一段、また一段と掛け登っていくその様は、第三者からしてみれば一体どんな風に映っているのだろうか。生き急いでいる愚かな敗者?それとも明日への希望を胸に馳せた旅人?そんな幻想を頭に思い描いて、最後の一段に足並みを揃え華麗に到着。古びた鉄のドアノブに指を掛け、錆び付いた金具の音が鳴り響けば、そこは辺り一面雲一つない青空が広がっていた。


「悪いんスけど、俺好きな子が出来たんスよ」

大きく両手を広げて深呼吸をした直後、虫も殺さない完璧な笑みを浮かべてサラっとシャットアウト。そのあまりにも自然な断り方は思わず拍手を贈りそうになった程だ。今の所そんな上手い交わし方が出来る男なんて、私はただ一人しか知らない。

「紹介するっス。俺と同じクラスのミョウジナマエさん。俺が今一番手に入れたくて仕方がない子」

そう声を掛けつつもこちらに一歩づつ歩み寄ってくる黄瀬君と、まさかの前々回同様、放課後の教室にて想いを告げていたあの子のように顔を真っ赤に染めあげ、涙ながらに後を追ってくる一人の女性徒とのツーショットシーンときた。…あぁ、確かこの子隣のクラスの子だ。結構上級生の男子からも人気があるマドンナ的ポジションの子じゃん。そんなレベルの高い子を一刀両断で切り捨てるとはさすがは我が校の王子。そんじょそこらの男子とは次元が違う。

「ミョウジさんって…やっぱりあの噂は本当だったんだ…」

「噂?…あぁ、あれね。いやあれは全然ちが」

「そういう事っス。だからめっちゃ申し訳ないんスけど、俺の事は諦めて欲しいんスよ。今俺この子に夢中で他の女の子と恋愛するとか考えられないんで」

「はぁっ…!?」

「分かりました…黄瀬君がそう言うなら…」

「えっ…!ちょ、ちょっと待っ!」

「さようなら、黄瀬君!」

そう言って、まるで一昔前のドラマのように顔を覆い、その場を去って行く彼女の後姿に向かって大声で呼び止めた。が、当然の如く失敗。…なんっという事だ。この間から一番恐れていた非常事態が今まさにおき始めている。いや、てかもう既に手遅れだ。何って事をしてくれたんだ黄瀬!私の平凡で平和なスクールライフを返せ!

「別に好き勝手言わせとけば良いじゃないっスか。人の噂も15日って言うでしょ」

屋上の古びた鉄の扉が閉まったと同時に次々と出てきた彼への不満。だがしかし、そんな目くじら立てる私をよそに黄瀬君はひょうひょうとそう言ってのけた。その間抜けた回答にズルっと肩の力が抜けて、お陰で一気に冷静さを取り戻す。

「75日だけどね。だいぶサバ読んだね…って、そんな事どうでも良いわ!なにさっきの。何であんな訳分かんない嘘つくの」

「えー?別に嘘じゃないっスよ。俺本当にナマエっちの事狙っ」

「あー良い良い、そういうのいらない。で、目的はなに?」

「なんスか目的って!そんなもんないっスよ」

「嘘、絶対ある。3秒以内に言わないとあんたん家の壁にラクガキしてやるから」

「あーもうー分かった分かった!降参っス!言う!言うからナマエっちその拳しまって!」

恐らく今の私の顔は鬼みたいな表情をしているのだろう。ズルズルと後ろに後ずさりをする黄瀬君の米神には冷汗が伝わっている。ふっ、いい気味だぜ。とか何とかかんとか考えている内に、彼は気付けばフェンスに背を預ける形となっていた。最終的に彼の逃げ道を完全封鎖した私は、世に言う壁ドンならぬフェンスドンをかましている状態だ。因みにこのシチュエーション、立場逆だろ!というツッコミは是非控えて頂きたい。私だって好きでこんな事をしている訳じゃない。

「…俺、ある時期から女の子がちょっと苦手なんスよ」

「苦手?」

「うん。ほらだって、女の子って何でもかんでもアクセサリー感覚じゃないスか。別に自分の事だけ差す訳じゃないスけど、大体の女の子は隣に俺っていう人形を置きたがってるだけだから」

「人、形…」

「そ。現にさっきの子だってそうでしょ?俺が断った瞬間あっさりバイバイ。結局その程度の気持ちなんスよ。まぁその分数だけは多いんで、断っても断っても女の子の数は減らないんスけどね」

「なるほど、イケメン君も大変だね」

「まぁでも、好きって言って貰える事に関しては単純に嬉しいんスけど」

その言葉を皮きりにようやくフェンスから身を離した黄瀬君は、やんわりと私の腕を掴んで所定の位置へと戻した。そして少しだけ困った表情をしつつ、にっこりと口角を上げて優しく私の頭を撫でる。

「だから逆にナマエっちみたいな子には助けられるんスよ」

「え?」

「だって、ナマエっちは俺みたいなタイプ苦手でしょ?」

「………げっ、バレてたんだ」

「いや、寧ろ隠し通せてると思ってたんスか…」

んー!と大きく背伸びをする黄瀬君にむかってつい思わず本音を溢せば、かなりの呆れ声でごもっとな意見を頂いてしまった。まぁ、別にバレた所で何の支障もないんだけど。

「でも何かちょっと納得したかも」

「うん?」

「黄瀬君が特定の彼女を作らない理由。そりゃ中々本気にならないわ。…あ、この前友達と話してたんだけどね?黄瀬君が彼女を作らないのって、何か障害があるからなんじゃないかーとかって話してたんだ」

「……へぇ、興味あるっス。例えばどんな?」

「んー、凄くくだらない事だよ。禁じられた恋ーとか、自分の好きな子には彼氏がいるーとか」

「…………」

「ね?本当くだらないでしょ?」

「…うん、まぁちょいちょいね」

「だよね。まじごめん」

その場にて深々と頭を下げれば、「いやまじでそういうの苦手っス!ほんっと気にしないで!」と言う彼の焦った声が降りかかり、ゆっくりと上体を起こした。普段あまり崩れる事のないその端正な顔が少し赤く染まり、あたふたとしている彼に対して不覚にも可愛いとか思ってしまった私は明日辺り知恵熱でも出すのだろうか。どっちにしても我ながらレアな感情だ。ううむ、これぞイケメンパワー。侮ることなかれ。

「まぁでもその代わりって言ったらなんスけど、ナマエっちの事は少しだけ利用させてもらうんで」

「え、」

「当分の間は、俺が今熱を上げている子として振る舞ってね。って言っても、何もせずに普通に過ごしてくれれば何の問題もないんスけど」

「ことわ」

「るのはダメ。却下。て事で宜しくね、ナマエっち」

じゃあ、また教室で!そう言って、まるでガムのCMにでも出れそうな程、爽やか且つ満面の笑みでこの場を後にした黄瀬君の後ろ姿に大声で声を発する。勿論、お決まりのポーズも込みで。

「そんなの死んっでもお断りだからーーー!!」

だが当然の如くそんな私の声は彼には届かず、その場に残ったのは突然吹いた強風と、屋上に捨てられていた何とも質素なビニール袋の音色、そして真っ直ぐと伸ばされた私の右腕だけだった。





「あ、ごめん。携帯忘れた。先行ってて」

悪夢のような午前の出来事も過ぎ去り、昼休憩も終わり間近に、次の生物の授業で使う教室への移動中に不真面目な生徒には外せないマストアイテム、携帯を忘れるという何とも頂けない誤算が発生した。友人に断りを入れてすぐさま来た道を戻ろうと踵を返した瞬間、隣りあわせにある空き教室から男女二人の声が聞こえてきて、はぁ、と小さな溜息を吐いた。…おいおい、せめて全部キッチリ窓を閉めてからイチャつかんかい。これだから最近の若者は。そんなおばさん臭い、何とも的確なツッコミを入れつつも興味がてら薄っすらと開いている窓へと視線を移す。と同時に目を疑いたくなるような光景が飛び込んできて、私は思わず息をする事に躊躇いさえ覚えた。

「黄瀬君、ダメよこんな所で」

「大丈夫、鍵も掛けてるし誰も来ないよ」

「でも…!」

「先生、今だけは俺のこと涼太って呼んで」


そんな昼ドラのようなシチュエーションに、「うっそ、まじで…」と、人通りの少なくなった廊下内にて一人小さく呟き、一気に大量の唾を飲み込んだ私は至って正常だと思う。何故なら、我が校の王子と今年の春から新しく赴任してきた女教師との禁断のシーンを目の辺りにしているからだ。

「……そういう事、か」

これ以上は立ち入り禁止区域内だ。そんな脳内の警告音と共に静かに窓を閉めた私は、未だバクバクと煩い心音を胸に抱きつつ、教室へと続く廊下を全速力で走り抜けた。まさかそんな自分の姿を、あの小さな隙間から彼が認識していたなんて、思いもせずに。

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