「男と女って、一体まじ何なんスかねぇ…笠松先輩」

「…………あ?」

はぁ、と深い溜息を吐いては、これ以上はないってぐらいの感情の無い目で膝に頬杖をつく。左足の膝の上に胡坐をかいたかのように右足を組んでは、練習後の部室にて一人、俺は完全に浮いていた。

「………何急にとんちんかんな事言ってやがんだお前。遂に頭狂ったか…いや、寧ろお前の場合最初から狂ってたな。悪ぃ」

「いやそれ何のフォローにもなってないんスけど。……つーか別にこれは冗談で聞いてるとかじゃなくて、俺は真剣に考え、」

「分かるぜ、黄瀬!」

「「……………は?」」

練習後のこの部室内にて、大方の部員が着替えを終えゾロゾロと帰宅していく中で、それと引き換えのように被さっては派手な登場をかましてきた森山先輩。毎度ながら思う。………別に呼んでないんスけど。つーかいつからそこに居たんスか。

「男と女って奴程この世の中で不確かで未知なものはない!丁度ここ最近の俺もお前と同じ議題について考えていた所だ!奇遇だな!」

同志よ!そうとでも言いたげに得意げな顔をして俺の肩を組んでくる森山先輩に冷めた視線を向ける。でもそれも毎度の事なので、やっぱり…というか何というべきか、俺の冷たい視線を彼は全くと言って良い程微塵も気にしてない様子だった。ってか腕重…離して欲しいんスけど。

「まぁ…森山の話は無視するとして、おい黄瀬。お前最近どうした。練習にもあんま身が入ってねぇし、今日なんてミスの連続で失態どころの話じゃねぇぞ。もっと腹の底から全力で気合い入れろ」

「いやぁー…それなんスよ本当まじで。俺、意外にメンタル弱い人間なのかもしれねっス…」

「あぁ?」

そこでまたしても大きな溜息を吐いた俺に、「何言ってやがんだてめえ」と目で訴えてくる笠松先輩。いつもならただの冗談(で終わる筈)のそのやりとりも、今日ばかりは心の底から正にその通りだなと痛感する。原因は分かってる。というか、寧ろ一つしかない。ここ最近、ナマエっちに避けられてるのが一番の原因だ。

「女の子って、本当何考えてるのかよく分かんないっスよね…」

ボソっと呟いたその小さな発言が、この三人しか居ない部室内に広がった。稀に見る、その俺の弱気な発言に目を丸くして、まるで信じられない物でも見ているかのように互いの顔を見合わせる笠松先輩と森山先輩の二人。そして直ぐに「病気か?」と本気で心配してくれたのは有り難いと言えば有り難いけど、でもそれ普通に失礼だと思う。

「あーもー!こんなの俺らしくない!」

「待て待て待て。おまっ…何急に自暴自棄になってんだ。取り敢えずさっさと目を覚ま、」

「恋煩いか」

「「……………は?」」

わざわざ笠松先輩の発言を遮ってまで力強く会話に参戦してきた森山先輩の発言に、俺と笠松先輩の本日2度目となる素っ頓狂な声が重なった。因みにその発言の主、森山先輩の表情は正にドヤァ…という効果音が聞こえてきそうな程自信に満ち足りている様子だった。……てか、は?恋煩い?俺が?

「黄瀬、俺には分かる。分かるぜ、その辛い気持ち。その子の事を考えただけで胸が痛むだろう…そしてそれと同時にその子の事を目で追ってはその度に胸がキュンキュンするんじゃないのか。俺も毎回恋をする度にそれと同じ現象が起きるからお前の気持ちはよく分か、」

「うるっせぇ!いいから森山お前は黙ってろ!話がややこしくなる!」

「………………」

突如熱弁し始めた森山先輩に向かって、今度はお返しだと言わんばかりに笠松先輩の辛辣なツッコミと飛び蹴りが飛び交った。が、いつもならそこでゲラゲラと笑う筈の自分の姿はそこにない。ない…っていうか、寧ろ笑おうとさえ思わなかった。……ナマエっちの事を考えるだけで胸が痛む?キュンキュンする?……そう、なのか…?え、まじで?

「おい黄瀬!お前もこいつの暴走を止め…って、あ?何納得したような顔してんだお前…」

「森山先輩!ちょっとその話詳しく教えて欲しいんスけど!」

「あぁ!?」

「良いだろう。じゃあまずは俺が生まれて初めて恋に落ちた初恋の子、ユラちゃんの話まで遡る」

「もうお前等うっせぇよ!つーかさっさと帰れや!」

ぎゃあぎゃあと文句を喚く笠松先輩の事はフル無視で、その場に小さく正座をして森山先輩の話に耳を傾ける。うっとりとした表情で、さぞ満足げに髪を掻き上げた森山先輩の表情はかなりのナルシスト具合だったけど、でもそれ以上にその話の詳細を事細かく聞くまでは帰るに帰れない。そう意を決して深く森山先輩に対して頷けば、「あれは桜が舞う、そよそよと優しい春の風がなびく4月上旬の事だった…」と、彼は話の前置きから丁寧に語り出した。

「……俺、先帰るわ。お前等ちゃんと部室の鍵は閉めとけよ」

正にげっそりとしたような表情で、そそくさと部室を後にした笠松先輩に「お疲れ様っス!」と軽快に挨拶をして、目の前の椅子に腰掛けている森山先輩へと視線を戻す。そのまま丸2時間。森山先輩の話を真剣に聞いていたが、途中でただの妄想と願望でしかない話なんだと気付いてガックリと肩を落とした。……こんな事なら俺もさっさと帰っておけば良かった。そう思ったのは言うまでもない。




「えー…であるからして、ここの英文の解釈は…」

あの何のタメにもならない森山先輩の話を聞いてから約一週間経ち、大嫌いな英語の授業を右から左に受け流しつつも、自分の席から見て対角線上にある席に座っているナマエっちの姿をぼんやりと眺めていた。俺と同じように所々で退屈そうに授業を聞いては、たまに顎の下に何か悩まし気な表情でシャーペンを当ててノートに板書をしている。季節柄、幾つかの教室の窓が開放されているのも重なり、風が悪戯に彼女の綺麗な髪を揺らしていた。それに気付いたナマエっちが慌ててサイドの髪を耳に掛け、彼女の端正な横顔がさっきより更にハッキリと確認出来ては、その度に胸が締め付けられる感覚に溺れていた。

「…………恋煩い、か」

なるほど。それだけは確かにあり得る話かもしれない。ふとそんな事を考える。そもそもここ最近の自分の行動を思い返してみれば、意外や意外。結構普通に色々と当てはまるのだ。あの女と一緒に居る時も何故か決まって俺はナマエっちの事を思い出していたし、何かとちょっかいを出していたのも全部ナマエっちの視線を独り占めしたいと考えたからだ。極めつけはこの前の練習試合。

『応援、行く。…絶対行く。絶対絶対ぜーったい行く!』

『試合頑張ってね!応援してる!』

下手に遠回しにエールを送られるよりよっぽど分かりやすくて、そしてそれ以上に素直に彼女からの応援が嬉しかった。それに応えるように無意識に格好つけたあの試合。ダンクを決めて、大歓声に包まれて、別にそれはいつも味わっている感覚なのに、何故かあの時彼女だけが。ナマエっちだけの反応が気になって仕方がなかった。ゴールネットを擦りぬけてはコート上に跳ねるボールの音。四方八方から自分に注がれる歓喜の声。それも勿論快感だったし嬉しかったけど、でもそれ以上にナマエっちに『格好良い』と思われたかっただけのパフォーマンスに過ぎなかったのだ。

「……………」

あの時、踵を返して振り返った俺の視線の先には迷う事なくナマエっちの姿がそこに映っていた。いつものクールさやポーカーフェイスさは威厳を失くしていて、ただただ放心状態の彼女の表情に俺の口元は自然と緩んだ。……そうだ。俺は既にあの時半分気付いていたんじゃないのか。自分のこの気持ちと、あの行動の意味に。

「おーし、じゃあ今日はここまで。お前等全員昼にしろー」

と、そこまで考えた所でチャイムが鳴り響いた。どうやら俺の大嫌いな授業はここで終わりとなったらしい。ひとまずそれについて考えるのは後回しだ。今日こそナマエっちを捕まえて、俺を避ける理由を問いたださないと。

「ナマエっちー!俺と一緒に弁当食べ…って、ちょっと!早っ!」

バスケ部のエースの癖に、目的であるナマエっちに光の速さで一目散に逃げられてお決まりのようにその場にてガクっと肩を落とす。「黄瀬、またあいつ振られたのか」「哀れだな」「あんなイケメンでも女に振られる事とかあるんだな」とか色々周囲から聞こえてくる友人達の感想が心からうざい。でもそれは今に始まった事じゃないし、そもそも俺はここ最近彼女からの突然の無視に精神的大打撃をくらっているのだ。よって、いちいちそれに反応する元気もない。

「あー…何かまじで凹むんスけど…」

はぁ、と深い溜息を吐く俺の前にある一つの影が横切っていった。無意識にその影を目で追えば、そこにはナマエっちと仲の良い友人が楽しそうにクラスメイト達と笑っている。そこで俺は一気に目が覚め、迷う事無く彼女の元へと歩を進めた。

「ちょっとごめん、今良い?」

ガシ!と強く肩を掴んでは半ば強引に彼女の身体を此方に振り向かせた。どうやらそんな俺の行動に驚いたのか、「わ!」と小さく呻いた彼女が目を丸くさせつつも訳も分からず「どうしたの黄瀬君!」と俺に問い掛けてくる。それを真正面から受け止めつつも、「ちょっと聞きたい事があるんスけど」と彼女を廊下へと誘導すれば、その周りに居た大勢の女子達が羨ましそうな視線を俺達二人へと向けていた。





『何でナマエが黄瀬君の事を避けてるのかは、正直私もよく分からないんだよね』

そう言って、最後にごめんねと付け足して俺に頭を下げた彼女に軽くお礼を伝えて一人自分の席で考え込んでいた。……よく分からない、か。まぁ何となくそんな気もしてたけど。あの人一倍警戒心の強いナマエっちの事だ。大方俺とあの女の関係について余計な事を言わないようにと配慮しての事なんだろう。親友同士とはいえ、多分そこは一線を引いているに違いない。全く、ある意味完璧すぎて厄介だ。まぁ、そんな彼女の事が俺は、

「……………俺は?」

何だ。そこで一度冷静になる。昼休憩も終わり間近、騒がしい教室内にて一人その言葉の続きを追う。

「俺は…」

ナマエっちの事が。と、そこまで口にした所でまたしてもチャイムが昼休憩の終わりを告げた。今日はとことんチャイムに邪魔されるな。そんな事を脳裏でぼんやりと考えては勢いよく自分の机に頭を伏せた。いつまでもこの煮え切らない状態じゃバスケに集中しようにも出来ない。ましてやそれ以前に俺のこのモヤモヤ感が晴れない。あーもう…まじ面倒臭ぇ。

「…………どーしよ、これから」

周囲にはバレない程度の小声で独り言を吐く。そのままゴロンと頭の向きを変えて、無意識にいつものようにナマエっちの姿を視界に捉えた。わざわざ俺に捕まらないように昼休憩終わり間近にギリギリセーフと言わんばかりに教室に戻ってきた彼女の横顔を遠くから盗み見る。その横顔はいつもながら綺麗だった。本当、悔しいぐらいに。





「お、お邪魔しました…!!」

「……あ!ちょっ…待ってナマエっち!!」

だが、そんな俺に次の日ようやくチャンスが訪れた。正直、この数日間もの間何度も何度もしつこく避けられる度にテンションはガタ落ちして、本気で追えば終わるだけの事なのに、気弱な自分が邪魔をしてあんまり彼女に深追いは出来ずにいた。が!ここで逃したら男がすたる!てか今しかない!と決意した俺は、その時ここぞとばかりにナマエっちの姿を追った。

「はい、みーっけ。てか、本気出した俺がナマエっちに追いつけない訳ないっしょ…」

途中、ちょこざい行動を何度も繰り返して俺を完全に撒いた気でいたナマエっちにそんな素直な感想を伝えた。どうやらそんな俺の行動が意外だったのか、はたまた絶対に俺に見つかる事はないと高を括っていたのかは知らないけど、彼女はまるで幽霊でも見たかのようなぎょっとした表情で、俺の登場に驚きを隠せてない様子だった。

「なーんでこの前から俺を避けてるのか、そろそろその訳を聞かせて貰いたいんスけど?」

ようやく本人に直接聞けたその疑問。もうこれ以上彼女に逃げられないように徐々に徐々に距離を詰めては教室の壁にへばり付いていた彼女の顔の横に手を付いた。どうやらそれに対してナマエっちはぎゃあぎゃあを文句を主張してきたようだったが、そこはハッキリ無理だと意思を伝えて拒否を示す。当たり前だ。正直表面上は余裕な顔を繕えても、こっちはそれ以上に限界に近いし、何より必死なんでね。悪い…とは全く思ってないけど、取り敢えずそれに関しては諦めて貰うしかない。

「……………」

でも、彼女は不思議と頑なに俺の質問には答えようとはしなかった。そればかりか、終いには泣き出してしまう始末。え!?とか思っている内にあれよあれよと気付けば彼女の頬には沢山の涙が伝っていて。そして何だかそれが可愛くて仕方なくて。なんだこれ…とか思いつつも、目の前に居るナマエっちの身体を勢いよく自分の元へと引き寄せては、俺は無意識に力強く抱き締めていた。

「……本当、放っておけない女っスねぇ…ナマエっちは」

『ナマエ、』と、わざと彼女の名前を呼び捨てにして、わざと甘い言葉をこれ見よがしに吐いては、一瞬離していた彼女の身体を引き寄せて再び自分の腕の中へと閉じ込める。そして最後に自分の事はもう避けないでくれと彼女にやんわりと懇願しては、強制的にこの数日間の戦いの幕を降ろしてやった。……何か、もう答え出た気がする。いや、違うな。気がする、じゃなくて本当はずっと前から俺は自分で自分に気付いてた。

「ナマエ、」

喉の奥底から絞り出すように、馬鹿みたいに何度も彼女の名前を口にしてはその度に胸が締め付けられて、そしてそれ以上に何処か苦しかった。この前の森山先輩の言葉を使ってこの気持ちを現すとしたなら、所謂これは『胸がキュンキュンする』って奴だ。

………………あ、そうだ。思い出した…って事は。

「ねぇ、ナマエっち」

「…………ん?」

未だ俺に抱き締められた状態で、頭を撫でているナマエっちへと視線を落とす。そのままやんわりと自分から彼女の身体を引き離して、首を傾げつつもナマエっちの顔を覗き込むようにして視線を向け、口を開いた。

『黄瀬!好きな子が出来たら本能のままに!そして自分の気持ちをアピールする為にもデートに誘え!』


「次の休み、俺とデートしよっか!」

「………………えっ!?」

「ね?決まり!そーしよ!」

「ちょっ…!」

勿論、もう拒否なんかさせない。いや、させて堪るか。そんな事を考えつつもふと心の中で森山先輩へと感謝の気持ちを伝えた。正直、何の役にも立たないアドバイスだと思ってたけど、今考えたら唯一あの助言だけは役に立ったと思う。

「んで、今日も当然俺と一緒に帰ってくれるよね?」

「……………」

「ね?」

「…………うん」

表面上はニコニコと愛想良く笑顔を溢している俺だけど、彼女は多分…てか絶対俺のこの有無を言わせない態度に気付いている。それを読んだ上で、強制的に自分の世界へと引き摺り込もうとする俺は相変わらず歪んでるな。でももうそんな事でいちいち遠慮なんかしてられないから。

「楽しみっスね!俺達の初デート!」

「そ、そうだね…うん。楽しみ」

あははは…と、苦笑いをしているナマエっちの身体をまた自分の中に閉じ込めて、しつこく彼女の耳元で「約束」と囁いた。それにピク!と、軽く身体をよじらせた彼女に、俺は心の中で素直に可愛いなと思う。そしてそこであっさりと結論に辿り着いた。


『好きなの!?あの子の事…!』


………あぁ、好きだよ。お前みたいなカス女よりよっぽど、それこそ100倍ぐらいの差をつけてな。でもある意味あんたには感謝してるよ。

俺に本当の恋って奴を、教えてくれたあんたに。

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