「黄瀬、お前女出来たってまじ?」


ある日の午後。と言っても、いつものように放課後のバスケの練習を一通り終えた夕方の事だ。さすがはバスケ強豪校というべきか、最近の練習量は日に日に増してく一方で、今年同時期に入部した新入部員達の中には既に退部届を出す生徒もそう少なくはなかった。でも俺はそのキツい練習量は自分にとって全然苦じゃないと感じている。何故なら、練習をすればする程自分の思い描くバスケの形へと完成していく感覚が分かるから。そんな闘志に燃える10分休憩の狭間、森山先輩が突如素っ頓狂な発言を口にした。お陰でバスケモードに入っていた俺の思考回路は、当然の如くとんでもない角度から狙撃されるハメとなった。

「…………はい?」

「上級生の間でも噂になってんぞー。お前に超絶美人な彼女が出来たって」

「いやいや、なんの話っスかそれ。身に覚えないんスけど」

「とぼけてんじゃねぇよ。お前と同じクラスのミョウジナマエって言ったかあの子。羨ましい事山の如しだこんにゃろう!」

「あー…はいはい、あの子ね。いや、全然違うっスよ」

「え?違うの?でもここんとこ毎日一緒に帰ってない?」

「あー…確かに今俺が狙ってる子って意味では当たってますけど」

「なんだそれ。ほぼ当たりじゃん」

はぁーもう何でお前ばっかり女が寄ってくんの。とか何とか言って額の汗を拭う森山先輩を横目に、気付かれないようにホッと胸を撫で下ろした。あぁやって適当に説明をしていればきっと本命には嗅ぎつけられない筈。そんなゲスい考えを張り巡らしながら。

「なぁ、合コンしよ合コン。お前無駄に女にモテるからその気になれば俺に紹介出来る子一人や二人いるだろ」

「別にいっスけど……その前に森山先輩は自分を見つめ直す所から始めた方が良いんじゃないっスかね。とりあえず毎回試合に出る度に可愛い子見つけるあの癖、あれから直した方が良いと思いますよ」

「何を言うか!いつ如何なる時も出会いは大切だ!……だから黄瀬、頼むわ。そんでもってお前その合コン参加しなくて良いから」

「なんスかそれ!マジ理不尽っス!」

ぎゃあぎゃあと思春期特有のガールズトークならぬボーイズトークに花を咲かせていると、体育館の入り口側から「黄瀬ー!お客さんー!」と部員A(名前知らない)から声が掛かる。じゃれ合っていた森山先輩の肩から頭一個分屈んで横にひょっこりと視線を向ければ、何とも不服そうな表情で立ちつくすナマエっちがそこに居た。

「あれ、今日は迎えに来るの早いんスね」

「当たり前でしょ。今日は夜観たいドラマがあるんだから」

「なるほど。んじゃまぁ直ぐに着替えて来るんで、ちょっとだけ校門前で待ってて下さい」

「……分かった。早くしてよ」

「りょーかい」

急いで部室に戻ろうと踵を返した瞬間、黄瀬ェ!まだ練習終わってねぇぞ!と、遠くから笠松先輩直々のお怒りの言葉が頭上に飛び交う。「すんませーん!今日だけは先に抜けさせて下さい!大事な子家に送ってあげたいんで!」と笑顔で返事を返せば、ヒューヒューと部員達からのひやかしの声と「しばくぞ!」という笠松先輩の辛辣な言葉が降り注いだ。でもそんなの気にしない。どんなに高圧的な台詞を吐かれても、ちゃんとした結果さえ残せばとやかく言われる筋合いはないからだ。それだけここ海常での俺の立場は絶対的なエースということ。あぁ、だからバスケはやめられない。最近もっともっと早く次の試合をしたくてウズウズしてる。

「………大事な子ってなに。何かバスケ部全員にとんでもない誤解されてる気がするんだけど」

「あぁ、言わせとけば良いんスよ。あの人達全員悪い人じゃないんで」

少し逃避していた意識を現実へと戻せば、相変わらず眉間に皺を寄せて呟いたナマエっちの頭をポンポンと撫でてやり口角をあげる。でも直ぐに「やめて」と彼女にあっさり腕を跳ねのけられてしまった。どうやらあっちもこっちも俺の周りには気が強い性格の人で溢れかえっているようだ。そんな状況に思わず一人苦笑いを漏らし、練習が再開した体育館内のバッシュの擦れる音とシュートした際に訪れるあの鮮やかなゴール音を耳に聞き入れながら、俺はようやくその場を後にして部室へと戻る事とした。






「いやー、お待たせっス!行こっか」

「………ねぇ、何でまだ練習着のままなの?」

「うん?」

あれから数分後、適当に汗を拭いて水道水で顔を洗った後、ナマエっちが待つ校門前へと迎った。そして直ぐに言われた言葉がこれだ。お疲れ様!とか言ってくれるタイプじゃないと始めから分かってはいたけれど、まさに予想通りの反応を示した彼女に対して心の中で密かに笑ってしまった。

「あぁ、これ?いやー無事にナマエっちを送り届けた後、やっぱまた学校に戻って練習しようかなぁと思って」

「ふーん…バスケ部のエースも大変なんだね」

「大変ってか寧ろ楽しいっスよ。どんどん強くなっていくのが手に取るように分かるんで」

「そうなんだ。何か良いね、そういうの」

相変わらずあんまり愛想は良くない彼女だが、隣に並ぶその横顔は真っ直ぐと前を向いていてただ単純に綺麗だなと思った。今にも陽が沈みそうなこの時間帯に、彼女の端正な顔はよく映える。そういえばさっき森山先輩がナマエっちは上級生にも人気だとか何とか言ってたな。確かに納得出来る気がする。

「ってか、そんなに忙しいなら言ってくれれば良かったのに。別に無理して一緒に帰る必要なんてなくない?」

「まぁまぁそう言わずに!良いじゃないっスか。俺が勝手に送りたいって言ってるんスからボディーガードって事で!」

「こんな頼りになりそうにないボディーガードなんて必要ないんだけど」

「ひどっ!」

いつものように彼女と軽い冗談を言い合いながらようやく校門前から身を離し、都心方向へと二人して歩を進める。今日の宮公、授業中寝癖ついてて笑えたねとか何とか言いつつ、ある程度進路方向へと進んだ時だった。

「……………あ」

「うん?どーしたんス、か…」

何処となく罰が悪そうな表情をしながらピタリとその場に足を止めたナマエっちの横顔を覗き、つられるように彼女が視線を送る真正面へと顔を向ける。すると、約一メートル先ぐらいで俺らと同じように立ち止まっている女性がじっとこちらを見つめたまま固まっていた。……あぁ、やっぱり。予感的中だ。

「………黄瀬君。あ、それにミョウジさんも。二人とも今帰り?」

「あー…はい。俺は後で戻りますけど先に彼女を家まで送ろうと思って」

「……………」

「そ、そう…じゃあ二人とも気をつけてね。また明日学校で」

「はい、失礼します。先生」

「………失礼します」

何とも言えない、まさに気まずさ満点の空気感がその場に残った俺達二人を包み込む。でもこれがずっと自分が思い描いていたシチュエーションだった。教師と生徒という立場上、どうしてもいつも会う時は二人っきりとなり、周りに人が居ない事を確認しつつもコソコソと会う事になる。確かにそれも自分が理想とする場ではあるが、彼女自身俺と一緒に居ても何処か理性が働くのか、今一歩深い所までは俺に見せようとはしない。俺はそれが気にくわなかった。だから色々試行錯誤した結果が正にこれだ。俺があの人じゃない違う女を隣にはべらせて嫉妬させ、そして彼女はもっともっと自分に夢中になり谷底へと落ちていく。それで良い。どうせ行き着く先はお互い分かりきっているのだから。

「………黄瀬君、あんたって見た目によらず結構残酷な事するんだね」

「そうっスかね。案外まともな方だと思うんスけど」

全然まともじゃないよ。そう言って静かにローファーを鳴らしたナマエっちの横顔は変わらず綺麗な顔だった。あぁ、きっと次彼女と二人で会った時、絶対軽い言い合いになるんだろうな。なんて、ナマエっちと肩を並べてそんな事を考える自分は、やっぱり何処か歪んでるのかもしれない。

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