「こんちわ!よっ、元気!?………や、違うな。うっす、おらナマエ!お裾分けしに来たお!………いやいや、これも違うな」

うーん、と誰も居ないマンションの廊下内にて一人唸り声を挙げる。そう…その正体とは何を隠そう、この私だ。事の発端は約一日前の昨日、あのローとマルコと私の3人が居た、マンションのエントランス内で起こった事件が原因で今に至る。

「…………って、何やってんだ私。別にいつも通りで良いじゃん…」

正にその通りだ!と言わんばかりのテンションで、その場にガクっと肩を落として大きな溜息をつく。そのまま頭を伏せたと同時に手にしている物に視線を落として、「よし!」と気を持ち直した。そのまま若干震える指先でピンポーン!と勢いよく玄関のチャイムを押し、その部屋に住む住人からの応答をドキドキしながらも反応を待つ。

「…………ん?留守?」

が。その期待は見事に打ち砕かれ、どうやらその肝心のお目当ての人物は留守のようだった。………まだ仕事か。仕方ない、出直そう。

「にしても緊張したな…あれか、これが所謂死亡フラグって奴か…」

とか何とかかんとか訳の分からん事をブツブツと呟きながらもその場で踵を返し、隣の自分の家まで戻った。そのままリビングに配置してあるテーブルの上に、せめてもの償いで作ったお裾分け品を軽く置いては勢いよく寝室のベッドへと身を沈めた。

「あー…まじで次、ローに会ったら何て説明しよう…てか、どうやって謝ろう…」

まるで何かの呪文を唱えるかのように眉を寄せては、延々とそんな事を一人悩み続けていた。昨日からずっとこの調子だ。いい加減早く楽になりたい…

「取り敢えず、今日の所は一旦寝よう…うん、そうしよう」

一体誰に向かってそれを主張しているのかは自分でもよく分からなかったが、本当にその言葉通り、その後直ぐに私は眠りの世界へと旅立った。お休み3秒とはこの事か!という程一気にぐーすかぐーすかと深い眠りにつき、そしてその夢の中に登場した、ある一人の男の姿に深く眉根を寄せ、「うぅん…」と苦し紛れな唸り声を絞り出す。


『お前、名前は?』

『悪かった、もっと早く俺がここに着いとけば良かった』

『お前のもっと可愛い部分、この俺が引き出してやろうか…』


「ロー…」

夢の中に登場してきたのは、あのいつも不機嫌そうな表情で、でもここぞとばかりにピンチな時にはいつも助けてくれるローの姿だった。そんな彼に対して、無意識にその名前を小さく呼んでは、手探りで手繰り寄せた抱き枕に顔を埋めた。そのまま何度も何度もその名前を口にしては、夢の中での登場だというのに、いちいち必死にローに向かって手を伸ばしている自分は何て滑稽なのだろうかと、ぼんやりと夢と現実が交差する頭の片隅でそんな事を考えた。

……………会いたい。ただ何となくローに対して、そう思えて仕方がなかったのだ。





「はぁ?避けられてる?」

「うん、間違いなく」

「……………」

休日の午後、ある昼下がりの事だった。今日も今日とて街中にはワイワイガヤガヤと大勢の人混みで溢れ返っている中、その中心角に位置するとあるカフェテラスにて二人の女がその場に相応しくない程の難しい表情で腰を降ろしている。勿論、その女二人とは私とナミの二人の事だ。かたや私は至極冷静且つ本気(と書いてマジ)な顔で。かたやナミはかなりの面倒臭そうな表情で、目の前にある紅茶をズズっと啜る。

「………あんたの勘違いじゃないの?」

心底かったるそうな表情で、サラッと結論付けた目の前の親友をギロリと人睨みする。当たり前だ。勘違いな訳ない。だってさぁ!何度チャイム鳴らそうが何しようが反応がないんだよ!?そんなの勘違いな訳ないじゃん!

「絶対あれだって!ローぶちギレてんだって!いやもうそれしか考えられない…!」

「アホらし。そんなのさっさとメールか電話かすれば良いだけの話じゃない」

「!なーる!それ良い…!」

あんた馬鹿?とかナミがブツブツと聞き捨てのならない言葉を吐いているその横で、閃いた!と言わんばかりのテンションを纏いつつもナミのお告げの通り勢いよくバッグの中から携帯を取り出しアドレス帳を開く。…と、そこである一つの重要な事柄に気が付いた。

「……………」

「なによ?急にだんまりしちゃって」

「…………ナミ、そう言えば私。よくよく考えてみたら、ローの番号もアドレスも知らなかったわ」

「…………あんた、よくそんな抜けた性格で生きていけるわね。ほんっと信じらんない」

はぁ、とそれはそれはさぞかし呆れた声を纏ってナミはその場に大きな大きな溜息を吐いた。いやー…本当にね。今回ばっかりはあんたの意見に同意見だわ。我ながら間抜けとしか言いようがない。

「………何か、他に良い解決策とかないですかね」

「さぁね。ないんじゃない?」

「そんな…!殺生な…!」

ナミの裏切り者ぉぉぉお!と、訳の分からん胸の内を盛大に叫んだ所で「うるっさい!」と頭上から彼女の拳が飛んでくる。い、痛い…

「ねぇ、そんな事よりも今度あんたの家で鍋でもしない?久々にルフィ達も呼んで」

「な、鍋…?この時期に?」

「この時期だからこそよ。トラファルガーに無視されて、凹んでる今のあんたには持って来いの話じゃない。ルフィ達の騒がしい声でも聞いたら、きっとちょっとはテンションが上がる筈でしょ?」

「ちょっと待って。別に私凹んでなんかないから」

「あー、それか別にタコパとかでも良いわよ。まっ、その辺は全部サンジ君に任せましょ」

ね?決まり!そう言って、女王様は早速自分の携帯をバッグから取り出し、私達高校時代から仲の良いグループが使用しているLINEトークを起動して、日時の誘いトークを飛ばした。や、やる事が早い…てかもうこれ完璧有無を言わさずの決定事項じゃん…んじゃまぁせめて、タコパでお願いします。

「………てか、まじで私こんな事やってる場合じゃないんだけど」

はぁ、とナミにバレないように溜息を吐く。すっかり温くなったアイスティーをズズっと啜ってはその場に頬杖をつき、意識を向こう側へと飛ばした。

『こいつの友人だよい。…つっても、まぁ何年か前の元彼でもあるけどな』

……………マルコの奴め。余計な事言ってくれたな本当に。何かよく分からんが罪悪感で胸が一杯だ。しかも結局あれから用件を済ませた後さっさと帰ってくれちゃって。鬼か、鬼なのかあいつは。

「………ロー、何してんだろう。今頃…」

最後にもう一度だけ溜息をついては、ガヤガヤと騒がしい喧騒の中へと意識を逸らした。その時何でなのかはよく分からなかったけど、またしても謎の胸の痛みにドクン、と激しく心臓が波打った。……またこれか。もう何なのこの前から。そんな事を考えてる間にも、テーブルの端に置いていた自分の携帯の画面内にピロンピロン!とLINEの通知が何件も届いている。それを横目に確認しながらも、お行儀悪くストローにかぶりついては、ブクブクと泡を立てた。






「ナマエちゃん悪ぃ、これ向こうのテーブルに持って行ってくれねぇかな」

「あぁうん、オッケー。ごめんねサンジ、結局全部下ごしらえとか任せちゃって…本当にありがとう」

「いえいえ、何のこれしき」

麗しきレディの為ですから。そう言って、サンジが紳士に腰を屈ませてその場に浅くお辞儀をする。その完璧な所作に不覚にも格好良いな…とかそんなあらぬ事を考えている内にピンポーン!とチャイムが鳴った。と同時にズカズカと我が家に上がり込んでくる威勢の良い足音と声。

「悪ぃお前等!待たせたかー!」

「おっせぇよルフィ。もう既にこっちは3本目に入ってんぞ」

「そっかそっか!んじゃ俺は一気に4本いくぞ!」

「どうやってよ!?」

すかさずナミの鋭いツッコミが決まった所で、我が家のリビング内に今日一!と言って良い程の騒がしい声が一気に増した。勿論、その原因はルフィだ。本日も軽快にニシシ!と嬉しそうに笑っては、その可愛い顔とはアンバランスな勢いで掃除機のように次々とお酒とたこ焼が吸い込まれていく。それを遠巻きに眺めつつも若干引く思いで、「はいこれ、追加だよルフィ」とテーブルの端に具材を置いては、「おぉ!悪ぃなナマエ!」とルフィが屈託なく笑う。

「はー美味ぇなこれ!何個でも食えるぞ!おいサンジー!まだこれ残りあんのかー?」

「あー?あるにはあるが…っておいルフィ!てめぇ食い過ぎだ!ちったぁナミさんとナマエちゃんにも分けろ!」

「あーいいのいいのサンジくん、ルフィが登場した時点で諦めてるから私達。ね?ナマエ」

「う、うん…普通に諦めてる…」

「おいグル眉、酒が足りねぇ。さっさと持って来い」

「うるっせぇ!だーれが動くか!俺は死んでも男の言いなりにはならん!レディの為に動く!」

「サンジ…それあんま胸張って言う事じゃないと思うよ…」

彼等の会話に、引いていたテンションが勢いを増して、何処までも果てしなくどん底まで落ちていく私。ただでさえここ最近悩み事は尽きないというのに、とんだじゃじゃ馬野郎達だ。と、肩を落としている私の隣で、引き続きひょいひょいとたこ焼を口に含んでいるルフィが、「あ、そーいやぁ…!」と何かを思い出したかのように話題を変えた。

「さっきトラ男見たぞ俺。いやーあいつもここに住んでんだな!ビビったビビった!」

「……………えっ!?ローが!?」

「おわ!なんっだよお前急に!でっけぇ声出すなよな!」

「ちょっとルフィ!何処で!?何処でロー見た!?そんでもって何か怒ってなかった!?」

「あん?どーしたナマエ急に血相変えて。まるで湯上がりした豚みたいな顔になってんぞ」

「いやゾロ…あんたその例え微妙…」

「おいマリモ!てめぇ麗しき俺のナマエちゃんに向かって何って事言ってんだ!蹴るぞ!」

「あぁん!?」

思わぬルフィからの一報に一気に目を見開き、そしてまた隣に座っているルフィのTシャツの襟元をゆらゆらと揺さぶっては何度も何度もその情報の続きを催促する。そして何故かその横で、ゾロとサンジの恒例の喧嘩が勃発し始めたようだったがそんな事はいつもの事なのでフル無視だ。引き続きルフィの身体を上下左右に激しく揺さぶりつつも、その情報の詳細を求む。

「あー、どうだったっけなぁ…あー?んんー?」

「ルフィ!まじで全力で思い出して!それによって今後の私の生命の行方が決まるんだから…!」

「んー…あー、あ?そーだそーだ!思い出したぞ!」

「よし偉い!じゃあ早速それを口にしてみよう!」

「おう!」

ニカ!と笑ったルフィの襟元からようやく自分の手を離し、その場に小さく正座をする私。そのまま軽く「おほん!」と咳払いをして、大人しくルフィからの情報を待つ。

「この階の廊下で見たぞ!そしてトラ男の機嫌は普通だった!」

「よしキタこれェェエ!でかしたぞルフィ!偉い!」

よーしよしよしよし!と、まるでムツゴロウさんのようにルフィの頭をわしゃわしゃと撫でた私のご機嫌は一気に浮上した。機嫌普通とな!奴は今家に居るとな!キタこれ!

「おい…つーかあいつら何やってんだ…何のやりとりだよあれ」

「あー良いの良いの、気にせず放っておいてあげて。どーせいつものナマエの勝手な先走りに過ぎないんだから」

「さっすがナミすわぁぁあん!そんな冷静に状況を判断するナミさんにこれ!俺からのプレゼントでぇっす!」

「っておい!そりゃ俺の酒だろーが!ほんっとシバくぞてめぇ!!」

ルフィからのその情報に、ルンルン気分な私とは真逆な感じで、再び真横でぎゃあぎゃあとゾロとサンジの喧嘩が再熱したようだ。が!やっぱり今はそんな事はどーでも良かった。しめしめ、んじゃまぁー奴にサクサクっと謝りにでも行こうかね。とか色々その場で作戦を練っている私に、「ナマエ!あんたもこれ止めなさいよ!」とナミが荒々しく私に向かって声を張り上げる。それに対して一旦あらぬ考えを脳内に張り巡らせるのを止め、未だ仲良く…いや、仲悪く喧嘩を続行しているゾロとサンジの元まで向かった。勿論、その二人の喧嘩を止めるのは非常に面倒だったが、でもそれでも尚私のテンションはうなぎ登りのままで、あと何分後かにはお目見えするであろうローの顔を脳裏に思い出しては、不思議と胸が躍るのをひしひしと感じていた。





ピンポーン…

「……………あら?何故?何故に反応がない?」

ちっと軽く舌打ちをして、再び目の前のチャイムを鳴らす。

ピンポーン…ピンポピンポピンポーン…

「…………んん!?」

おやおや、また恒例の居留守ですかい?とか思いつつも私の手の動きは止まらない。そのまましつこく何度も何度も隣の家のチャイムを鳴らしては、得意げに口の端を上げた。………ふっ、馬鹿め。もうネタは上がってんだぞ。お前は今完全に包囲されている。幾ら居留守を使った所でもう逃げられないし、今日の私はいつもの私とは違うのだ!どうだ思い知ったか!どわはははは!とか何とか思いつつも、2時間サスペンスドラマの主人公のような気持ちを抱えて再び目の前にあるチャイムを勢いよく連打し続ける。

「ロー!居るんでしょー!?ちょっとー!ねぇってばー!」

ドンドンドン!と、もはや恐怖でしかないそのおぞましい言葉を口にしながらも、チャイムと共にドアの端っこを強く叩きあげた。なんだよ、いっちょ前に無視してんじゃねぇぞコラァ。

「…………うるせぇな。しつけぇんだよ、てめぇは。どんだけ空気が読めねぇ女だ」

バン!と勢いよくドアが開き、そしてまたぶっとい青筋を額に立ててようやく登場したその目的の人物に対して、ピタリと私の動きは停止した。そして暫し無言。………なんか、あれ?ちょっと待って。何かこの人怒ってない?なんで!?

「この状況を見て、怒らねぇ奴がいる訳ねぇだろうが。アホかてめぇ…どんだけ頭沸いてやがる」

「だって!さっきルフィがローの機嫌は普通だったって言ってたもん!し、しまった…!嘘つかれた…!」

「………あぁ?麦わら屋だぁ?」

久々に再会したというのに、相も変わらずローのご機嫌はMAX悪かった。しかも何故か上半身は裸で、その長い首元にはタオルが掛かっている。な、なんだこれ…!また女でも呼び込んでんのかこいつ…!

「馬鹿違ぇ。今の今まで風呂に入ってた、俺は」

「あ、あぁ…なるほど…!」

「何がなるほどだてめぇ…人が優雅に風呂から上がったと同時にしつこくチャイムを鳴らしやがって…何の用だ。さっさと用件を言え」

「は、はい…!実は此方のお品をお届けに参りました…!からの先日のご無礼をお許しに参った次第であります!」

「あ…?」

そう言って、すかさず手にしていたお裾分け品を献上する。えぇ、もう。それはそれはこれでもか!という程馬鹿丁寧に90度直角に頭を下げてまで。肝心のローはと言うと、どうやらその私の行動が意外だったのか、彼にしては珍しく素っ頓狂な声を挙げて、ただただじっと私が手にしている品を見つめては、無言のままその場に立ち尽くしているようだった。

「…………入れ」

「え?」

「丁度腹を空かしてた所だ。良いだろう、仕方ねぇから今食ってやる」

「!……は、はい!」

ははー!有り難き幸せ!と、再びその場に深々と頭を下げたら、「うるせぇ、黙れ。気味が悪ぃんだよ」と見事一蹴された。そのいつもながら辛辣な台詞にやっぱり内心イラッとはきたが、今日ばかりは仕方あるまい。まずは自分の命を優先する方が先だ。

「じゃーん、見てこれ!たこ焼でーす!美味しそうでしょー?」

「あぁ…まぁ、悪くねぇな」

「でしょでしょ?んじゃ私お箸とお茶持って来る」

「ついでにソースとマヨネーズも持って来い」

「ラジャー!」

思いのほか機嫌を良くしたローに対して、しめしめ…と一人不気味な含み笑いをする。そしてサクサクっと冷蔵庫の中からソースやら何やらと引っ張り出してきては、ソファーの前で恒例の如く偉そうにその場に腰掛けているローの元へと戻った。

「ど?美味しい?」

「…………悪くねぇ。美味ぇ」

「でっしょー!?流石サンジが作っただけあるわ」

「あぁ、だからさっき麦わら屋が居たのか…納得だ」

「そそ、今日はうちん家でタコパしてんの。……あ、ローも来る?まだ多分具材余ってるよ」

「いや、良い。面倒くせぇ…」

「あ、そう…うん、何かあんたらしい答えね…」

そんな会話を複数回繰り返した所で、ゴクン!と咀嚼を終え本題へと入る。先程のようにその場に体勢を整えて正座をかましては、「あの、大魔王様」とローに向かっておずおずと話を切り出した。

「おい、誰が大魔王だてめぇ…いい加減にしろよナマエお前」

「あの、さぁ…その…、」

「あぁ?」

まずい。その時心の底からそう感じた。何故なら目の前でソファーに気怠そうに身を寄せて座っているローのお顔は、とんでもない程のレベルで不機嫌さを取り戻していたからである。非常に話題を持ち掛けにくい。所謂危機的状況って奴だった。

「そのぉー…あのー…」

「なんだ…さっさと言え」

「こ!この前はほんっとーにすいませんでした…!!」

「……………あ?」

いやもう本当にわざわざ此処まで連れて帰って貰ったというのに…!な、なんというかつい出来心…じゃない。なんっというご無礼を…!まじですいっませんっした!!うす!!

と、もはや自分でもよく分からん言葉をつらつらと並べては興奮気味に、そしてまた矢継ぎ早に謝罪の言葉をローに向かって盛大に叫んだ。因みにまた私の頭はその場に深々と頭を下げている状態である。えぇ、そりゃもう。今日一!と言っても良い程のレベルで、床に頭を擦りつけるぐらいの勢いで。

「……………なんだ、急に。珍しく素直だなお前」

「はいっ!いやだって、自業自得とはいえ勝手に酔って醜態をさらしたのは自分自身ですし、何よりも大魔王様のお手を煩わせてしまってお恥ずかしい限りです!」

「だから誰が大魔王だ。……てめぇ、俺に向かって謝ってんのか馬鹿にしてんのかハッキリしろ」

「両方です!」

「よく分かった、歯ぁ食いしばれ」

その発言を最後に、その場にゆらりと立ち上がったローがゆっくりゆっくりとわざと速度を落としてまで此方に向かって来る。それをヒラリと交わすように、そのままズルズルと後方に下がり続けた。が!そこで何かにぶつかった。どうやらリビングと隣り合わせで繋がっている寝室のドアに激突したようだ。い、痛い…!からのもう逃げ場がない…!

「………ナマエ、てめぇはどうやら俺を本気で怒らせたようだな。良いだろう、お望み通り躾してやる」

そんな死の宣告みたいな発言を口にしたローが、遂にドアの前で蹲っている私の元へと辿り着いた。ま、まずい…!ヤラれる…!じゃない、殺られる…!

「は、はい…!ライフラインを使用します…!」

「無駄だ、諦めろ。そんな物はねぇ」

「う、嘘でしょ…!?ちょ、ちょっと待っ…!!」

ギブギブギブ!と、盛大に叫んだ所で謎の浮遊感に包まれた。次に気付いた時には、見事な程に割れているローのシックスパックならぬ逞しい筋肉のお姿が目の前に…って、はぁっ…!?

「ちょ!ちょっとロー!あんた何して…!」

「うるせぇ、黙れ。そして暴れんな」

「これが暴れない訳がな…!って、…!?」

ドサ!と、派手な音を立ててその場に体勢を崩されて思わず目を瞑る。どうやらローによってお姫様抱っこをされ、そしてまた器用に自分の足で寝室のドアを開けたローに勢いよくベッドに押し倒されてしまったようだった。………ちょ、ちょっと何この状況…流石にちょっとこれ、まずくない?そして今更ここでお姫様抱っこかよっていう!何か遅いわ…!

「ち、近い近い近い!怖い怖い怖い…!」

「おい、」

「えっ…!?」

直ぐ目の前にある、その端正な顔を下からそっと恐る恐る覗き込む。私を下に押し倒した状態で、顔の横に手をついているローのその表情は所謂無の顔で。その読めない展開と表情に目を丸くしつつも、思わず素っ頓狂な声が漏れた。

「…………この前の男、」

「……………え?」

「お前の元彼だと、俺に向かって言ってやがったが…あれは本当の話か」

「……………は、」

「さっさと答えろ」

そう言って、ちっと眉を寄せたローがさぞかし不機嫌そうに舌打ちをする。そのまま「言え」と私に対して偉そうに命令を下した。

「…………ほ、本当の話…です」

「……………へぇ」

「そ、それがなに…?何だって言うのよ…」

「別に…」

「は、はぁ…?」

偉そうに此方に指示を出してきた割には、その歯切れの悪い返答に意味不明だった。てか一体、この男は何の話をしているのだろうか。そして何故また急にそこに重点を置いたのだろうか。い、意味が分からん…

「と、取り敢えずロー…そこ、退いてくんない…?」

「あ?」

「ほ、ほら…だって、まだ全部食べてないじゃん?た、たこ焼…」

「……………」

「先に食べておかないと、折角のたこ焼が美味しくなくなっちゃうからさ…!ね?」

「却下」

「なんで!」

もうこいつ意味分からん!とか思いつつもその場で水揚げされた魚のようにジタバタと身体をよじらせた。そんな私の行動を、引き続きじっと無言のまま見下ろしているローが「そんなもん、後で温め直せばいいだろうが」とズバっと正論を吐く。た、確かに…って、違う。そうじゃなくて!

「もー…退いてよそこ…まじ邪魔…」

「うるせぇな…俺は寝る」

「はぁっ…!?」

心の底から疑問符を突きつけた私の声は、そのまま勢いよく私の上に倒れ込んで来た奴の大きい身体せいで見事全て覆い被さっては失敗と終わった。な、なんだこの状況…つーか重い、邪魔、うざい。正にその3点セットがうってつけな状態だ。

「…………気分悪ぃな、なんだこれは」

「それはこっちの台詞なんですけど…!」

「おい、だから暴れんじゃねぇよ…本当にお前は忙しねぇ女だな」

「だからそれはあんたのせいでしょ…!?」

と、そこまでぎゃあぎゃあと文句を叫んだ所で、ふと隣でうつ伏せの状態のまま、その場に寝っ転がっているローへと視線を向けた。が、まさかの展開で此方へと視線を向けていたその目の前の彼の表情に、喉の先まで出掛かっていた数々の不満の言葉は思わずピタリと止まってしまった。

「…………ナマエ、お前もこのまま寝ろ」

「……………」

そう言って、稀に見る優しい表情を向けていたローが、私の身体に乗せていた自分の腕をやんわりと引き離し、そうしてまたスルリと形を変えては、私の身体を自分の元へと引き寄せた。背後からローに抱き締められているその状態で、私の胸の鼓動はバクンバクン!と、馬鹿みたいに早鐘を打ち始め、そうしてまた改めてこの男に流されてしまったと、途中で気付いてはみるみるうちに青ざめた。

「ロー…!ちょっとこれは流石にな…!って、え…?」

「………………」

何か文句を言ってやろうと、さっさとこの状況から抜け出そうと目論んだのも束の間。勢いよく後ろに振り返った途端、飛び込んで来たその光景。

「…………寝るの早…」

どうやらそんな私の行動を先に予測したのか、はたまたただ本当に眠かったのかはよく分からなかったけれど、ローは私を置いてけぼりにして、さっさと眠りの世界へと旅立って行ってしまったようだ。

「…………たこ焼、後で全部食べよう」

ポツリと一人小さくその場で呟いて、まるでローの後を追うように私もそっと瞼を閉じる。せめて布団だけでも…と、少しだけその場で身をよじらせると、瞬時に強まっては更に私の身体を抱き寄せるローの腕。何だかそれが幼い子供のようで。そしてまた可愛くて。まぁ、たまにはいっか…とか思いつつも、私もローと同じように眠りの世界へと旅立った。その時見た夢の中に、いつぞやのように登場したローの表情は、前回とは全く異なっていて。都合良くも穏やかに、そしてまた何処か優しく、此方に向かって微笑んでくれているように見えた。

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