「キャンプファイヤーって絶好の告白シチュエーションだよねぇぇえー…」
「……………は?って、ギャァァァアアア!!」
山は陽が落ちるのが極端に早い。おかげで宿舎から少し離れた場所で開催されるキャンプファイヤー地点まで、海常の生徒達は懐中電灯を片手にゾロゾロと目的地までの道のりを歩いて行かなければならない。そんな中、昼間の飯盒炊爨で既にクタクタの所、まさかそれに追い打ちを掛けるように背後から懐中電灯を顎の下から照らしつつ幽霊のようにヌボーっと声を掛けてきた友人に人生最大と言っていい程の雄叫びをあげた。馬鹿!!何の嫌がらせだよ!?
「せめて普通に声掛けてくれる…!?マジで一瞬あっちの世界の住人が来たかと思ったじゃん!」
「え〜…?なーんーでぇー…」
「だから!普通に喋れ!!」
若干涙目で不満を伝え終え、友人も満足したのかようやく普通の体制に戻り私の隣へと移動した。「で、さっきの話の続きだけどさ」とか何とか言いつつ結構な早歩きでスタスタと歩を進める私を横に、うっとりとした表情をしつつ夜空に広がる満天の星を見つめたまま彼女は開口一番こう宣言した。
「やっぱり告るわ私!」
「……………誰に?」
「決まってんじゃん!黄瀬君によ!」
「あぁ…てかあんた本気だったの」
「もち!俄然本気!」
「へー頑張って」
ヒラヒラと片手を振ってここで軽く欠伸を一つ。かました所で「馬鹿ナマエ!愛がこもってない!愛が!」と背後からホッペをつねられた。地味に痛い。
「だってそんな事言ったって、告るのは私じゃないしあいつも腐ってもうちの学校の王子だし?ましてや今日のこの絶景スポットを前にあんたと同じ思考を巡らせてる女子は山ほどいると思うから、頑張って、って言うしかないじゃん」
「はいストップ!そこで一つナマエにお願いがあります!」
「はいストップ、ここで一つ丁重にお断りさせて頂きます」
「なんで!」
「いや逆になんで!」
折り合いがつかない両者を前に、「おーいお前ら二人遅れてんぞー早くこーい」と、宮公の声が遠くから聞こえた。とりあえず一回落ち着こうか、お互いそう言って一度燃え上がったテンションをクールダウンして、フゥ、と軽く息を吐き、前を歩く生徒達に続く。そして今度はさっきよりも若干小声で話の続きを再開した。
「で?お願いって?」
全然乗り気ではないが、何だかんだ一番の友人からの願いと言うこともあり、一応建前ではあるが要求を聞いてみる事にした。
「ほら、ここ最近うちの校内でナマエと黄瀬君の噂が流れてるじゃん?付き合ってるだの本当は付き合ってないだの、実はただのセフレだの」
「げっ…セフレまで!?ちょっと…本当勘弁してよ…」
「でもそれって逆にあんたと彼の距離は他の女よりも近いって事じゃん?自然に近くに寄れて、自然に話を掛ける事も出来、更には自然に黄瀬君を呼び出す事だって」
「あーはいはい、分かった。なるほどそういう事ね。呼ぶ!ちゃんとあいつを呼び出してあげるからもうこの話は終わりね、おーわーりー」
「さっすが我が親友!理解すんの早い!ご協力あざまーす!」
「ほんっとあんた調子良いんだから…」
やれやれ、と心の中で呟きつつも両手を夜空にかざしたまま大喜びしている友人を前に、チラっとある人物を視界に入れ、軽く溜息交じりの息を吐く。その視界の中心にいるのは渦中の人物、黄瀬涼太だ。モテるモテると入学した当初から聞かされていたが、まさかここまでとは思ってなかった。校内のファンクラブから自分の友人、そして新任の女教師まで落とすとは…世の中にはとんでもないモテ男が居るもんだな。とか思いつつ背負っていた軽めのリュックを持ち直して若干怠く感じてきた両足をせかせかと前に踏み出した。あともう少しで目的地点。さて、今からどうなることやら。
「ねぇ!黄瀬君知らない!?」
まるで合言葉のように、キャンプファイヤーが始まったと同時にそこら中に行き交う女子達の気迫に思わず「おぉ…」とその場に一歩仰け反った。教師達の「じゃあー暫く自由時間なー」という言葉を合図に物凄いスピードでうちのクラス周辺に突進してくるその光景はまるでイノシシの大群みたいである。勿論始めからこうなる事を分かっていた黄瀬君とうちのクラスの男子共は既に退避済みだ。人間ここまで人気を得てしまうと逆に羨ましく思えず寧ろ哀れにも感じてしまうから不思議だ。とりあえず、大事になる前に私も逃げよう…って、
「は!?痛っ…!!」
「ちょっとナマエ、約束が違うわよ。今こそ出番よ!」
「で、出番…!?って、あぁ…そうだった。はいはい、暫しお待ちを」
早くー!と背後から私にタックルしてきた友人を軽く無視してスマホをスライドしパスワードを入力。した所で一気にバイブが振動して「うわ!」っと思わず声を上げた。周囲がガヤガヤしているせいかどうやら友人に私の叫び声は聞こえてなかったらしい。別に聞こえても聞こえなくてもどっちでも良いが、何となく自分のその言動が恥ずかしかった為誤魔化すように一つ軽い深呼吸をした。そんな中未だスマホは振動を続けている。ヤバ!とか言いつつ再度画面に目を向けてみると目的人物からの着信に、「おぉ…!ナイス!」と独り言を呟いて勢いよくスマホを耳に押し当てた。
「あ、ナマエっち?今どこ?」
「いやいや逆に黄瀬君こそどこに居るの?もうこっち大変なことになってるよ」
「あちゃー…やっぱそうっスよね。良かったー、先に避難しといて」
「じゃなくて!だから今どこ?」
「秘密ー」
「はぁっ…!?」
「あー、ナマエっちの周りに誰も他の女の子が居ないって保障してくれるんなら俺の居場所を教えてあげても良いっスよ」
「………い、いないわよそんな子。てか!何で上から目線…!?」
「ナマエっち、嘘は良くないっスよ嘘は。こっちが静かだから逆にそっちの盛り上がってる感じは筒抜けなんスから」
「うぐっ…」
「ねぇ、ちょっとそこから一人離れてみて。そんで一人で俺の所まで来てよ」
「…………」
……………彼のこの発言はズルいと思う。そして私なんかよりも一枚も二枚も上手だ。正直、彼の見た目と普段の言動からしてそんなに勘が働くタイプとは思ってなかった。まさかバスケってスポーツは案外常に頭を働かせなきゃいけないゲームなのか。いまいち納得出来ないな。
「ほらナマエっち。早く」
そう言って、携帯越しに話す彼の優しい声が私の鼓膜まで響き渡る。相変わらず周りはガヤガヤとうるさいくせに、不思議と黄瀬君の声だけ鮮明に聞こえた。そして次の瞬間、背後で地団駄を踏んでいる友人に、「ごめん、ちょっと電波悪いから一瞬離れるね」と軽く断りを入れて彼の居る場所まで駆け出した私はきっとどうかしている。息を切らす程全力疾走してまで急ぐ必要なんか、何処にもない筈なのに。
「もー遅いっスよナマエっち。どんだけ迷子になってんスか」
「ま、迷子になんかなってないから!てか今日初めて来た場所なのに土地勘なんて掴めてる訳ないでしょ」
嘘、軽く迷子になりかけた。だって黄瀬君が居る場所はキャンプファイヤーから程遠い場所に位置していたから。てかこの男、あれだけの短時間にどんだけ逃亡してきたというのか。足早すぎじゃない?
「まぁ、ちゃんと来てくれたから良いんスけどね。……あ、これご褒美っス!ほい!」
「わわわ!ちょっと、いきなり物投げないでよ!ビビるじゃん」
「あはは!ごめんごめん!」
こっちこっち。そう缶ジュースを手にしたままその場に立ちつくす私に、ニッコリ笑って自分の隣をポンポン叩きながら私を呼び寄せるこの男の表情は、相変わらず屈託のない無邪気な笑顔でこっちとしては拍子抜けだ。はぁ、と軽く溜息を吐いてトボトボと隣に辿り着き、そうしてゆっくりとその場に腰を降ろした。
「……ねぇ、何で私をここに呼んだの。何か自分で言うのもなんだけど、呼び寄せる相手が違うんじゃないの?」
「えー?そんな事ないっスよ。ただ何となくナマエっちの顔が見たかっただけ」
「なんだそれ…そんなの朝からずっと見てるじゃん」
「んー…まぁ、そうなんスけどね」
「……………」
その発言を聞いた瞬間、私はただ何となく直感で悟ってしまった。多分彼は今、いつもより元気がないのだ、と。
「………なに、何かあった?」
「えー?」
「別に…話したくないなら良いけど」
「……………」
夜風がそよそよと流れて気持ちが良い。きっとこのまま目を閉じて寝転がってしまえば、お休み3秒は間違いないだろう。そのくらいこの空間は私にとってただただ心地がいいものだった。最後に言葉を発してから彼も私も沈黙を守り続けたままその場に佇む事ものの数分。この静けさをブチ破ったのは他の誰でもない黄瀬君の方だった。
「カレー」
「え?」
「昼間のカレー、あれ美味かったッスね。ナマエっちのせいで一時はどうなる事かと思ったけど」
「……うっさいな。あれはあんたが邪魔してくるからじゃん。いちいちケチつけてきて面倒ったらありゃしない。…てかあれ私にだけやたら当たり強かったよね?えなに、嫌がらせ?」
「あー違う違う、あれはただからかってただけっス」
「はぁっ…!?」
「いやー、俺が何か口にする度に動揺するナマエっちが可愛くて可愛くて!ついあれこれ言い過ぎちゃった、みたいな」
「あんたって本当性格曲がってる…」
「どうもー」
「褒めてない」
いつもと変わらないやりとり。いつもと変わらない距離感。その平凡なやりとりでさえここ最近うんざりしていた筈なのに、今日の私は一体どうしたというのか。突如やってきたこの謎な感情にさっきから一人振り回されっぱなしだ。
「……こんなに沢山の星なんて、いつぶりに見たんだろう俺」
…………まさか、隣で後頭部に腕を組んだままその場に寝っ転がっている彼に、『触れたい』と思うなんて。
「私も……久々に見た。こんなに綺麗な星」
「だよね。俺らの住んでる場所だと、さすがに毎日ここまで綺麗な星なんて早々見る事なんてないっスもんね」
「…………うん」
リーンリーンと鳴く鈴虫にザザァっと樹々を揺らす夜の風。そうして隣に存在する端正な顔立ちの黄瀬涼太の横顔を満月が鮮やかに照らす。その全てがまるで必然かのようで控えめにちょこんと座る自分が何だか場違いのように感じ、思わず苦笑いをもらしてしまった。そんな私の様子を見かねてか、「何一人で納得したような顔してるんスか」と、彼は困ったような顔をしてこちらに語りかける。その優しさが、何だか切なく思えて仕方なかった。
「………げっ!ちょ、ナマエっち!こっち!!」
「えっ!?って、………!!」
そんな良い感じにアンニュイモードに入っていた私を無視して一気に現実に引き戻し、勢いよく自分の元に引き寄せた黄瀬君の行動と言動に一瞬でフリーズした。……何故なら、
「おい、そっちにミョウジいたか!?」
「いや見てねぇ!多分こっちにはいねぇと思う!」
「ねぇー!黄瀬君知らないー!?全然見当たらないんだけどー!」
「こっちには居ないから多分向こう側じゃないー!?ちょっともう一回あっち見に行こうよ!」
大量の男女が自分達の行方を追ってこちらにやってくるのを機に、彼等に居場所がバレぬようにと黄瀬君の大きな胸板に包み込まれたからだ。
「うっわー…危な!良かった、何とかバレずに済んだっスねナマエっち…………って、あれ?え、ナマエっち?」
「………………」
もしもーし!俺の声聞こえてるー?とか言いながら軽やかに私の顔を上から覗き込む彼を放置し、私はただただ目が点のまま放心状態で彼の胸の中に居た。え?今何か言った?
「どーしたんスかナマエっち!えなに、まさかこれも無視…!?」
当然無視である。てかその前に無視とかどーのこーのの話じゃない。はぁっ…!?ち、
「近っ…!!はぁっ!?近っ!!」
「え?………あぁ、ごめんごめん。いやーでも人がいっぱい居たからバレたらヤバいと思って」
「いやいやいやいや!!だから近いって!!ちょ、離れて!!いいい良いから一回離れて!てか離して!!」
ガバっ!!と効果音が流れる程勢いよく彼から離れた自分。の、心臓は今現在バクバクと激しく波打ちまくっている。漫画風に表すとハートマークの心臓が胸から飛び出しているかのようだ。そのぐらい今私は取り乱している。いや、取り乱しまくっている。
「…………………なんか、遠くない?俺との距離」
「そそそそそうっ!?でもおおおお構いなく!!私は至って普通だから!普通だから!」
「何で二回も主張するんスか……まぁ良いけど。いやー、でもやっぱナマエっちをこっちに呼んで正解だったスね。予想通り、ナマエっちを好きな男達があーやって案の定ウロウロしてる訳だし」
「えぇっ…!?虫が好きな男達!?そんな中2の夏休みでもあるまいし!」
「違う!ナマエっちを好きな男達!どんな耳してんスかまじで…」
はぁー、と何故か呆れ気味に深く溜息をつく黄瀬君を前に私は未だズルズルと後方に下がり続け、そしてお決まりのようにゴン!と木に激突した。地味に痛い。てか今日こういうの二回目じゃん。いい加減にしてくれ。
「でも俺、ナマエっちの顔を見たかったのは本当っスよ」
「………………………え?」
「ナマエっちのかーお、顔!見たかったんスよ。無性に近くで」
「…………………」
ね?だからもう一回こっちに来てよ。
そう言って、まるで悪戯っ子のように口の端を上げてニヒヒ!と笑う彼に、ようやく落ち着きそうだった私のハートの心臓は再び激しく動きの速度を早めた。大人っぽい顔を見せたと思ったらまた急に子供っぽくなったり、切なそうな表情を見せてはまたこうしてただのクラスメイトに戻ったり。どっちつかずの彼に今日はやけに振り回されっぱなしだ。
「か、勘弁してください…」
彼と私の関係性は、今後一体どうなってしまうのだろうか。まだ今のところ、その答えは見えてこない。
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