「決めた。俺、今日あの子の事を想って誠心誠意プレイする事をここに誓う!」

「……………は?」

大してそんなに太陽の光は差し込んでないというのに、何が眩しいのか突如森山先輩が遠い目をしたまま額に手を添えて無駄に色気を含んだ息を吐いた。その切れ長の視線が向けられているのは、体育館2階に位置する観客席の元。何が何やら意味不明のままその視線の先を追う。

「…………あの、森山先輩。もしかしてとは思いますけど」

「そうだ!お前の彼女のミョウジナマエさんだ!」

「いや、別に彼女じゃないっスけど…でも、」

「そうだったな!彼女じゃないなら尚更問題ないな!うん、もはや今の俺にはあの子しか見えない!」

ロックオン!そう言って、額に添えていた指の形を変えて森山先輩は少し遠くに見えるナマエっちへと銃を撃つ素振りを見せた。どうやらそれにナマエっちも気付いたらしい。流石に先輩なのでどう反応すれば良いのか分からないのか、かなりの苦笑いでその場に一つ遠慮気味に頭を下げていた。………いや、大丈夫ナマエっち。相手しなくて良いから。

「………森山先輩、動機が不純すぎるっスよ」

「何を言うか!俺は可愛い子の為だけに日々練習に励んでいるんだぞ!そしてただ単純にあの子は俺のタイプだ!」

「あぁ、はいはい…そーっスか」

「如何にも!」

うっし!やるぞ!大声でそう叫んでは勢いよく両肩をブンブンと上下に振る森山先輩。まぁ…何はともあれヤル気になってくれたなら別にそれはそれでいいけど…でも、何かあれだな。何か知らないけど、あんまり良い気はしないな。

「………なんだこれ」

一人そんな事を呟いて、顔を俯かせたまま胸に手を当てる。心臓の奥の方で、何かが針でチクチクとつき刺してくるのが分かった。そのまま無意識にナマエっちが居る場所へと視線を引き上げる。自分の視界の真ん中に映るのはナマエっちの顔。友人と二人きゃっきゃと楽しそうに笑っていて、その綺麗な笑顔に一瞬で目が奪われた。

「黄瀬ぇ!整列すっぞ!」

「………りょーかいっスー!」

コートの中央で笠松先輩が俺を呼び寄せる。それに対して何処か名残惜しい感情を抱きつつも、踵を返して素直に指示に従った。キュ、とコート上に響くバッシュの擦れる音と共に目の前に並ぶ今日の対戦相手達。まぁー…余裕でうちが勝つだろうけど、その戦意だけは買ってやるよ。

「………どーせなら、ちょっとだけ格好つけよっかな」

「あ?」

口の端を上げて不敵に笑ったその瞬間、隣に並んだ笠松先輩の声と共にピー!と試合開始のホイッスルが鳴り響く。いつものように速攻を仕掛けて軽快にダンクをかましては体育館中に湧き上がる歓声。そうそう、これこれ。この感じだ。バスケをしてる中で、この感覚が一番気持ち良くて好きなんだよな、俺。

「……………」

そしてそこまで考えた所で、ふと何となくナマエっちが居る2階席へと目を向けた。どうやら俺のこのプレイが意外だったのか、彼女はその場に放心状態のまま目を丸くしているようだった。それに対して、俺は密かに心の中でガッツポーズをする。してやったり!ってね。

「………って、何やってんだ俺」

そこでふと冷静になる。いやいや、本当に何やってんだ俺…何の為の格好つけだよ。……いや、てかその前に誰に対してのアピール?

「……………」

何度も何度も同じことを自分に問いかけては、変わらず視線を向けているのはナマエっちの顔で。引き続きぼんやりと彼女へと目を向けてはそこである事柄に気が付いた。

「………そっか、俺ナマエっちに」

自分をアピールしたかったのか。何かを確認するようにポツリと小さく独り言を呟く。………あれ?これじゃあまるで俺が…

「…………ナマエっち?」

と、そこまで考えた所で異変に気付いた。彼女との距離は少しあるけれど、人より多分視力は良い方だと思うし、多分だけどあれは見間違いじゃない。…と、思う。それでも今自分の目の前に映る彼女の表情が涙ぐんでいる事が予想外すぎて思わず目が点になる。そもそも果たしてそれが本当に泣いているのかどうかも、動揺も伴ったせいか瞬時に判断は下せずにいた。

……………でもどう見ても泣いてる、よな?あれ…

「黄瀬君ー!さっきのダンクすっごい格好良かったー!」

少し混乱気味の俺に鞘をうつようにして降り注いできた活気ある声。どうやらナマエっちの友人が俺の視線に気付いて声を掛けてきたようだった。ブンブンと風をきるように嬉しそうに此方に手を振っては、彼女はその真横に居るナマエっちの腕を奪い取って二人して此方にエールを送ってくれている。その二人の姿を見つめつつも、その直後軽く目元を拭ったナマエっちの動作に、そこでようやく彼女は泣いていたのだと正式に判断を下せる事が出来た。

「二人ともありがとー!あとナマエっちー!泣き顔も結構可愛いっスよー!」

何で泣いているのかは知らない。その理由もあんまり知りたくない。そんな事を考えつつもいつものように軽い冗談を交えながらも2階席へと手を振り返す。その俺からの返しに気を許してくれたのか、ナマエっちはベー!と舌を出してはいつものようにあの茶目っ気ある表情で反応を返してくれた。

「………ガキかよ」

そうは言いつつも自然と緩む頬。笑いを抑え込むのに苦労した。プルプルと肩を震わせつつもようやくそこで踵を返し、ヒラヒラと二人に手を振りながらも試合へと戻る。コート上の自分の定位置に戻った所で大勢のチームメイトが背後からわらわらと俺に抱き付いては、「イチャついてんじゃねぇぞこらぁ!」と完全に嫉妬を交えた複数の声が降り注いだ。

「森山先輩、」

「うん?」

その複数いるチームメイトの中でも、誰よりも一番近い場所で俺の肩を組んでいた森山先輩へと声を掛ける。

「あの子は俺のものなんで。手出しても無駄っスよ」

「…………ほーお、それはそれは…」

何かを察したかのような声と表情で、森山先輩は俺の声掛けに答えた。と、そこでガン!と鈍い効果音と共に背中にくらった強い衝撃。

「てめぇ等、試合中に戯言言ってんじゃねぇよ!しばくぞ!」

勿論その衝撃を与えて来た人物は笠松先輩だった。だから何でいつも俺だけ…!?とか思いつつも恒例のそのやりとりに俺と笠松先輩以外のチームメイト達はゲラゲラと楽しそうに笑っている。いや…笑うよりも前に、ちょっとこの状況を助けて欲しいんスけど…とか思った俺は至って正常な人間だと思う。てか、まじでこの人達鬼なんスけど…つーか、普通に痛ぇし。





「勝ったんだって?試合」

「は?」

無事に試合を終えたその日の夜。彼女からの呼び出しが掛かって久々に訪れたこの部屋。二人しか居ないこの空間内にコポコポと、お湯が沸きあがる音を背景にケトルが左右に振動する。やがてカチ、とお湯が出来た音をぼんやりと聞きつつも、目の前に居る女が俺の首に廻していた腕を離して、少し離れたキッチンへと姿を消した。それを視界に映しつつも出てきたのは簡潔且つ間抜けな声。その俺の声にくすくすと喉を鳴らして笑いつつも、女はマグカップへとゆっくりとお湯を注いでは「言ってくれれば良かったのに」と少しだけ唇を尖らせて小さな溜息を吐いた。

「はい、出来たよ。熱いから気を付けて飲んでね」

「………あぁ、うん」

そう言って、再び俺の隣に腰を降ろしたのは秘密な関係の相手でもある俺の女。…と、言ってもいいものなのかどうか微妙なラインの女教師だ。彼女から受け取ったマグカップを手に、そこに視線を落としたまま「何の話?」と会話を続ける。

「今日の試合よ、試合。練習試合の事。宮下先生から教えて貰って、そこで私初めて今日試合があった事を知ったのよ」

「………あぁ、その事」

「ねぇ、何で私には教えてくれなかったの?酷いじゃない」

「……………」

引き続き不満げに唇を尖らせつつも、彼女はそれを抑え込むかのように小さくズズ…とカップの中身を口に含んでは俺を横目に睨んだ。いちいちそんな事で突っかかってくんなよ、とか内心思いつつも、「ごめんごめん、仕事が忙しいかと思って教えなかったんスよ」と適当に笑顔を張り付けて返事を返した。

「………あの子の事は呼んだくせに?」

「は?」

「…………ミョウジさんよ。今日たまたまちょっと彼女と話したの。中庭に居たから、彼女」

「……………」

そこまで口にして、彼女は手にしていた自分のカップをテーブルの上に置き、隣で同じように持っていた俺の手からそっとカップを引き抜き、その隣に並ばせる。その動作を無心で見つめている俺の両手に手を添えて、「涼太」と彼女はソファーに座っている俺の顔を下から覗き込む形で名前を呼んだ。

「…………なに」

「ねぇ、最近涼太変だよ…何で私の顔を見ないの?」

「………………」

「何で私に嘘つくの…ねぇ、なんで?」

「………………」

「答えてよ…涼太…」

弱弱しくそう呟いた彼女が、その場に頭を俯かせては項垂れる。俺の手に添えていた指の力を込めては、ギュ、とわざとらしい程の力加減で彼女は俺の手を握り締めた。それに鬱陶しさを感じつつも、「あんたの気のせいじゃないっスか?」と冷めた言葉を投げ掛ける。

「………嘘よ、絶対勘違いなんかじゃない…だって、私分かるもん」

「なにが…」

「涼太…あの子に惹かれ始めてるでしょ…」

「…………はぁ?」

その彼女の口から溢れ出た発言に、自分でも引くぐらいの素っ頓狂な声が漏れた。

「だって…!この前から可笑しいじゃない…!!前に授業で生徒達にからかわれた私を一切助けてくれようとはしなかったし、ましてやあの時私を置き去りにしてまでもあの子とさっさと何処かに消えて行ったじゃない…!」

「だからそれはちゃんと後日説明したっしょ。あの時はナマエっちの具合が悪くて俺も一緒に保健室に行っ、」

「あの子の事、名前で呼ばないで!!」

自分で俺に説明を促してきたくせに、その俺の言葉を遮ってはヒステリックにとんでもない程の声量で彼女は叫び声を挙げた。…………面倒くせぇな。

「………分かったから、ちょっと落ち着い」

「好きなの!?あの子の事…!」

「…………はぁ?」

そうなんでしょう!?だから私じゃなくてあの子を試合に誘ったんでしょう!?

矢継ぎ早に俺を捲し立てては、彼女はその場に立ち上がって次々と俺に大量の罵声を浴びせた。そんな彼女に対して思う事はただ一つ。面倒くさい事この上ない。そもそもこの女は何言ってんだ。いつだって自分は安息の場所があるくせに、たまにこうして思い出したかのように俺を縛り付けて。どの口がそんな事言ってんだよ。本当、いい加減にしろよこの女…

「…………じゃあそんなに思い詰める程辛いんなら、もう止めにする?」

「え…?」

はぁ、と眉を寄せたままそこに大きな溜息をつく。そのまま自分でも分かる程の感情のない目で、目の前に立っている女へと視線を送った。

「別に俺は良いっスよ、あんたと終わりにしても。…つーか、そもそも長続きする相手じゃないって最初から分かってた訳だし?」

「……………」

「そろそろあんたも本命を大事にしていった方が良いっしょ。ごめんね、先生。最後まで困らせて」

「………っ、」

「さよーなら」

何の迷いもなく、それは本当に自然と出てきた言葉だった。そしてその発言に何の後悔もなかった。最後にその場に腰を落として床にへたり込んでいる彼女を横目にソファーから立ち上がり、踵を返してはスタスタと玄関口へと歩を進める。自分が履いてきた革靴の一つに足を滑らせた所で、「涼太!」と背後から女の腕が勢いよく俺の腰に巻き付いた。

「…………なんスか」

「嘘…!嘘よ!…っ、ごめん、なさい…勝手な事言って…」

「……………」

「わ、私…もう涼太がいないと…!」

「うるせぇよ、黙れ」

その後の言葉の続きは聞きたくなかった。から、それを塞ぐようにして彼女の唇を塞いだ。俺の思考とは真逆にそれに安心を得たのか、彼女は俺の首元へと腕を廻して大粒の涙を溢しつつも俺からのキスを受け止めているようだった。

…………聞きたくない。その言葉の続きなんて。


『応援、行く。…絶対行く。絶対絶対ぜーったい行く!』

『だから絶対絶対勝ってね!私応援するから!黄瀬君は一人じゃないから!』


……………キスをしながら脳裏にチラついたのは、あの時のナマエっちの言葉と今にも泣きだしそうな顔だった。自嘲気味に笑った俺に情けを掛けてくれたのか、はたまたそんな事はそっちのけでただ俺を励ましてくれたのかは未だによく分からないけれど、それでもあの時、俺はただ単純に彼女の優しさが嬉しくて、そしてそれ以上にほっとした。それは自分でも不思議なくらい、未だに鮮明に覚えてる。


『………あの子の事は呼んだくせに?』

『好きなの!?あの子の事…!』


………だとしたら何だよ。もし本当にそうだとして、お前に何か不利益な事でもあるのかよ。そんな事を思いつつも、目の前にいる彼女の腰を引き寄せては口内に舌をねじ込ませる。


『試合頑張ってね!応援してる!』


多分、もう限界だ。自分から関係を始めておいて何だけど、これ以上この女と一緒に居ても俺にとっては何のメリットも思い浮かばない。それに何よりあれだ、面倒くさい。こいつとはもうこの辺で終わりにして良いだろう。とか、そんな冷めた事を思いつつも目の前に居る彼女の唇を何度も何度も黙らせるかのように塞ぎ続けた。キスの合間、ふと目を薄っすらと開けて女の顔を視界に入れては、無意識に脳内でナマエっちの顔とすり替える。その謎の思考回路に、本当に俺は何処までも最低な奴だな、と自分に呆れつつもそのまま彼女の身体を持ち上げて寝室へと運んだ。まさしくそれは覚悟を決めた、と言っても良い程の行動で。これで最後にしよう。とそんな自分勝手な事を考えながらも、俺は目の前にある快楽へと、そこに勢いよく身を沈めた。

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