「めんっどくさ…」


放課後、まるで生まれたての小鹿の様にプルプルと膝を震わせて、大量のノートを手にしたまま向かった先は、ほぼ8割の生徒達が嫌っているであろう職員室だった。1ヶ月前、ちょっとした風邪をこじらせて休み、2日ぶりに登校してきた私に待ち受けていた現実といえばこの学級委員という最低最悪なポジションだ。まったく誰だ、こんな一番面倒で一番避けたい嫌な役を押し付けてくれた奴は。どんだけ嫌われてんだよ私は。心の中でそんな罵倒をしつつ、誰もいない廊下内にて大きな溜息を吐いた。

「しかもこんなの明日で良いじゃん…」

こんなの、と今私が悪態をついている原因はこの一枚の課題プリントの事だ。教師という生き物は本当どいつもこいつも課題出すの大好きだな。しかも何が一番面倒かって、このプリントが自分に向けて渡された物ではないという所だ。

10分前、クラスを代表して全員分のノートをかき集めた私はヨタヨタと歩くのもままならない足取りで職員室へと辿り着いた。丁度日直でもあったので、ノートと共に持ってきた日誌を担任に渡して、さっさと帰ろうと意気込んでいたその時「あ、これ黄瀬の机に置いといて」と、さらっと指示を出してきた担任の頭を思わず蹴り飛ばしたくなる衝動に駆られたのは致し方がない事だと思う。そして恐らくこの恨みはあと2ヶ月は忘れるまい。くそっ…今日は早く帰って昨日録画したドラマを見ようと思ってたのに…!


そんな黒い感情と共にようやく辿り着いた教室のドアを勢いよく開けてみれば、まぁこれまたバッドタイミングな事。思春期の男女にはよくありがちな光景、放課後の告白シーンに出くわしてしまった。しかもあろう事に、男の子の方は先日はっきりと苦手だと認識した我が校のアイドル、黄瀬涼太だった。

「し、失礼…」

どきまぎと何ともしょぼい一言を残して、再びバタン!と勢いよく扉を閉める。び、ビビった…開けたら王子がいるんだもん。何も告白場所を定番の教室にセレクトしなくたって良いと思う。今後はこうしてうっかり邪魔してしまう者がいる事を想定して想いを告げて頂きたい。

「もう入っていっスよ」

「え?」

そんな突然の出来事に動揺していたせいか、暫くその場にて立ち尽くしていた私の目の前に背の高い黄瀬君が声を掛けてきた。いつの間に居たのだろうか。「あれ?もう良いの?あの子は?」と躊躇いがちに質問をすれば「もう帰っちゃった」と、彼は遠くに見える彼女の後ろ姿に向かってスッと人差し指をかざした。

「何か…ごめん。邪魔して」

「別に?大丈夫っスよ。こういうのよくある事だし」

そう言って口角を上げる彼は美しい。まるで絵画の中に描かれている美男子のようだ。でも綺麗すぎて逆に苦手。やっぱり彼は私にとって苦手部類に属しているのだ。

「それより、教室に何か用があったんじゃないんスか?」

「…え?あ、あぁそうそう。はいこれ、さっき宮下から渡されたプリント」

「げっ、まじっスか…」

「明日の朝までが期限だってさ。頑張ってね」

聞かなきゃ良かった、とでも言いたげにいぶかしげに眉を寄せた黄瀬君は、はぁ、と深い溜息を吐いてプリントを受け取った。因みに宮下と言うのは私達の担任の名前である。そのネーミングセンスからして、生徒達からは密かに宮下公園ならぬ宮公なんて呼ばれている。何にでもすぐあだ名を付けたがるのはきっと、まだ私達が若い証拠だろう。

「じゃ、私はこれで。ばいばい、また明日ね」

「ちょ、ちょっと待った!ミョウジさんストップストップ!」

「え、」

さて、では退散だと踵を返した瞬間何故だか右腕に違和感が。ん?と疑問を抱きつつもゆっくりと目線を上げてみれば、本日二度目のイケメンどアップでのご登場ときた。

お、おぉ…なんだなんだ?どうした、美少年。

「黄瀬君?悪いけど離してもらえるかな?」

「ミョウジさん、一生のお願いっス!」

「嫌だ」

「はやっ!即答っスか!」

何事も先手必勝だ。だってこの後彼が発するであろう言葉に良い展開なんて全く想像つかないから。

「俺勉強苦手で…だからめっちゃ申し訳ないんスけど、これ、教えてもらえないっスかね」


あぁ…ほらやっぱりね。こういう場面での嫌な予感と言うものは、びっくりするくらいよく当たるもんだ。

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