「黄瀬君って、本命の子とかいると思う?」


それは、5限目の英語の授業が自習中の事。運良く担当の先生が出張中で、クラス全員が好き放題私語やらメイクやらボール遊びやらと、文字通り自由な時間が開始し始めた時のことだった。

「………は?」

突拍子もない友人のその発言に思わず間抜けな声が漏れて、その場に纏う空気感が一瞬にして変わる。恐らく今の自分の眉間の皺はとんでもない濃いさだろう。例えるなら、ゴルゴ13並の渋い表情。この表現絶対間違いない。

「いや、は?じゃなくて。だって気にならない?あれだけ毎日女の子達からアプローチされまくってるのに、彼入学当初から一回も彼女を作ったって噂聞かなくない?」

「あー…まぁ、確かに…」

「やっぱモデルだからスキャンダルとかなんないように気をつけてるのかなぁー。王子スタイルをキープしてるっていうの?何か距離感がないようで意外と人を寄せ付けてないっていうかさぁ。何となくそんな感じしない?」

「さぁ、どうだろうね。まぁーでもあんま興味ないけど、あんたがそう思うんならそうなんじゃない?」

「かなぁ。やっぱ業界人並に超絶可愛くないと無理だよねー。あ〜、一回で良いから彼に抱かれてみたいわぁ」

「あんたねぇ…」

そう言って、友人が目をハートマークにして教室の端に視線を送る噂の彼、黄瀬涼太とは、この海常高校内のイケてるメンズ達を悠々と押しのけたぶっちぎりの人気1メンズ…もとい我が校が誇る王子の事だ。

金髪に長い睫毛と形の良い目、並びに背が高くてスポーツ万能。挙句の果てにはモデル等と言う、年頃の女子なら誰もが惹かれるこの条件を奇跡的に全て手にしているスーパーボーイ。何度漫画のお兄さんだと思った事か。天は二物を与えずなんて言うけれど、それは全くの間違いで、正しくは天は二物も三物も与える、と言う方が正解だと思う。本当、世の中良いように出来てるわ。

「ナマエだって前に彼の事綺麗な顔だって言ってたじゃん。何自分は関係ないみたいなオーラ出してんのよ」

「そりゃあそうだけどさぁ…ほらだって黄瀬君って正に完璧!っていう容姿じゃん?私逆に綺麗すぎる人って駄目なんだよね。何話して良いか分かんなくなる」

「よく言うわ。自分だってお人形さんみたいな顔の癖に」

「え、なになに?今の発言褒め言葉?あざーす」

「喋ったら終わりだけどね」

「うっざ」

ケラケラと教室の隅で友人と2人で笑い合い、いつものようにあーでもないこーでもないとお互いに意見交換をする、この屈託のない時間が私は好きだ。普段基本的に愛想笑いとか苦手な類いの私には、この子みたいにサバサバした性格の子とが一番相性が良いらしい。今後とも一つ宜しくやっていきたいもんだ。

「あ!黄瀬君こっち向いた!ひゃーやっぱかっこいい〜!手振っとこ!ほらナマエも!」

「いや私は良いって…!」

「あ!振り返してくれた!いやーん可愛いー」

「駄目だコイツ。聞いてないし」

頬に手を添えて、うっとりとした表情で我が校のアイドルにヒラヒラと手を振る友人に呆れながらも、つられる様に教室の端へと視線を向けてみる。すると、こちらに向かって未だご丁寧に手を振り続けている黄瀬君と目が合った。若干引き気味のテンションの私に気が付いているのかいないのか。彼は一瞬きょとんとした表情をしたけれど、直ぐにいつもの王子スマイルに戻し、手慣れた動作で一つ完璧なウインクをかました。

「うーわ…キザ…」

とか何とかかんとか言いつつも、内心やっぱり美形だなぁと感心する素直な私。確かに彼は苦手部類ではあるが背に腹は変えられない。イケメンなもんはイケメンだ。

「黄瀬君に落とせない女なんていないんだろうねー」

はぁ、とやけに儚く溜息をつく友人に「うん、そうだろうねー」なんて軽い返事をしつつも、私の視線の先は変わらず王子の美しい横顔だ。自習開始時、副担任から配られた課題プリントを紙ヒコーキへと見事変貌させた彼は、「やっべ!これ案外飛ばないんスね!」と大勢の友人達と楽しそうにやんややんやと笑っている。どうやら仲間達と飛行テストを競い合っているらしい。

「……ほんと、綺麗な顔」

ガヤガヤと賑わう教室の端から端へと、ただぼんやりと頬杖をついたまま、開け放たれた窓からヒラヒラと風に舞う、金色の髪とオーラを身に纏った彼の姿を眺める。

…うん、絶対関わりたくないタイプだな。

そんな感想を胸に秘めた約1分後、今日配られた課題プリントに目を向ける為、私はようやく躊躇っていた自習モードへとシフトチェンジをしつつ、友人にバレない程度の小さな溜息を吐いた。

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