聞いていて、途中で説明をしながらも私何一人でこんなに焦ってるんだろう。とか、そんな事をその時々でふと思った。

「内容はよく分かったわ。そして結論、ナマエ、それあんたが悪い」

「は、はぁっ…?何でよ…」

「大体あんた昔から隙がありすぎんのよ。トラファルガーもそれを分かっててそう言ったんじゃないの?気を付けろって意味も込みで」

「え…?」

「だから、マルコ。そいつが全ての原因な訳でしょ?トラファルガーの機嫌が悪い訳も、あんたにそんな事をしたのも」

「………………」

「いい加減、何年も前に別れた男なんだからさっさと縁でも何でも切りなさいよ。いつまでのらりくらりと関係を続ける気?」

「関係って…別にマルコと私はもう、前みたいな関係じゃ…」

「甘い。良い?ナマエ、よく聞いて」

そこまで口にして、ナミはその艶やかな髪を掻き上げながら何かを吐き出すように小さく息を吐いた。そしてそのままビシっと此方に人差し指をかざして、その大きくて真ん丸な瞳を私へと向ける。

「何にも想ってない女に、わざわざお土産なんか個人的に買ってきたりする?」

「………………」

「ましてや定期的に何年も前に別れた女に会いになんて来るかしら。普通に考えたら分かる事でしょ?」

「………………」

「ナマエ、本当はあんたもマルコの気持ちに気付いてるんじゃないの?彼は今でもあんたのこと、」

「やめて」

言葉を遮るように強く声を発した私が意外だったのか、ナミは珍しく目を大きく見開いたまま此方をじっと凝視して固まった。それに気付いていながらも、私はぐっとその場で拳を握り、床に顔を俯かせる。………ごめん、ナミ。分かっててもその続きは言わないで。

「…………マルコとは、ただの友達だから」

「……………そう」

その場で小さくそうポツリと呟いた私に、ナミはきっと全て勘づいてると思った。それでもそれを全部理解した上で敢えてあやふやにしてくれた彼女には感謝してもしききれない。心の奥底からそう思いつつも、「私、部署に戻るね」と一言言い残し、足取りもままならないまま休憩室を後にしようと踵を返した。最後に部屋から出る時に、背後から「ごめん、ちょっと深入りしすぎたわ」と言って申し訳なさそうに謝罪をしてきたナミに力なく笑ってみせる。

「ううん、全然。分かってるから大丈夫。心配掛けてごめんねナミ、マルコとの事はちゃんとするから」

「……うん、分かった。あんまり無理しないでよ」

「ふふ、りょーかい」

ヒラヒラと手を振って、今度こそその場所から立ち去った。一人、部署へと続く廊下内にカツカツと自分の履いているヒール音が鳴り響く。その音を聞きつつも、ある一点をぼんやりと見つめながら脳裏に過る、数々の言葉。


『何にも想ってない女に、わざわざお土産なんか個人的に買ってきたりする?』

『ましてや定期的に何年も前に別れた女に会いになんて来るかしら』


『お前…あの男の事どう思ってやがる』

『お前がそう思ってても、あいつはそうは思ってねぇ。その先は自分で考えろ』


そこまで思い返した所で、その場にピタリと足を止めた。


『こいつの友人だよい。…つっても、まぁ何年か前の元彼でもあるけどな』


「マルコ…」

そろそろ、本当にケジメをつける時なのかもしれない。そんな事を思いながらぼんやりとしていると、ポケットに忍ばせていた携帯が振動と共にバイブ音を知らせてくれる。無心で開いたその画面上には、マルコからの通知との文字が。


今日の夜、会えねぇか。


まるでタイミングを見計らったかのように届いたそれに胸がざわつき、そして少しだけ息が詰まった。

……ねぇ、ロー。ローはいつだって真実に目を向けて、自分に取って必要な物とそうじゃないものを区別して生きてるよね。私はそんなローの事が少しだけ羨ましいよ。

愛と情は紙一重って、昔誰かが言ってたけどそれって本当なのかな。私はまだ、その答えを導き出す事が出来ずにいるから。

だからねぇ、良かったら今度その答えを聞かせて。次はもっとちゃんと、現実と向き合っていく事をここに誓うから。

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